湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

ゴネリルの紋章(運命の輪)―FE「無双」風花雪月とアルカナの元型⑤

本稿では『ファイアーエムブレム風花雪月』および主に『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』の中の「ゴネリルの紋章」「運命の輪」のタロットの対応を、紋章をもたない「ホルスト=ジギスヴァルト=ゴネリル」中心に考察しています。紋章と大アルカナの対応の目次はこちら

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以下、本編および無双の各ルートのエンディングまでのネタバレを含みます。

風花雪月の紋章のタロット読解本、再販してます。

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中世近世ヨーロッパ文化からみるフォドラの文化舞台裏シリーズのまとめ、紙の同人誌も4冊完売したやつのまとめ本を11/16スパコミで出します!

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 この『FE風花雪月とアルカナの元型』シリーズでは、作中に登場する英雄の遺伝表現型「紋章」の描写とタロット大アルカナがひとつひとつ対応して設定されてるみたいだぞ、という話題をずっと書いてきて全紋章の読解を同人誌にしたため上梓しました。

そして『「無双」増刊号』として、より高解像度に印刷したおまけタロットカードをセットにしたご愛読者様限定のミニ本を昨年6月発行いたしました。今回の記事はその内容のWeb再録第四弾です。

物理本のお求めはこちらのリンクから 本編の読解本をお持ちでない方はセットでお求めください。

 

 今回の記事内容は「ゴネリルの紋章」と「運命の輪」のアルカナの読解です。

 

前提、「運命」のアルカナ

 古の十傑直系のゴネリル家のもつ「ゴネリルの紋章」はタロットだと「Ⅹ 運命の輪」に対応しています。

すでに本編から読み取れる各アルカナのモチーフについては単独記事をもうけています。↓このへん↓を前提としたうえの追加で今回はしゃべっているので、よろしければまずこちらをご参照ください。

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すでに当該記事、または拙著『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』を読了されてる方は、ざっくりした「運命の輪」の性質(各アルカナの意味に特に関連深いところは以下赤字であらわします)だけおさらいして本題へどうぞ。

「Ⅹ 運命の輪」は実際に宿していてキャラクター描写があるのは本編・無双通してヒルダちゃんだけですが、その兄ホルストさんは無双において「血に紋章を持ってなくてそのことをキャラクターとしての重要テーマに持っているけど、家紋としてのゴネリルの紋章を背中にしょってる」という、カード外から見た「運命の輪」というか、運命の神と神ならぬ人とのかかわりを描く存在として登場しています。

 

「運命の輪」の主な意味

正の意味

運命対自由意志、ターニングポイント、幸運、大きな変化、調和

負の意味

アクシデント、不運、定めに縛られる、タイミングが悪い、流される

 

 

運命の輪 ゴネリルの紋章(ここから本文)

 本編では級長以外の生徒キャラの並び順がなぜか昭和のように男女別だった弊害もあり、「エーデルガルトにはヒューベルト」「ディミトリにはドゥドゥー」といった明確な副官がクロードには存在しなかったのですが、ヒルダのみ少し引き抜き制限があるなど「ヒルダが実質副官」ともいわれていました。無双ではついにヒルダちゃんはキャラ名簿でクロードの隣に!  正式な副官キャラとなりました。やったー!

もちろんヒルダは従者ではなくむしろリーガン家とタメを張れる名家のお姫様なのですが。実はそこが、クロードとレスター地方のテーマを表現するために重要なところです。

 もともと本編から「Win-Win の経済サイクルを回す」「美と娯楽」「自由」というレスターの尊ぶものを体現した女神のようなヒルダちゃん。

無双ではクロードが弱さや挫折を見せていくシナリオ上、レスターの民は支配者にひたすらついていくのではなく、それぞれに自由に考えて自立して支え合うことができるし、そうするべきだということが描かれたため、「制約のうちに生まれても自由意志で生きようとする」「ないものを出し合って広い世界の中で調和をとる」をあらわすヒル
ダがクロードのそばにいることは意味深いです。

ヒルダはクロードに仕える使命があるわけでも、不可欠な力があるのでもありません。おうちに帰って大事に守られてても全然いいのに、なんの強制力もなく、いたいだけそこにいて、別に何するでもなくクロードの愚痴を聞いて笑ったり泣いたり、ほっとけなくなって奮闘したりする

それが、まだヒルダのようなほんの一部の人間にしか叶わない、クロードの目指す自由な世界の人間のありかたです。

 

ホルストの場合―女神の勇者

 本人が紋章をもたず、本人の気性的には「確かにこれは『運命の輪』じゃないわ」と納得のいく感じであることが判明したホルストですが、キャラの表すテーマや立ち位置としてはおおいに「運命の輪」とともにある表現がされています。

まず、拙著『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』でもすでに述べたのですが、ホルストは本編の情報からして重い運命の輪を「正攻法で回そうとするほう」の人間です。ヒルダのように先天的な要領の良さ運命と調和を分ける線が見える天才のセンスをもつのではなく、怠けず腐らずズルをせず鍛え挑み続けるまっすぐな努力の天才そんな人間に運命の女神は微笑むのです。彼の性格と血に紋章はなくとも、彼が背中のマントに負ったゴネリル家の車輪型の紋章は彼を祝福してやまないでしょう。

 

 そして「レスターの自由の女神」ヒルダが自由意志を謳歌できているのは、ホルストの頑張りの賜物でもあります。

ヒルダとシルヴァンの境遇が似ていることは本編から周知の事実です。どちらも外敵への切実な備えのために英雄の遺産を管理する家柄で、紋章をもたぬ上のきょうだいが嫡子としてしっかり教育されているところに、紋章をもつ下の子として生まれました。そこまで同じにもかかわらずこの違い。

シルヴァンがかわいそうとかマイクランに問題があるとかいうよりホルストが異常なのです。ホルストが紋章もないのに 120%の成果を叩きだしている努力ゴリラだから。

ところで、黄燎ルートではレスター連邦国は中央教会トップに敵対して東方教会を国教に立てるという、こすっからくてスーパードライな方策をとることになります。敬虔なセイロス教徒として知られるジュディットや真面目で正しきセテス系人間であるホルストがこれに全然OKを出すことに違和感をおぼえた人もいるかもしれません。

近年の同盟諸侯の中では、「主とは人の幸せを支え導いてくれる感謝すべきものであって聖地におわす大司教の権威は不可欠なものでもなく、もし人を幸せに導かないとしたら現在正しい主の教えとはいえない」という感じの、現代社会における伝統宗教のような感覚なのでしょう。たとえばキリスト教でも近年同性愛者は罪であるといえない、同じ神の作った命だとの立場をローマ教皇が示し、同性愛者への差別的表現を口にしてしまったことを謝罪するという事件までも起こりました。

時代が変わるならば信仰も変わり、そして人の意思と行動には、運命よりも強く時代を変える力があるはず――それがホルストの信条です。ホルストがクロードのこすっからいやり口にもノリノリなのは、中央教会が代表する古いセイロス教の秩序では自分は領主に向いていないことになり、愛しのヒルダの自由な人生が「ゴネリル公」に縛り付けられることになっているからです。

紋章を持たざる身で素晴らしい領主、名将として名を轟かせ、「生まれのガチャで、紋章の有無で人生は決まらない。誰でも自分のがんばりたいことをがんばればいい。いろんな人生があっていい」と証明することが彼の夢です。貴族として将としてがんばりたい自分のためでもあるし、「あたし嫡子じゃなくてよかった~。ゴネリル公って響きがかわいくないもん」とか言うヒルダを守ることにもなります。

クロードを支持するホルストの戦いは、ヒルダの自由を可能にするレスター地方のユルい気風を堅守し、問題がなければパルミラと戦う家業の強制もなくすための思想と利害が一致した戦いなのです。

 

次回こそは、次回こそは(毎回言ってる)「無双」増刊号は「0 愚者」と「Ⅰ 魔術師 聖マクイルの紋章」の二本を一記事に収録予定。愚者は紋章の話ではなくシェズ&ラルヴァの立ち位置の話なので、物理本のアルカナとの対応記述にラルヴァの正体と思惑と無双テーマについての読解も追加するかも?

 

ペルソナシリーズのアルカナの旅路もよろしくね!!

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あわせて読んでよ

フォドラ「お祭」事情―FE風花雪月と中世の舞台裏⑨

本稿はゲーム『ファイアーエムブレム風花雪月』を中心に、中世・近世ヨーロッパ風ファンタジーにおける「生活の舞台裏」について、現実の中世・近世ヨーロッパの歴史的事情をふまえて考察・推測する与太話シリーズの「お祭のスタイル」編です。

舞台裏シリーズのまとめ、紙の同人誌も4冊完売したやつのまとめ本を11/16スパコミで出します!

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いや~ニンテンドーダイレクト、毎回毎回「蒼炎をプレイしやすいハードにたのむ!」「聖戦リメイクくる!?」「近親カップル多いから無理では?」と湧きまくっているわけですが、ついにファイアーエムブレム新作が来ましたね。しかも思いっきり英雄の遺産と紋章とソティやんが出てるじゃないですか~。

新作がどの程度の感じで『風花雪月』のフォドラとつながっているのかはまだまだ未知数ですが、ひとつ確かなことがある……。

youtu.be

戦士たちよ

己の技量と力を尽くし

ここに素晴らしい戦いを奉納せよ!

ダグシオン大剣闘祭の開幕をここに宣言する!

(ウォアーーーッ)(喝采)

なんか聖職の名のもとにデッケェお祭が行われるってことだよ!!!!

というわけで今回は「祝祭」の舞台裏をチェックだ!

 

あくまで世界史赤点野郎の推測お遊びですので「公式の設定」や「正確な歴史的事実」として扱わないようお願い申し上げます。また、ヨーロッパの中世・近世と一言にいってもメチャメチャ広いし長うござんす、地域差や時代差の幅が大きいため、場所や時代を絞った実際の例を知りたい際はちゃんとした学術的な論説をご覧ください。今回は作中の描写から、中世っぽいファーガス神聖王国の文化をおおむね中世後期の北フランス周辺地域として考えています。

また、物語の舞台裏部分は受け手それぞれが自由に想像したり、ぼかしたりしていいものです。当方の推測もあくまで「その可能性が考えられる」一例にすぎませんので、どうぞ想像の翼を閉じ込めたりせず、当方の推測をガイド線にでもして自由で楽しいゲームライフ、創作ライフをお送りください。

あと『ファイアーエムブレム風花雪月』および他の作品の地理・歴史に関する設定のネタバレは含みます(ストーリー展開に関するネタバレはしないように気を付けています)。ご注意ください。

「こんなテーマについてはどうだったのかな?」など興味ある話題がありましたら、Twitterアカウントをお持ちの方は記事シェアツイートついでに書いていただけると拾えるかもしれません。

 

 以下、現実世界の歴史や事実に関しては主に以下の書籍を参照しています。これらの書籍を本文中で引用する場合、著者名または書名のみ表記しています。

ハンス・ヴェルナー・ゲッツ著『中世の日常生活』(中央公論社・1989年)、堀越宏一、甚野尚志編著『15のテーマで学ぶ 中世ヨーロッパ史』(ミネルヴァ書房・2013年)、ロベール・ドロール著 桐野泰次訳『中世ヨーロッパ生活誌』(論創社・2014年)、河原温・堀越宏一著『図説 中世ヨーロッパの暮らし』(河出書房・2015年)、池上正太著『図解 中世の生活』(新紀元社・2017年電子書籍版)、河原温・池上俊一著『都市から見るヨーロッパ史』(放送大学教育振興会・2021年)

 

祝祭古今東西

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 『「カレンダー」事情』のときには、フォドラがセイロスの神託による「帝国暦」で紀元をあらためられ、帝国とセイロス教の支配のもと時を刻んできたことを見てきました。

暦(こよみ)の設定はその土地の慣習の影響を受けながらも、まさに「時の」権力者の権威付けをともなって行われるものです。「計測」や「単位の制定」には非常~に強い権威性があります。「俺の決めた尺度でおまえらの普段の生活を切って割って指示するぜ」ってことですからね。暦を管理することは時空を治めることで、天空の神に代わるがごとき権能です。

 「祭」もまた、暦とセットの社会生活の区切りとして政治的な注目ポイントとなってきました。

「政」を「まつりごと」と訓読みするように、特に宗教をベースとする社会では折々の区切りに適切に「オマツリ」「祭祀」を行うことこそが政治の中心でした。現代的な祝祭のイメージとは行事の感じが違う場合も多々ありますが、どうであれお祭には普段の生活とは違うコストがかかることだけは確かです。現代日本の少子化田舎の地域活動として残ってるお祭の運営、メンドいぜぇ……! 人間の共同体は祭をせずには生きていけないのか……!?

おそらくそうなのでしょうね。

さまざまなコストはかかって面倒くさいし、だけど共同体の大人数に影響する効能がある(と、少なくとも昔は思われていた)からやってるわけで……、しかも多くの人が参加する祝祭はエネルギーが高まりまくってストレートに「危険なもの」でもあり、祭祀中心社会じゃなかったとしても結局その運営の舵を握るのは「政治」の大仕事となります。

 

 祭、つまり祭祀や祭典にはさまざまな目的や型があります。

目的からいうなら、狩猟採集文化であれば自然の豊穣に感謝・鎮め・次も頼むぜという祈願をすることです。捧げものをしたりコミュニケーションをはかったり、仮装によって自然の霊に近しくなって演じたり踊ったりする祭です。このプリミティブな自然崇拝祭はかなりどこにでもあるもので、のちに他の宗教による意味が付与されていったとしても「季節のお祭り」の根っこにはこれが入っていることが多いでしょう。現代日本でも春の田植え時期前の祭や収穫祭、年始に鏡餅をそなえることなどがあるので理解しやすいですね。

冠婚葬祭の「冠・婚・葬」の部分も「祭」の目的になります。結婚式は小さな家にとっても共同体を巻き込む祭になることがありますし、王侯の成婚や葬儀が大騒ぎなのは言うまでもありません。また、「冠」つまり共同体のリーダーの戴冠式というか代替わりの儀式は同時に共同体全体の新陳代謝の祭……すなわち次世代の若者たちの成人式を兼ねることもあります。世代交代にまつわるイベントは大きな節目の祭事となります。

「葬」や世代交代とも似てるのですが、先祖や聖人、死んだものを祀るための祭もあります。「死人」と「祭」って字面だけみると食い合わせが悪いみたいですが日本のお盆やハロウィン、メキシコの「死者の日」もそうだと考えるとだいぶ身近なものです。戦争や種々の災害によって亡くなった人たちへの慰霊祭からはじまる祭も多くありますし、慰霊されるものは人間だけとも限りません。動物に対してとか、人形供養とかもある。

祭でやることの内容としてよくあるのは「供物」「会食」の儀式です。信仰対象に捧げるものはステキな食べ物や物品のほか、生贄、言葉や歌や踊りや演劇のこともあります。ニンダイのPVでも素晴らしい戦いを捧げろって言ってる。古代のオリンピックはスポーツ競技をゼウスと競争の神エリスに捧げた祭でしたし、「けんか祭」スタイルのものもケンカを神に捧げます。共同体のみんなが信仰対象にかしこまって団結して捧げものをして、しかるのちにごちそうを会食するので、根幹の目的はどうあれ祭は共同体の一体感をいやおうにも高めるものとなります。

さらに、オマツリには「共同体の一体感」「なかよし」とかいう場合ではない狂乱もあります。人が死んだり異常行動したりする祭……多い!

 

 祭には単なる非日常というだけでない、おそろしげなパワーもあると思いませんか? 神や死者といった目にみえない畏るべきものがかかわっているからでもありますけど、本来人間の共同体が「節目」を乗り越えていくことはかなり命がけのジャンプだったことの名残もそこにあるのかなとおもいます。「一人前の男になるぞ」っつって危険な祭で死んでたら元も子もないだろと現代の価値観では思ってしまいますけど、家族や共同体が新陳代謝する、人間が家長になれる大人にメタモルフォーゼする、年が新しくなるっていうのはかつては劇的な「生まれ変わり」、「死と再生」だったのです。

共同体や、豊穣をもたらす季節が生まれ変わるためには、いちいち神話的なエネルギーが爆発しなきゃならない。「ディミトリ」という名前に含まれている豊穣の女神デメテルは毎年冬の嵐の姿になり次の春になる。そこが祭の激しさです。その爆発メタモルフォーゼを遂げるためなのか、それとも単にそういう性質の発散なのか、人間は文化によって程度の違いはあれど定期的に日常とは違った自分になってヒャッハーしたい祝祭エネルギーをもっているみたいです。

自然崇拝の「仮装によって自然の霊に近しくなって演じたり踊ったり」をはじめ、普段の人間社会の理性からみると常軌を逸したふるまいが許容され、奨励さえされる……。お行儀のいい「式典」ではない大盛り上がりの「祝祭」にはそういう性質があります。特に、中世ヨーロッパに花開いた都市文化の大衆たちのなかでは……。

 

日本の歴史との比較

「ハレ(祝祭)」と「ケ(日常)」のハレ時期代表といえばやはり年末年始でしょう。日本の年末年始の祝祭習慣で伝統的・全国的なものといえば「大掃除」「正月飾り」「年越しそば」「除夜の鐘」「初詣」「おせち料理」「もち」「雑煮」あたりですかね。

これらのうち「初詣」は江戸時代には一般的でなかった風習です。年始は「家に年神様を迎える」ための時期であるとされるからです。門松を飾ってここに家がありまーすと神様を誘導し、おせちや鏡餅で歓待。米をこねたモチが日本文化の中では神様に通じる神聖な食べ物であることはもちろん、おせち料理も「御節供(年の変わり目の神様への捧げもの料理)」というのが元の言葉です。それらを年神様とともに共食したり、おさがりを雑煮にして食べたりすることで新しい年の息吹をいただくのです。「お年玉」というのはもともとおカネではなくこうした年神様の魂(たま)の宿ったおモチをいただくことをさしていました。供物と会食が一体化しています。

大王(天皇)の即位を正式に成立させる祭事も、その年の新米を祝う新嘗(にいなめ)祭(即位時のものを特に「大嘗(おおにえ)祭」とよぶ)という収穫祭的なもので、共同体の新生と神の力の更新、お米豊穣祈願が合わさっていることがわかります。おコメ、神と人とをつなぐ。「聖なる食べ物を会食することで神と共同体の人々とのつながりを再確認する」という意味合いの祭はキリスト教文化においては「キリストの血肉をあらわすパンとぶどう酒を食べる」聖餐のミサです。同様に宗教の祭礼の中核になっていますね。

新嘗祭は天皇家の儀式だけでなく「勤労感謝の日」として庶民のカレンダーにも残っています。現在「祝日」とよばれているカレンダーの赤い日は(新設されたものもありますが)もともと「祭日」とよばれ、みんながそれ以外の仕事を休んで祭に参加する日という意味合いでした。まあ近現代になるまでは仕事第一優先の「勤め人」なんていなくて共同体や家族のイベントより大事で有意義なことなんかなく、それが生活の軸点だったので当然の暦です。それはヨーロッパでも同じでした。

新嘗祭や聖餐は「聖なるたべものをみんなで食べ神とコネクトしよう」という平和的なものなわけですが、各地域・各神社で「神に捧げるぜ! 神とコミュって力を授けてもらうぜー!」という目的で行われる行為にはじつにさまざまなバリエーションがあります。怪我人や死人が出る場合もある。

日本の過激祭の多くは神社などの地域的信仰をベースとしていますが、ヨーロッパの祭の場合は教会や支配階層が民衆の過激祭をなんとかなだめよう管理下におこうと苦心してきたという歴史が注目ポイントです。ヒャッハーのパワーがより大きいってことかな? 確かに日本に伝来したハロウィンも今大変なカオスになって危険ですもんね。いやそれは日本人のせいか……。

 

場所別 現実とフォドラの祝祭

今回は時代感の進行に合わせて「王国的都市」「帝国的都市」「農村」の順に分けるんですけど、長くなっちゃうので記事では王国的都市まで! つづきはまとめ本で。

 

現実の中世都市の祝祭

 中世の都市はかなり多くの祭をもっていました。『都市から見るヨーロッパ史』によると、

宗教的祭日としては、全キリスト教世界のものと地域的なものとがあった。前者には、キリスト昇天と使徒らの祭り、復活祭と聖霊降臨祭、クリスマス週間などがあり、ほかに聖人祭として、毎月さまざまな聖人を祀る祭りがあった。地域的。地方的な祭りの多くは、その地で崇められている聖人にかかわるものであった。中世においては、大きな祭は全部で30くらいあり、それにさらに10ばかりのものが加わり、1年に80~85日が祭日であった。

現代日本の祝日はもはや「祭」のためのものでなくなっているとはいえ20日が関の山なので年に80日はめまいがするほどすごい。祭のために生きてるぜ!

北ヨーロッパの中世都市にはキリスト教以前の異教の、つまり自然崇拝やトランス状態をふくむ祭の感覚が残っており、その多くが内容を残したままキリスト教的な意味のガワをかぶせられることで存続しました。

冬至の後の太陽の祭がキリスト生誕と結び付けられたような感じで、夏至の生命力を称える祭は洗礼者ヨハネの日に。死者を崇めるお盆的な死者の祭日(サウィン)はすべての聖人の祭日万聖節に抱きこまれます。夏至祭ってホラー映画『ミッドサマー』で描かれたあの花冠の祭ですよ。花冠とか樹木を飾るポールとかは自然のエネルギーを称えつながろうとするもので、占いや男女の縁結び、たき火の周りでドンジャラホイとダンスが行われます。すごく……魔女文化です……。

ミッドサマー(吹替版)

ミッドサマー(吹替版)

  • フローレンス・ピュー
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「おいキリスト教に改宗したろその異教的な祭やめろ!」と言っても祭のために生きてますなぁ~な人たちがやめられるワケないし「はえ? そんなら改宗とかやめるんだが?」となられたら困るので、

「この……祭はえーっと……これこれの聖人のための祭なのです。楽しいですね、聖人を称えましょう」

「そうなんだー、聖人ってすげー」

という話にしておくのが穏便というわけです。キリスト教が北ヨーロッパを変えたのと同様、キリスト教も北ヨーロッパに合わせてムニッと変形。これは日本に仏教が採用されたときに「天照大御神というのは仏教の大日如来のとる姿の一つだったんだよ!」と馴染ませる説明(本地垂迹説)をしたこととも似て、宗教や祝祭にはよくみられる変容です。

また、都市の守護聖人や都市の中の兄弟団の守護聖人を顕彰するために聖遺物とか聖像とかをかついで練り歩く宗教行列(プロセッション)というかたちの祭、王侯が都市に入る入市式パレードの祭など社会的なお祭もありました。

起源がどんなものでも、祭の際には街路や広場が舞台となって飾りつけられ、日常にはないさまざまな娯楽が楽しまれました。教会ではイエスや聖人たちの事績を人形展示や演劇、音楽にして皆に見せ、それが拡大して大規模な歌劇が生まれていきました。

 

 中世の祭の娯楽の特徴をみるうえで今回注目したいポイントは「競技のエキサイト」「カーニバル的ヒャッハー」の二点です。

日常祝祭とは、「集中して発散する」「節約してパーッと使う」「普段は行儀よく祭の日には大騒ぎ」というグーパーのような二極の繰り返しのリズムを描いて、娯楽の少なかった中世ヨーロッパでは特に人間社会の生活の鼓動をつくる心臓のような役割をしていました。

だから祭のときには普段は控えるようなごちそうを食べ、普段なら飲まない量の酒を飲み、普段着ない衣装をつけて、普段穏便にやっている近隣住民と競技でエキサイトし、見世物にはしたない歓声をあげるわけです。ロジェ・カイヨワは『戦争論』のなかで戦争と祝祭の周期性と「道徳が逆転する」しくみは同じだと述べています。だから祭は当然暴力的にもなるし、戦争の代わりになるともいえる。

 

 というわけで祝祭で楽しまれた娯楽のなかで特にプログラム的な目玉なのは「競技」です!

当方は『世界の果てまでイッテQ』が大好きなのですが大輔さんの『世界で一番盛り上がるのは何祭り?』のコーナーでもさま……ッざまな競技が行われますからね。『都市からみるヨーロッパ史』は祭の競技についてこのように書いています。

若者の集団は、それぞれが属する街区や小教区の色の豪華な衣装をはおり、旗をもち、行列し、決められた場所で競争・闘争を行う。ルールはしばしば破られ、流血の事態になった。ヴェネツィアやピサの「橋競技」では、市内の党派が対決して橋を占領する争いをした。勝者は勝ち誇って町中を走り、敗者を侮辱する。素手か棍棒の争いだが、怪我人のみか死者も出た。

日本のけんか系の祭でもメンバーはそろいの色はっぴを身に着けますが、ここに書かれた競技に向かう市民たちはいっそう、きらびやかな紋章の盾や旗や陣羽織を身に着けて戦争に向かう騎士にも似ています

じっさいこの競技は封建貴族たちのナワバリ争いが都市の党派の対立にもちこまれたものだったんですよね。都市の党派っていうのは本当にそういう封建貴族の縁者グループだったり、職業ギルドだったり、どの聖人を奉じてるかだったり。そういう仮想敵との間で本当の戦いがおこったら都市が壊れちゃうのでガス抜きの意味でも、もう一方で党派の団結や一体感の幸福を高める意味でも、定期的に闘争をしたのですね。

競技の内容は引用のようなステゴロ殴り合いもあるし、競馬レース、弓の射的、何かしらのパフォーマンスのできばえを競うもの、騎士階級であれば騎馬槍試合トーナメントなどが人気で、みんなで参加したり応援したりが盛り上がればなんでもあり! 賞品賞金があったり、結果に対してギャンブルが発生することもあります。

競技の党派(チーム)は必ずしも血縁や職業によらない市民の「兄弟団」ごとに形成されることも多く、現代にまで残っています。たとえば、これの成立は近世ですがスペインのカタルーニャ地方の「人間の塔」は同じ守護聖人を戴きお互いに活動コストを払いあったチムメンの団結によってパフォーマンスされます。

こうした団に入ったチムメンは祭のために練習するだけでなく飲み食いの集会をしたりお互いに世話し合ったり、競技しなくても会食をともにしているだけの人や会費だけ払ってる人などもいて、子どもから老人まで日常生活でも幸福を分かち合います

 

 カーニバルをあらわすイタリア語の「カルネヴァーレ」は「カルネ(お肉)」「ヴァーレ(さよなら)」。ひかえていた肉食を解放し貯蔵肉を食べつくす謝肉祭のことです。関連する「カニバリズム」という言葉は現代では人肉食嗜好をあらわしがちですが、根本的には「他人や獣の肉を食べることによってその力や魂を取り入れる」という呪術的な考え方を含んだものです。

カーニバルの活力解放の感じはギリシャのディオニュソス祭やローマのバッカス祭……つまり、お肉食べて獣のエネルギー充填、お酒飲みまくり踊りまくりで乱痴気ヒャッハー! という文化から続いてきているものです。飲み食いの逸脱だけでなくあらゆる情熱が沸騰し、街は悪魔的な仮面であふれ、過激な仮装や野蛮な行為が爆発。

いうまでもなく、教会の秩序からしたら、秩序壊乱ご禁制のスーパー異教エネルギーです。ヤバしかない。まあ確かにキリスト教の聖餐もキリストの血と肉を……とかで異教のカニみが残されているといえばそうなんですけど、カーニバルはそういう道徳的なお化粧をするつもりもない。

しかも都市ではカーニバルが支配層に対して集団で意義を表明するデモの性格もおびていたので、教会をはじめとした権力者は禁じようにも止められない民衆のカーニバル欲動に痛い頭をユッサユッサされつづけたのでした。

 

フォドラの王国的都市の祝祭

 「戦争の代わりとしての競技と発散」「キリスト教化される前の獣的パワーの情熱」と書いているとなんともディミトリ的な話です。戦闘を好むゲルマン民族がキリスト教に、ブレーダッドパワーがセイロス教にお行儀のよい騎士として馴らされてきた歴史についてはファーガスのテーマカラー「青色」を通じて↓こちらの記事↓でも語っています。

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作中ではセイロス教の総本山でお行儀のいい行事しかなかったり、戦争中だったりして、ワチャワチャしたお祭が描かれることはありませんでしたが、おそらくファーガス地方やレスター地方の多くの都市では現実の中世のようなお祭が多く行われています。『無双』のマップ上イベントでも技比べコンペのような遊興に行き合うことが多くあり、ああいうのも祝祭の競技イベントです。

きっとディミトリは(自分が対等に参加すると物理的にもぶち壊しになってしまうことは寂しいけど)民衆の祝祭のエネルギーや競技を見るのが好きなのでしょうね。鷲獅子戦とその後の宴がそういった祝祭に一番近いシーンなわけですが、思えば他の級長よりディミトリが一番「楽しかったあ」「先生の心も感じられて嬉しいなあ」という様子をしていました。

競技の内容はファーガス地方なら馬上槍試合や競馬、武芸大会、力自慢、綱引きなどの運動会ガチ種目的なものが好まれそうですし、レスター地方だと同盟領成立の角弓の節には特に勢力のカラーである弓のコンペがテッパンであることでしょう。競技があるし肉料理多くなるから内心フェリクスはお祭好きだったりして。お忍びで競技大会に紛れ込む公爵家嫡子。

 

 祭のタイミングとしては四聖人の日をはじめとしたいろいろの聖人節建国記念日、都市にゆかりのある英雄偉人のいさおしにちなんだ祭、名産品に関する祭なんかもあるでしょう。広い地域で大きく祝われていそうなのは以下の祝日です。

 

  • 大樹の節(4月)1日 新年、帝国建国記念日
  • 竪琴の節(5月)21日 聖マクイルの日。おそらく音楽の祭
  • 花冠の節(6月)夏至 夏至祭にあたる生命と恋の祭がありそう
  • 青海の節(7月)12日 聖セスリーンの日
  • 青海の節(7月)26日 女神再誕の祭
  • 角弓の節(9月)8日 同盟領成立記念日
  • 飛竜の節(10月)27日 鷲獅子戦争終戦記念日
  • 赤狼の節(11月)21日 王国建国記念日
  • 星辰の節(12月)27日 聖キッホルの日。冬至後の太陽の祭と習合しそう
  • 守護の節(1月)11日 聖セイロスの日。同じく太陽の祭と習合しそう
  • 孤月の節(3月)2日 聖インデッハの日

 

各聖人の日は彼らの誕生日らしいので毎年日付は動かないはずです。女神再誕の日は風花雪月のゲーム発売日とあわせるシャレを含めて設定されているところもあり、ソティスの「誕生日」ではありませんが、青海の星が夜空に戻ることを基準としているので毎年一定としてもいいでしょう。

現実でクリスマスにあたる日程はガルグ=マク落成記念日となっており、冬至後の「太陽の祭」にあたるものが世間で祝われてるかは不明ですが、聖セイロスの日はそれと感覚が近そうです。現実では1月6日が幼子イエスの世に示された「御公現の日」として年末年始休み終わりの仕事始めとなっているので、フォドラでの聖セイロスの日にもセイロス降臨記念祭のパレードとかがありそうです。「キッホルの日からセイロスの日までは冬休み」とかあったりするかもね。

ちなみに冬至そのものはディミトリの誕生日、エーデルガルトの誕生日は夏至に設定されています。エルサとアナと同じ関係ですね。殺して産む輝き燃える生命の女と、命死に果てた寒さどん底から復活する弱い光の男

 

 鷲獅子戦争終戦記念日は帝国にとっては版図を分割されたちょっと苦い思い出の日ということになりますし同盟にとってはその後の三日月戦争が本番ですし、勝利を飾ったメインメンバーの末裔である王国にとっても「終戦した→王国が建国」という流れなので建国記念日と意味合いがカブり、どんな感じに祝われているかはちょっと謎です。まあ中世人のマインドにとっては祭なんて何が口実でも10月下旬にも11月下旬にもあれば嬉しいでしょうけどね!

ただ中央教会にとっては割れたフォドラを仲裁してファーガス地方にも布教を行い平和を敷いてきた歴史を記念すべき日であることは間違いないので、フォドラの子供たちよいつまでも助け合っていくのですよ……というメッセージをこめてガルグ=マク士官学校ではグロンダーズ大運動会を開催。

 

 新年が4月、ガルグ=マクだけでなくいろいろな年度も4月はじまりになっていそうなことからして、孤月の節(3月)には新年の準備のための特別な品や服や道具の新調のための市(現代でいう「新生活応援フェア」みたいな感じも混ざる)が開かれて春っぽくなってきた浮かれ調子も手伝って経済が動きそうです。年末には例年はガルグ=マク士官学校の卒業式典もあります。3月2日の聖インデッハの日には工匠であった彼にちなみ職人の技や工業を称えるコンペや大市を中心とした祭があったりするかもしれません。

年末年始のどこかでは領主や名士の館でふるまいの宴があって、庶民はそこでもらったおこぼれを家に持って帰ってみんなで食べるでしょう。その時期の気候から年末年始のごちそうの定番を考えると、現実のヨーロッパの慣習でいう「復活祭(イースター)」に近そうです。

イースターっぽいのであれば、孤月の節の春の気配を感じながらも粛々としたムードから考えるに、年末付近には現実の「四旬節」にあたる断食期間があるのかもしれません。断食といっても魚や野菜は食べていいのですが、「新しい春の復活の祭」に向けて肉を断って祈る時期です。ためこんでいた冬の塩漬け肉をこの断食をする前(2月中ごろ)にワーッて一気に食べまくり「お肉さよなら」するのが例の謝肉祭、カーニバルです。

本編で2月~3月というと、先生の変貌やなんか戦の不穏な気配があることにみんな緊張クライマックス状態でそれどころではありませんが、下界の都市では逸脱的なヒャッハー祭→断食節制期間→年始の祝祭のパーグッパーの流れの時期だったのかもしれませんね。ちょうどそのころってフェリクスも誕生日だし。

 

帝国的都市の場合

農村の場合

は、まとめ本で!

 

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グロスタールの紋章(隠者)―FE「無双」風花雪月とアルカナの元型④

本稿では『ファイアーエムブレム風花雪月』および主に『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』の中の「グロスタールの紋章」と「ローレンツ=ヘルマン=グロスタール」「エルヴィン=フリッツ=グロスタール」およびグロスタール家と「隠者」のタロットの対応について考察しています。紋章と大アルカナの対応の目次はこちら

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以下、本編および無双の各ルートのエンディングまでのネタバレを含みます。

風花雪月の紋章のタロット読解本、再販してます。

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 この『FE風花雪月とアルカナの元型』シリーズでは、作中に登場する英雄の遺伝表現型「紋章」の描写とタロット大アルカナがひとつひとつ対応して設定されてるみたいだぞ、という話題をずっと書いてきて全紋章の読解を同人誌にしたため上梓しました。

そして『「無双」増刊号』として、より高解像度に印刷したおまけタロットカードをセットにしたご愛読者様限定のミニ本を昨年6月発行いたしました。今回の記事はその内容のWeb再録第四弾です。

物理本のお求めはこちらのリンクから 本編の読解本をお持ちでない方はセットでお求めください。

 

 今回の記事内容は「グロスタールの紋章」と「隠者」のアルカナの読解です。

 

前提、「隠者」のアルカナ

 古の十傑直系のグロスタール家やその親戚、あと「闇に蠢く者たち」の血の実験で無理矢理大紋章を付与されたっぽいリシテアのもつ「グロスタールの紋章」はタロットだと「Ⅸ 隠者」に対応しています。

すでに本編から読み取れる各アルカナのモチーフについては単独記事をもうけています。↓このへん↓を前提としたうえの追加で今回はしゃべっているので、よろしければまずこちらをご参照ください。

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すでに当該記事、または拙著『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』を読了されてる方は、ざっくりした「隠者」の性質(各アルカナの意味に特に関連深いところは以下赤字であらわします)だけおさらいして本題へどうぞ。

「Ⅸ 隠者」は本編だとローレンツという若者が代表していましたが、本来は「隠居老人」的なアルカナです。『無双』のゲーム中で実際にご隠居あつかいになったりもするグロスタール伯=ロレパパが登場することで、よりアルカナの個性が補強されました。それだけでなく、グロスタール家がまさに「レスター諸侯同盟」の代表たる意味が示され同盟という政体の意味が充実したのも大きなポイントでした。

「隠者」の主な意味

正の意味

助言者、賢者、思慮深さ、精神世界の充実、瞑想、経験豊富

負の意味

陰険、頑迷、邪推する、消極的、社会性の欠如、秘匿する

 

隠者 グロスタールの紋章(ここから本文)

 グロスタール家の描写の大幅増強により、グロスタールの紋章の表現も増えました。

 一方リシテアは「帝国に自領をいじくり回された恨みと拒否感をよく口にし、干渉されないために闘志を燃やしています

また、リシテアとグロスタール伯に関する外伝ではグロスタール伯がリシテアの父コーデリア伯と激しく議論を戦わせながらも政治的同志、戦友として対等に尊重信頼し合っていることが描かれました。本編ではリシテアが「早く父母を貴族の責務から解放してラクをさせてあげないと」とばかり焦るのでコーデリア伯には弱弱しい老人のようなイメージがありましたが、グロスタール伯と遠慮容赦なく論戦するとはなかなか力強い。そんなにご老体でもないのかも。コーデリア伯が何の紋章を宿しているかはわかりませんし将来的に家を畳もうと思ってもいるのでしょうが、「父母のために早く隠居しなきゃ!」とやっきになっているのはリシテア個人の感覚なのかもしれませんね

 

グロスタール伯の「隠者」―もう一つの深謀遠慮

 ローレンツの父・エルヴィン=フリッツ=グロスタール(いわゆるグロスタール伯)が無双の「隠者」代表であり、ローレンツは彼との対比的に比較的若々しい面が描かれています。
とはいってもグロスタール伯は本編のローレンツに顕著だった「偏屈」「頑迷」「自分なりの真実を目指す」という特徴を示しているわけでもありません。彼が表すのはクロードのすべてを疑う「土」元素の深謀遠慮と対をなすもう一つのレスターらしい「土」の深謀遠慮です。

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ちなみに、小アルカナの四つのスートに四大元素が対応しているだけでなく大アルカナの各カードの性質にもどの元素寄りかがあり、頑固さや自分の領域の固守、利己をあらわす「隠者」のアルカナはもちろん土元素の性質がバリバリ強いアルカナ。各勢力の支配家の紋章が作中での勢力のテーマ四大元素に対応しているということは全然ないのですが、グロスタール家こそリーガン家よりもレスター諸侯同盟の代表たるにふさわしい! という態度にも納得です。

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 グロスタール伯の「隠者」の示すこの土元素らしさは、クロードと同様レスター地方の土元素の社会的な観点での「短所」「限界」も顕著に表しています。

ローレンツの「隠者」は偏屈で頭が固い老害みたいという土元素の個人的な短所をあらわし、クロード率いる同盟の方向性が利害中心でやり方が小汚く節操なしで悪徳商人と紙一重という土元素の社会的短所をあらわしていた(クロードの詳細については拙著『月の裏側―無双クロードは「何だったのか」』もご参照ください)のに対し、グロスタール伯は保身のため長いものに巻かれ、社会が悪いほうに転がっていっても言いたいことが大っぴらに言えないという土元素の社会的短所をあらわしています。

命や穏やかな生活、経済活動を至上とするレスター地方の土の価値観は現代日本人には最も共感しやすく、本編でも無双でも「クロードが戦争を止められるならとりあえずのハッピーエンドに最も近いのでは」という感覚を無意識にもちやすいです。しかし現代の日本がどんどん「平穏な生活が大事だから主張して波風立てたくない」「家族の安全のためには告発や真実追及はできない」という傾向を強めていくように、「命が軽かった」時代のほうが「どうせいつ死ぬかわからないんだからやるだけやってやる」と踏み出せた側面はあります。

悲しく難しいことに、身近な人の命や安全の価値の比重が重くなると人は正しいことのためにも戦えなくなってしまうことがあるのです。それが同盟にとっての戦いです。

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陰湿

 本編ではグロスタール伯は「早々に帝国派になる」「早々に復活ネメシス軍に吹っ飛ばされる」「前リーガン公やラファエルの父母が亡くなった魔獣襲撃事件を手引きした疑いがかけられている」など、めちゃ悪い奴というわけではないが、ローレンツをやな方向に進化させた感じの卑怯で気位ばかり高く陰謀体質な骨川スネ夫系貴族なのか?という印象がもたれるような描写でした。

フォドラ的にもそういう評判であるようで、現実的な政治の解像度を上げてきた無双のモブ会話では「伯爵は自ら戦う気などない(怒)でも伯爵のご機嫌を損ねてはのちのち厄介だから言うこと聞いてご子息にも気を遣わないと」だの「伯爵が盟主になって得をするのはおそらく伯爵だけだからそうはならなかった」だのなかなかの言われようです。「エドマンド辺境伯はま~た金しか出さない」とかより悪印象の評判だよ。

 

 実際はグロスタール伯としてもいろいろ考えて領主としての最善を行い、コーデリア家の窮地が感じとれたのに見殺しにしたのも帝国との関係を考えれば無理からぬこと、前リーガン公事件も闇うごに裏操作された濡れ衣だったことが無双では判明しました。それにしても普段から陰湿な性格ややり口であることは事実のようです。

ジュディットは「(クロードとグロスタール伯は)あくどい企てに長けている点で案外気が合うのかも」と言っていますし、グロスタール伯はミルディン大橋付近において帝国軍の動きを抑えるため、黄燎ルートでは嫌がらせをして進軍を遅らせる、赤焔ルートで帝国に臣従し隠居の身になったら帝国の管理するところとなったミルディン大橋でこれ見よがしに毎日釣りをして牽制し続けるという策をとっています。デバフデバフ。

青燐ルートでクロードがグロスタール伯について語った「面従腹背」という言葉がまさにそれですが、正面衝突ではなく「いや~私はただの老人であって敵意とかじゃありませんよ~?」というおとぼけ面をして相手にデバフをかけるタイプの座り込み型プロテストは戦士でも王者でもない隠遁賢者の戦い方です。

 

泥をかぶっても

 前リーガン公事件は濡れ衣だったのですが、普段の行いの「印象」がよくない(行為が善でも)と、高名な人ほどあらぬ疑いをかけられてしまうものです。しかしグロスタール伯は自分の評判が悪辣っぽくなることは意に介していないようです。たとえばこれが王国的な騎士貴族の感覚であれば、なんやかんや大義をつけて行いを名誉化正当化し自分にもそれを信じ込ませられる範囲の行動をしたいものですが、伯にそんなのは必要ない。ドライな判断です。こういうところはクロードやエドマンド伯などの代表的レスター諸侯に共通点する信条でもあります。

「我が子同然」「私の子供たち」と呼び責任をもって慈しむ領民たちの安全と利益を守るためどんな状況でも自領の有利をつかもうとし、体裁や格好のよさよりも汚れても実をとるグロスタール伯はまさに土元素を体現した名士です。

誰になんと悪口を言われようと、恥じることはありません。自分の心だけが本当のことを知っていればいいのです。

 

 

ペルソナシリーズのアルカナの旅路もよろしくね!!

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ダフネルの紋章(戦車)、ブレーダッドの紋章(力)―FE「無双」風花雪月とアルカナの元型③

本稿では『ファイアーエムブレム風花雪月』および主に『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』の中の「ダフネルの紋章」と「イングリット=ブランドル=ガラテア」およびガラテア家、「ブレーダッドの紋章」と「ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド」「先王ランベール」および紋章をもてなかった「リュファス=ティエリ=ブレーダッド」と「戦車」「力」のタロットの対応について考察しています。紋章と大アルカナの対応の目次はこちら

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以下、本編および無双の各ルートのエンディングまでのネタバレを含みます。

風花雪月の紋章のタロット読解本、再販してます。

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 この『FE風花雪月とアルカナの元型』シリーズでは、作中に登場する英雄の遺伝表現型「紋章」の描写とタロット大アルカナがひとつひとつ対応して設定されてるみたいだぞ、という話題をずっと書いてきて全紋章の読解を同人誌にしたため上梓しました。

そしてこのたび『「無双」増刊号』として、より高解像度に印刷したおまけタロットカードをセットにしたご愛読者様限定のミニ本を6月発行いたしました。パフパフ~~ 今回の記事はその内容のWeb収録第三弾です。

物理本のお求めはこちらのリンクから。パスワード式の限定品ですので、お手元に『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』の本をご用意ください。

うっかりお手元に本がなくてパスがわからない方は記事の最後にヒント書いたよ

 

 今回の記事内容は「ダフネルの紋章」と「戦車」のアルカナ、および「ブレーダッドの紋章」と「力」のアルカナの読解です。

 

前提、「戦車」と「力」

 古の十傑直系の本家であるダフネル家では途絶え、ガラテア家にギリ伝わる「ダフネルの紋章」はタロット大アルカナの「Ⅶ 戦車」に、ファーガス王家に伝わる「ブレーダッドの紋章」は「Ⅷ 力」に対応しています。

すでに本編から読み取れる各アルカナのモチーフについては単独記事をもうけています。↓このへん↓を前提としたうえの追加で今回はしゃべっているので、よろしければまずこちらをご参照ください。

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すでに当該記事、または拙著『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』を読了されてる方は、ざっくりした「戦車」「力」の性質(各アルカナの意味に特に関連深いところは以下赤字であらわします)だけおさらいして本題へどうぞ。

「Ⅶ戦車」と「Ⅷ力」はウェイト版では番号が隣接しているだけでなく、風花雪月のファーガス神聖王国においては「戦士・騎士の光と闇」のような意味合いをあらわすセットです。それは、イングリットが光でディミトリが闇という単純なことじゃなくて、どちらにも別のライトサイド/ダークサイドがあらわされているっていう意味で。

「戦車」の主な意味

正の意味

体育会系の若者、栄光の旅立ち、勝利、開拓、有利な情勢、成功体験

負の意味

未熟、挫折、前しか見えない、直情的、復讐、知性に欠ける

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「力」の主な意味

正の意味

武道の師、無限の力、獣性を抑える理性、堅忍不抜、意志強固、寛大

負の意味

暴走、欲望に負ける、決着がつかない、自責、苦痛を受ける

 

戦車 ダフネルの紋章(ここから本文)

 本編でも「ペガサスナイトといえばイングリット」、地の猥雑なぬかるみに足をとられないさわやかな機動性清廉な若き英雄の絵面では他の追随を許さなかった物語の理想の騎士・イングリットです。

無双では彼女の実家ガラテア家の土地がただ貧しいだけでなく天馬の好む牧草地を有していること、ガラテアの天馬騎士は精強でよく統制のとれた騎士団として他国にも名を響かせているということが新たにわかりました。ガラテア天馬騎士団と英雄の遺産が、新参のガラテア家をして目の据わった北部名門諸侯と肩を並べるほどの「ご恩を賜り、他の名家に劣らぬ待遇を得」させたゆえんなのでしょう。

それにしても人間の食べるものもないのに軍馬の産地で、領主は空腹に苦しみながらも輝く槍を振るうキラキラの英雄であることを皆に求められ、自分もそれに応えたいと思っているとはまさに武士は食わねど高楊枝、ガラテア家はアネットとはまた少し違う側面から「ザ・王国貴族」の苦しみの典型例を高解像度で示してきています。

 

 作中の時代ではかなりレアものになってしまっているダフネルの紋章(十傑の直系である本家でさえ数代途絶えている)をもつと考えられるキャラクターが、無双にはイングリットの他にもう一人語られました。イングリットの祖母です。

シェズとイングリットの支援会話の話の中で「先代のガラテア伯」として語られること、その息子ということになるイングリットの父の代は正式にはイングリットへの中継ぎとして暫定的に領地を相続している状態であることから考えて、イングリットの祖母はダフネルの紋章を持った最後のガラテア伯だったということになります。

シェズがベルラン団長から聞いたことのあった逸話は、最初は単なる雇い主だった領主に忠誠を誓った「トビアス傭兵団」は剣を捧げるだけでなくその領地の発展のために尽力したというものでした。傭兵団は傭兵の仕事の枠を越え、領主のほうも「傭兵は戦いのときだけ金で雇う、貴族とは暮らす世界が違うもの」という固定観念を越えて互いに両の車輪のごときビジネスパートナーシップと友愛で結ばれた……という奇縁の逸話の「領主」というのが、イングリットの祖母だったのでした。

「トビアス傭兵団は貧しい土地を必死で開墾した」という話からして祖母の代からすでにガラテア領の実りの乏しさは目立っていたようです。さらに、イングリットの父の代ではどうしても紋章持ちの子が得られなかったという事情、そして「祖母」が女性であることからして間違いなく跡継ぎをつくって産んで無事に育てるという大事業にも途方もない力を使ったはずです。

ダフネルの紋章を持っていたなら小器用でないまっすぐな性情をしていたであろうイングリットの祖母が「やることが……やることが多い……!」と大わらわになったであろうことは想像に難くありません。その「やることの多さ」を柔軟に支え、ともに難局の坂道発進S字クランクを乗り切った友が彼女にはいたのです。

そして、本編からイングリットは自領の農業事情の改善につくす進路が多めですが、トビアス傭兵団が彼らの主に「農地の開墾」「商売」を捧げたというのもイングリットの「戦車」が進むべき道の暗示です。カードイラストの構図でもそうした通り、馬のひく車は戦車にしか使ってはいけないものではなく畑を耕すトラクターにもなるし、荷馬車にもなる

そして柔軟なやり方を考え仕事の手綱を誰かと分かち合うことで、かえって夢見た正しき騎士のあり方に近付けることもある。それも「運転」「操縦」の神秘です。

 

力 ブレーダッドの紋章

 本編ではディミトリ自身を引き裂かんばかりの悲しみの暴威の激しさとしてエモーショナルに描かれていた「力」アルカナの性質。無双では本編よりも序盤から、そしてより細やかな部分でブレーダッドの紋章の複雑さが描かれることになりました。

 序盤に現れるのは伯父リュファスです。

彼は紋章とは別のブレーダッド王家の特質としてかなり膂力のある騎士でありながら、幼少時から英明で知られ政の才があるということが無双で新たに語られました。紋章とディミトリ以上の猪武者の素直な善良さと天稟の軍才をもった弟・ランベールと思い合い助け合えれば、まさに「力」のカードの伝統的構図に描かれている理知の乙女と獅子のようになれたでしょう。紋章ゆえに王位を継ぐことになったランベールもそれを望み兄に友好的に接していたようです。しかし、そうはならなかった。

「コルネリア……私は、あの化け物どもの目が恐ろしくて堪らない。
 獰猛な獣が、なぜ人と分り合えぬのかと本気で悲しむ素振りを見せるのだから……
 ……心の底から気味が悪い。」

「ふ……ええ、そうでしょうとも。
 そのお気持ちは、私にもよくわかります。」

「弟を殺した日から、いつも同じ夢を見る。
 獅子が私の首を食い千切る夢だ。(中略)
 ……私はただ、疲れたのだよ。
 恐怖にも、己自身にも……何もかもにな。」

コルネリアが馬鹿にした憐憫だけでなくわかりみを示しているのは、ランベールやディミトリの怪獣の力と裏腹の慈愛の態度が女神の眷属たちに似ているからです。たとえ善意であっても強力な力をもつ者は余人に怖がられ、対等に信頼されることが難しく、感覚も違う。

その恐怖と難しさと不断の擦り合わせに耐えることが「力」のアルカナに描かれている戦いなのですが、リュファスはその戦いに負けてしまったのだということがこのシーンにありありと描かれています。

猛獣と近く付き合うためには、圧倒的な力への恐怖と戦い、ときには指の一本や二本うっかり食いちぎられることもある覚悟をし、愛をもってコミュニケーションを試みつづけ、決して目を離さないことが必要です。ランベールがダスカーに対して示したような覚悟と愛と忍耐。とほうもなく、眠る間もないような、忍耐です。恐ろしいほどの体力を消耗することだとわかると思います。

リュファスの顔貌には弟に王位を譲った恨みや野望なんかはなく、彼が言う通りの「恐怖」「疲れ」ばかりが刻まれていました。

リュファスだって弟の示す友好的な態度に応えたいと思わなかったわけではないでしょう。ただ、疲れ果てて、猛獣を「もううちでは飼えないんだ、ごめんねごめんね」と殺処分しようとした瞬間、彼の心は食い殺されてしまった。

 

 ディミトリはケタ違いの忍耐の力(それでも本編では復讐の暴威のほうが強力に振り切れてしまった)で明らかに敵でマジ好きじゃない伯父をも包容しようとし、そういうことをするから悲痛が増えます。「死んで当然、せいせいした」って切り捨てれば楽なのに。

ディミトリが守ろうとする「国」はダスカーの悲劇の一党をはじめとして騎士本来の高潔さもなんもない腐った屋台骨に満ち満ちており、無双ではそれらを次々粛清、頭を挿げ替えていく怖い政治をしくことになりますが、それすら彼は背負う罪と思い、全く「せいせい」なんてしません。

ディミトリは民を「無辜なるもの」「守り、与え、(アッシュのように)活躍したいと望むなら支えて後援すべきもの」と考えています。民を信じ愛するディミトリの考え方には、「民草は善良なわけではなく愚かで、力がないからおおむね無害な存在なだけ。食い詰めて賊徒と化すことがあるだけでなく、余裕ができてもどうせ大衆は愚かな悪をなすだろう」という穴があるようにも思えます。

しかし、ディミトリはおそらくそうした愚かさや危険さをひっくるめて民を信じ愛している愚かさや危険や遅遅とした歩みや苦難に根気良~く付き合うことこそが王侯の仕事だと考えているのだと思います。

 

 本編の煤闇の章や、無双のユーリス支援ではディミトリが決して清らかで美しいとはいえない卑小な民の暮らしに分け入って、危険をなんとも思わず図太く平然と民への愛情を示し、むしろお綺麗に整えられた表通りよりも愛しているさまが描かれています。

エーデルガルトならばしばらくショックを受け「なんとかしなくてはね……」と眉間をおさえ、ヒューベルトに「エーデルガルト様はこのような小さなこと臣下に任せて大事をお為しください」つって首根っこ掴まれてひっこめられるようなところです。卑俗なる民草の代表者であるユーリスも「今のところディミトリの政の評判は上々だから、早死にされると困る」と評しています。

庇護する民のお尻を叩いて産声を上げさせより高みへ引っ張り上げるエーデルガルトとも、強い王者をやめ弱みを見せ合うことで自主性と自律性をもった小リーダーたちを育てるクロードとも違う、愛情無双、体力無双の英傑ならではのディミトリのリーダーシップです。

 

 

次回の「無双」増刊号は「0 愚者」と「Ⅰ 魔術師 聖マクイルの紋章」の二本を一記事に収録予定。愚者は紋章の話ではなくシェズ&ラルヴァの立ち位置の話なので、物理本のアルカナとの対応記述にラルヴァの正体と思惑と無双テーマについての読解も追加するかも? 体調が最悪なのでゆるゆるやっていきます。

 

ペルソナシリーズのアルカナの旅路もよろしくね!! この記事シリーズと対応させるためにもペルソナ版の「力(剛毅)」アルカナも書いていかないと……。

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あわせて読んでよ

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聖セイロスの紋章(女教皇)、ドミニクの紋章(女帝)―FE「無双」風花雪月とアルカナの元型②

本稿では『ファイアーエムブレム風花雪月』および主に『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』の中の「聖セイロスの紋章」と「エーデルガルト=フォン=フレスベルグ」、「ドミニクの紋章」と「アネット=ファンティーヌ=ドミニク」と「女教皇」「女帝」のタロットの対応について考察しています。紋章と大アルカナの対応の目次はこちら

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以下、本編および無双の各ルートのエンディングまでのネタバレを含みます。

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 この『FE風花雪月とアルカナの元型』シリーズでは、作中に登場する英雄の遺伝表現型「紋章」の描写とタロット大アルカナがひとつひとつ対応して設定されてるみたいだぞ、という話題をずっと書いてきて全紋章の読解を同人誌にしたため上梓しました。

そしてこのたび『「無双」増刊号』として、より高解像度に印刷したおまけタロットカードをセットにしたご愛読者様限定のミニ本を6月発行いたしました。パフパフ~~ 今回の記事はその内容のWeb収録第二弾です。

物理本のお求めはこちらのリンクから。パスワード式の限定品ですので、お手元に『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』の本をご用意ください。

うっかりお手元に本がなくてパスがわからない方は記事の最後にヒント書いたよ

 

 今回の記事内容は「聖セイロスの紋章」と「女教皇」のアルカナ、および「ドミニクの紋章」と「女帝」のアルカナの読解です。

 

前提、「女教皇」と「女帝」

 アドラステア皇家とセイロス教中央教会枢機卿に伝わる「聖セイロスの紋章」はタロット大アルカナの「Ⅱ 女教皇」に、古の十傑ドミニク直系のドミニク家など王国貴族に伝わる「ドミニクの紋章」は「Ⅲ 女帝」に対応しています。

すでに本編から読み取れる各アルカナのモチーフについては単独記事をもうけています。↓このへん↓を前提としたうえの追加で今回はしゃべっているので、よろしければまずこちらをご参照ください。

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すでに当該記事、または拙著『紋章×タロット フォドラ千年の旅路』を読了されてる方は、ざっくりした「女教皇」「女帝」の性質(各アルカナの意味に特に関連深いところは以下赤字であらわします)だけおさらいして本題へどうぞ。

女教皇と女帝を今回セット記事としたのは、この2つの隣接したアルカナ両方が「母親役割」「社会の中の女性ジェンダー」「母性の女神」の性質をもち、それでいて違う意味だからです。

「女教皇」が理知的・教育的で子供たちを守り導くことにおいてリーダーシップをとるママである一方、「女帝」はあったけえ無償の愛とアンパンマンが自分の顔を食べさせるようながんばりで家庭の生活を守るおっかさんです。

「女教皇」の主な意味

正の意味

少女、変容、女性の生理、感性の鋭さ、聡明、教育、慈悲

負の意味

ヒステリー、不穏、孤独、無理解、スパルタ式、秘密の暴露

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「女帝」の主な意味

正の意味

母親、妊娠、性愛のよろこび、豊かな実り、努力、家族の無償の愛

負の意味

ひがみ、挫折、過保護、スポイル、無駄、周りが見えない

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女教皇 聖セイロスの紋章(ここから本文)

 「神をも焼き尽くす炎」であり「変革と狂気の巫女としての女教皇」であった本編のエーデルガルトの描写に比べて、無双ではエーデルガルトの「子を庇護する母としての女教皇」、セイロスの紋章とセイロスとの約束の冠を戴くアドラステア皇帝の本来的な姿が描かれました。

 制作側の表現意図として、本編はよりセンセーショナルに彼女の血を厭わない覇道ぶりを伝える特徴づけをしたかったはずなので、本編ではエーデルガルトは闇うごとタッグを組んでラスボスの立ち位置にいました。ファイアーエムブレムで伝統的な「赤い敵の帝国」のラスボスヒロインを描きたかったのもあり、本編のエーデルガルトはなかなかの悪行の道を進みました。

本編で「悲劇の過去をもつ敵帝国の覇道の皇帝」というキャラ見せはじゅうぶん成ったため、無双では闇うごと手を切ってまともな人間の手続きによる戦争をプランニングするバージョンを描くことができました。力が足りないことだけは不本意ながら、ある意味「王者として彼女が本来やりたかった方針」は無双のものであることになります。
本編と違う無双のエーデルガルトの方針は以下の通り。

  • 南方教会を再興。中央教会を帝国の管理下にすることを狙う。

セイロス教徒であるフォドラの民たちを新しい秩序で教え導くため。

  • 「帝国は臣従した者を必ず守る」という公約で臣従を勧告。

問答無用の征服ではなく「従うか、敵するか?」と聞いて落ち着いて調略し、味方になった者は手厚く庇護する。

 より保護的になったエーデルガルトママ。アドラステア皇帝は本来フォドラすべての民を守る覆いです。それでも「従うか戦うか白黒つけろという態度は、「女教皇」ならではのパッキリした少女性ですね。

 

女帝 ドミニクの紋章

 アネットとドミニク家の「女帝」は本編よりも悲劇的な側面の解像度が上がったアルカナのひとつです。

 ドミニク家をとりまく状況は、本編では「十傑の直系ながら、当主が紋章をもたず政治勢力的にも弱小の家なので周囲の諸侯の顔色をうかがって身を守る必要がある」ということくらいしかわかりませんでした。無双ではドミニク領ののどかな美しさ、交易の豊かさが判明しただけでなく、赤焔ルートでの敵としての描かれ方が際立ちました。ドミニク家とアネットは「英雄の遺産を持った十傑直系」として、ガタガタの王国西部諸侯の負け戦の士気を上げるために戦わせられるのです。

本編でもアネットが伯父さんに「紋章持ちの騎士の娘なんてボサッとしてたら貴族の男に買われてそれで人生終了だ」と言われて厳しく育てられたというエピソードがあり、拙著の中でそれは「女帝」アルカナのもつ身体やがんばりを搾取される女性ジェンダーの運命を示していると述べました。

赤焔ルートでセイロス教旧来の規範が生む馬鹿馬鹿しい悲劇を強調し、エーデルガルトが壊したいものが心で理解できる戦いとして、「騎士貴族階級に生まれたから、負ける戦いも立派に戦って死ななければならない」「名誉ある家と血に生まれたから、『みんなを元気づけたい』だけの戦いを好まない優しく愛らしい娘さんが命を削る武器を握らされる」アネット戦の位置付けはむごく、みごとな演出です。

 

吟遊詩人シモン

 無双で新たに存在が確認されたアネットのいとこ、ドミニク家の紋章持ちの嫡子であるシモンらしき男が帝国の前哨基地に登場するのも象徴的です。

彼はアネットと同じく歌と平和の謳歌を愛し、騎士として戦って死にたくなんかないという性質です。しかし彼の家柄と血に宿った紋章がそれを許してはくれず、アネットを含む家族にこんな戦争からはみんなで逃げてしまおうと言いたくても絶対断られるので、彼には放蕩息子と呼ばれ家族と永遠に別れるという極端な選択肢しかなかったのです。家族が嫌いなわけじゃないのに。そこにいると自分の人生が吸い尽くされてしまうからです。

シモンくんがただシモンくんとして生きられる場所は王国にはなく、たとえ家族の仇にあたる勢力でも、もはや帝国が秩序を変えてくれるかもしれないと思ってそっちに流れていくしかありません。戦後の日本人がアメリカの勧めてきた日本国憲法に自由で平等な人権のある世の希望を見ていくみたいな、愛するものや自尊心を焼け野原にしながらもトボトボ自分の人生を歩き出すシモンくんだったのですね。幸あれ……。

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そういう話題の『虎に翼』もオープニングからして女帝アルカナ話だから見よう

 

アネットの新曲

 無双ではさらにパワーアップしたアネットの歌も聞けます。「あつあつの身体でお風呂に入ろうの歌」「沼の底から色とりどりの魔獣の歌」「数百匹の熊が輪になって踊る歌」と盛りだくさん。お風呂の歌は本編でフェルディナント・マヌエラ支援にも登場した歌劇の曲、

赤き雨を浴びて、燃える大地越えて 空を割る剣を、呼び戻す天を 
復讐の時、立ち上がれ 復讐の野に、咲き誇れ、血潮の花よ

という歌がうろ覚えで「お風呂に入ってのぼせたら休憩してまた入ろう」とかになってしまったものです。決戦の勇壮な剣舞も「女帝」のセンスにかかれば生活の楽しさのお歌に! 色とりどりの魔獣や熊が湧きまくる歌も自然の無限の生命力の恵み超えて脅威を感じさせ、アネットがディミトリと似た怪獣の地母神の性質を持っていることがあらためてしみいります。

 

次回の「無双」増刊号は「戦車 ダフネルの紋章」「力 ブレーダッドの紋章」を再録予定です。

 

ペルソナシリーズのアルカナの旅路もよろしくね!! この記事シリーズと対応させるためにも次の次に予定しているペルソナ版の「戦車」アルカナも書いていかないと……。

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