湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

カリード王アンヴァル会談録キャベツ編(クロード・コンスタンツェ・ユーリス)―FE風花雪月と中世の食⑪

本稿は2021年6月に発行しました『いただき! ガルグ=マクめし副読本 -フォドラ食物語-』が完売してだいぶ経ったため、SNSフォロワー限定オマケをWeb再録するものです。『いただき! ガルグ=マクめし』の中の関連キャラクターの項と、二次創作小説をセットでどうぞ。

※『カリード王アンヴァル会談録』は照二朗の書いた小説となります。挿絵イラストは表紙と同様マルオ先生によります。末尾にはWeb再録にあたって解説コラムコメントを書きなおしています。※

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キャラクターの食の好み分析

今回の再録の主役はコンスタンツェとユーリス! クロードは後半の「ライス編」方が目立ちます。

ユーリスの基本は都市下層民なので、基本は↓の記事でおさらいするといいかも。

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ユーリスの基本データ

好きなカテゴリ・苦手なカテゴリ

甘いものが好き。辛いものが苦手。

好きなメニュー(15品)

甘いものすべて

バクス漬けウサギの串焼き

ダフネルシチュー

タマネギのグラタンスープ

赤カブ尽くしの田舎風料理

満腹野菜炒め

ニシンの土鍋焼き

魚と豆のスープ

豪快漁師飯

フィッシュサンド

二種の魚のバター焼き

ガルグ=マク風干し肉炒め

苦手なメニュー(5品)

パイクの贅沢グリル

魚とカブの辛味煮込み

激辛魚団子

山鳥の親子焼き

ゴーティエチーズグラタン

 

特記事項

好きなものは多めで貴族的なものも庶民的なものも好む。肉も魚も野菜も好き。

 

ならず者の宴

 ユーリス(仮名)は甘いものがとても好きでその他にも多種多様なものを好み、食事会話からも食べるのが好きなのだとわかります。塩っ辛いものは好きですが辛い系のスパイスが苦手なもよう。七味とかかけられないタイプ。

 

 ユーリスは貴族に取り入り支援を得て、今ではフォドラの裏社会で影響力をもつやくざものの首領となっていますが、もとは貧民(街娼の子とみられる)の出身です。よって甘いもの好きに関してはアッシュと同じく貴族に砂糖入りの菓子を与えられてから好物として食べるようになったのだと考えられます。

ただ、無償の愛と正義の教えとともにロナート卿から菓子を与えられたアッシュとは違い、ユーリスの場合菓子はドロテア寄りの損得勘定や身売り感の中で口に入ったものでした。その結果ドロテアは自分が嫌いになり、好きなものも好きなんだかなんなんだかわからなくなりましたが、ユーリスの場合は屈辱をバネに「のし上がって勝ち取ってやるぜーッ!」とエネルギッシュに燃えたみたいです。スラムからの這い上がり方も三者三様ですね。

 

 ユーリスののし上がり魂を燃えさせたものはなんだったのでしょうか? ひとつには、彼が素質をもち聖人から与えられた紋章があるでしょう。死ぬところだった命を拾ったユーリスは自分が仲間たちのためにできることを考え、行動しはじめました。オーバンの紋章に対応するタロットは「吊られた男」。「窮地を耐えて逆転の好機を待つ」という性質があります。

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ではなぜユーリスが窮地を耐えられるかといえば、仲間がいるからです。母親や守るべき貧民街の弱者たち、自分を慕う部下たちのことです。煤闇の章のストーリーのように、そもそもその仲間をかばって窮地に立たされちゃうこともある(これも「吊られた男」アルカナの性質です)のですが、そこは表裏一体となってユーリスの生き抜くモチベになっています。

 

 ユーリスの好みはカテゴリ的には甘いもの好き・辛いもの嫌い以外の偏りはありませんが、好きなメニューの並びを見ると全体的にカジュアルで庶民的です。ユーリスは自分でも料理をし、「誰かと一緒に食う飯ってのはいいよな。一人で食うと、どうも味気ねえ」と言うように気取った高級料理の一皿より皆で分け合って食べられるものを好みます。いろんな料理を食ってはきたが、やっぱり満腹野菜炒めに勝るもんはねえんだよなあ!

 ユーリスが束ねるアビスの連中や裏社会の「ならずもの」たちは、平和に暮らしている人たちから見ると強く恐ろしい存在に見えますが、その実態は弱い立場の人たちです。バルタザールのように貴族出身でどこをつついても(母の身分と財布の紐以外は)強いのにアビスのほうが気楽でいいわ、とかいう例外はいますが、好きこのんで地下に落ちてくる人はいません。「アビス」という名前からして「地下深くの深淵にある地獄」を意味し、天に近いお山の上でりっぱな尖塔をもつ大修道院と逆に、最も卑しく神から遠い、救いのない場所です。

国や家や職業、宗教の枠にはまっている人はそれらのコミュニティから支援を受けられますが、農地や職を失った平民や家督を失った貴族は? ……その答えが、シルヴァンの兄マイクランや彼が率いている盗賊団です。王国を常におびやかしている「ならずもの」「賊」の多くは品性が卑しく邪悪だからそうなったのではなく、社会からこぼれ落ち支援も受けられない弱者だったのです。ユーリスの母親などの安く買いたたかれる女性も同じです。ユーリスはもう一人のマイクランであり、世界から見放されたものたちを拾い上げて慕われています。そういった支援というのは主に、貧しさと孤独を解消することです。

 

 イングリットとの支援会話で、ユーリスは「うまそうに飯を食うやつを見るのが好きだ」と言います。ならずものには宴がつきものですが、それは明日生きてるか死んでるかわからない刹那に、皆と同じ釜の飯を分かち合い、自分がちゃんと今生きていること、決して一人ではないことを確認する、「ほっとする家」のような時間です。そんな宴には、やはり「赤カブ尽くしの田舎風料理や満腹野菜炒めに勝るものはねえ」のかもしれません。

 

コンスタンツェの基本データ

好きなカテゴリ・苦手なカテゴリ

甘いものが好き。大人の味がやや苦手。

好きなメニュー(9品)

甘いものすべて

野菜たっぷりサラダパスタ

ニシンと木の実のタルト

二種の魚のバター焼き

パイクの贅沢グリル

山鳥の親子焼き

苦手なメニュー(7品)

バクス漬けウサギの串焼き

タマネギのグラタンスープ

ガルグ=マク風干し肉炒め

魚とカブの辛味煮込み

煮込みヴェローナを添えて

ゴーティエチーズグラタン

キャベツの丸煮込み

 

特記事項

基本的に貴族的で上品な料理を好み野蛮なものを嫌う。しかし……?

 

誇り高き貴族の挑戦

 コンスタンツェは甘いものが好きで、他にも上品で貴族的な味付けや加工の食べ物が好きです。帝国貴族のお嬢様らしくガッツリした肉に興味はなく、苦手なものの共通点をみてみると強い臭みのあるものがムリなようです。出すと「この苦難を明日の糧に…!」とかいって臥薪嘗胆扱いしてきます。実際キャベツの丸煮込みには苦い肝が入っている。

そのため苦味と臭みで酒を飲むバルタザールとは支援関係があるにもかかわらず好物がカスリもしません。これにはさすがにプレイヤーも気付くとおもいます。ハピともかろうじて二品共通の好物はあるもののこいつは「この食べ方がいいんじゃんー」とあえてゲテな食べ方をしてくるのでバルタザールよりも好き嫌いの対立が多いです。貴族たる誇りにこだわるコンスタンツェは優雅さと華々しさを重視します。

 

 しかし、上流階級のお嬢様的な好みをもつ割には、コンスタンツェは庶民的な粗食に拒否感を抱いてはいません。豪快漁師飯を粗野な見た目ゆえに嫌がったりせず、麺状に美しく加工され彩りや栄養バランスのよい野菜パスタにいたっては好んでいます。これはユーリスに「貴族の靴でも舐めたらいいんじゃね」と言われて「靴を舐めると支援がいただけるんですの?」とキョトンとしてしまったような世間知らずによるものなのかもしれませんが、真に誇り高い貴族は庶民の食物だからといって食べもせずに遠ざけたりはしないのですわ。この「汚れなき貴族の魂を持っているのでかえって貴族らしくないこともする」傾向は、まさしく貴族としての理想を語り合うフェルディナントと同様です。

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 フェルディナントと同様なので、みごとにヒューベルトと好みが対立します。コンスタンツェはもともとテフが苦手だったのではないでしょうか(貴族の最新の文化ということもあり今は好物みたいです)。ハピとわかり合っていき、コンスタンツェは自分の貴族文化とハピの嗜好の間にあるテフをご馳走しました。代わりにハピはコンスタンツェのノアの紋章が示す木の実(天に近く地位の高い食べ物のひとつです)の採り方を教え、まったく違う二人の生き方は友情で結ばれたのです。

 

カリード王アンヴァル会談録-キャベツ編-

 パルミラ新王カリード――フォドラ名に、クロード=フォン=リーガン――がアンヴァルの旧宮城を訪れたのは、戦後二年が経ったある夏のことだった。なしくずし的に始まっていた、旧帝国領、およびブリギット諸島王国との友好通商を正式に発表するためだ。

 クロードの野望は「壁を壊すこと」。第二の故郷への里帰りを兼ねて王自ら、パルミラ人、フォドラ人、その他、互いの偏見の壁を越えるため多種多様な人間からなる使節団を率いてきたのだが、案外と驚かれずクロードは少し拍子抜けした。旧同盟領ならいろいろな容貌の商人にも慣れていようが、アンヴァルの都心ともなれば頭の固い連中があわてふためき怖れるかと思っていたのだ。

「じつに歓迎なんだが、期待してたびっくりどっきり面白みはないよなあ……」

 応接室の玻璃(ガラス)窓から、外で使節団のパルミラ産飛竜が注目を集めているのを見下ろしてクロードはつぶやいた。わりと好意的な、興味を多く含んだ注目であるのが感じられた。忌避を含んだ奇異の目であるとか、無知と不安が蔑みに変わったような目であるとかならばクロードにはわかる。

 戦時とあと数年でめまぐるしくさまざまのことが起こった。もう大きな武力衝突は起きていないが、フォドラの固い壁はかなり柔らかい土壌に耕されているようだった。

「おーっほっほっほ! ごきげんよう! お久しゅうございますわね、カリード王陛下。もう一杯お飲み物はいかが?」

 今日の会談の相手が入ってきたかと思うと、派手やかな高笑いが応接室中に響き渡った。予想していたのでクロードもアンヴァル市民と同じくあわてず騒がず振り返ると、従者に扉を開けさせて長い衣裳を持ち上げ優雅に歩く、独特に染め分けた髪色の女。コンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルであった。

「おう、久しぶりだ。飲み物もらおうか?」

「ええ、ええ。まずぜひとも召しあがれ。アンヴァルで人気沸騰中の特別のものですのよ」

 従者に運ばせてきた茶出し(ポット)の中身をコンスタンツェが新しい茶器に注ぐ。注ぎ口から現れたのは、熱を出した時の夢のような虹色に発光する液体であった。クロードはついに爆笑した。

「おっまえ、王サマを待たせると思ったらこんな、こんなん用意してたのかよ! これ流行ってんの!」

「お待たせしたことはたいへん失礼いたしましたわ! でもこれは当家の新発明した神秘なる魔ど……、ちょっと! ここはくすりとはにかみ驚き、しかるのちに興味に目を輝かせるところですのよ! 昨日ブリギット王は理想的な反応をしてくれましたのに笑いすぎではありませんこと?」

「あー……。お気をしっかり、王陛下。お察しいたします。普通のお水を召し上がりますか?」

 従者が卓から取って差し出した水の杯をクロードはありがたく飲みなんとか落ち着いた。それで噴き出さないように胸を落ち着けてから、一応自分の従者が驚愕しながらも毒見を済ませてくれた虹色に輝く液体を物怖じせずにひと口飲んだ。味は、香り着けのない王道の上質な紅茶そのものであった。

「ふー……、面白かった。あのままコンスタンツェがずっとしゃべってたら笑いが止まらないで茶が冷めるとこだったよ。ありがとなユーリス。名前ユーリスでいいのか?」

 うす菫色の髪の従者は美しい唇を片端上げた。

「どうぞお好きにお呼びください。私めは名もない従者でございますから」

「ユーリス、あなたが頼むから連れてきてあげましたのに、遊ばないでくださる? これは栄えあるヌーヴェル家の! お仕事ですのよ」

「ああもう、堅苦しいのはぬきにしよう。『クロード』が相手と思って今日は頼むわ」

「まあ、それは光栄ですこと。それでは学友?のよしみということで失礼して……。ユーリスも楽になさいな」

 コンスタンツェのために扉を開けてきた従者は、数奇なことに、かつてガルグ=マク大修道院の地下窟アビスを仕切っていたことのある美男だった。大修道院やアビスにおいてはユーリス=ルクレールという名で通していたが、本当のところは知れない。
 ユーリスはコンスタンツェが着席した椅子の背に添って立った。その二人の様子がこなれていたもので、クロードはふむと鼻を鳴らして切り込んだ。

「なんだ? おまえら、結婚した?」

「けっ、……ハ⁉ 何を脈絡のないことを言い出しますの! 結婚していたら従者扱いして連れてくるわけがございませんでしょ!」

「こいつの仕事、ちょくちょく手伝ってやってんの。変なこと思いつくし面白いから。わかるだろ?」

「わかるわかる。あーあ、アンヴァルの上流がすっかり珍奇なものを平気になってると思ったら、俺はすっかりコンスタンツェ嬢の披露する最新鋭の感性に先を越されちまってたってわけだ……」

「……何かひっかかる気はしますが、そういうわけですわ。今はゲルズ公の下につくかたちになっているのは少々気に入りませんけれど、新しい世の貴族コンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルは、名誉輝く英才の発想で皆様の目を開かせておりますの。
 本日、外交官としてユーリスとともに参りましたのも、そちらからの旧帝国領との貿易の質問にゲルズ公より的確にお答えするとともに、フォドラをより高みに導く新たな可能性を探して、東方の産物についてさらに学ばせていただくためです」

 実際、コンスタンツェは紅茶を虹色に輝かせる以外にもいろいろな奇想天外をなして名声を上げていた。使いこなせる者が極端に少なく奇跡とも嘘八百ともうたわれた「革製品を砂糖菓子に変える理魔法」の開発をはじめ、ヌーヴェル家の栄誉のためなら常識外れの努力をものともしない姿勢は官僚として領主としての独特な手腕にもあらわれていた。

 コンスタンツェは卓に地図を広げた。フォドラの従来のものよりいくぶん大きな、パルミラとモルフィス西部もしっかりと含まれた地図である。そう遠くない未来には、ダグザ大陸の東海岸も描かれることになる。紫の爪紅に飾られた指がそのうちの旧フレスベルグ領をくるりとなぞった。

「すでに貿易でご承知のとおり、このアンヴァル周辺の温暖な海辺の斜面では葡萄酒や干し葡萄、酢となる葡萄の栽培がさかんです。また、グロンダーズ平野は放っておいても豊富な小麦が育ちますわ。ヘヴリング産の鉱石や、旧王国領の木材など、今後もよい相場にてお取引きを」

「南フォドラの干し葡萄と、あと扁桃(アーモンド)の植物油はうちで安定して人気の品目でなあ。あと食い物でいうと同盟の干し果物と、カビつきで熟成させた乾酪(チーズ)だな。王国のものだと大蒜(にんにく)。俺としてはあっちでもキャベツが恋しくなることがあるんだが……」

「そうそう、そういうのですわ! 本日はそういうところに関してお話に参りましたの。つまり……」

 コンスタンツェは片眉をひそめ、彼女の地下での親友がしたように少々口をとがらせた。

「失礼ながら、そんなもので良いのかと思うようなものに需要がありますのよね。大蒜とか。こちらで上等のものとされる橄欖(オリーブ)の油や葡萄酒はそこまで人気がないようですし……。それが貿易が美味なる利を生む仕組みなのでしょうけれど。そのあたりの時流を読むのは商人に任せますわ。
 かと思えば、あなたがキャベツごときを食べたいと思っても難しいということもあり……。せっかく統一国となり、王の名のもとに街道も整備されてきて流通は良くなりましたのに、フォドラにもそういう滞りが多数ありますわ。どうにかなりませんの?」

「はは。需要と供給の偏りを、まとめて『どうにかなりませんの?』ときたもんだ。話がでかくて好きだよ。確かに個々の商人にはどうにもできんことだものなー」

「笑ってるし、俺もこいつの突飛なまとめ方は面白いと思うけどな、そんなもんは『土地の条件の違い』なんだよ。と、俺は言ってんだけど」

 お得意の、目が笑っていないへらへら顔でコンスタンツェの話を面白がるクロードに、ユーリスが釘を刺した。

「コンスタンツェお嬢様はご自分の才知があればどんな苦境も虹色に輝かせられる~と思し召しのようだが」

「敬語を使うつもりがあるなら『ヌーヴェル卿』とお呼びなさいな!」

「そこは今いい。思ってるようだが、この世には生まれた土地の制約ってモンがある。王国は貧しくて貿易できる産物が木材と鉄製品くらいしかないが、そんでも女神さまにもらった大地と命だ、そこで生きていくしかない奴がほとんどだ。
 土地だけじゃねえな。そこで生まれて、そこの当たり前の中で育ったやつの考え方は、どうしようもねえ。はたから見ていいものが安く手に入りそうだろうと、慣れてるものを食うってこともあるのさ。なんでも水が上から下に流れる法則のように変わるものじゃないんだよ。そりゃ、うまい飯を食えるやつが増えることには俺は大賛成だけど……」

 コンスタンツェは現場の実感のこもったユーリスの言葉を覆せず、口元の扇の影でぶすくれた表情をしているようだった。ユーリスも、コンスタンツェの情熱をありがたくは思っているらしく、最後には気遣わしげな視線を送った。この話は二人で何度かしたことがあるのだろう。

 難しい雰囲気になった二人を前に、他方クロードは緑の目を輝かせた。

 この時を待ってた、すわ、やっとアンヴァル戦仕切り直し!

 行き詰まった現状をかき回すことはクロード一生の生きがいであった。

 

「なるほどぉ、話題はわかった。確かにユーリスの言うことはその通りだよな」

「だろ?」

「で、だ。これはどうだ? パルミラにはキャベツがない。育てられたこともないし、流通もしない。その文化がない。おまえが言ってるのはそういうことだろ? しかし俺はキャベツが好きなんだよなあ。あっちでも食える方法があるなら、それこそヌーヴェル卿の名高き魔道の知恵でもお借りしたいね~」

「まあ。キャベツごときでそんな騒ぎに……とは思いますけれど、フォドラに利がある取引となるのでしたら力を貸すにやぶさかではありませんわ」

「と、可能不可能や細かい条件は別として、こういう交渉が成立したわけだ……。これは、さっきのユーリスの話からすれば『土地の条件の違い』の車を横から押してるみたいなことになるが、一体どうしてこの取引が成り立ったんだと思う?」

「そりゃおまえ、王様がキャベツ大好きだったからだろ……。参考になんねえ……」

「参考になるさ。じゃあどうして王様はキャベツを好きになったのか、ってこと。それはフォドラのメシを食ったからだ。知ったからだよ。知らなきゃ好きになりようがないし、ろくに知らんものを欲しいとは思えない。選択肢にない、ってことだからな」

「選択肢……」

 真剣に聞いていたコンスタンツェが、宝石を手にとってよく眺めるようにつぶやいた。ユーリスは腕を組んで話を吟味していた。

 選択肢という宝石を売る怪しい商人ことクロードはぺらぺらと話を続けた。

「便利なものがあればすぐにどこにでも受け入れられるってわけじゃない。それは真理だが、選択肢があるのはいいことだろ? 少なくともみんなが食っていくことに関しては、さ。選べないのは難しいからじゃなく知りようがないからだ。異国や違う身分に対する偏見とか、環境で生き方が限られちまうのとかと同じだよ。
 そういうのをなんとかする知識をつけたり人脈をつくるために、俺は士官学校に入った。たぶんユーリス、おまえも同じだと思うがね。そこらへんの話をするのはどうだ?」

 話を向けられたユーリスは長い睫毛を伏せ、少しの間黙って考えた。そして一度天井を見上げると、踵を鳴らして回り込みコンスタンツェの隣の椅子にどっかりと座り、笑った。

「さすが、卓上のなんとかさんは口がうまいじゃねえか。まさに、おまえと同じ時期にガルグ=マクにいてよかったね。確かに、そうとも。俺たちはみんな、『知らないことすら知らない』ことが多すぎるものな。乗ってやるよ」

 コンスタンツェは首をひねり、扇の先に秀でた白い額をのせた。

「……多くの知識を調べ考えれば画期的な解決策が作れるものと考えていましたが、そう単純ではなさそうですわね。いえ、かえって単純なことなのかしら? つまり、実はそう難しくない方法でありながら、わたくしたちの考慮や民の需要の端にも入っていないために実行されていない奇策があるかも……、と?
 昔のわたくしなら、フォドラについて帝国の研究者も魔道学院も知らぬことを、このコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルをおいて他の人間が知っているなどにわかには信じられませんわ、と言ったところですけども……、わたくしにもクロードの言っていることが腑に落ちる体験があります。ぜひ、『知らぬことすら知らぬこと』とやらについて話をいたしましょう」

「へえ。どんな体験だ?」

 クロードは「コンスタンツェの壁」破壊事件について身を乗り出して聞いた。コンスタンツェはどこか誇らしげに答えた。

「ハピに、そのあたりの草や転がっている木の実の美味しい食べ方を教わったことですわ!」

 クロードは噴き出しそうになり、ユーリスは実際噴き出した。確かに、「貧しい平民の食事」ですらない、コンスタンツェが本来知るよしもなかった世界との出会いの話であった。

 

「そんなわけだが、『知らないことすら知らないこと』を話すのは、そのまんまだと無理なはなしだよな」

「確かに、道理ですわ。主が啓示を授けてくださいませんと」

「一瞬で迷宮入りしたじゃねえか。何か策があるんだな? クロード」

 クロードは片目を瞑って指を立ててみせた。

「だからこうする。『自分のところの、解決策に行き詰まってる困りごと』を話すのさ。なぜそんなことになってるのかもな。で、これが大事な点になるんだが、当たり前で子供でも知ってる事情まで洗い出すようにする」

「当たり前のことを話すんですの? 目的とまるで逆方向ではありませんか」

「だからこそ、だよ。『常識の袋には非常識が詰まってる』ってわけだ。あ、これいい詩だなぁ。今度ローレンツに書いて送ってやろ」

「あー……? ああ、……そうだな。逆転。妥当な方法だと思うぜ」

 ユーリスはあいまいに頷き、コンスタンツェだけがクロードの「策」を理解しかねて二人の顔を交互に睨んだ。

「どういうことですのユーリス? あなたはいつも濁したことを言って」

「まあまあ。実際やってみようぜ。パルミラの話からな。
 ……で、ヌーヴェル卿にはいきなりの悪条件で悪いんだが、キャベツがパルミラで食えないのにはそういう前例や文化がないってだけじゃない、かなり無理な原因がいくつもあるからなんだよなあ」

「無理の程度によっては協力しかねますわね。どのような原因ですの?」

 クロードは指を折りながら話しだした。

「さっき、キャベツをどうにかする取引がひとまず成り立ったのは『パルミラの王様がキャベツ大好きだったから』ってユーリスは言った。しかし実はそれだけじゃない。『フォドラではキャベツがありふれた食べ物だから』、も理由だろ。これがもううちの国からすりゃ考えられないことなんだよな」

「なんでだ? 詳しい知識はねえけど、飛竜や馬をああ立派に育てて肉もたくさん食べるパルミラ人の土地が、キャベツも育たねえような王国より貧しい土地だとは思えねえんだけど。キャベツを知らないってだけじゃなくてか?」

「あー、貧しい土地、ってもんの考え方の違いかもな。王国は畑をやっても収穫が少ないってのを貧しい土地って言うだろ。パルミラはそもそも、あまり畑をやらないわけよ」

「は? 畑をやらないって、都市の中の話か? それはこっちでも同じだけど……」

「あっ、わかってきましたわ! ユーリス、わたくし外交資料で読んだことがあります。パルミラには農村というものがほとんどないというんですのよ。キャベツの産地になれる場所がないということですわね?」

「そ、ご明察! うちの国では小さな豆の畑なんかはやっても、でかい農場みたいなものがないんだ。たとえ種があっても、キャベツ作ってくれって頼める専門家がいない」

「ほー、確かにキャベツは寒い土地でもたくさん採れるが、育て方は面倒だって聞いたことが……、……?
 って、いや、その話はおかしくねえか? どんな国だって世の中は王族貴族だけじゃねえ。おまえらパルミラの武将たちは肉ばっかり食ってやがるが、それだけじゃ費用効率(コスパ)が悪いだろ。畑をやる農村がなきゃ、庶民はいったい何を食ってるってんだ? なんかしら麦だって作るだろうし……」

 ユーリスは納得しかけていたが、途中で想像をはたらかせて矛盾点に突っ込んだ。クロードがまた微妙な偽情報を撒いて話を誘導しようとしていると警戒したのだった。

 フォドラに住む人間のほとんどは農村の生まれだった。ほぼ一生をそこで過ごし、農民が土地を手放さざるを得ない状況になれば都市の物乞いにも野盗にもなる。ユーリスが世話をしている者たちの多くも、もとをたどればそういう事情を抱えていた。「面白いから」と言葉では言ったが、そういった困窮から弱者を守るために、ユーリスはコンスタンツェの研究や政策に協力して暗躍しているのだった。だから、まさか農民のいない国などあるはずがない、クロードはどんなからくりを隠しているのかと疑ったのだ。

 しかしユーリスの勘ぐりに反して、クロードはあっけらかんと否定した。
「ユーリスくん、俺の言うことを疑うのはあっぱれなんだけどな、残念ながらこれは本当の話で何も隠してることはない。なぜかっていうと、パルミラの土地は『貧しい』んじゃなく『乾いてる』からだ。砂漠で草木は育たないだろ? それのもう少しマシなやつ。背の低い草くらいは育つが、さすがに小麦やキャベツを育てるのにはもっと雨がいるだろ。王都の周りはまだ他より水があるし気候も寒めだから、フォドラの野菜栽培もいけそうらしいんだがな」

「確かにそういう気候ならば、想像はしがたいですが、理論上はまともに農耕をするのは無理だとわかりますけれど……。わたくしも今まで意識していなかった疑問が湧いてまいりましたわ。もしかしてこれが『知らぬことすら知らぬこと』なんですの?
 農耕ができず水もないのに、どうやってパルミラは王国をなすに足る数の民や精強な兵たちを養っているというのです。そもそもそんな場所に国を建てることなど可能ですの? いえ、現に強国がそこにあるので困ってしまうのですが……」

 コンスタンツェの混乱ぶりを見てクロードはますます楽しそうに笑った。ユーリスも首をひねりつつ地図の広大なパルミラを見て考えていた。

「パルミラの民が何食って生きてるか。家畜の乳や肉だよ。葡萄酒や野菜や麦じゃない。俺たちの国では当たり前のことで、俺もこっちに来てから初めて当たり前じゃなかったのかと知ったことなんだが」

「ええっ、では獣からとったものばかり食べているということですの? 失礼ながら野蛮な感が否めませんわ……」

「野蛮とかはいいけどよ、それで腹が満ちるのか? 王国じゃ、家畜を育ててもそれが無理だったから困ってんだよ。無理じゃない方法があるなら大発見だぞ」

「ファーガス地方の参考にはならんかもだが、これもパルミラじゃ子供でも知ってることだ。俺たちは家畜を食わせて肥らせてくために、草原を部族ごとに移動しながら暮らす。そのへんの草を食い終わったら、荷物まとめて新しい草が生えてるとこに行くんだよ。だから牧草はたくさんある」

「は? みんな家族で旅してる……ってことか? 家とかどうしてんだよ」

「あっ、そう……? そういうことでしたのね!」

 コンスタンツェは興奮した様子で地図のパルミラを指差した。

 戦前よりもはっきりと、広い範囲が収まるようになったパルミラの地形だったが、フォドラの部分とは印象に大きな差があった。パルミラの地図は『すかすか』であった。フォドラの地図には都市や領地の名が所狭しと記載されているが、パルミラには王都の周りにしか文字が集まっていない。入ってくる情報が少ないから、のように一見みえるが、よく見れば山脈の線やそこから流れる小さな川、ところどころにある砦などのことはしっかりと書かれているのだ。

「このわたくしの聡明なる頭脳で話が繋がりましたわ! 商人にパルミラの村落のようすの絵図を送らせたところ、家々ではなく野戦の天幕のようなものを描いてきて皆困惑した……という事件が外務官僚たちの間でありましたの。王都以外の各部族長に連絡をつけようとしても旅程がはっきりしないことがあるのは、あの天幕を住居として使い、たたんでは各地を移動しているからですのね?」

「おう、そういうこと」

「え、天幕が? 普通の家だってのか? ……やりようによっちゃ使えるかもしれねえな……」

「それでは麦畑などできませんわね……。王都以外ろくに都市も町も村さえもないのですもの。衝撃ですわ……それでも強い国となれますのね……」

「おいおい、うちにはわりと新しくできた王都以外、フォドラみたいな決まったとこに住む町はないって、新しい地図作るときちゃんと伝えさせたはずだぜ。伝わってなかったのか? 今までなんだと思ってたんだよ」

「文言としてはそのようなことを読んだ……? ようにも思いますけれど、そんな不思議な生活うまく想像できませんもの! 『友好国となったというのに城や町の場所を公にしないなど不届き千万、さては戦の野心があるのですわ……』と思っていましたとも」

「あちゃ~、不毛な疑いだぜ……!」

 クロードは笑いながら頭を押さえた。まだクロードが砕かなければならない不毛の壁はいくつもあるらしかった。

 

 パルミラ王カリードとヌーヴェル子爵コンスタンツェという稀代の鬼才ふたり、そしてフォドラ裏社会の大物の三者三様の頭脳による「知らぬことすら知らぬこと」会談。会談はフォドラとパルミラの衣食住の土台の桁外れな違いを知った後、要領を得て、いくつもの小さな驚きをもたらしながら進んだ。

 クロードの住む王都周辺、およびパルミラ北部くらいの気候ならばフォドラ野菜が育てられそうだとして、問題はその需要を喚起してうまく栽培と流通を根付かせること。つまりキャベツのおいしさをパルミラの民たちにも知ってもらうことだとクロードは考えていた。

 当然の確認だったが、一番パルミラに近いゴネリル領からでも、生のキャベツをパルミラ北部まで輸出するのは難しいだろうという話になった。旧同盟や旧王国くらいの気候であればキャベツの保存に問題はないが、パルミラは想定よりさらに乾燥し、しかも昼夜の寒暖差が激しかった。目的地に着くころにはしおしおヘナヘナのキャベツ玉が完成することになる。

「いっそ乾物にして持ち込めばいいんじゃねえの。かさばらねえし。干した葡萄や無花果(いちじく)は人気なんだろ?」

「えっ、キャベツって乾物にできるのか? でも俺はあのみずみずしさを好きになったんだよな」

「まあ! それはそれは、ほかならぬこのコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェル! の出番のようですわね!」

 クロードくんの「乾物しか無理でもみずみずしいキャベツを用意してよ~」という尖ったワガママを聞いて、突然コンスタンツェは立ち上がって腕を振り上げた。

 男二人が薄ら笑いでなんだなんだと見ていると、標本として厨房から持ってこさせていた話題のキャベツを一片、ひと口大に切り分けはじめた。

「いまだこの世の誰も知らぬ新技術、刮目してごらんなさい!」

「コンスタンツェのお料理教室が始まった」

「料理してから持って帰るってのも案ではあるが、道中腐らないくらいの味付けをしたら結局みずみずしくはないかもなあ」

「あ、王国料理に発酵させた酢キャベツならあるぜ。あれ壺で持ってったら。腐るかな?」

「お黙りなさい、気が散りますわ。ユーリス! 魔法を手伝うのです」

「あ? 二人がかりでなんだ」

 それからコンスタンツェはユーリスに指示通りの強さと呪文の構成で風魔法をかけさせ、自分も独特に構成した氷魔法をキャベツ片に向けて込めた。かなり複雑な呪文構成で理学を専攻していなかったクロードにはさっぱりだったので、目の前で大の大人ふたりがキャベツに向かって真剣に魔力を調整しているさまを密かに面白がるほかなかった。

「ハァ、ハァ、完成ですわ! おーっほっほっほっほ!」

 額に汗しつつ、できあがったキャベツ片をひとつつまんでコンスタンツェは高笑いした。突然働かされたユーリスも思わず涙を浮かべ口元を押さえる超現実的な絵面であった。

「なかなかの出来栄え! これをアンヴァル土産に持ち帰り、この魔道の大家の名声をパルミラ王都にまでも轟かせるとよろしいわ」

 キャベツ片は硬く縮んだようで、宝石を作ったかのように得意げにつまみ上げるコンスタンツェの指の上にぴんと立っていた。笑いの発作がおさまってからクロードは聞いた。

「コンスタンツェ、俺の土産に何を持たせてくれるんだ? こりゃ何をしたんだ?」

「説明してさしあげましょう。大枠で言えば、魔道を使った乾物の一種……ということになりますわ。しかし通常の熱魔法や風魔法を使った乾物とは大~~きく違っていますの。ご覧あれ」

 コンスタンツェは乾物キャベツを二、三取り上げ、新しい茶器に入れてクロードの目の前で湯を注いだ。

 するとキャベツは湯の中で花の蕾がひらくように、見る間にふわりとほころびていったのだ。クロードは目を輝かせて歓声をあげた。

「なーんてこった、はははっ。なあ塩あるか? 飲んでみていいか」

「ふふふ、召し上がれ召し上がれ」

「やけに水に戻るの早くねえか? なんだァ?」

 クロードは茶器の中の謎のキャベツスープをぐいと口に入れ、舌や歯で慎重に味を試した。その歯がキャベツ片を噛み潰したとき。

「ん、ん~! ……おいおい! こりゃかるく煮たキャベツの歯ごたえとそっくりじゃないかよ! しかも旨みも濃い感じだし、かなりうまい」

「なんだそれ、また使いどころの変な発明を……」

「おほほ、そうでしょうとも。まだ開発中ですが、これはお野菜のみずみずしい歯ごたえと風味を封じ込める革新的な魔道ですのよ。キャベツの種や育成技術を買い付けてくださるのも悪くはありませんが、利便性もすばらしいこちらの加工品をお求めいただければお互いに利があるのでは? これで交渉は決着ですわ~! 関税を決めませんと」

「いや。うまいんだが、そしてすごいんだが、コンスタンツェ。あのな……」

 新しい貿易を取り付けた手柄にコンスタンツェは飛び跳ねるようだった。しかし、クロードはそれを遠慮がちに止めた。

「話を思い出してくれ、パルミラに畑があまりないのはなんでだった?」

「土地が乾いていて、定住せず草原を移動する牧畜が中心だからでしたわね。それが何か」

「だからこういう、湯で戻すとか……麺とかを茹でるみたいな調理法は珍しくて、たぶん一般には無理でな……。水をたくさん使えないわけで」

「あうっ……! そ、そう……とも考えられますわね……」

「……おーい、ちょっといいか? 俺も基本的なこと忘れてたら悪いんだけどさ……」

 さきほどのキャベツの逆のように見る間にしぼんでいくコンスタンツェの方にさりげなく肩を寄せつつ、ユーリスが挙手した。

 クロードは頷いて発言を促した。

「水が料理に使えなくてもだ、さっきみたいに汁も飲むなら、家畜の乳(ミルク)で煮たら良くねえか? 王国料理じゃ普通なんだけど。そっちも飲める生水はない、葡萄も育ててないじゃ、王国と同じで乳を飲んでるんじゃないかと思ってたんだけどよ……」

「あら、本当ですわ。田舎風の料理にはそういうものもありますわね。簡単なことじゃありませんの。たぶん牛や羊の乳でも問題なく戻りますわ」

「……へ? 乳? 煮?」

「へっ?」

「ええっ?」

 クロードは虚を突かれたような顔で聞き返した。まさかそんな反応をされると思わなかったユーリスも思わず聞き返し、さらにその反応にクロードはもう一度聞き返してしまった。

 コンスタンツェは二人の顔を見比べた。

「なんです? できない理由がありましたの?」

「いや、……あー、これは知らんことも知らなかったやつだ。一本取られた」

「あ? まさかパルミラは乳で煮込みや汁物作らないのかよ? 牧畜して生きてんのに? そんなことある?」

「パルミラじゃ家畜の乳は、基本発酵させたり乳酪や乾酪みたいに固めたりして食うから、液状の乳をそのまま使うって発想がなかったぜ……! そういや大修道院では白い煮込み出てくることあったな! 小麦粉の色かと思ってたよ」

「で、それは結局パルミラでも可能ですの? もしや、そちらの神の教義では生乳を料理に使ってはいけないとか……」

 クロードはたまげて額を押さえていた手を放し、天に向けて広げてからぐっと握ってみせた。

 それを見て、コンスタンツェも目を見開いて拳を突き上げ、ユーリスはクロードの拳に拳を合わせた。勝利であった。小さいが、三者三様の常識と非常識の勝利であった。

 

 

 パルミラ北部にフォドラやモルフィスの野菜栽培が伝来した時代、「凍り野菜の乳煮」なる料理が一時期流行した。

 「凍り野菜」の技術がいかなるものであったのか、その時代ののちは数百年の間失伝することになるが、魔道の奇才C=ヌーヴェルの秘術であったとされる。C=ヌーヴェルと友誼を結んだ当時のパルミラ王のキャベツの乳煮宣伝戦略はパルミラ北部の農業奨励に大きな効果をあげたという。

 自国で作られるようになったキャベツやカブをたいへん好んだ彼は、古来からパルミラ王が呼びならわされる尊称「草原の王者」ではない名でしばしば呼ばれた。――「大地の王者」と。

 

 

コラムーフリーズドライ

 凍結乾燥って、熱乾燥よりも食材の風味や食感を保持して保存することができます。水分の入っていた穴がしぼまずに多孔質になるため、スポンジのように素早く水や湯を吸い込み「戻る」性質もあり高い利便性をそなえます。

 でもその加工法は「ものすごい凍結」状態を作らないといけないわけですから熱乾燥よりはるかに難しくて、実用化には二十世紀まで待つ必要があります。現代では人為的に素材の周りの気圧を高度七万五千メートル相当に下げ、水の沸点を氷点下にすることで素材の中の水分を蒸発させるという工業的でダイナミックな方法がとられています。この水分が蒸発した後の微細な穴が、多孔質になるんですね。

 凍結乾燥に近い加工としてインカ帝国のジャガイモの低圧保存、日本の「高野豆腐」などがあります。高山地帯では気圧の低さや温度湿度の低さ、昼夜の寒暖差といった凍結保存の条件がそろうことになります。南米の場合は低地より高山のほうが都市がつくりやすかったという特別な状況ですけど、基本的には高山のそういった気候条件は人間の暮らしにとって厳しくて穀物も育てにくいものです。「暮らしづらい環境ならではの産物」っていうのはピンチがチャンス、吊られた男のアルカナ、人間が生き抜く窮地の知恵を感じてアツですよね。

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小説裏話

 作中でも今回の短編でも明言はしていないですが、パルミラの風土は中央アジア(現代のカザフスタンとかモンゴルとか)を想定しています。パルミラの位置やフォドラへの侵略未遂などの歴史的経緯から、またファイアーエムブレムシリーズでは騎乗で弓を使う草原の遊牧民が定番だからです。

 詳しくは『いただき! ガルグ=マクめし』にも書きましたが(次回の「ライス編」でおさらい掲載予定です)、中央アジア遊牧民の食べ物は発酵乳を固めた「白い食べ物」と羊肉を中心とした「赤い食べ物」が中心となります。『Fate/Grand Order』のアルテラ(歴史でいうアッティラ・ザ・フン)が羊に乗ったりしてるように中央アジアの遊牧民にとって羊さんなどの家畜哺乳類は重要な財産であり食糧源でありいろいろなことに使う資源です。地球全体を見ても畜産が発達している地域は「乾燥帯」すなわち大規模な農業が難しいところが多いです。ファーガスにあたるヨーロッパ北部でも乾燥はしてないけど農業に別の困難があるので牛さんや羊さんを育てることがさかんですが。

 乾燥しているせいで麦農業を行えず
→家畜から乳や肉をもらうという技術を発展させ
→その結果定住せず草原を駆け巡る遊牧民となり
→遊牧民であるからこそ機動性や馬の操りや騎射に長けた特殊で精強な戦士たちとなり、
アッティラ(くらいの時代がフォドラの首飾りやガルグ=マク士官学校を作るきっかけとなったパルミラの侵攻にあたるのかな)やクビライなどの時代には爆発的に勢力を伸ばしたりもしたというわけです。

 個性というのは「できること」よりも「できないこと」から生まれるのですね。じつにファイアーエムブレム的なことです。今作は「できること」の自由度が高すぎてじゃっかん「ドラゴンナイトにしとけばいい」みたいなことになってるのは否めませんが。弓ドラゴンナイトは反則だよ。だって戦闘機だもん。おい聞いてるかクロード

 現在のモンゴル料理では、羊肉や発酵乳に加えてけっこういろいろな野菜が使われています。首都ウランバートルを含む北部では野菜が育てられています。キャベツとかカブもね。

 

次回は『カリード王アンヴァル会談録-ライス編-』を再録予定です。

 

 

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