湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

罪の川をこえてこい―遙か7兼続ルート感想

本稿では『遙かなる時空の中で7』の「直江兼続」個人ルートについて感想を言ったり考察したり八葉「地の白虎」の解釈をみたりしていきます。

 

遙かなる時空の中で7 通常版

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  • 発売日: 2020/06/18
  • メディア: Video Game
 

 

 未プレイの方向けに『遙か7』をオススメする記事はこちら

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 『遙か』シリーズの中での『遙か7』のテーマ位置づけについてはこちら

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 『遙か』シリーズ全体で「八葉」に共通する核となるイメージについてはこちら

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 4周目は兼続にしました。当方は兼続のもともとのホームである越後、ことに彼の尊敬する大殿様・軍神上杉謙信公のおひざもと出身なのでちょっと思い入れの関わる話になりそうだし、案の定なったしで本当は後にとっとこうと思ったのですが、他にもとっときたいルートしかねえため泣く泣くプレイしました。

利いたふうな口をきくな~~~~~~!!(花の慶次)

 「3人ぶんぐらいの人間のシナリオテーマを1ルートにぶっこんである」でおなじみの『遙かなる時空の中で7』ですが、この直江兼続ルートは昨年発売でいまだ評価冷めやらぬ同コーエーテクモゲームス制作の『FE風花雪月』(今なんかスゲー安いらしい とも燃えポイントで共通項が多く、どっちかのファンにはどっちもやってほしいが満載です。もちろん『戦国無双』ことに『戦国無双2』ファンにはいうにおよばずです。

 

要するに前回の宗矩に続いて書くことがメチャクチャ多いので、目次を上手に使って読んでいただければと……。

 

 

兼続のキャラクターデザイン

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 「直江兼続」という武将はそれなりに有名ではありますが、同じ白虎の「黒田長政」と同様親世代や上役(上杉謙信や黒田官兵衛)と比べると知名度やメディアミックスの機会において劣っていることは事実で、よって「真田幸村」とか「宮本武蔵」とかに比べて見た目のイメージが確立していません。ある中でもまあ有名なメディアミックス(上に張った大河ドラマの妻夫木聡)や、有能で勉強家で清廉な執政官のイメージから、わりかしおとなしくインテリジェントな紳士的外見がしいて言えばイメージされているといえます。

今回の兼続のデザインの大枠の印象はそれにのっとっていて、いつもの地の白虎の「水も滴るようなしどけないチョイ悪セクシースタイル」とは違うシルエットに仕上がっています。いつもよりneatにまとまったかたちです。これは「いつもの天の白虎よりダーティ」な長政とバランスをとるかたちでもありますね。色合い的には『無印』の友雅以来の地の白虎らしい雅な「白緑」が重んじられているのもポイント激高。

 上の甲冑フィギュアには直江兼続としてデザインに入れるといいモチーフがだいたい入ってる(一点、兼続の愛刀は『遙か7』作中で示されているとおり太刀拵えのほうが適切なので刃が下向きのほうがよい)んですけど、今回の兼続の上品なデザインの中にはこのハデちきりんなモチーフがうまいこと組み込んであってスゴいんですよね~~。

まず直江といえば最も有名な「愛の前立ての兜」。社会的地位のある大人やそうなっていこうとする真面目な青年をあらわす白虎の八葉らしく、長政には武将としてのトレード・マークである兜飾りが顔の周りにツノのアクセサリーとしてデザインされていました。それと同様に、兼続にもこの兜が頭周りにデザインされています。兼続を「立場のある、頭のいい、そしてオシャレな大人」のイメージにしている小さなお帽子です。

一見、強烈すぎる「愛の前立ての兜」とは全く違う落ち着いたデザインですが、もともとこの「愛」の字、天に夢を……人に愛を……とかのストレートな意味のLoveではなく、兼続が信仰していた「愛宕山(兼続の出身地の近くにもあります)」あるいは「愛染明王」をあらわすものです。兼続のお帽子にデザインされている梵字は愛染明王の加護を得る「ウン」という字です。

「鬼神は敬してこれを遠ざく 智というべし」を初登場で引用してくるだけあって本編中では兼続は自分の守り神仏のことに言及しませんし、対応してデザインもずいぶんひかえめなものになっていますが、この時代の武将はなんかしらの守り神仏をもっているのがふつうであり、兼続の尊敬する育ての親のような上杉謙信公も「軍神毘沙門天」と同一視されていることで有名です。ほかにも兼続は数珠感のある首飾りをときおり指でもてあそんでおり、神仏と付き合ういい程度の距離感を主張しています。また、「愛染明王」は人の愛や情という断ち切りがたい執着を消すのではなく昇華することを司る仏であり、これがまた今回の兼続ルートのお話に合っているんだよなあ。

冠や烏帽子などきれいなお帽子をかぶっていることは、能の仮面にもみられるように日本古来の「身なりのいい貴公子」の記号であり、また博士帽や軍帽を連想させ、髪形ともあいまってコーエーテクモが大好きなヤン・ウェンリーを彷彿とさせます。兼続はヤンより大幅にシュッとしてますけど。

 服のほうには直江兼続の使用した家紋として通説に言われている「三つ盛亀甲に三つ葉」だか「三つ盛亀甲に花菱」だかのとにかく三つの亀甲を組み合わせたカタチが多用されています。このへんは諸説あるんですが、直江兼続の旗印もまた「三つ山」という同じ形をトライアングル状に反復するデザインであり、戒名も「達三全智居士」というようにこの「三」の使い方は「完全性」「調和する美」を意味します。まさしく「天・地・人」というわけです。

 ベルトなど、小物にチラチラッとついてるサブ柄の↓こんなかんじ↓の文様は「雪輪」、今でいう雪の結晶柄と同じ雪の六つ花をあらわす日本の古典文様です。カワイイ。

もちろん雪深く寒い新潟県~東北地方をあらわすモチーフでもありますし、雪は別名に「五穀の精」ともいわれ、雪解け水で土地を豊かにうるおし五穀豊穣をもたらすという吉祥紋でもあります。

 

 さらに個人ルートのメッセージウィンドウの地模様の笹か竹の葉は、漢文や古歌を引用することが多い兼続らしく古の中国や日本の万葉の時代から愛されてきた伝統植物「しの」であり、実質的に「上杉ルート」ともいえる兼続ルートの上杉家の家紋とのつながりや、七夕伝説までまとめたモチーフです。よくできてるなあ。

 兼続の武器は刀であり、衣装の中の佩き方や戦闘画面からそれが「太刀」らしく描かれていることがわかります。刃が下にきて、長い陣羽織の後ろの方がチョイッて持ち上がるような刀の吊り下げ方をしていますよね。

『刀剣乱舞』のおかげで太刀と打刀の違いはよく知られることになりました。打刀(と脇差のセット)は武士がもっぱら徒歩の腰(袴などの帯)にブッ刺して歩くようになった江戸時代以降のもので、それより前の刀はヒラの民草のもつテキトーな長ドスみたいなやつと太刀に分かれました。でかい剣でも、今回のパーティには「剣士」キャラが二人いるわけですが、そいつらは背中に刀をかついでますよね。これが剣術者のふつうの長剣の持ち方で、腰に差してはいませんでした。兼続のような立場のある将は徒歩というより馬上をメインとして刀やそれを吊り下げる豪華な装備を拵えることになるので、太刀拵えはいいスーツにあわせるロレックスの腕時計のようなもの、社会的地位をバンバン示してくるぜェ。

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兼続のシナリオ描写

 兼続のストーリーの柱は、なんかいろいろ盛り込まれていて怒涛のようなんですけども、「愛別離苦」「神的な運命に情理を尽くして立ち向かう人間」と、そして「未来への希望」です。

上の三本の柱をつなぐ地盤として、越後や米沢や会津の東北の地があり、そしてを流れる天の川、七夕伝説、龍神の力があります。直江兼続の大河ドラマ小説のタイトルでもある「天地人」とはFate/Grand Orderなどで知られるこの世を形成する三属性であるだけでなく、「天の時、地の利、人の和」という戦略が成功するファクターのことを表す言葉でもあります。どうにもしがたい神の力、縛られた土地の厳しい制約、それに果敢に挑む人間である兼続……という、まさしく「天地人」がそろったきわめて直江兼続的な「三」の均整の取れたコーエーテクモ御中の面目躍如的シナリオ。

 「戦国武将」がメインの作品だけあって、「社会参画する大人」をあらわす天地白虎はいつにも増してキチンと作られています。さらに『遙か7』は全体のテーマとして「神からへその緒を切り離されて歩き出す人間」を描いています。長政ルートは「運命を自力でつかみ、歩き出せ! 自ら輝け!」と、人間でありながら「天の父」でもある長政がプレイヤーを見張り激励する構図でしたが、兼続ルートは前半(個人ルート分岐前)はプレイヤーが兼続を口説き落とし、そして後半は龍神の申し子、天女であるプレイヤーに対して兼続という人間の代表のような男が人事を尽くす姿を見せるという構図になっています。

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 さらに、兼続ルートには今はやりの異世界チート要素も盛り込まれています。龍神の神子、過去の歴史ものにトリップしたゲームプレイヤーというのはマジで異世界チート転生者みたいなものであり、しかも今作はゲームシステム上でも「現代のアイテムを戦国の世に持ち込む」というギミックが採用されています。

異世界チート転生の定石ともいえる「貧しい土地へのジャガイモの導入」、「現代の知恵やアイテムを利用した戦術で戦況をひっくり返す」という展開が大きく描かれており、明らかに異世界転生ものを意識して作られています。それでいて「チート」というような身も蓋もなさではなく、かなり堅実なことが描かれているので、「歴ゲーの光栄が本気で異世界チート無双してみた」みたいなことになっており、地味に見ごたえがすごい。

 

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 そんな感じで既存の直江兼続イメージや越後東北地方のイメージと今作のシナリオが絡み合っているだけでも最強面白いのですが、さらにどんぶりからハミ出るチャーシューとして、コーエーテクモゲームス往年の名作ゲーム『戦国無双2』のリフレインまで乗っかっています。

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  • 発売日: 2013/10/24
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『戦国無双2』は『遙か7』と同じく関ヶ原の戦いをメインとした無双ナンバリングで、他作品と比べたとき(この商品画像にはいないんですけど)石田三成の比重が大きく、実質的な主人公という雰囲気でした。『遙か7』でも重要キャラクターである石田三成と『遙か7』では八葉となっている真田幸村、直江兼続の間には同じ「義」を志す知遇であるという特別な友情関係が結ばれ、ファンからも人気を博しました。特に無双シリーズの兼続はなかなか強烈なキャラクターで、三成からも「義ィ義ィうるさい」とウザがられるなどネタにもこと欠きません。

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この『戦国無双』の石田三成、実は今作で兼続を担当している竹本英史氏が声を当てており(無双シリーズとネオロマンスシリーズはけっこう声優さんが共通しているのでカブり自体は珍しいことではないのですがここまでの組み合わせは初めてです)、このことは発売前から話題でした。無双シリーズと違って、『遙か』は伝統的に運命を変えたとしても歴史の流れを大きく変えることはありません。歴史の敗者である石田三成を救おうとして、石田三成の声をした直江兼続が奮闘するという胸熱くなったらいいのか面白がったらいいのかわからん状況が演じられ、戦国無双2の義トリオにハマッていた方には兼続ルートだけでもやる価値ありですよ。しかも無双シリーズ以外にも『花の慶次』『義風堂々』でも描かれている兼続と前田慶次との友情も何気なく盛り込まれており、ヤサイマシマシチョモランマ。

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 史実の話をすれば、(同じ西軍方とはいえ)直江兼続と真田幸村と石田三成が特に仲のいいトリオだったという史料はありませんし、前田慶次にいたっては本当は親子ほど年が離れてたので、上記のような文脈は創作上のものです。しかし、実際の歴史を改変するのではなく、歴史創作に心を重ねてきた現実に生きるわれわれの心を動かすという、コーエーテクモゲームスが歴史ifを描くときに重視しているスタンスが兼続ルートにはよくあらわれているとおもいます。「最近はやりの異世界チート要素」なども、われわれの心にある物語文脈を拾っています。兼続のクセである「古歌漢籍を引用する」ということじたい、人間が「創作」「ことば」を介して世界や自分たちの心と関わってきた歴史を示すものです。こうした「文化、文脈の力」「世界のきらめきに動かされる文化的な人の心」……すなわち、一言にすれば教養と呼ばれるようなよさみが、兼続ルートにはちりばめられています。

 

『遙か』シリーズでいえば天真、友雅、勝真、翡翠、弁慶、ヒノエ、柊、夕霧、小松、サトウ、秋兵、村雨のシナリオが好きな方にはいいなと思います。洒脱で斜に構えながらもアツい男です。他ネオロマでいうと『アンジェリーク』のオスカーやオリヴィエ、ルヴァ(この三人並ぶってすごいな)、チャーリー、『金色のコルダ』の柚木、加地、金澤、吉羅、大地、八木沢(大地と八木沢が並ぶってのもすごいな……)が好きな方に。あとだいぶ昔の作品ですが『学園祭の王子様』で女と初デートだってのにインテリうんちくをかましてくる中学生野郎どもとかが好きな人にはうってつけかと……。

兼続のシナリオに燃えたかたには『戦国無双2』『戦国無双3』だけでなく『パレドゥレーヌ』のエヴァンジルや宰相ディクトール、ロドヴィックのストーリーもおすすめです。

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豊かに生きるということ

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 兼続は初登場シーンからして言葉の魔力で人を翻弄するずるい大人であることを示してきます。いきなり竹生島の天女伝説や『論語』を引用してくるわ、「君を案内したいところがあるだけだ、なんの危険もない(のちに兼続もこんなんなるとは……と反省はしていたが実際はけっこうヤバかった)」と誘ってくるわ、地の白虎のもつ「誘い、惑わし、楽しませる」「危険な魅力」の個性をドーン!!

その後は兼続は八葉として主人公に協力することには長政と同様厳しいツラをし、かわいい少女だからといって無条件にちやほやと守ったりオトナなラブシーンやったりしないぜ、応援はするから強く自立してみせなさいよという令和のグッドな大人しぐさをみせてきます。兼続の場合その令和大人しぐさにプラスして、「俺の協力を得たきゃ、俺に君が欲しいと思わせてみな」という令和の地白虎色男・最新スタイルまでご披露。口説かれる前に、みずから口説き落とせと。こいつはやりがいのある仕事だぜーッ。序盤~中盤の兼続はかなり意識して親密度を上げなければ早々にイベントがストップするつくりになっており、彼の言葉どおりプレイヤーががんばって自己アピールしなければ「欲しい」と思ってはくれません。

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 プレイヤーの自己アピール手段はいっしょに戦闘を重ねることのほか、会話イベントで矢継ぎ早に教養と機智(ウィット)のキャッチボールをすることなども数回ありました。和歌や文化の基礎知識や繊細な感性、文脈をおさえた当意即妙な返し、文化人と渡り合う度胸と素直さ……。これらを示すと兼続は感心し、とても興味を持ってくれます。もちろんプレイヤーには選択肢が見えているとはいえ、『遙か3』でヒノエの策に応答したときと比べてさえスゲー頭のいい会話を要求されます。ヤバい。

しかし戦国時代の有力武士が身を立て、都や大阪の教養人たちとつなぎを作っていくためにはこうした素養が不可欠でした。作中でもあったお食事会や茶席では教養と品位がアピれますし、歌合せや連歌の会などは教養ウィットラップバトルみたいなものです。史実でも直江兼続は特にそういう頭の強さで有名だった将で、天敵伊達政宗をディスる文句のうまさ、天下の名文と呼ばれる『直江状』での徳川家康長文ディスは現代でも有名です(ディスばっかやないか)。

兼続のウィットのきいた言葉の目的はディスばっかではないので、主人公と古歌の応答で遊んだり、「鐘の音をみる」「香をきく」という古くからの言葉の示す感性をともに味わったりして楽しみます。これらの兼続の雅な教養イベントには「五感を楽しませる美物」という地の白虎の「兌」の卦の卦象があらわされています。兼続ルートのキーパーソンであり、史実から直江兼続と教養文化人としての親交が深かった「西笑承兌」和尚のお名前にも「兌」の字が入っていますしなんとも地白虎と関りのある字面ですね……。

 

 「世界を楽しむ」「きらめきときめき」という「兌」の卦のテーマが、兼続のあり方にはよくあらわれています。序盤にはわりと自分を見せずに距離をとってくる兼続が、こちらに見せてくる「夢」や「理想」は、「たくさんの書物を集めて学校を開きたい」、そして「腹いっぱいの握り飯(を領民に食わせてやりたい)」というふたつです。

「学校を開きたい」というこの夢、『遙か』シリーズファンには思い出されることがあります。ついひとつ前のナンバリングである『遙か6』で、対の八葉である天の白虎ルードハーネ先輩が、教育の道に進んだということです。天の白虎は「地道なボトムアップ的努力で世界をよくしていく」ことをあらわすので、まさしく教育者になるのにドンピシャだったんですよね。

しかし、そうなると常に天の白虎に比べて不真面目な校則違反野郎である地の白虎が「学校」とか言うのは不似合いにも思えます。ここでアレッと思うことで、「ルードハーネ(天の白虎)の教育」と「兼続(地の白虎)の教育」のちがいが浮かび上がってくるようになっており、個人的に当方は教育関係者のためニクいつくりをしているな~っておもいます。教育とは政治の裏拍であり、未来を生きるものたちに文明を手渡すことであり、白虎のあらわす「人間らしい大人」がすべき仕事です。「破邪顕正」をあらわす天の白虎ルードの教育が「正しく生きる」ことを教えるためのものであるのに対し、「人生の楽しみ」をあらわす地の白虎兼続の教育は「豊かに生きる」ことを教えるためのものなのです。

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この「豊かさ」とは地の白虎の示す「うるおい」であり、食べるものに困らなくてすむということ、そして日々の生活に汲々として狭い視野の中で一生を終えるのではなく、「たくさんの書物」という古今東西無限の世界に心を遊ばせ、自由で余裕と風雅と誇りある人生を送ろう、ということです。これもまた、天の白虎の「正しさの光」だけでは語れない、教育や学問のもつすばらしい意義です。たとえ四方を敵に囲まれていても、優雅に琴を弾く……。

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龍神の神子としての使命についても、「やる気と才覚ねえならいても邪魔、悪いこと言わんから帰れや」と「正しく力あるものが役割を全うする」式のスパルタ教育長政と比べて、兼続は「俺に君を欲しいと思わせてみな」「君はこの世界をもっと好きになったほうがいい」と言い、「世界や人間の美しいところを知り、心から愛し助けたいと思う」ことを重視します。知ること、学ぶことは豊かさであり、兼続が学びを通してプレイヤーや領民たちにあげたいものはきらめく愛情なのです。

 

希望の轍

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 豊かさを求める兼続は、現在の新潟県である越後に生まれ育ち、会津に移封になった主君とともにより北へ移り住み、現在の山形県である米沢に領地をもちました。これはまったく史実通りです。作中でもつばきが説明してくれる通り、これらは冬が厳しく雪は深く、田畑の実りが少ない土地です。これを書いているいま現在も、窓の外の越後の地にはどっさり雪が降っています。もっとドカ雪降ると移動もままならず、自然の運命を人間にはどうすることもできません。強制的にステイホームです。新型コロナウィルス感染症流行の今年、おこもりのためのおうち食糧、本や映画やゲームをみんなこぞって買ったように、そういう土壌で才覚のある兼続が「実際的に腹が膨れること」と「文化に心を遊ばせること」を重視するようになったのは自然の流れです。

これは作中の説明の繰り返しになりますが、直江兼続は冬に田畑を使えない時間を有効活用するために謙信公の時代から有名な特産品であった商品作物・青苧(あおそ、からむし)、それを使った越後布や雪染めの増産を推進、越後の国をより金持ちにしました。当時の越後の国は現在の新潟県と違い、おいしい米育つは育つけど、トレードマークの「コシヒカリ」などの豊かな米の実りをもちません。量が全然少ない。これは現在山形県(「はえぬき」米の名産地)である米沢や福島県(「ひとめぼれ」米の名産地)である会津でも事情はだいたい同じです。だから兼続は邸の生け垣さえ食べられる実用植物(うこぎ)にしたりして(これも史実です)、泥臭く使えるものはなんでも使い、厳しい環境で民を生かしていくことに余念がありません。

作中の説明に補足すると、現代でさえ北から吹く夏の冷たい風による冷害で米が不作になっちゃったりもするこれらの土地では、低めの気温でもたくさんの米粒を実らせる「品種」じたいがこの時代には存在しなかったのです。新潟や東北地方、あまつさえ北海道からもいいお米を全国に流通させている現代日本社会からはちょっと考えられない、今とはまったく違う状況です。新潟も米沢もかつてはなんもないドベドベの寒い湿地でしたし、なんとそもそも日本という国じたいが、コメの原産である東南アジアなどと比べると全体的に稲作には向いていないんですよね。

 

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 今とはまったく違うので、社会科の資料集を見て「この整然とした一面の稲穂の海はなんだ!? 一体どこなんだ?」と驚く兼続に主人公は「えっ、新潟県とか東北地方の代表的な景色ですけど何か……?」って感じの噛み合わぬリアクション。この会話はたいへんリアルです。現代人のほとんどが、北陸地方や東北地方はずーーーっと米どころで酒どころだと思っているからです。

そんな感じで、家に武器の備えがないことや、食べ物や調理法が豊富なこと、寒い土地でも豊かな米が実ることなどを「令和の世ではこれがふつうですよ」とキョトンとしている「豊かな」「ずっと未来の時代の」主人公を見て、兼続は「てめえ恵まれてるな」とムカつくのではなく、「よかった」と涙ぐむのです。「俺たちが努力を重ねた先には、いつかこの稲穂の海が広がってるんだな。誰も飢える心配をしなくていい、君が平和に生きていられるような世界がいつかくるんだな」と。

「令和の、新しい時代のネオロマンス」としての描写を意識されている今作では、「新しい時代の、新しい倫理観、正しさや優しさ」が何かと示されます。この兼続の感動もそのひとつです。「新しい世代」の若者たちに、苦労してきた大人はなにかと「苦労知らずのくせに」「甘えたことを言っていられるのは恵まれた環境のおかげだ」「自分たちのころはもっと苦しくて」と言い、最終的には「おまえたちも自分たちと同じ苦労を味わうべきだ」という、もはや悪意のマドハンドに染まってしまうことさえあります。宗矩ルートで描かれた「被差別者どうしで争うようにしむける差別側の社会」のように、あらゆる社会問題でこういうことはおこります。

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しかし、現在ある倫理や社会の明るさは、たとえば白人以外も人間であるという認識や、一定年齢以上のだれでも性別や生まれや納税額をとわず選挙権をもつ普通選挙法などのように、ぜんぶ先人たちが営々と苦労と努力を積み重ねてやっと勝ち取り、だんだんと当たり前になってきたものです。

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個人として尊重されて、学びたいことを学べて、職業を選べて、好きな人と結婚できて、住んでいる場所の政治に意見ができる。これらはずっと昔の人からしたらすべて非現実的な甘っちょろい夢でしかなかったことですし、そしてまだ完全に叶っていることでもありません。前の世代より今、今より次の世代の子供たちに、自分の苦労をそのまま渡さないために、もっと良くて「当たり前」になるように、「そんな時代あったの? ばっかみたい」とか笑い飛ばしてもらえるようにがんばるのが、大人というものです。兼続は大人として、先の時代の主人公たちが笑って豊かに暮らしていてくれていることが、すごくうれしくて希望なのです。

 

 その「豊かさが当たり前になった世界への希望」の象徴として兼続ルートに出てくるキーアイテムこそが、ポテトチップス、「ぽてち」です!! も……ポテチがこんなことの象徴になること自体なんか……感動して泣いちゃうよな……。ポテチだぜ……。

兼続のイベントに登場するラクトアイスやポテチは「食糧」というよりどう考えてもジャンクな嗜好品おやつであり、地の白虎の司る「人生の楽しみ、うるおい」を表しています。食糧の量を確保するだけでなく、豊かさを兼続は目指しているということです。

そしてもちろん「量」の潤沢さ的にも、ジャガイモは東北地方の寒冷さや米不足を救う救世主です! ジャガイモは16世紀ごろにアメリカ大陸からヨーロッパへ、その後流れ流れてジャカルタから日本へ輸入された新しい(おれの基準では500年は新しい)作物です。中世ヨーロッパ風の世界を舞台とすることが多い異世界モノで食糧事情や農業を改善しようとするときの定石のひとつがジャガイモ栽培で、というのも中世ヨーロッパで「麦が育ちづらい」って困っている多くは寒冷でやせた土地で、ジャガイモはそういう土地でも育つからです。詳しくは↑『まおゆう魔王勇者』↑を読もう。このへんのことについて『遙か7』の兄弟作ともいえる『ファイアーエムブレム風花雪月』の舞台を解説した記事は↓こちら。↓

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そんで「『主食が育ちづらい』って困ってる寒冷でやせた土地」っていう中世北ヨーロッパの状況って、まんま戦国の東北地方でも同じなんですよね。ここがナーロッパか……。兼続は天女ことプレイヤーから授かった奇跡の食べ物ジャガイモを米沢に植え、そして、それをすぐに食べずにまた来年の種イモにまわす……というふうに、先の世のために努力を積み重ねます。

先の世のために、今の自分が苦労をしても、投資が実ることを信じてがんばるというのは、越後ではくしくも直江氏の本拠近くである長岡藩の故事(幕末~明治時代)で「米百俵の精神」と呼ばれています。2001年に当時の小泉首相が所信表明演説に引用したことで流行語にもなった、地元のキーワードです。逸話にいわく、戊辰戦争で負けて減俸され食うや食わずの生活をしていた長岡藩士たちのもとに、無事だったご近所から百俵の米が届けられました。ヤッター米を食えるー!!と喜ぶ藩士たちでしたが、藩の家老的存在が米を売っぱらってその金で学校を作っちゃったのです。驚き怒る藩士たちに、家老はこう毅然と言って通しました。

「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」

と……。

教育というのは、種芋を食べないで植えるというのは、気長な精神力のいる事業です。未来にそれが何倍にもなって実るだろうことが頭ではわかっていても、先が見えなくて、つらくひもじく、本当に実るんだろうか、こんなことをして何になると何度も不安におそわれ、イライラし、刹那的になりそうになります。それでも種をまき、我慢強く時期を待つ以外に未来を変えるすべはありません。

そんな終わらない地味な戦いに身をおく者にとって、「未来はこんなふうによくなるんだよ!」と、目に見える姿を見せてくれる未来がもしあったなら、勇気は百倍、一万倍となります。それがあるだけで全然全然違います。だって目の前が真っ暗ではなくなるのですから。どれだけ遠くても、光があっちにあると知っているのですから! それが、兼続が主人公に感謝する、「君は俺に希望を見せてくれた」ということです。

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 「コシヒカリ」(現在のコシヒカリはちょっと違う品種ですが)は、「水稲農林1号」という品種を親に持ちます。これはそれまでの稲に比べ東北地方の冷害に強く収量が多いことが特徴で、北に住むたくさんの人を飢えから救いました。やがてコシヒカリは新潟県や東北地方で広く育てられ、重い稲穂を一面に実らせることになりました。兼続の夢が叶ったのです。それは、なんと昭和初期から第二次世界大戦後になってからのことです。積み重ねられてきた品種改良、飢えに倒れた先人たちのうえに、今のコシヒカリ、「越の光」があります。

歩く道が寒く、暗く、ぬかるんでいても、そのずっとずっと先のどこかの未来の誰かへ、わだちが続いているならば、それを信じられる光が胸にあれば、……主人公や、若者にはもしかしたら兼続が言うようにまだわからないかもしれません、それはもう、何より嬉しくて、生きて死ぬ力になる希望なのです。

 

愛の罪

 兼続ルートにおいて、鮮烈さの面でいえば主人公との愛のゆくえ以上のクライマックスといえるのが、親友三成を救出するシーンです。

いうまでもなく石田三成と直江兼続、真田幸村(ついでに言えば織田秀信ら織田一門)は、関ヶ原の戦いにはじまる天下分け目の歴史の敗者です。日本人は判官びいきなので負けた側のもしもを語ることにはロマンがありますが、それにしても、先に述べた通り『遙か』シリーズは大きな歴史の流れを変えない硬派さが伝統です。

今作の、兼続による三成救出の顛末もその例に漏れません。未来人であり兼続やその友を助けたいと思っているプレイヤーや、龍穴の力などを使い、兼続は一時は関ヶ原の負け戦から三成を助け出します。ズタボロの三成を担ぎ、意識を失わないようつとめて明るくべらべらとしゃべりながら、追っ手がかかる中夜の山を必死で逃げのびるスチルはいつも余裕でスマートな兼続が歯をむいて走っています。

「秀頼様を守るんだろう!? 太閤殿下の恩義に応えるって、誓ったんだろう!?」

「俺の腹に入ってる八葉の証の龍の宝玉を、腹をかっさばいて、取り出して、三成に埋め込んだら三成が八葉にならないか!?」

と叫ぶ、『戦国無双』で石田三成を演じ敗死し続けている竹本英史氏の声の演技は痛ましく必死です。スタッフ勢も竹本氏と三成に関する扱いや距離感にはたいそう慎重に気を使っていたと聞きます。ゲーム本編ではないメタな話にはなりますが、ゲームのセリフの収録というのは基本的に一人で全台本の収録を数日かけてやりますから、一人三成救出と別れと向き合って収録した竹本氏のことを考えると……。

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戦国無双関係なくても今作の三成もとても意識して好ましいキーキャラクターに作られており、「じゃあ、どうしたら三成は助かる!!」……というのはプレイヤーたちの心にもある思いです。これは今まで無双シリーズや光栄ゲームをはじめとしてあらゆるメディアで敗れ去っていった石田三成の無限回の死への、どうしても変わらない悲しい歴史そのものへの、確認と哀悼の叫びでもあります。

しかし、兼続の必死の努力と強い友愛にもかかわらず、二人はお互いの役目を果たすために別れ、そして三成はかえって史実よりも無惨ともいえる死を迎えます。シリーズの伝統である、歴史に向き合うならば現代人の都合でホイホイ変えまくるべきではないという重い歴史観があるのはもちろんですが、ここには「兼続(そして三成に生きてほしいわれわれ)が運命をねじ曲げて三成を助けようとしたから、罰が下ったのではないか?」とおもわれるようなとこがあります。

もちろん実行犯は天罰とかではなくカピタンなんですけど、延命したことで三成の苦しみが追加されたことは事実ですし、三成絶対助けてえ!!と思ったことで兼続が東奔西走大わらわしてよけいにたくさん悲しんだこともまた事実です。関ヶ原で「見なかったことにしといたるから領地の戦に帰ってやることやれや!」と言ってきた「正しき天の父」天の白虎の長政のように、「それが運命だ」「自分の役割を正しく果たすのみ」と思って粛々といられたなら、ここまでの苦しみ大爆発はなかったのです。情があるから、正しく清らかでいられない。愛があるから、苦しみが増える。これはまさしく、愛染明王の「愛染」の煩悩です。

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 主人公との間柄に関しては、兼続ルートでは「天女」という言葉の多用や、七夕伝説の引用など、いわゆる「羽衣伝説」の類型がモチーフとされています。ちなみに龍神の神子を「天女」と呼ぶことにかけては『遙か2』の彰紋東宮という先人がいますし、「その世界から見たら夢のような文明をもつまったく異なる常識の世界から来た、超常的な力を持ち浮世離れした人」という意味では確かにマジで龍神の神子=運命を操作する力を持ったプレイヤーは天女で間違いありません。今作では特に、共通ストーリーからして主人公(プレイヤー)が「かぐや姫」になぞらえられています。かぐや姫という天人が老夫婦のもとに授かり、「羽衣」をかけられると人ではない天人に戻ってしまい恋しく思う男たちを残して月へ帰っていく『竹取物語』もまた「羽衣伝説」のひとつです。

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「羽衣伝説」とはそういった「その地のふつうの人間ではない女」である天女が登場し、地上のふつうの人間に幸や豊穣をもたらすが、だいたいは離れ離れとなったりして悲しい結末に終わるという、日本だけでなくアジア全域に広く伝わっている物語類型です。「羽衣」は天人の証であり、奪われると天に帰れなくなりふつうの人間とあまり変わらなくなってしまうものです。『遙か7』で兼続にとっての主人公がそうであるようにこの天女は五穀豊穣(お米をはじめとするたべものの豊かさ)の化身とされ、天女が地上のふつうの男と恋をして一時的な幸をもたらすお話は『俺の屍を越えてゆけ』の物語の発端ともなっていて、日本の文化に深く根付いた類型といえます。

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「羽衣伝説」において天女は幸であり、豊穣であり、パターンによっては地上の男の最愛の妻ですが、天女が天に帰ってしまったり離れ離れとなって嘆き暮らしたりする展開とセットです。地上の人間は天女と出会う前は特別不幸せでもなかったのですが、天女がいなくなると、天女が来る前の状態に戻っただけのことなのに、悲しい思いをするはめになります。好きにならなければそんな悲しいことはなかったのに。

兼続ルートで特に引用されている「七夕伝説」もそうです。おなじみの物語ですがあらすじをさらっておきますね。

働き者の天女の機織りお姫様(織女・おりひめ)と同じく働き者の人間の牛飼い男(牽牛・ひこぼし)が、なんやかんやで(経緯諸説あり)結婚することになりました。天の父(天帝)は基本的に神と人との結婚を禁じてるのですが、しぶしぶ認めます。

しかし結婚してラブラブなふたりは仕事を怠けるようになったなど、義務をおこたったかどで天の怒りを買い、なんやかんやで(経緯諸説あり)川幅のすごい天の川の両岸に離れ離れになりました。ふたりは川をはさんで見つめ合うばかりで、一年に一度巨大カササギが橋になってくれる七夕の日以外は触れ合うことができなくなったのでした……。

夢の天の川のシーンなど、明らかに引用されているのがわかると思います。直江兼続と七夕伝説にはたぶん直接のかかわりはないのですが、七月を「文月」と呼ぶように七夕には日本古来たくさんの歌が詠みかわされる伝統がありますから、主人公が「天女」であるというだけでなく雅な文化人である兼続にも関わりがあります。もう一個このギミックの意味がみいだせるのですが、それは次の項目で話します。

話の筋としては、兼続とプレイヤーは「仕事を怠けて」なんていないという違いがあります。ここがちょっとポイントです。プレイヤーや三成(おわかりのプレイヤーもいるとおもいますが、実は三成もまた「天人」のひとりともいえます)といった愛する人と離れ離れになって苦しい思いをする「天罰」を受けたり、「天の父」の役割をもつ長政にクギを刺されたりする「人間の男」兼続がどんな「罪」をおかしたというのでしょうか?

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主な罪状としてまず考えられるのは、さきほども見た「親友三成の運命をねじ曲げて助けようとしたこと」、それと相似に「婚約者(主人公)の生家の負け戦をひっくり返そうとしたこと」でしょう。このために兼続は自分がいるべきお家の戦場をいっときほっぽり出してきており、織姫彦星のように「愛する人のそばにいるために、義務をおこたっている」ともいえる状態にあります。これは「天の父」長政にもわかりやすく指摘されています。

その前にプレイヤーと天の川で隔てられたのはなんの罪に対する罰でしょう? ……羽衣伝説に依拠して挙げるならば、「天女の力(現代から持ち帰ったプレイヤーそのものやジャガイモや知識、龍穴など)を地上の生活に私的利用したこと」とか「天女を愛し、彼女が羽衣(令和の世に帰るすべ)を失ったとこに電光石火でつけこんで妻にしたこと」あたりということになります。羽衣は異世界チートです。兼続はチートの罪の報いを受けているともいえます。

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しかし、天の羽衣だろうがチートだろうが、兼続は「使えるものはなんでも使う」というだけです。必死なだけです。確かに地上の倫理でも、使ったら法に触れる手段というのはバッチリあります。でも「自分の領民に腹いっぱいメシを食わせたい」「愛する人と幸せになりたい」「大好きな友に生きていてほしい」という願いのために犯す罪は、ただの悪といえるでしょうか。それは罪であっても、兼続が愛の男だから生まれる罪なのです。

彦星は、織姫を愛さなければ働き者のままで、別離の苦しみを味わうこともありませんでした。兼続も、プレイヤーにいったん惚れこんでしまうと長政のスパルタとは違って「安全なところにいてほしい」「大事に守りたい」という気持ちにどうしようもなくとらわれてしまいます。愛がなければそこに罪はなく、正しく義務がおこなわれ、執着やしがらみによる苦しみがいたずらに増えることもありません。愛ゆえに罪が犯されるというよりは、愛することそのものが罪であり、愛したそのときにすでに罰である苦しみは始まっているのです。出会ったのも罪? 恋したのも罰? 私という存在(Buzy)

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 この愛執の罪、煩悩は、しかし、消し去ってしまえればいいものなのでしょうか? 心を大きく動かすこともなく、特定の何かに強く執着することもなく、したがって強い苦しみもなく、正しく生きていけるようになれれば(メガテンⅢシジマルート)……。

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そんなことはない、と言うのが兼続ルートです。三成を失った苦しみや直江状偽造、敗者の運命にダバダバになりながらも。

誰かを愛し、天に背く罪を犯し川に隔てられて悲しいのは、人が懸命に生きているということ、そのものなのだと。

潮騒 (新潮文庫)

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東北地方を襲った東日本大震災を扱ったドラマ『あまちゃん』の劇中歌『潮騒のメモリー』に「来てよその火を乗り越えて」と歌われます。この歌詞は「その日(震災のあった2011年3月11日)を乗り越えてきてほしい」という意味と、「天女」のようにヨソから突然現れたお嬢さんと漁師の若者が障害を乗り越えて結ばれる三島由紀夫の名作『潮騒』の「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら(私たちは抱き合い、結ばれよう)という有名なセリフを合わせたものです。つらい過去と現在を越えること、他者を愛することはそれ自体罪であり罰であり、焚き火を飛び越えるように熱く、川を渡るように冷たく、決意と勇気がいる。

それが、われわれが身を置いている人生という戦なのだと兼続ルートは言うのです。使えるものはなんでも使い、髪を振り乱し、燃えさかる火をこえて、ずぶぬれになっても罪と罰の川を越えて、愛する人へ愛を届けるのだと。かささぎの橋なんか、自分でかけてやるのだと。

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(『遙か7』の兄弟作(ということにおれがした)『ファイアーエムブレム風花雪月』の中の1ルートの「人が生まれて生きていくということは、世界から何かを奪う罪を犯していくことだ」というテーマについて書いた記事です)

 

天と地と、そして人

 「米百俵」と並んで直江氏ゆかりの新潟県中越地方でよく使われている、もうひとつのご当地歴史ワードが直江兼続の大河ドラマからの「天地人」です。

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ところで、兼続ルート上の「いい方」のハイライトは岐阜城防衛の一連のイベントです(つらい方は三成救出)。ここで兼続は知恵をいかして異世界アイテムでチート無双する!……という流れではあるのですが、内容自体はけっこう地味で堅実です。この内容が面白い。

兼続がとった、現代(一部五月の能力)チート新戦法はおおむね以下の三点です。

①式神を使った早連絡

②たくさんの時計によるタイムテーブル統一によって、一定の間隔で前線の交代を行う

③オペラグラス、防犯カメラによる戦場の状況把握、戦力の配分

これに加えて、龍神の神子と協力した超常的な力

④天と意識を通じさせ、天の川の水を水不足の井戸に引く

というところ。

①の式神メールシステムは他のルートでも活用されていますからこまけえことは五月のときにでも話すとしますが、連絡手段が少なく時間がかかったこの時代にほとんど即時的に連絡ができることは実は一番チートです。これによって人と人の行き違いがものすごく少なくなり、話し合いができ、心と力を合わせることができるようになります。「天地人」のうち「人の和」が二重マル!です。

②の時計を使ったシフト式前線勤務、これは地味で現代人にはわかりにくいことなんですけど、兵の疲弊による兵力消耗を最低限におさえ、効率よく回復してもらうためにはとても有効な手段です。籠城戦は長丁場ですから、少しの消耗も重なればジリ貧に向かいます。指揮官ごとにバラバラで基準がないとキッチリ回すことはできません。このタイムスケジュール管理が「天地人」のうち「天の時」をつかむことです。

そして③の防犯カメラは3つの攻め口の戦場の状況を正確に把握するということです。地の利には地理的条件だけでなく城の作りなども入ってきます。岐阜城にもある「天守」という城の部位は物見櫓が進化してしだいに権威的な役割を強めていったものですが、「戦場の状況が安全・正確・総合的にわかる設備をもった城」なんつうのはスーパー「地の利」のある城だといえます。

兼続の岐阜城防衛線は戦力的には負けててもこの「天の時、地の利、人の和」、天地人すべてをおさえた備えだったわけです。

 

 しかしだ、異世界チートがあったとしても、そもそもの岐阜城に与えられた条件である「湧き水がねえ、井戸水も少ねえ」という地の運、「雨雲も近くにねえ」という天の運はどうしようもなく「ある」わけです。それを前にして、兼続は「龍神の神子を介して、天上の川から水を引く」という超常現象をおこしてみようとチャレンジします。

実はこれ、現代人としてのわれわれが「えーそんな都合よく…」とおもうほどトンデモな展開でもなく。その前に五月がマジに効果のある霊力による雨乞いをしたり、『遙か3』で神子が願って聞き届けられれば雨が降ったり、そういう雨の降らせ方はあると古来から信じられてきました。引用されているとおり干ばつの折に歌仙・小野小町が「ちはやぶる神も見まさば立ちさわぎ天の戸川の樋口あけたまへ」と詠うとたちまち大雨が降ったという伝説があります。

このように(しばしば龍の)神に水や雨のことを人が願って聞き届けられることと直江兼続にはおおいに関係があります。直江兼続の愛刀として知られる太刀「水神切兼光」は彼が水神とハナシをつけて洪水を治めた、という伝説が「水神を斬った」という名前になって残ったものです(神の力も過ぎれば災いになる、という兼続のセリフもこのあたりを連想させますね)。直江兼続はきわめて実際的・人間的な人物でありながら、神とハナシをつける人物でもある。

 神や利害を異にする他者とハナシをつける方法として、古来日本ではどんな方法がとられてきたかっていったら、それこそが「歌」なのです。有名な日本最古の歌論、紀貫之による『古今和歌集仮名序』にいわく、

やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける

世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり

花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける

力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり

古来日本においては「歌とは、人の心を種として自然に生い育った万の葉(万葉)」「この世に生きる花鳥風月のすべてが、概念的な歌を歌っている」という精神があるというのです。この「歌」こそは「力を入れることもなく天地を動かし、目に見えない死者、神、自然の精といった人外のものの心も動かし、男女の仲をつなぎ、荒々しい武士の心をも慰撫する」という絶大で玄妙な力をもっています。だから小野小町はくだんの歌の力で神の心を動かし、雨ごいに成功した(と説得力をもって信じられた)のですね。三成との別れのときの『贈別』の歌も、いつまでも別れを惜しんでいることのできない人間の代わりに蝋燭が長い涙を流してくれる、という、ままならぬ現実の中でも風雅の世界、文学の世界が心をつないでくれるという引用です。

つまり歌は天地、神と人、男と女、暴力と文化、古と未来といった隔たったものの間をつなぐ力であり、「天地人」の「人」にあたるものなのです。『NARUTO』の中忍試験編でも「天の巻物」「地の巻物」をそろえると「人」という字で表される「下忍と上忍の間の存在」中忍のイルカ先生が口寄せされていましたね。

NARUTO -ナルト- 8 (ジャンプコミックス)

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  • 作者:岸本 斉史
  • 発売日: 2001/08/03
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兼続は天の運命と地の制約に翻弄されるちっぽけな存在でありながら、それらとどっこい交渉し、よりよく生きる道を切り開いていく「人」の代表です。そして「人」が強大なものを動かす手段のひとつとして、一見無力で役に立たないかにおもえる「歌」がある。

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「ちはやぶる神も見まさば立ちさわぎ天の戸川の樋口あけたまへ」の歌は、兼続に教えられた主人公の口から出てきました。これは兼続のもつ「歌の文化の力」が龍神の化身の心を動かしたということであり、実はこの時点ですでに「水神を斬る」ことに成功しているといえます。主人公の神力と地上の井戸とあいだに言葉とイマジネーションでパスをつなぎ、兼続は男と女のあいだ、古と未来のあいだ、神と人のあいだ、プレイヤーと自分のあいだにある天の川を、文(ふみ)の力で越えて利用さえしてみせたのです。

 「天の時、地の利、人の和」という戦略が成る三条件は、『孟子』にいわく「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」ともあり、運命やタイミングがよくても戦場の条件が整っていることには及ばず、戦場の条件がよいとしても人と人の連携がとれていることには及ばないとされます。

「人事を尽くして天命を待つ」「天は自ら助くる者を助く」の言葉どおり、人ががんばっている姿を示してこその天の助けです。未来はどうなるかわかりませんし、自分の生きてる間に変わる保証もありませんが、信じて動くことで、周りの心が少しずつ動き、環境が変わり、それは未来に実ります。兼続は自ら必死で動き、言葉をフルに使っている姿を見せ、神の側であるプレイヤーの心を動かしました。いわば「情理を尽くしたコミュニケーション」によって、兼続は岐阜城を守ってのけ、本質的には天に帰るべき天女である主人公を繋ぎ止めたのです。

見えぬ人の愛と義を信じ、遠い未来を信じ、情理を尽くす。

それこそが、われわれ人のもつ、黄金の力だということです。

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希望の轍

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そんな「時代の運命」と「土地の制約」に縛られた中でけなげにごはんを食べる、『ファイアーエムブレム風花雪月』の中世ヨーロッパ風世界のみんなの食事解説本(おれが書きました)、好評発売中だよ!!!!

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あと兼続ルートの「越後」というへんぴな寒くて豪雪な土地でどっこい生きてるおれたちに興味がわいた方々にはこちらもオススメ!

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越後こと新潟県は現在は米どころとなっただけでなく「漫画家の名産地」でもあることをご存知でしょうか? 上の『翔んで埼玉』『パタリロ!』の魔夜峰央先生以外にも、『天才バカボン』『おそ松くん』の赤塚不二夫先生、『ドカベン』の水島新司先生、『うる星やつら』『犬夜叉』の高橋留美子先生、『るろうに剣心』『武装錬金』の和月伸宏先生などなど人口密度の低さのわりに有名漫画家の出身密度がやたら高いんですよね。

コシヒカリができたとはいえ寒さや豪雪という「天地」の条件が変わるわけではなく、そんな制約の中で人はインドアな娯楽文化に心の自由をはばたかせるのでしょう。たとえ四方を敵に囲まれたって、敗者側になったって、優雅に琴を弾く。ドカ雪だって、田舎社会だって、車がなくちゃ生活できなくたって、心の豊かさだけは、自由。そうおもって当方もこのブログを書いています。

 

 次は大和ルートいきます!

 

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