本稿では、『ファイアーエムブレム風花雪月』の作中の「貴族」の叙爵、および作中時点までのフォドラ貴族社会のなりたちについて考察・推測していきます。題して『天下分け目のタルヶ原(たるがはら)』(タルティーンの戦いのことです)、主役はもちろんあの方だ!
作中描写と歴史設定についての多大なネタバレを含みます。できれば銀雪ルートや翠風ルートクリア済が望ましいです。
『風花雪月』もこの7月末で二周年を迎えましたね!
それを記念しまして、今回は作中のフォドラの貴族制から垣間見ることのできる、セイロス教会のご都合でいろいろ改ざんされたり濁された部分もあるフォドラの古い歴史の謎に迫る!!という、壮大でスリリングなこころみをしていきたいとおもいます。
いや、「貴族制からフォドラの古い歴史の謎に迫る!!」はわかったけど、じゃあなにを突然関ヶ原みたいなこと言ってるのか?
それについては、一年以上前の記事の話の続きなので、最初はそのおさらいから始めていきますから心配ご無用(本当か?)。気になる方は記事を復習していただいても。
爵位ってなんだったっけ
まずこの『FE風花雪月と中世の爵位』シリーズの内容をざっくりおさらいしますと、FE風花雪月ひいてはヨーロッパ的な架空世界観で「伯爵」だの「侯爵」だの「辺境伯」だのゴチャゴチャいうとる「爵位」というのは現実のヨーロッパでは、たんなる貴族の家格の高い低いではなく、任された仕事やその来歴を示しているものでもあるという話をしてきました。
まとめると、
・日本の明治大正時代に存在した「公侯伯子男」の五等爵(エライ順)とヨーロッパの爵位はシステムが異なる
・「伯爵」は「領地を任されている人」の意味であり、貴族のスタンダード。この中でピンキリある
・「辺境伯」の「辺境」は「ド田舎」という意味ではなく、異なる勢力との前線地帯、すなわち要地をさす。折衝や防衛のための特別な権限が任され「征夷大将軍」や「府知事」のように格が高い。「侯爵」は辺境伯と同格の別名。
・王に次ぐ特別な地位「公爵」には実は3種類くらいあり、名前も違う。
①「プリンス」。日本でいう「親王殿下」や「〇〇宮家」のような王族
②「デューク」その1。王の右腕である「総司令官」的な貴族
③「デューク」その2。王国に属することを約束させた「元・異国の王」だった有力者の家系
といった感じでした。
なかでも、 ”③「デューク」その2。王国に属することを約束させた「元・異国の王」だった有力者の家系” 、実は、ここには重要な歴史の鍵があります!……っていう話をして『「公爵」ってなあに?』の記事は次回へ続く!ってしたんでした(そして一年半の月日が経った)。
実はですね。
「平定した異氏族に貴族の位を与え、宗主権を認めさせた」というこの「公」のなりたちは、明らかにコレにあたるっぽいゴネリル公爵家とかだけにとどまらず、もともとはフォドラのほとんどの貴族のなりたちに迫るものなのです。
世襲貴族という「神話」
フォドラではセイロス教を厚く信仰することは貴族の責務とされ、世を導く者の証である「紋章」は女神から貴族の祖に授けられたものと教えられています。統治者は「聖なる血筋」をもっており、その根拠は地を統治すべく神に授けられたから、と。日本の皇室ほか古い豪族の家のいくつかも「神別氏族」といって各種神様を祖先としてまつっています。
しかしこれはあくまで「神話」、もともとぜんぜん国を治める血筋でなかった織田信長が尾張の守護代にかわって大名をやり天下布武ろうとするときに「うちは平氏の流れをくんでる」と言ったり、徳川家康が幕府をたてるにあたり征夷大将軍になっとかないとな~と見越して「うちは源氏系統の家で…」とかさりげなく言い出したり(征夷大将軍は源氏の代表じゃないとなれない慣例なんですよ)したように、支配体制の盤石化のためには、現体制ができた理由に体裁のいい偽りを混ぜることなどよくある話です。
そして、フォドラの現在の貴族社会の秩序ができるまでの神話には、プレイしている人はご存じのとおり、さまざまな嘘や謎、濁してある部分が存在しています。その嘘や謎の鍵となるのが、「公」のなりたちのひとつから浮かび上がった、「平定した異氏族に貴族の位を与え、宗主権を認めさせた」といういきさつです。
「宗主権を認めさせた」。
これはフォドラにおいてはおもに、「帝国による」支配下においたということです。でも、「認めさせた」の「主語」は誰でしょう? ふつうに考えれば「帝国は」です。しかし、「帝国」建国のとき、それを意思をもって主導していたのは誰でしょうか。
言い換えれば、「江戸幕府」設立のとき、大名の配置や改易、序列の制定を主導していたのは誰の意思でしょうか?
さあ、覚えている人はご一緒に呼んでみよう! その名はー!?
徳川セイロス家康です!
(ヒーローショーみたいな演出をするな)
コーエーテクモゲームスなので、「織田アンジェリーク信長」とかにならってみましたよ(坂本クロード竜馬)。
神君・徳川家ロス公、泰平の世をつくる
もう何がなんだかわからん見出しをつけるのはやめろ
聖セイロス、いったい何が徳川家康だというのか? 貴族制を影で操ってきたセイロス聖教会の苦渋の戦略とは……?
それでは、この記事の本題に入っていきましょう。
二種類の貴族
作中の時代のフォドラでは、国による文化の違いはあっても「貴族」は「貴族」だろというおおむね横並びの感覚が存在しています。しかし、実はフォドラに存在する貴族の家を権威づけている紋章には、大きく異なる二つの種類が存在しています。
これは「爵位」の話ではないですよ。じゃあ何の話?
ひとつ、地図を示しましょう。
「二つの種類の貴族家の紋章」を、色分けしてそのおうちの位置に置いてます。
名前ものっけてみましょうかね。
なんとなく分け方がわかりましたか?
二種類を表にして整理してみましょっか。
はい、水色とオレンジは、紋章に対応してる武器の輝きの色だったんですね。ここに載っていないけど英雄の遺産と似た性質や外見をもっているもの(アイムールなど)は後世に作られた「もどき」です。一部、神聖武器と英雄の遺産両方が存在している紋章もありますが、「神聖武器しかない」水色紋章の貴族家と、「英雄の遺産がある」オレンジ紋章の貴族家の分かれ方には明確な特徴がうかがえますよね。
「神聖武器しかない」貴族グループは「聖人」の紋章をもち帝国にのみ属し、
「英雄の遺産がある」貴族グループは「十傑」の紋章をもち王国と同盟に属しているということです。
とてもハッキリと分かれている。属する勢力が例外的なのはラミーヌ姉弟とイングリットですが、彼らはいずれも紋章の本家の直系ではないので長い歴史の中で別勢力と混血しています。
さらに情報を追加するなら、帝国にはヒューベルトのベストラ家やカスパルのベルグリーズ家のような「デフォで紋章をもたなくても有力な家門」というのもまあまあ存在しているようです。
フォドラにおける「貴族」という兵種の基本的説明は「王や領主など民を導く血筋。古の英雄である十傑の子孫が多い」というもの。これを読むと、貴族っていうのは紋章の名前になってる古の英雄の直系子孫や傍系子孫、あるいは姻戚関係で紋章の遺伝子を継いでいる土地の有力者たちなんだな~と理解できます。
それは正しい理解なのですが、少し例外があります。
「十傑の子孫」である「十傑の紋章グループ」に対し、「聖人の紋章グループ」は「聖人の子孫」ではないのです。
「聖セスリーンの紋章」はありますが「聖女セスリーン」は未婚の少女ですし、「聖キッホルの紋章」の聖キッホルも子供は聖セスリーンだけですからね。彼らは貴族社会に血筋を残しているわけではない。別にフレンはリンハルトのひいひい(中略)ひいおばあちゃんとかではない。
「聖人の紋章グループ」は神聖武器しかないことといい、その勢力位置といい、血筋の出自といい、他の多くの貴族たちとは明らかに来歴が違うことがおわかりいただけるとおもいます。
どういうことなのか、「銀雪の章」や「翠風の章」をプレイした方はうすうすお察しかとおもいますが……。
譜代と外様
「もともと王国も同盟も帝国の一部だった」とフェルディナントは言います。複数の独立戦争を経て、今の三国鼎立の形に落ち着いたわけですね。
しかし、「それより前」、現在のセイロス教と帝国の主導によるフォドラの秩序がはじまる以前の世界はどうだったのでしょうか。つまり、聖セイロスとネメシスがタルティーンの戦いで雌雄を決する、その前の勢力図は。これは作中でははっきりとは語られていません。しかし、ヒントは随所にちりばめられています。作中からわかる情報はこんなかんじ。
・聖セイロスは聖人たちを連れてアンヴァルに現れ、人々に水道などの技術を与え古のアンヴァルの都を築かせた
・フレスベルグ皇家の祖は聖セイロスに戴冠され初代皇帝となった
・聖セイロスと四聖人が力を貸したアドラステア帝国VSネメシスと十傑の連合軍の戦いは、劣勢を覆して帝国が勝利した
つまり、帝国が戦争をおこす以前の勢力図はおおむねこんなかんじと考えられます。
「聖人の紋章グループ」をカッコ書きにしたのは、その時代にその紋章が存在していたのか不明であるから、また、まだそこを領地にしていないはずだからです。十傑の紋章の家も現在とは本拠地が違うはずでしょうが。だってご覧のとおり、ネメシス&十傑連合の支配領域は現在の帝国のほとんどの場所にまで及んでいたんですからね。
それが、聖セイロスがネメシス&十傑連合に逆転勝ちしたことによって、ネメシスと十傑は打ち首、英雄の遺産はボッシュート、敗軍のお家は領地替えをされたのです。それがこの状態。
同じアドラステア帝国の一国支配でも、ちょっと色を変えてあるのがわかりますか。赤い部分と、オレンジの斜線部分。ちょうど「聖人の紋章」のお家(現在の帝国)と、「十傑の紋章」のお家(現在の帝国以外)に分かれています。赤いあたりは「聖人の紋章」のお家が新しく任じられた領地であり、オレンジの斜線のあたりは「十傑の紋章」のお家が飛ばされた領地です。
なんで「領地替えがあった」なんていう作中で言われてないことがわかるかというと、「聖人の紋章」の貴族家の位置がフレスベルグ領を取り囲むように近いから、そしてその「聖人の紋章の家」は聖セイロスがアドラステア帝国を建設しはじめてからできた家で、「十傑の紋章の家」より新しいからです。新興の家ばかりが政庁所在地の近くにあるということは、明確な意図をもって配置されているということですもんね。なんで新しいのかは後でまた話します。
どんな意図かって、「帝国勝利に貢献した家」「帝国とセイロス教の支配に協力的である家」です。そして、フォドラ北部や東部に配置された家はシンプルに、「敵だった家」。
ここで、こちらの突然の日本地図をごらんください。
ざっくりと色分けをしたのは当方ですが、この分け方は小中学校の歴史でも習うものです。これは何か?
江戸幕府の譜代大名(および親藩と天領)・外様大名の領地です。
そしてこの図をお出しされたときに頻出な中学の社会の問題が、「この図から読み取れる大名の領地の配置のし方について、『関ヶ原の戦い』という言葉を使って書きなさい」みたいなやつです。そしてその答えは、
「関ヶ原の戦い以前から徳川家に味方していた譜代大名は江戸の近くに、
関ヶ原の戦いに負けた後に徳川家にしたがった外様大名は反乱を防ぐため江戸から遠くに領地を配置された」
という感じなのですね。
つまりアドラステア帝国のフォドラ統一時、「聖人の紋章グループの貴族」とは江戸時代でいう譜代大名であり、「十傑の紋章グループの貴族」とは江戸時代でいう外様大名だったというわけですね。タルティーンの戦いは関ヶ原の戦いだったのです。小早川とかが寝返って勝ったんじゃなく、徳川家ロスが敵総大将(この場合いったい何シスなんだ……?)をブン殴って勝ったんですが。
徳川家ロスとしては当然、敵対する有力部族であった十傑の一門たちに喉元に刃を突きつけられてはたまりませんから、そいつらを新しい政庁所在地の近くに置くわけにはいきません。かつ、監視の必要もありますから、ちょうど聖なる土地であったザナドの周辺に大教会を築き四方ににらみをきかせることにした、というわけです。ガルグ=マク大修道院は「人間の力でどうやって作ったのよコレ」という疑問たっぷりの建築だと作中でも言われていますから、つまり女神の眷属としての超パワーを使ってドーンし、ド真ん中から北にも東にも力を見せつけ反抗する気を削ぎ、泰平を実現する目的もあったでしょう。まさに日光東照宮といったところ。左インデッハ甚五郎。
しかし、ここで疑問がわいてきます。
「十傑軍」を構成していた十傑とその子孫や部族の者たちは当然ネメシスの盟友たちであったため聖セイロスに敵対していたのはわかるのですが、じゃあ「セイロス軍」の聖人の紋章をもつ者たち、作中の帝国貴族たちの先祖というのはどういう人たちだったのでしょうか?
セイロス教で現在は「人々を治める者の証として、女神が授けた力」と言われている紋章が、なぜ女神の代行者たる聖セイロスの敵であったネメシスと十傑の勢力に全体の半分以上(22種類中12種類)も宿っていたのでしょうか?
十傑の紋章もそうなんですが、「紋章」って結局なんなんでしょうか?
これまた、銀雪の章や翠風の章をプレイ済の方には察せていることながら、整理していきましょう。
『ナバテアの少女』、あるいは『千年の子守歌』
語られざる、むかしばなし 第一話
――むかし、むかしの話になりますが。
青海の星からきた「竜のおかあさま」とその家族は「ナバテアの民」と呼ばれ、強く、賢く、心正しく、ある者たちは各地で人の子らを導いて暮らし、他の者たちは故郷のザナドの谷で平和に暮らしていました。
「竜のおかあさま」には末の娘がいました。「竜のおかあさま」の魂が星空に還ってしまったとき、まだ幼かった末娘は母を恋しがり、いつかまた「竜のおかあさま」が治める世に戻したいと思いました。
その悲しみもつかのま、末娘をさらなる悲しみがおそいました。「竜のおかあさま」の尊い遺骨を不敬な盗賊が持ち去ったのです。
しかし、盗賊の墓荒らしは悲劇のはじまりにすぎませんでした。盗賊はふたたび現れて谷を襲い、なんとナバテアの民たちをことごとく殺しまたその死体を持ち去りました。なんとか生き延びた末娘が外に出てみると、谷は家族たちの血で真っ赤に染まっていました。奇襲であったとはいえ、とてもただの盗賊のもちうるような力ではありませんでした。まさか、「竜のおかあさま」のすべてを変える力を盗みとったとでもいうのでしょうか?
なぜそんなことが起こったのか、何もかも奪われた末娘にはわかりませんでした。しばらくの後、末娘はあの盗賊が「解放王ネメシス」と名乗り、同盟者たちとともにフォドラ各地をわがものとしていっていることを知ります。しかも、ネメシスとその同盟者たちは「黄金に輝く竜の骨」、すなわち同胞たちの亡骸から作られたおぞましい武器を使ってとほうもない力をふるっているのだと。各地に散っていた同胞たちも、ネメシスの勢力に追われつぎつぎと故郷の谷に落ちのびてきました。
末娘は激しく怒り、そしてこの戦乱を正しフォドラに秩序を取り戻すよう「竜のおかあさま」から啓示を受けたように感じました。こうして、ナバテアの少女とその同胞たちは、ネメシスの勢力を倒しフォドラに新しい平和と秩序を敷くため戦うことを誓ったのでした。…………
呪われた遺産
……昔話はいったん中断して、「聖人の紋章グループ」に多い神聖武器と「十傑の紋章グループ」に多い英雄の遺産について、作中からわかることをあらためて整理しておきましょう。
「神聖武器」の特徴
・対応する紋章をもたなくてもデメリットはなく、誰でもHP回復
・なめらかで美しい左右対称で白銀色のデザイン。紋章のかたちが彫ってあることも。
・対応する紋章と合わさると清らかな青い光をまとい、回復量アップ
・四聖人のひとり聖マクイルが考案し聖インデッハが鍛えたものである
「英雄の遺産」の特徴
・対応する紋章をもたないと使用にダメージがあり、ときに魔獣化する
・太古の骨を材料にしているようなまがまがしくいびつなデザイン。しかもよく見ると異形の骨である
・対応する紋章と合わさると煌々と黄金の光を放ち、生きているようにうごめく
・聖セイロスと四聖人(と四使徒)の紋章に対応するものは存在しない
・四使徒の一部に対応する「英雄の遺産?」やエーデルガルトのアイムールなど、後世に英雄の遺産を模して作られた「もどき」が存在する
・誰が何から作ったのかは不明……?
原罪
ファイアーエムブレムシリーズには、というかあらゆるファンタジーRPGには、「伝説の装備」というのがつきものですが、効果が絶大なものはおおむね2種類に分けられます。それは「祝福を受けたもの」と「呪われたもの」です。神聖武器は明らかに「祝福を受けたもの」、英雄の遺産は明らかに「呪われたもの」の特徴を有しています。そのウゴウゴしとる骨武器のどのへんが「聖なる」や!
お察しのとおり、英雄の遺産とは実は「神祖ソティスの遺骨、およびザナドの谷で皆殺しにされたナバテアの民(竜人マムクート)たちの死骸」から作られたものです。「聖墓の戦い」において紋章石についてレアは「あなたたちはその石をなんだと思っているのです!!」と叫びます。紅花の章の末尾でビジュアル的に見えたように、神祖の紋章石が主人公先生の心臓のペースメーカーの役割を果たしていたことからして、紋章石とは亡くなったナバテアの民(マムクート)の心臓に類するものです。
英雄の遺産を作ったのが誰なのか、なぜ人間にそんな力が扱えるのかは、作中ではどのルートでも明言はされていません。レアさえもこまけえことはわかっていません。しかし、さまざまな状況証拠からして十中八九「闇に蠢くもの(以降「やみうご」とも)」たちの仕業と考えられます。
ここからは徳川家ロスもよく知らない事情ですが、ソロンやクロニエといった「闇に蠢くもの」たちはソティスやナバテアの民(女神の眷属)たち、それに従う原始的で牧歌的な人間たちが地上に台頭したことを恨みに思う、地下に住まう科学文明の残党たちです。その科学技術は現代の地球人類のわれわれより進んでおり、彼らはソティスの崩御を幸いとしてその「資源」を利用して地上世界に攻勢をかけることにしました。恐れ知らずな盗賊をそそのかして竜たちの遺骸を奪取して強力な武器を作り上げただけでなく、人間をその武器をふるえるように強化しました。
リシテアやエーデルガルトに施した生体実験や、ルミール村の惨劇にもみられる、やみうごが行う「血の実験」とは、血を介して人間に外部から紋章の力を植え付けようとするものです。また、古の十傑本人は山を切り裂くような化け物級の力をもち、数百年を生きて部族を発展させたといいます。このことから考えて、古の十傑とはネメシスに「いっしょにフォドラを手に入れようゼ!」とか勧誘され、やみうごから「竜の遺伝子組み込み改造手術」を受けて成功し竜のように強くなった人間であり、遺伝子組み込み成功の証が紋章という副産物のかたちで子孫に残されたのだとみられます。
やみうごの本拠・地下都市アガルタが現ゴネリル領のあたりにあったことから考えて、タルヶ原後に十傑の部族たちの領地が外側にギュッギュと押し出されたにしても、おそらくフォドラ東部や北部のほうから手駒となる部族をゲットし周囲からザナドの聖地を占領する算段だったのでしょう。ザナド周辺には「光の矢」のような飛び道具破壊兵器が効かないらしいので、人間を利用して手動で壊すしかありません。(ちなみに、それが成功したのが風花雪月作中のエーデルガルトと帝国を利用したガルグ=マク侵攻です)
しかし「ナバテアの少女」や仲間たちは、巧妙に隠れた「それを作って与えた黒幕」を知るよしもないので、家族の亡骸をもてあそぶ野蛮な人間たち、必ずブッ殺して取り戻したるからな!!とネメシスと十傑たちを標的に見定めました。
英雄の遺産とは「罪もない竜たちを殺して得た骨」に「竜の心臓」をはめこみ、「竜から奪った血」を照合させて「死体の力」をふるう、見た目よりさらにグロテスクな武器なのです。「ナバテアの少女」から見たら怒りを通り越してホラーですよ。よく立ち向かったよな。家族の骨で作ったトンチキ工芸品で襲い掛かってくる家族のクローンとかいたら気が狂いそうだしおまえら人間じゃねえ!!ってなるでしょ。
発明家(「魔術師」のアルカナに対応します)の聖マクイルはそういうゾンビテクノロジーみたいな呪われた恐怖の武器に対抗するため、こっちはちゃんと祝福された武器を同胞たち(セイロス、キッホル、インデッハ、セスリーン)専用にチューンアップして作ってくれたわけですね。
なぜか十傑の紋章に対応する神聖武器がふたつみっつだけあるという謎は残りますが、これはマクイルが後世の戦争に武器提供した可能性を示唆します。そのへんについては今回の話題ではないのと、そのあたりで続編とか作られたりしないかナという期待もあるので、あまり突っ込まないでおきましょう。
語られざる、むかしばなし 第二話
ネメシス打倒を誓った末の娘と同胞たちは、まず心ある人の子らと助け合うことにしました。ザナドの谷を出て、まだネメシス一党に征服されていないフォドラ南の土地を基盤としたのです。
末の娘はゆく先々の人々に「竜のおかあさま」の教えとネメシスの危険を説いてまわり、彼女を信奉する人々と共にまだ小さい海辺の町に降り立ちました。町の名はアンヴァルといいました。末の娘は「セイロス様」と呼ばれ、アンヴァルに「竜のおかあさま」を女神として祈る「セイロス聖教会」の教会をつくりました。仲間とともに人々にさまざまな技術を授け、アンヴァルはすばらしい都市となっていきました。
家族を奪われたセイロスはアンヴァルで誕生した同胞セスリーンやアンヴァルの人の子らの成長をことのほか喜びました。
アンヴァルの信徒たちの中でも、特に熱心にセイロスを信じ、助け、ともにネメシスと戦って平和をうち立てようとしてくれる力ある青年たちを、セイロスは人の子らの指導者に立てたいと思いました。セイロス正教会の勢力は大きくなり、ネメシスの勢力との戦いが激しくなっていくのは必至の状況。邪なる王ネメシスとその配下の部族に対抗するため、人の子らには「国」と、奴らの奪ったナバテアの力にかなうほどの「強い力」が必要でした。
憎きネメシスや部族長たちから、人の子の体にもナバテアの民の力の一部を宿すことができることはわかっていました。セイロスは同胞らとともに、自分たちの力を人の子の戦友たちに授けることに決めました。セイロスの血を授かった青年は皇帝に、キッホルの血を授かった青年はその宰相に。ナバテアの血の紋章をもった者たちを将として「アドラステア帝国」が建国され、同胞マクイルはナバテアの力を引き出して振るう強力な武器を作り、邪王ネメシスの勢力への勝利に向け着々と準備を進めていくのでした。……
紋章のつくりかた
ここまで見てきたように、「十傑の紋章グル-プ」は竜族(ナバテアの民)の死体のサンプルを用いてやみうごによって改造手術された仮面ライダー的超人の末裔で、改造手術によって発生した紋章を遺伝子の表現型として残しています。
しかし、紋章をもつ貴族のすべてがそうなのではありません。「聖人の紋章グループ(四使徒を含む)」は、紋章の力のモデルである「聖人」が死んでない、死んでてもやみうごに回収されてないため、当然やみうごに紋章を授けられたわけではないですね。
「聖人の紋章グループ」にはちょうど、遺伝ではなく本人が直接紋章を授けられたとみられる存命人物が作中に登場していますので、その経緯を確認してみましょう。
ジェラルト=アイスナー
ジェラルトは、作中ではまったく言葉にされませんがステータスをよく見てみると聖セイロスの大紋章をもっています。聖セイロスの紋章はアドラステア皇族の証、皇位継承権の重要なファクターでもあるようなものなので、いち傭兵団長がこんなもの持ってるというのはドエライことです。
当然、ジェラルトはフレスベルグ家とは縁もゆかりもないです。ファーガス地方の出身だと言いますし。明らかにおかしいんですよね。
ジェラルトが聖セイロスの大紋章を得たタイミングは、彼がレアと出会い「命を救われた」というときだと考えられます。「瀕死の状態だったジェラルトをレアが助け、それからずっと頼れる同志としてガルグ=マク大修道院とフォドラの秩序を守ってきた」みたく作中では語られます。そうサラッと言われますが、よくよく聞くとその期間は数百年単位であるもよう。
つまり、ジェラルトはレアから大紋章を授けられたことで古の十傑たちのような超人の身となり、ほとんど年をとることなく長い時間をレアとともに歩んできたのです。瀕死のジェラルトを蘇生させ、ついでに大紋章を授けることになったレアのとった方法とは……。
ユーリス=ルクレール(仮名)
ユーリスは、当人すら来歴を知らない紋章を宿しています。歴史から消えて千年くらいも経つ「オーバンの大紋章」。彼の母が街娼であったために父親が誰かわからんとしても、この世の誰も持っているよしもない紋章です。遺伝はない。
彼が紋章を得るタイミングがあったとすれば、それは母親が拾ってきて一緒に暮らしていた謎の爺さんが、流行り病で死にかけた彼に何かして蘇生させたときです。
ユーリスは再び起き上がりましたが、爺さんは死んでしまいました。その経験ののち、ユーリスは自分の命でできることを真剣に考え始めたのです。
血の杯
これは作中時点の登場人物のエピソードではないのですが、同じく歴史から消えた「シュヴァリエの大紋章」をもつバルタザールが(おそらく自分の紋章の出所である)母親の出身地の伝説を語るシーンがあります。「山の民の祖先は、里の女長老のふるまう赤い酒を飲んだ」と。
この古の女長老というのがどうやら四使徒のひとり聖シュヴァリエであるようなのです。そして、「特別な赤い酒をふるまう女王」といえばわれわれの世界でもケルト神話の「経血入りの蜂蜜酒を配下の王たちに与え、支配権を分け与えたクイーン・メイヴ」の伝説が有名です。これは竜の血の混ざった酒であると考えるのが妥当そうなのです。竜の血を飲むと、竜の紋章を得る。
ユーリスと暮らしていた謎の爺さんがユーリスと入れ替わりで死んでしまったのは、彼が女神の時代から生きていた聖オーバンで、老体にもかかわらずユーリスにドバドバに血を与えたせいと考えられるでしょう。
それを裏付ける別の例もあります。ガルグ=マク大修道院では現在でもセイロス聖教会を運営する幹部である枢機卿になるための秘儀として、紋章石のかけらを飲みこんで体内にとりこむというものがあります。紋章石は竜の血のかたまりです。そして、枢機卿アルファルドには実際のステータスとして聖セイロスの小紋章が宿っているのです。当然アルファルドはアドラステア皇族ではありません。英雄の遺産にはまっていたり聖墓に保管されている紋章石は死んだ竜の心臓石と考えられますが、この儀式で使用される紋章石のかけらはレアの血をなんらかの方法で凝固させたとかものなのかもしれません。
また、作中では「やみうごによってフレンがさらわれ、血液を抜かれる」という事件の直後に「大修道院近くの村の村人が体調を崩したり発狂したり平気だったり」という事件が起こりました。このつながりは、フレンの血がルミール村の飲み水に混入されたと考えるべきところです。
ルミール村のケースは単なる村人に無差別に投与してやみうごがデータ大量ゲットだぜワハハ!とやっていたので惨劇がおこりましたし、似たようなやみうご実験を行われたエーデルガルトのきょうだいたちもほとんどが健康体を失ってしまいましたが、ともかく竜の血を人間に与えると紋章の力を宿す可能性があるのです。
遺伝的条件が同じ一卵性の双子でも性格の違いで大紋章と小紋章の違いが出た例もありました。ハンネマンが言うように「紋章は人を選ぶ」ので、与えられたものが性分にあまりにも合わないと(適合しない血液を輸血されたように)拒否反応が出るのだと考えられます。シュヴァリエの赤い酒や枢機卿の儀式から考えるに、ちゃんとしかるべき人を選び適切な方法で血を授ければ、竜は人間への紋章の発現をコントロールすることができるということです。しかも、「こどもを産む」とかいう遺伝子の不確実性の強い方法でなくピンポイントで……。
つまり、無理矢理サンプルを奪ってショッカーやみうごが改造手術した怪人の十傑とは違い、聖セイロスの勢力はネメシスに対抗して自分たちの勢力を強化するため、信徒たちの中から信頼でき共に戦ってくれる傑出した人物を選び、正式に竜の力を与えたのです。だから聖人の紋章をもつ家は同じ紋章をもつ家系が本家とか分家とかじゃなくいくつもあるし、その直系のいくつかの家がネメシスとの戦いや帝国初期に手柄を立て、「建国の功労者の家」として現在でも帝国の要職についているのですね。これが徳川セイロス家康の譜代大名たる帝国貴族たちの来歴です。
宮内卿ベストラ家や軍務卿ベルグリーズ家は紋章を継いでいるという描写がないですけど、上記の経緯から「帝国建国の大功労者の家」であることと官僚の世襲は途中で紋章が薄まって消えても変わらないし、聖人の紋章グループは英雄の遺産を使う必要もないのであまり問題ないと考えられます。ベストラ家はフレスベルグ家の私的補佐の役割を与えられた特殊な貴族なので、将としての能力強化である紋章は必要ありません。あのカスパルとカスパル父の家の場合は、紋章を与えられなくてもなんか超人的に強かったので手柄立てまくりだったという可能性もありますね……。
(追記:『無双』でのカスパル父はキッホルの大紋章を持っています。でも本編ではキッホルの紋章に記録上大紋章持ちはいたことがないってけっこう紋章学上の重要事項のように言われており、後付け設定だぜ)
語られざる、むかしばなし 第三話
数十年、帝国を整備し兵力を鍛え力を蓄えてきたセイロスと同胞たち、同胞の血を与えられたアドラステア帝国の将たちは、ついにネメシスの打倒を宣言して挙兵しました。
キッホルの指揮、インデッハの思慮、マクイルの武器、力を授けたアドラステアの将らの奮戦によって、グロンダーズの会戦ではネメシス連合軍に対し勝利をおさめることができました。しかし、それによってネメシスの同盟部族らにはっきりと敵国とみなされ、敵の戦力や士気は膨れ上がりました。連合軍との戦争は長く続き、60年以上にもわたりました。
竜の力を盗んだ超人たちを部族長とする同盟部族を結集された戦いは、どうしてもアドラステア帝国の不利でした。幼いセスリーンの竜の力までも使って無理をおし、セイロスは邪王ネメシスとの大将一騎打ちに持ち込みました。ネメシスの首をとれれば、同胞たちの仇を討つことができ、また戦況も一気に傾くはず。「竜のおかあさま」の力をもてあそぶ蛮勇の王は負けるとはつゆとも思わなかったのでしょう、一騎打ちに応じました。そしてついに末の娘は家族たちの復讐を果たし、「竜のおかあさま」の遺骨を取り戻したのです!
王を失った部族長たちは、思った以上に瓦解しそれぞれの本拠地へ離散していきました。あとは、彼らから同胞の亡骸を取り戻し、しかるべき罰を与えるだけです。
しかし、セイロスは思わぬことに困惑しました。部族長たちに「なぜこの武器を持っているのか、どうやってその力を得たのか」と問いただしても、彼らは皆ネメシスに誘われて謎の秘儀を受けただけで何も知らないと言ったのです。超人の力を得た彼らは特に邪なことを企んでいたわけではなく、部族を発展させ守っていただけでした。部族の中にいる「竜のしるし」を持った者も、単に彼らの子孫にすぎませんでした。
セイロスは、世を乱す超人の力をもつ部族長たちを殺し同胞の亡骸で作られた武器を回収しましたが、その部族達には暮らす土地を与えることにしました。何も知らぬ子供たちに罪はありません。しかし、かつての部族長たちほどの強い力はないとはいえ、「竜のしるし」をもつ人の子を野放しにはできません。そこで、部族長たちの家を「貴族」と名付け、土地の民を治め帝国に臣従するよう法を与えました。
征服した部族に地位を与え支配に組みこむことで、戦乱はひとまずおさえられました。しかし、負けた恨みと反発する心は消せるものではありません。セイロスは、「竜のおかあさま」から任された大地でまた戦乱が起こるのは嫌でした。ネメシス連合軍の部族長の子孫である「貴族」たちは自らの血に宿る「竜のしるし」について何も知りませんでしたから、セイロスは怒りと悲しみを抑え、戦乱の記憶の薄れるその子供たち、そのまた子供たちに、優しい嘘を教えていくことにしました。
あなたたちの紋章は、人を導く使命をもった者の証として、女神がお授けになったものなのですよ……、と。…………
十傑の扱い
アビス書庫の十傑本人による手記の写しなどをみるに、十傑ら紋章を宿したネメシスの同盟者たちは、ザナドでのナバテアの民大虐殺には関与していないもようです。彼らはネメシスとそのバックにいるやみうごに、「すばらしい力があるヨ! これで一族を守れるヨ」とか、「いま各地にいる神様みたいなやつね、あれ人間を支配しようとする悪いやつらなんだよ! 今からいっしょに殴りに行こうか(YAH YAH YAH)」とか言われてスカウトされ、山を切り裂くような力と数百年を生きるジェラルトのような寿命を与えられたらしいのですね。
しかも、彼らがやみうごの思惑を知らず、セイロスがアドラステア帝国の戦支度を整えるまでザナドの聖地が占領されたりもしていなかったということは、彼らは攻撃されるまでセイロスやアドラステア帝国、セイロス聖教会および女神にたいして害意を抱いていなかった可能性も高いです。だからセイロスが挙兵したことはやみうごにとっては人間たちをケンカさせてその勢いで聖地を破壊する大チャンス到来!だったのかもしれませんね。やみうご、基本戦略がそれなんだよな。賢いよ。
いわば十傑は騙されて罪の結晶をつかまされたかたちになるのですが、それで繫栄していい思いをしたことは事実です。恨まれるのは仕方がありません。作中に登場するマクイルやインデッハも千年以上たっても十傑の子孫……イヤだ……となっています。子孫ともなるともうなーんも事情がわからないので「なんでそんな自分は何もしとらんことで恨まれなきゃならんのよ」状態ですが、やはり子孫が貴族をしているのも紋章の力を持っているのも「どこかから奪ってきた歴史」の上に築かれたもの。
現在ドイツに生きている人たちが、生きた時代の重ならないナチスの行いを重く受け止め、後世に繰り返さないためずっと考え続けていることなどとも似た話ですね。人間はみんな罪の上に生きてしまっている。そしてみんながそうであるからといって、責任がないことにはならない。水には流れない。罪は絡み合っている。↓そういう話↓です。
ガチの実行犯であるネメシスはザッシュザッシュ殺しましたが、そういう微妙な罪のあるネメシスの同盟者の部族たちをどう裁くべきか、潔癖な少女であるセイロスは悩みキッホルともいっぱい相談したはずです。
まして、当時のネメシスの同盟者の部族たち周辺には「罪のあるなし」よりもむしろ、さまざまな事情や条件、思惑が関わっていたのですから……。
↓後半へ続く。↓
歴史の取引
ここからは伝わっている歴史に合流するので、ご存じのとおり、聖セイロスは結局十傑の子孫たちに「帝国に臣従し民を導く貴族」という地位を与えることになりました。これが冒頭で話した「平定した異氏族に貴族の位を与え、宗主権を認めさせた」という貴族の来歴です。
十傑の血筋の貴族たちは、もとはすべてこの来歴のものだったということで、これが十傑の紋章グループの貴族の領地が「外様」配置である理由というわけですね。
十傑の紋章グループの貴族家はみんな関ヶ原の西軍の家だったのです。たとえるならブレーダッドは越後・会津の上杉家、ゴネリルは薩摩の島津家といったところ(リーガンは前田か毛利かな……)。余談ですが5年後ディミトリの騎士団「獅子王隊」の計略「車懸(くるまがかり)」とは越後の軍神・上杉謙信公が用いたことで有名な戦法です。
聖セイロスおよびアドラステア帝国のこの判断は、「リーダーであるネメシスは倒したんだしあとは許してもいいよネ」という温情だけでされたものではありません。その証拠に、部族達の神のような存在であったはずの部族長(十傑)のことはことごとく殺しています。罪のない多くの部族の者たちが助命を嘆願したはずですし、十傑とネメシスは別に鉄より硬い絆で結ばれてたとかそういうことはないようですから、服従するので命はとらんで部族のもとに帰してくれ~いと訴えた者もいたはずです。でも殺した。
理由は簡単ですね、十傑たち本人のあまりに強い力は危険で、管理が難しく支配体制を揺るがしかねないからです。現実でも江戸幕府は関ヶ原の戦いや大阪の陣が終わりいいかげん戦はしなくてよさそうだなという状況になると、力が強く管理しづらそうな武将を殺さないまでもなんやかんや難癖をつけて次々と取り潰していきました。戦乱を起こさずにうまくフォドラをコントロールしていくためには、突出した力は不要。「戦国時代」の終わりのように、帝国がフォドラを平定したこの「英雄戦争」の終わりとともに、英雄たちの時代は終わりを告げたのです。小さきものを慈しむセイロスとしては、人間はみんなちいちゃくてかわいいレゴのお人形さんでいてほしい。
しかし、いくらレゴのお人形さんだけになったとはいえ、人間はセイロスにとって恐るべき手向かいをしてハンパない目にあわせてきた憎い存在でもあります。もともと敵対しており、おまけに神のごとき部族長を殺された「貴族」とその民たちがこの先歯向かってくる可能性がゼロだとはとても思えなかったはずです。実際、江戸幕府も改易や浪人の身に落ちぶれたもと西軍の武士の生き残りたちに結託され江戸時代の泰平期間で唯一の戦乱「島原の乱」を招いてしまっています。
それでは、徳川家ロスはなぜ「竜のしるし」、すなわち紋章をもつ十傑と縁深いレゴ人形たちだけでも根絶やしにしなかったのでしょうか?
いくつかの事情や妥協、先を見越した戦略によって、作中の貴族たちの祖先は政治的取引で命をつないでいくことになりました。
支配正当性の「安堵」
まず第一に、「英雄戦争」終結時のフォドラには「部族の指導者一族を皆殺しにしないほうがいいかも」と考えるような切実な事情があります。フォドラ外の敵の存在です。
そもそも、「英雄戦争」が終わり帝国がそれ以降何百年もぜんぜん支配域を拡大しようとしなかったのは、帝国に戦争しようゼと言いだしたセイロスがネメシスと十傑たちからフォドラの支配を奪還したかっただけだからです。「英雄戦争」終結時の帝国の支配領域の北東部は十傑たちの部族の支配領域だった場所そのままのように見えます。というか家族の力を返してよぉー!していったら結果的に帝国の支配領域がそうなったという感じかもしれません。
つまり、結果的に帝国の支配領域となった守るべき土地と民の周りには「帝国ではない国や部族社会」が存在していたのです。現在のダスカーやスレン、パルミラですね。戦争は人命と資源を費やし人心を荒れさせる危険行為ですから、家族の力を奪って使っているわけでもないそれらの部族社会までも征服しにいく理由はありません。
しかし、こちらには戦う理由がなくとも、外敵にとっては「内乱」というのは漁夫の利を得る絶好のチャンスというのが定石です。「英雄戦争」終結時のフォドラは、ネメシス連合軍の部族たちもアドラステア帝国も両者長引いた戦争でとても疲弊していたはずで、けっこう危険な状況でもありました。
そこで、セイロスとアドラステア帝国は「外敵に対しては、紋章の力と民の支配基盤を持った部族長の一族をぶつけて守らせるのが有効である」と思いついたのです。「バカとハサミは使いよう」じゃないですけど、危険なものも有効利用できれば力になります。
このようにして、部族長の一族たちを外敵への「防人(さきもり)」のようにして危険地域に住まわせるようにすればよくね?という戦略がなりたちます。
また、帝国の支配がはじまったばかりでは「おまえたちは今日から帝国の民な」と遥か彼方のアンヴァルから言っても説得力に欠けるという、支配の有効性の問題もありました。
支配や権力というものは、ガチの暴力で抑えつけるもの以外は基本的にギブアンドテイクというか、お互いの地位をお互いに保証し合うことで成り立つものです。それがなくては安定しません。現代の民主主義議会制でも、主権者である国民が信任するから政治家の力があり、政治家の力は主権者である国民の権利を守るために使われることになっています。
もっと殺伐とした血風逆巻く中世の武人社会であっても、たとえば鎌倉幕府は「御恩と奉公」というギブアンドテイクシステムで御家人たちを従えました。御家人たちは幕府のために働き有事の際には戦うが、それは幕府から「そこの土地を管理するのはおまえの一族の名誉ある仕事だよ、文句を言ってくるやつがいたらこの法で裁いてやる」という保証を与えてもらっているから、というお互いを保証し合う約束があったのです。この「領地と臣従を保証し合う約束」のことを安堵といい、お互いにメリットがあります。それが将軍が各地の領主たちの上にたつ権力の根拠となりました。
江戸幕府にしてもアドラステア帝国にしても、もとは敵方であった家門を根絶やしにしてしまうより、その力を逆手に取り、命を助けてやったんだぞという恩を売りつつ、「あなたはそこの土地のエラい人です」「民の支配や外敵の警戒に協力してくれるなら、特別な地位を約束します」と盛り立ててあげた方が、ケンカにはならないし自勢力に取り込めるし地方の支配が盤石となり、ウィンウィンの取引となります。
ちょっと危ないし家族の死体が弄ばれた証がこの世に残り続けるのは正直ムカつくものがあるけど、泰平のためにはいたしかたなし、とアドラステア帝国を影から動かす大御所様・徳川家ロス公はご英断なさったというわけです。
こうして、ネメシスに従っていた部族長たちの「獣のモーリス」を除いた十人は「十傑」という華々しい英雄の名を与えられ、その子孫たちは実際に聖人たちに紋章を授けられた者たちと同じように「女神に力と支配権を委託された」というていの神話の中で生きていくことになりました。軍隊の戦死による二階級特進制度や、特攻で亡くなった人を「英霊」など栄誉あるものとして持ち上げるようなかたちで、危険な領地の管理にモチベを与えたのです。
フォドラ北部が「騎士の国」となっていったのは、スレンなどの外敵や貧しさゆえに発生する治安の悪さと戦いまくるファーガス貴族たちが、このようなモチベーションアップ物語を信じなければやっとられんかったからでしょう。
しかし、法や物語の上での支配が成り立っても、もともと敵であり帝国内での扱いも一段下に差別される「外様」の貴族たちや民衆たちは、やはり何かのきっかけでいつ反乱を企ててもおかしくないもの。徳川幕府の場合は参勤交代のシステムによって遠地の外様大名が勝手に力を蓄えるのを防いだのですが、フォドラにそういうものはありません。
帝国歴747年、その心配はついに現実のものとなりました。
セイロス教化
アドラステア帝国のフォドラ支配の歴史も約700年を過ぎたころ、予想していなかった方面からの攻撃がありました。はるか西の大陸ダグザの軍が帝国南西部に襲来したのです。
これ自体はぜんぜん撃退できたのですが、もう帝国成立から700年も経ってると帝国も自立しててあんまり大御所様・徳川レア康(とくがわれあやす)の影響下にないもんですから、おっケンカ売ってくるならおまえもアドラステア帝国にしてやろうか~!?と勝手にはるばるダグザに軍を差し向けちゃいます。白村江の戦いや元軍の日本侵攻、秀吉の朝鮮出兵など、船で遠いとこまで攻めていってそれなりの戦力を有する異国をやっつける試みにはいつだってムリがあるので、帝国はダグザ侵攻に失敗、なんの成果も!!得られませんでした!!
徳川レア康は言うこと聞かなかった帝国の子らをホレ見たことか~この子は~~と心配したことでしょう。さきほども述べた通り、戦争は国力を猛烈に消費する危険な行動であり、ボディがお留守になってしまうからです。そんなお留守になったボディにブローをかましてきたのが、ファーガス地方の貴族・ブレーダッドの血筋の騎士ルーグでした。ホレ見たことか~~~~。
この「鷲獅子戦争」のとき、ルーグ側について戦ったとみられる諸侯はこんなかんじ。
作中での「王国」にあたる貴族たちがルーグ側についたわけです。アビス書庫にある昔の小説には「帝国皇帝の結婚式の宴で、『北の剣闘士』たちが見せ物になった」という旨の記述があります。北とはファーガス地方のことですよね。帝制中期には帝国の中央による支配が盤石化というか常識化し、「譜代」の中央貴族たちと「外様」の北東部領地の民たちの間に身分差や差別、理不尽な扱いの違いなどが生まれていた可能性は高いです。デモムービーでも出てくる↓この「女神と聖人と紋章」のフレスコ画↓も、おおむねタロット大アルカナの順に並んでいるにもかかわらず、聖セイロスの紋章と四聖人の紋章を頂点として、十傑その他の紋章は下に置かれるという譜代と外様の扱いの差を示すあからさまな意図をもった並べ替えがされています。
ちょうど、帝国にとってのルーグ側は現実なら「古代ローマ帝国にとっての『蛮族』」であったゲルマン系の土地にあたります。その理不尽な(700年も経ってるので当事者たちにはまったく理由がわかりませんからね)差別的な扱いに耐えかね、帝国が無体をするなら同胞たちを守れる自分たちの国を建てる!とルーグが立ち上がり同じ反感をもつものたちが連帯したならば、いかにも英雄物語らしいじゃありませんか。
まあルーグが立った理由がどんなだったにせよ、フォドラ内部分裂のチャンスにはちゃっかりやみうごが手を回してきたみたいですね。ルーグ軍は完全に予想外のものすごい快進撃を遂げます。
このことにヤバいよヤバいよ~となったのは帝国だけではなく、当然徳川レア康もです。わたくしの泰平の世レゴが! お母さまー!
そこでまた、レア康はナイスな政治取引を編み出します。またも「〇〇の代わりに、●●を認めさせる」というウィンウィン、一石二鳥の取引を。それが、史実にもバッチリ語られている、
「帝国にファーガス独立の仲裁の話をつける代わりに、
セイロス教を王国の国教とさだめ布教に公式協力させる」
という取引でした。
逆に読めば、なんと帝国歴700年代後半にいたるまで、フォドラの北東部ではセイロス教の布教がロクに進んでいなかったのです。みんな祖霊とか土着宗教とかを信じていた。そういう場所にセイロス教の秩序と支配根拠を教えこめるならこれは大チャンス、ファーガス側としても建国にセイロス聖教会という大組織のバックアップと大義名分がもらえるのは大きいですから、この条件は呑まれ、ファーガスは「神聖王国」となりました。
ちなみにこれは現実のヨーロッパにおける騎士物語の王・シャルルマーニュ大帝がキリスト教とキリスト教以前のゲルマン文化を融合させ神聖ローマ帝国の祖となったことと対応しています。聖騎士(パラディン)とはファイアーエムブレムシリーズでおなじみの騎士の上位職ですし、アーサー王伝説やシャルルマーニュ十二勇士伝説などでも騎士とは清廉で神の教えを守る徳の高い存在であるというイメージですが、騎士のありようはもともとそういうものだったのではなく、キリスト教化によって聖化されたのです。
本来武骨で豪快で殺伐として己が信じた道を行く任侠のような戦士たち(ちょうどフェリクスとカトリーヌとバルタザールの集団みたいなものだと思ってください)は、セイロス聖教会との取引によって女神の教えを守る清廉で忠実な聖騎士となっていきました。のちに、またきな臭くなってきたところをやみうごがつついてなんやかんやでレスター地方が「同盟」として独立することになりますが、レアはやみうごのもくろみを知らないながらも同じように独立を仲裁し東方教会を置くことになったはずです。
こうして、のちの子供たちはセイロス教の秩序と教えの中ですくすくと育ち、ギュスタヴやディミトリやイングリットのように道徳的で誠実な騎士や、ローレンツのようにセイロス教を修めることを当然の義務とする貴族が多く生み出されていきました。
朱子学、寺請制度
とまあ、以上のような流れが「ナバテアの少女」がフォドラに敷いた王道でした。
のちに「フレスベルグの少女」の覇道によって「自分たちの支配を揺るがされないために民に嘘の歴史を教え、技術を独占して人間を管理している教会は打ち砕くべきだ!」と攻撃されましたが、レアの選んだ道にも偉大な効力がありました。世をおおむね泰平にキープすることです。
江戸幕府がさきほど述べた「島原の乱」以外では大きな戦を起こすことなく、表面上であっても三百年の平和を実現したことはそれまでの武家社会の状況からしたらものすごいことです。同様に、うっかり「力」を得てしまった人の子らを殺し合いに明け暮れさせず、「同盟」が成立した「三日月戦争」以降やはり約三百年間ほどの平和を調整し続けてきたセイロス聖教会の苦心はハンパないものだったことでしょう。
現実の江戸幕府からも、民の「管理」のため考えられた施策が多く打ち出されています。中学の歴史で習うものだけでも、朱子学、寺請制度、五人組、鎖国……。
「朱子学」とは孔子の『論語』からはじまった儒教の一派で、道徳を学ぶ教養学問として朝鮮や日本で隆盛したものなのですが、それが奨励された背景には朱子学がザックリ言うと「現状を肯定し、目上の者に礼をつくす」という統治する側にとって管理しやすい・反乱の気風を殺ぐものだったから、という理由がありました。
現在も朱子学は古い日本的道徳の「上下関係の厳しさ」「男尊女卑」「お上やエラいお年寄りには黙って従う」「決まった以上は粛々とやる」というような悪弊にのこっています。ちょうどセイロス教が「紋章主義」の悪弊を生み出してしまっているように。
しかし、朱子学があったから減った下剋上の争いは間違いなく多くありました。悪名高き「生類憐みの令」も、ちょっと怒るとすぐ刃傷沙汰に発展してホイホイ人も動物も殺していたりチャンスあらば下剋上を企てていた荒々しい乱世の気風を「命を大事にする」ものに変える政策の一部でした。フォドラの紋章(血族)ベースの身分制度も同様です。そのとき生きていた命を守るためには、セイロス教の身分制度の固い秩序は有効なものだったのです。
また、セイロス教の動向に似たものとして他に「寺請制度」も。これは異教(つまり江戸時代でいえばキリスト教とか)の信者が幕府以外の何かを信じて権力を恐れずに反抗してくる脅威を防ぐため、民衆すべてに幕府の管理下にあるどこかの寺の檀家に登録することを義務付けた制度です。ファーガスやレスター地方のセイロス教化にあたりますね。これは宗教家たちを幕府の統治の道具とすることにほかならず、僧侶の汚職や宗教の形骸化につながり、現在のほとんどの日本人と仏教との関わり方を「葬式仏教」と呼ばれるような仏の教えとは離れたものにしてしまった原因でもあります。ローレンツとかわりとそんな感じでセイロス教を見てますよね。
しかし寺請制度には、平和な時代がきて誰もが社会保障や自分の死後家族が供養してくれることを心配するようになった、その心を安らげ生きて死ぬ指針となる相談先を確保したというすばらしさもあります。セイロス聖教会の西方教会や東方教会、各地の修道院はそういう役目を果たしてきたのです。
他に挙げた「五人組」もひらたく言えば連帯責任のご近所監視チクり合い制度だし、「鎖国」は言うまでもなく鎖国だしで、言ってみれば「日本っぽい悪いところ」とよく言われることのほとんどは江戸時代の社会の支配体制の副作用から生じています。だから、徳川セイロス家康が作り上げてお世話してきたフォドラのゆりかごは、きわめてわれわれが生きている日本的なものでもある……といえます。
問題がある、消しがたい悪弊がある。それでも、そのゆりかごは、あの手この手で苦心しながら多くの人の子の命を無惨な戦乱から守ってきました。
しかし、そのとき正しかった優しい嘘も、歩行機も、補助輪も、いらなくなる時は来る。正義は、間違っていなくても、移り変わるべき。
千年大事にした小さなレゴの人形ちゃんたちは人間の若者たちとして育ち、
彼らの手によって世界が変わる時が来ました……。
子守唄をありがとう。
「ナバテアの少女」、どうか安らかに。
フォドラの夜明けぜよ
つまり「フォドラ統一戦争」とは「幕末の動乱」「明治維新」であるというわけなんですが
(というわけなんですがじゃないよ)
幕末の動乱は、時代の流れとともに何代もかけて人々が成熟し変化していったことや、同時に優しく正しきゆりかごとして作られた幕府の体制の骨が長い時間でじわじわ腐っていったことだけが原因ではなく、同時に外の世界の時間も流れ、外との交流の風や人間が入ってくる時節を迎えたという原因も大きいものでした。欧米諸国のグローバル化してきた経済が日本に開国してくれやと迫り、経済や文化交流の力はときに暴力よりも止めがたかったのです。
外の文化や常識が入ってくることは、それまで内輪で当たり前だと思っていたことを揺るがし、謎や理不尽を暴きだし、知らず知らずのうちに人に新しい一歩を踏み出させるからです。すなわち、それがフォドラの……、
坂本クロード龍馬の役割だったというわけですね!
映画『撃ち抜け! フォドラの夜明け』
〔CAST〕
坂本竜馬:クロード=フォン=リーガン
徳川慶喜:エーデルガルト=フォン=フレスベルグ
松平容保:ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド
勝海舟:先生
東照権現家康公:レア
(そんな映画はない)
というわけで「坂本クロード竜馬」発言の初出、キャラたちの紋章を対応するタロット大アルカナから読み解く『風花雪月とアルカナの元型』シリーズの書籍化&付録のタロットカード制作が着々と進んでいますよ~! のご報告です。今回はせっかくの『風花雪月』二周年なので、級長キャラをドン! 真っ暗な謎だらけの夜から、あいまいでリスキーなうす明かりの中を話術や狡知や偽名を駆使して夜明けに向かって歩く坂本龍馬、リーガンの紋章は「月」のカードに対応しています。
もちろんディミトリの「力」のカードもめちゃくちゃpuccapucca02先生の気合い入ってますし、「女教皇」のカードでは「ナバテアの少女」と「フレスベルグの少女」の歴史の共演も……!?
これまで人を守ってきた固い支配の屋台骨が腐り果て、うっすら「月」が照らす曖昧で不吉な夜から、危険の中をこずるい知恵でおっかなびっくり歩み、夜明けの先に……新しい太陽が昇る。
どんな秩序でも古くなり壊れるときは来る。それは、仕方なしです。その時は今かもしれない。そうやって時は流れ、今が暗闇でも、いずれ光の明日が結実します。しかし、ただ待っていればいいのではなく、危険で何もかも不確かな夜を光に向かって歩こうとする勇気だけが夜明けを連れてくる。クロードはそういう『風花雪月』のひとつのテーマを象徴するキャラクターですね。
今、まさにあちこちで体制や常識の骨が崩れる音が聞こえ、さまざまなことがムチャクチャなわけですが、現代日本というフォドラを生きるわれわれも、そのことをたゆまず忘れずにありたいもんですな。それをもって、『風花雪月』というすばらしいゲームと出会えたことへの感謝としたいと当方はおもいます。
↓おもしろかったらブクマもらえるととてもハッピーです
↑ブログ主のお勉強用の本代を15円から応援できます
あわせて読んでよ