湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

【ⅩⅧ 月】リーガンの紋章―FE風花雪月とアルカナの元型③

本稿では、『ファイアーエムブレム 風花雪月』の「リーガンの紋章」とタロット大アルカナ「ⅩⅧ 月」のカード、キャラクター「クロード=フォン=リーガン」との対応について考察していきます。全紋章とタロット大アルカナの対応、および目次はこちら。

以下、めっちゃめっちゃネタバレを含みます。

 

 

 『風花雪月』の紋章がタロット大アルカナ22枚のカードに対応している作中の根拠とざっくりしたタロットの説明、各アルカナへの目次はこちら↓です。

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紋章とタロット大アルカナの対応解説の書籍化企画、頒布開始しております。「タロットカード同梱版」と「書籍のみ版」のご注文をいただけます。(品切れの場合は数か月お待たせしますが増刷予定あります)

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ツイッターでの「次に解説してほしい紋章」アンケートで金鹿の学級キャラの紋章4つから選んでもらったところ「獣の紋章」が最多票を獲得し、トップバッターとしていろいろ言われてくれました。

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そして二位に盟主どの、「リーガンの紋章」がつけてきましたので、今日はこの紋章について作中での描写を解説していきます。

級長キャラクターなので、今後別ルートでみられる描写のなかでもいろいろ描かれてる可能性はバリバリですが、それはまた追記していくとして、

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対応するアルカナは

対応するキャラはクロード=フォン=リーガンです。

一見パリピ風のクロードがなぜ、「星」とか「太陽」でなく月なのでしょう?

 

同盟領諸侯の紋章とアルカナ

 リーガンの紋章と「月」アルカナの話をする前に、同盟領諸侯の紋章とアルカナについて確認しておきます。

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 当方が『風花雪月』を始めて最初に感動してオォンと泣いたのは、オープニングデモムービーで、この「同盟領の標章」が映ったときです。

(早すぎるだろ)

最初に映る帝国の標章は「双頭の鷲となんかの紋章(のちにフレスベルグ家のセイロスの紋章とわかりました)」が描かれて神聖ローマ帝国的な伝統と権威が表され、次に映る王国の標章は「翼ある獅子に乗った騎士となんかの紋章(のちにブレーダッドの紋章とわかりました)」が描かれて剛健な騎士の国感が表されました。そののちに映った同盟の標章の絵柄が、「同盟の各諸侯の権能をあらわす、対等にセパレートされた多種の紋章の寄せ集まり」だったからです。それが王を戴かない諸侯共同体のゴチャゴチャさと、王のない国を維持していきたいというこれまでの歴史の無数の努力や争いを表したものだったからです……。オォ゛ン゛(泣くな)

 

 そしてこの同盟の標章はまた、同盟貴族の紋章とアルカナの関係の強力な裏付けにもなっています。 はっきり見える画像を見てみましょう。

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 左上にはバッチリと三日月が描かれています。これはリーガンの紋章とまるで同じかたちであり、リーガンの「月」アルカナを表しています。

左下には車輪のようなものを持った女神か何か。車輪と周りにふたつ描かれた同じモチーフはゴネリルの紋章のかたちをしています。この横顔はおそらく運命の女神であり、ゴネリルの「運命」アルカナを表しています。

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右下にはフードつきのマントを意匠化した中にグロスタールの紋章が描かれています。フードつきのマントとランプは賢き「隠者」アルカナの象徴物です。

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そして右上には、左右二頭の反対向きの獣に支えられた輝きが描かれています。その横にそれを意匠化したようなかたちでダフネルの紋章が3つ。対称でありながら対照的な二頭の獣に引かせる二頭立ての馬車はダフネルの「戦車」アルカナに描かれているものです。

 獣の紋章を除けばこの4つの十傑の家門が同盟領の名家ということであり、中央の騎士の兜は「&諸侯のみんなたちの円卓会議」を表しているのでしょう。十傑の名家は対等な存在であり、また「諸侯のみんなたち」の共同体であることは十傑の血筋にもまさる重大事なのだということがこの標章にあらわされているのです。

 

「月」の元型

 そんな諸侯共同体の代表を歴任する名家である、「リーガンの紋章」と対応する「月」アルカナのカードの中心的意味を拾ってみましょう。

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 「ⅩⅧ 月」のカードです。

カードに象徴として書いてあるモチーフは「夜」「荒野」「水辺」から「曲がりくねった道」「地平線まで遠く」続いており、ザリガニや狼などの「野生生物」もいるが、「向こうの方には人工の砦も見える」、それを「さまざまに姿を変える月」にうかぶ月の女神の「無慈悲無関心」な冷たい横顔に静かに照らされている、です。

「悪魔」と「死神」は大アルカナの二大怖いカードですが、なんともいえない不気味さという意味ではこのカードも負けない不吉をほこっています。実際、このカードもどちらかというとアンラッキーや警告の意味の、ひねりの強いカードです。

 

 「月」のアルカナが中心的に表すものを知るためには、タロットの一連のストーリー性が特に役立ってきます。ちょうど前回が近所の「悪魔」だったのでそこからおはなしを振り返ってきます。

 

誤った固定観念にうっかりハマり、偽りの安寧を得てしまっていたが(「ⅩⅤ 悪魔」)、

偽物の安定、人間の驕りを破壊する神の罰的な大崩壊で価値観が更地に戻り(「ⅩⅥ 塔」)、

何もなくなった真っ暗闇に、小さな小さな希望の光をみつけた(「ⅩⅦ 星」)

 の、あとのカードがこの「ⅩⅧ 月」です。なので、中心的な意味は

「希望と危険の入り混じった環境の中を、

 夜明けに向かって手さぐりで歩いていく」

という状況です。「悪魔」のカードは悪魔そのものではなく悪魔に惑わされる人間の精神のほうをあらわしていると「獣の紋章=悪魔」の記事で書きましたが、「月」のカードもこの月の女神の横顔よりも、曲がりくねった道をおっかなびっくり歩いていく、絵には描いてない人間のほうのことを描いています。

つまりこの絵は一人称視点です。この絵を見ているあなたが、これから水からあがり、ビッショビショで凍えながら、この危険な道を歩いていくのです。

不安で怖いでしょう?

 

 これのどのへんがクロードなのか?

それでは、作中でどのように描かれたかをふりかえっていきましょう。クロードでさりげな~く描かれた「月」のカードの意味の大事なところは赤字で示していきます。

 

クロードの「月」―正体不明の夜

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 クロードは目が笑ってないし、彼の「生まれ」や「具体的な目的」などはほのかにずっと匂わされ続けますが、なんだかんだエンディングまで明言は引っ張られます。この「正体不明」さは月アルカナの属性です。暗くて、よく見えないわけです。「今はまだ」見えない。いずれ夜が明けるまで。

ドラクエ11の衣装色の記事でも詳しく書いていますが、クロードの、金鹿の学級と同盟の、そして「月」の輝きの「黄色」という色もヨーロッパの文化では「(悪い意味の)怪しさ」「卑しさ」をあらわす色で、しかし、紋章や意匠に使われた場合それは一転して至高の色である「金色」に読みかえられ、永遠と真理と完璧な美をあらわす揺れをもっています。

これはローレンツがクロードを「得体の知れない」と監視していることも、フレンとの支援会話で彼女の正体をはっきりと突きとめなくともほぼわかっているような様子もそうです。というより、フォドラ全体のさまざまな謎、レアたちの正体、歴史に秘められた偽りなどが、全部わかったようなわからんような微妙な状態をクロードによって強調されて進行し、やがて最後にはかなりの謎が解ける同盟ルートの筋書き自体が「月」だといえるのです。

そして、パッと見最も明るそうに見える同盟ルートが迎える結末もまた、実に「月」アルカナ的な意味合いを持っています。

明るそうなのに……?

 

猜疑心の塊

 キャラ紹介でさえ言われているクロードの代表的なセリフが猜疑心の塊の俺からしたら」です。

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 「月」の基本的な読みは「不安」「疑い」です。このセリフはそれをキョーレツに描写してくれたものです。そりゃあ、何もかもがぶっ壊れ、失い、小さな希望の星がひとつあるような「月」の状況では不安じゃないわけがないでしょう。

クロードも故郷では誇りをメタメタにされ、母の生まれを悪く言われ、そんなわけねーだろ!と思いました。かといって、母の実家のフォドラに転がり込んでみてもそちらもガッカリなものでした。何もない。逃げ出せる場所ももうない。それでクロードは何もわからない世界の夜明けに向かって歩いてみることにしたのです。

もちろん暗くて秩序の壊れた世界を歩いていくのは非常に危険なことです。「月」のカードに描かれているように、人間の秩序の外側である夜の荒野は命の危険がたっぷりです。不安材料も疑うべきことも、頭が追いつかないくらいにたくさんあります。クロードはそういう既存の秩序の外側に自分を置いてものを考えています。

 

 クロードのこの「猜疑心の塊」発言ですが、「本物の策略家はそんなことわざわざ教えない」というもっともな意見もあります。「疑っている」ことが相手に警戒されてもあんまり利はないからです。しかし「クロードの猜疑心」とは実は、戦略や駆け引きなんてみみっちいことにとどまらないものだったのです。

ご存知の通り、クロードが疑っているのは目の前の人間の言葉の裏どまりではなく、この世界を規定しているルールです。

カードゲームならば、ディミトリは正攻法、エーデルガルトは相手の手や全体を読んでおり、そしてクロードはそのゲームのルールが誰によってなぜ決められ、なぜ自分たちはゲームをしているのか、それを利用できる方法はないか、そういうことを疑っています。目の前を見ているだけでも、敵の心理を読んでいるだけでもありません。三次元的に盤面を見た、さらに上のことを見ています。だから彼は「卓上の鬼神」なのです。

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 なんだその頭のよさはと思うでしょうが、「頭のよさ」「知性」にもさまざまな種類があります。クロードはそのさまざまな知性のうち、この「疑い」にすぐれているということです。

並の「疑い」とは「そうじゃないかもな」をさしはさむだけで終わり、こういうのはただの屁理屈野郎になりかねませんが、本当の「知性」である「疑い」とは「そうじゃないかもな」「こういうことかもしれん」「いやいやそれはまだはっきりしない」はっきりしないまま保存しておくのことです。

クロードはよく世界の謎に肉薄する仮説を唱えては、「……いや、まさかな…」と言いますが、あれは常識に縛られてるというより予断のきめつけを防ぎ、「まだわからん」に戻しているのです。

 

 人間のっていうか動物も含めてですが、思考はとにかく「よくわからんもの」を嫌い、すべてのものごとを「わかる」か「しらんわ(無視)」に分け、実質視界に「わかる」だけがある状態を維持しようとするものです。野性動物の脳には視覚情報のうち「食べ物」「仲間」「危険なもの」くらいしか映りません。都会生活をいっさい知らないアフリカの村の人に市街が舞台の映画を見せたら偶然一瞬映り込んだニワトリしかまともな情報として伝わらなかったといいます。

「よくわからんもの」を「よくわからんから、考えよう」「あとで人に聞いてみよう」「調べてみよう」「いつかわかるかもしれないから憶えておこう」と脳内に置いておくのは思考にとってたいへんストレスなことであって、それをするには膨大な思考キャパ、キッチンでたとえるならでかくて片付いた冷蔵庫と広大なまな板、パソコンでたとえるならめちゃくちゃでかいハードディスクとメモリが必要です。それこそがクロードの並外れた胆力です。「まず自分を疑う」なんて簡単に言いますけどものすごいストレスですよ。発狂。

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何も意識しない常人はその「よくわからんもの」の存在ストレスに耐えられず、「よくわからんもの」を自分の世界には「なかったこと」にします。「そういうもんなんだよ」「そんなの常識だろ」あるいは「そんなこと知らなくても生きていける」みたいにして。もちろんこれも脳の偉大な処理能力のひとつです。いま重要ではないあらゆることに思考をさいていたら絶対に生きていけません。発狂。クロードだって目に映るマジですべてのものの何もかもを疑っているわけではありませんから。

しかし、その脳の省スペース化に唯々諾々と従い続けていると、思考というキッチンが一口コンロとまな板置けるか置けないかの狭い一人暮らしのアパートみたいになり、とても餃子とか作れなくなります。人間の学習能力や知性が退化するということです。人間の人間性たる「学び」や「発見」は「よくわからんもの」を冒険する中にしかないからです。

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太陰の女神

 「よくわからんもの」とクロードの親しさといえば、大地への親しみも挙げられます。いや大地の存在は明確ですが、ローレンツに「なに地面がどうたら言ってるんだ?」とかイミフ顔をされているように、フォドラ人にとって大地とは女神の恵みがたえず降り注いで当然のただの足場であり、食事解説記事でも述べているように「野菜」のようにとるに足らないものです。

「月」は大地の実り食物の豊かな肥えも象徴します。同時に食べすぎや摂食障害も意味してしまうのですが。農村ごはんの記事でレオニーの好きなメニューの数が19個でトップだと述べましたが、クロードもそれに次ぐ18個の好きなメニューがあります。将来メタボらないでくれ。

月は満ち欠けし、それはウミガメの産卵だけではなく人間の出産にも影響し、農作物の世話のタイミングに響きます。現代日本の、そしてフォドラの12か月の暦を太陽ベースで作られた「太陽暦」というのですが、月ベースで作られた「太陰暦」が使われていた地域もかつては多くありました。昔の日本を含め、農業をいとなむ人たちには太陰暦のほうが用いられたのです。旧暦ってやつですね。中国の旧正月とかの。

 「月」の満ち欠けは、一定せず、オンかオフかでなくグラデーションなものです。ゆえに古来から男性の生理は太陽、女性の生理は月になぞらえられ、ヨーロッパでは月神は女神なことが多いです。自然を人間の「もの」として管理するのではなく、思い通りにならない自然の力を畏怖するアジア的なクロードの価値観がそこにあります。

 

 また、月はそのカタチから、またローマ神話の月の女神ディアナと同一視されたギリシャ神話の狩りと純潔の女神アルテミスのイメージから、「弓矢」を意味します。

そして「不安」「疑い」「暗く妖しく、命にかかわる危険な自然」を意味して輝く「月」の女神は男の常識を破壊する「魔性の女(ファム・ファタル)」でもあり、クロードがファン界隈でしばしば「魔性の男」と呼ばれていることは象徴として正しいのです。

 

とびら開けて

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  • アーティスト:神田沙也加 & 津田英佑
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  そんなわけで異質なクロードの価値観と疑いの知性は、フォドラの価値観に知らず知らず固定された他のキャラクターたちの常識を揺さぶり、ファム・ファタルよろしく限界打破を誘います。

それはフォドラ人一般に比べて相対的にプレイヤーである現代人に近い考え方ともなり、

①だいぶ現代寄りにデザインされているフォドラ人キャラクターたちが、それでもやはり現代とは違う中世ヨーロッパ的価値観をもっていることを際立たせる

②クロードに近い現代人プレイヤーの考え方が必ずしも「ふつう」のものではないのだとプレイヤーに気付かせ、相対化する

という二重の効果をもっています。クロードは他のキャラクターだけでなく、「卓上」のわれわれにも疑いをプレゼントしてくれるのです。

VSローレンツくん

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 クロードにプレゼントされた疑いを、いちばんよく噛んで食べてくれてるのがいわずとしれたローレンツ=ヘルマン=グロスタールです。よく噛んでゆっくりと食べるのが貴族らしい作法なのだ。

貴族の食事の記事でも述べたようにローレンツはフォドラ貴族の模範であることを価値観の中心として生きています。彼の追及する「理想の貴族」は強く善なる憧れの的となるもの、秩序と平和と領民の幸福を叶えるものであり、そうなろうとすることには善しかありません。何も「悪い」というところはない。

しかしローレンツの理想はキゾクキゾク仲間であるフェルディナント=フォン=エーギル!!と比べてさえかなり硬い型にはまって狭いものであり、フェルディナントには「貴族と平民の垣根を払うということなのだよ」と言われ、クロードに「フォドラの内と外を隔ててる壁壊すぞ~」と言われてムムム…ってなります。ローレンツは間違いなく「いいやつ」「正しいやつ」なのですが、一人では「それ以上」の何かにはなりません。

 ローレンツにとってクロードは「月」アルカナの示す通りの「伝統と栄光ある秩序をぶち壊しにする危険人物」だったでしょうし、クロードにとってもローレンツは最初は「フォドラの内にこもって排他的な頑迷さの代表みたいな嫌な奴」だったでしょう(ヒルダに対しても最初は「貴族の見本みたいな怠惰な奴」と言っています)。この「頑迷」はちなみに、ローレンツの「グロスタールの紋章」のアルカナである「隠者」の意味でもあります。

「最悪な出会い」系のラブコメみたいなもので、この二人は対立する価値観として常に近くで衝突し合うことによって自分の限界の輪郭を知り、少しずつ相手の価値観に信頼を置いていきます。

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クロードにとってローレンツはフォドラの固い扉であり、ローレンツにとってクロードは固く守る扉を開けて混乱を呼び込む鍵なのです。そしてこの扉と鍵には、開かないまま近くでガチャガチャ試行錯誤する時間こそが最も重要でした。

手さぐりで、すぐに結果が出なくても進み続ける気長な勇気こそ必要であるときを、「月」のカードは表しています。

 

VSマリアンヌくん

 「月」のアルカナの意味をとるには「悪魔」あたりからのストーリー性が大事だと最初のほうで述べました。クロードのテーマ性は「悪魔」アルカナであるマリアンヌと密接につながっています。

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 おまえのどのへんがマリアンヌちゃんに似とるんじゃ、根拠のないナンパをすなと思ってしまうようなこのシーンです。似たようなこと(「俺は君の味方さ」)をシルヴァン野郎も言うのですが、これらはどちらもちゃんとアルカナの元型に象徴されるキャラクター性にもとづく意味があります。根拠のないナンパではない。シルヴァンについてはまた「死神」ゴーティエの紋章の記事のときに。

 クロードは「内と外」を俯瞰して見られるところにいます。「月」のカードの中には人間の作った既存の城壁が見えているのに、道はその先にもずっと続いていて、クロードはその丘の先を目指しています。つまり「篭の外」にいるのです。最初からこの鳥籠の外にいる魂はありません。何も知らない子供は自由な気持ちをもっているかもしれませんが、それは自分を守っているルールがあると知らないだけです。クロードもパルミラというルールの中で育ち、そのルールの理不尽に嫌気がさして、檻がきつくなって、檻を壊して逃げ出したのです。

この「理不尽なルール」は「悪魔」アルカナ、

「ルールの檻を壊す」のはその次の「塔」アルカナ、

「逃げ出した何もない場所で見た自由と希望」がその次の「星」アルカナ

そして今の、「不安と疑いの中を進む」のがその次の「月」アルカナ にあたるわけです。

 これがタロットに描かれる「限界打破」のクライマックス部分、起承転結の「転」みたいな部分であり、もっともドラマティックな流れです。「悪魔」マリアンヌはクロードの「月」にいたる大胆な変身の始まるところにいるということです。クロードがふらふらとはじめて飛び始めた蝶ならば、マリアンヌは閉じたさなぎです。

マリアンヌの閉じている力、現状への鬱々とした悲しみはきっとクロードにもあった段階なのです。「月」のカードに描かれた「水辺」や「動物」も、「悪魔」のカードに描かれた獣の耳やしっぽが生えている人間と同じように、「獣性」、すなわち人間の中にもある無意識の領域や自然の一部である本能をあらわし、その本能の水の檻の中に引き戻されそうになりながらもバランスをとっていくのが「月」アルカナです。

マリアンヌの鬱屈がさなぎの中で変身し殻をやぶって危険な外へ飛び出すパワーになる(囚われた屈辱は反撃の嚆矢だ!)か、それともさなぎのまま死んでしまう結末に終わるのか。五年後の約束をもたなかったマリアンヌはあるいはずっと前を向くことなく、後者になってしまったのかもしれません。クロードは願わくばマリアンヌという仲間の蝶が力強く羽化してくれるよう、そっと励まします。

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 卵の殻を破らねば、この美しい小鳥も生まれずに死んでいくのです。(少女革命ウテナ)

たとえ世界の果てを越えた先が、あてのない荒野であっても。

どれほどの危険があろうとも。

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パンドラの蓋を壊せ

 現代日本に住んでいるわれわれの価値観からすると、同盟ルートってエーデルガルトもヒューベルトもディミトリも死にはしますがエンディング的には平和で自由なトゥルーエンドだ!という感じがしないでもないですよね。

しかし、このエンドが4つの物語の中で他の三つから決して抜きんでていない対等な扱いであることからもわかるように、もちろんこのエンディングも「級長の人死に以外無欠なもの」とかではありません。それが『風花雪月』のすばらしい目のつけどころだとおもいます。

王国ルートは古きよきファイアーエムブレム的な騎士の国が、帝国ルートはその逆に従来のファイアーエムブレム的な侵略帝国が勝者となり、その後のフォドラのありかたを規定していきます。教会ルートは政教分離の歴史が長く宗教と生活の結びつきに無頓着な日本人には「ええっ、教会が統一王国を治めちゃうの? それはちょっと…」という感覚になりやすいとおもいますが、王国ルートにも帝国ルートにもそれぞれの「それはちょっと…」があります。そこで、対等な位置にある同盟ルートの、クロードのどこが「それはちょっと…」であるのか考えさせることには現代日本社会の価値観に対する「月」のカードの疑いの矢があります。

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 エーデルガルトも破壊者ですが、それは彼女やフォドラの歴史の現在過去未来すべての傷つけられてきた者たちの痛みを無反省に繰り返さないための破壊です。彼女は宮城の決戦でのクロードとの戦闘時に、

貴方の理想は……
私のものと近しい気がしないでもないわ。

でも、この大地の痛みを知らない
貴方には……フォドラは任せられない!

 と言います。クロードは痛くてしかたがないからとか、あるいは今とこれから死ぬより痛い思いをする人を減らすためにだとか、そういう理由でフォドラを解放しようとしているのではありません。そういった意味で深刻さはぜんぜんうすい。

深刻な理由でなくとも正しいことなら行うことに何の問題もないのですが、はたしてクロードが「フタをこじ開け」て「自由」になろうとしていることは「正しいこと」なのでしょうか?

ここに、現代日本人が直面する複雑な問題があります。

 自由経済、資本主義、民主主義、身分制のない平等な社会、身体や思想宗教の自由などが人権として保障されているよ、というタテマエが常識となっている現代日本社会では、「扉が開くこと」「自由になること」「交流や経済流通」「変化の風」「グローバル化」などは特に考えることもなく「善いもの」だと思われています。事実、それらは善いものでもあり、戦後日本はその目標に沿ってすばらしい国を作ってきましたし、ジェンダーの平等などまだ叶えられていない自由平等はこれからもたえず目指されていくべきです。しかし、中世ヨーロッパ社会において「新しいもの」「変わったこと」というのは悪魔のしわざだったのです。

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なぜフォドラが今までレアの管理と庇護のもと、内にこもって同じような社会体制をくり返してきたのかといえば、その第一の理由はレアの傲慢や特権維持のためなどではなく単に危ないからです。三国が協力してクロードの言う「蓋」の代表である「フォドラの首飾り」を作ったのもレアがガルグ=マクに士官学校を併設したのもフォドラをパルミラなどなどの侵略から守るためであり、レアとセイロス聖教会はフォドラの母として子らをいさめ守ってきたのです。これはレアのセイロスの紋章の「女教皇」アルカナの表す慈愛です。

そういう努力に対してクロードが同盟エンドで

それは喉元を越えてパルミラへ、
遠く大海を越えてダグザへ、
やがて到達することを希って…

とかやったことは、グローバル化といえば聞こえはいいですが、経済や文化の衝突、ときに武力をともなった争いの火種をそこらじゅうに増やすことでもあるのです。事実、この「グローバル化」「自由経済」は現代日本においても、環太平洋経済連携協定(いわゆるTPP)の関税撤廃によって国内の生産者が苦境におちいるという問題を招いていたりします。要するに外国の安い木材が大量に入ってくることによって国産の業者が死ぬとかってことですね。それは「全面的に悪いこと」ではありませんが「歓迎できること」でもないのです。移民の問題など、「開かれた可能性」の不都合な側面に皆気付きはじめています。

 しかもクロードは帝国に対して有利を取っていく切り札としてパルミラの軍勢を援軍として呼んでいます。あれはかなりカッコいいシーンだったのですが、事情をよく知らない常識的フォドラ人からしたらあれも狂気の沙汰です。「喉元」でおさえているから安心♪なはずの蛮族どもが、フォドラ人の将の手引きで突然帝国領深くにまでズバーンと現れたのですからたまったもんじゃありません。リーガンの若当主がパルミラにフォドラを荒らす口実を与えたってのか!?

普通こういうのは外患誘致(外国と通謀して国に対し武力を行使させること)っていって、日本だとストレートに死刑です。実際はそんなことなくパルミラ軍はすぐ帰ってくれたのですが、あんな危ないことふつうしないからね!? そのくらいヤバいんですよクロードの「月」は。

江戸幕府が開国し、不利な状態から世界にケンカを売っていかなければならなかった歴史をみても、閉じたままで回っていたものをわざわざ開くというのはたいへんなリスクをともなうおこないで、なんだったら開けた方がヤバいことが無限に飛び出してくるのです。まるでパンドラの箱のように。

パンドラの箱からはあらゆる厄災が、数えきれないほど放たれます。それから先、人はあらゆることを不安に思い、恐れながら生きていく痛みを背負わされます。いつ終わるとも知れない、というかずっと続く不安な道が「月」です。檻を壊し、自分自身の道を勝手に歩いていく限りは無限の危険と付き合っていかなければならないと覚悟することが。開けたらいいってものじゃない。ただ鎖を壊せばいいってものじゃない。

しかしパンドラの箱の底には、「希望」が入っています。たぶんそこにしかないものが。

 

夜明けの丘を越えて

 「月」のカードに描かれた「終わりのみえぬ道」は、どこまでも地平へのびています。夜通し歩き続け、やがて月光のふりそそいだ大地には、しずかに夜明けがやってきます。「大地の夜明け」です……

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フォドラの夜明けぜよ!

 『風花雪月』において「夜明け」とはすなわち先生の存在のことであり、先生の支援Sエンディングスチルは基本的に夜明けの空の微妙な色をバックにしています。「月」の下を歩き続ける旅人は夜明けを待ち、夜明けに向かって歩き続けています。クロードという異分子、先生という特異点が同時期にフォドラの表舞台に出てきたのは運命の符合であり、フォドラはどう変わるにせよ新しい朝を迎える長い夜の終わりのときに来ていたのです。

 夜の終わり、丘の向こうの夜明けの曙光を見たいと思っていたのは、きっと自覚的に月の下を歩むクロードだけではありませんでした。本当はフォドラの皆が、レアのあたたかな母の腕から起き上がるべきときを迎えていたのです。危険なこと、不安なことがどれだけあっても、明日を見てみたいと思えるほど強く大きくなったのです。だって、友達がいて、同じように不安に思い悩む隣人たちもいるのですから。

俺たちは弱き者だ。
だからこそ壁を乗り越え、手を取って、心で触れ合う。

生きるために! 

 

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  同盟ルートと同様に、政治交渉や通商や文化交流、痛みを誰かに丸投げせず分かち合うことで「夜明け」を見ようとするテーマをもった『まおゆう魔王勇者』のセリフを置いて、いったんこの記事を終わりたいとおもいます。

私は人間です!
もう私は、その宝物を捨てたりしない。
もう虫には戻らない!
たとえ、その宝を持つのが、辛く苦しくても
あの暗いまどろみには戻らない

――メイド姉

『あの丘の向こうに何があるんだろう?』
って思ったことはないかい?

――魔王

 ↓この版の表紙は右方を向いて夜を照らし歩きはじめる魔王と勇者から始まり、だんだんと空が明るくなり最終巻の背景には朝がやってきます。

 

まおゆう 魔王勇者www.pixiv.net

【追記】同盟ルートの「経済・交渉」というテーマはヒルダと「Ⅹ 運命の輪」ゴネリルの紋章にもかかわりがあります。書けたよ

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