湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

【Ⅸ 隠者】グロスタールの紋章―FE風花雪月とアルカナの元型⑤

本稿では、『ファイアーエムブレム 風花雪月』の「グロスタールの紋章」とタロット大アルカナ「Ⅸ 隠者」のカード、キャラクター「リシテア=フォン=コーデリア」「ローレンツ=ヘルマン=グロスタール」との対応について考察していきます。全紋章とタロット大アルカナの対応、および目次はこちら。

以下、めっちゃめっちゃネタバレを含みます。

 

 『風花雪月』の紋章がタロット大アルカナ22枚のカードに対応している作中の根拠とざっくりしたタロットの説明、各アルカナへの目次はこちら↓です。

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 ただでさえ正月で惰眠をむさぼっていたのに一月末に風邪でキュッとなりまして、こんな二月中旬(中旬んー!?!?!?)まで記事がずれこんだというわけです。

今回は金鹿の学級の紋章のラスト、この名門貴族たるグロスタール家の紋章です。

 

紋章、十傑グロスタール。

対応するアルカナは隠者

対応するキャラはリシテア=フォン=コーデリアと我らがローレンツ=ヘルマン=グロスタール!!です。ふたりいるのでいつもよか長めです。

ローレンツについてメイン級でしゃべる記事は3つめ、まともに出てくる記事だとじつに6つめくらいですね。以下ローレンツくんの輝かしい軌跡です。

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この声と存在感がうるさいローレンツ=ヘルマン=グロスタールのどのへんが隠者なんじゃという話です。

 

「隠者」の原型

 まずはいつも通り同盟領の標章を見てください。

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 これまでに、左上の「月」のかたちのリーガンの紋章、左下の歯車のようなゴネリルの紋章をもった「運命の輪」の女神のようなやつを解説してきました。右上のダフネルの紋章はイングリットなのでのちのち解説するとして、それにしても最もわかりづらいのが右下のやつです。

各セパレートに同盟の十傑の名家の紋章のモチーフが描かれてるっぽいことから、情況証拠みたいな感じで右下のやつはグロスタールの紋章のことなんだな~ってわかりますが、そもそもグロスタールの紋章、今まで解説してきた紋章に比べて紋章自体のかたちがなんなんだかわかんなくないです? つまり、ゲーム中でも確認できる「紋章のかたち」の話ですよ。

獣の紋章なら「獣」だったり「悪魔」だったりっぽいヤギのような角をもった獣頭のかたちの紋章だし、リーガンの紋章なんて思いっきりこの標章と同じ三日月型をしているし、ゴネリルも回る歯車のかたちをしてますから意味わかるんですけど、グロスタール、一見なにこれ。

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なにこれ?

左が同盟領の標章に描かれたグロスタールっぽいモチーフ、右がゲーム画面でも確認できる紋章の模写です。確かに並べて見れば似てるような気がするけどなんじゃこれは。

でもこれ、実に隠者らしい象徴物を意匠化したものだったんですね。

 

 というわけで「グロスタールの紋章」と対応する「隠者」アルカナのカードの中心的意味を拾ってみましょう。

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「Ⅸ 隠者」のカードです。

カードに象徴として描いてあるモチーフはつねにシンプルなアルカナです。「暗闇」「カンテラ」「杖」をもって「フードつきのローブ」を着た「老人」「左を向いて立っている」これだけです。逆に言えば「周りには何もない」んだな。

この図柄で「隠者」のアルカナが中心的に表すのは、

「知識や経験をじゅうぶん積み重ねてきた人が、

 外ではなく自分の中にある真理を探索する」

という段階です。以下、隠者アルカナの意味は赤字であらわします。

「左」ってのは象徴的には過去をあらわし(数直線とかでもマイナス方向ですよね)新しいものを仕入れるより積み重ねてきたものについて復習・熟考してるということです。んで、その探索に重要なのが手に持ってるカンテラというわけです。「隠者」のモチーフの中で特に重要なのは「フード」と「カンテラ」であり、たとえば

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たとえば10年以上前に別件で模写したこの『ペルソナ3』『ペルソナ4』のタロットの隠者アルカナを見るんじゃ。これはさらにモチーフが単純化されていて隠者がカンテラとひさし(フード)に覆われた目だけになっています。ペルソナシリーズでは(4以外)伝統的に隠者アルカナは「インターネット世界の住人」を表してもいて、つまり「隠者」は真理を探すサーチ・アイだけの存在で「身体なき者」なのです。

 そこでもう一度さっきの標章と紋章のモチーフを見てみましょう。

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こうしてみると右のグロスタールの紋章の中央部は手持ちカンテラを表しているのだとわかります。そして左のモチーフでもフードつきローブの中はカラッポ、顔にあたるところにザクのモノアイのごとく紋章のカンテラ部分にあたる意匠が光っているだけ……なのです。これは、隠者がカラダの世俗的な欲とかいろいろ猥雑なことからのがれていること、そして探索するのがフードの中という「自分の中」であるということを示しているのです。

 世俗を離れ……真理を求める……。まさしくリシテアです。

ローレンツどうした?

(それは後で話します)

 

リシテアの隠者―尊厳ある生

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 リシテアはヤバ実験によって二つの紋章を宿していますが、同盟領の名門の血統がリーガン・ゴネリル・ダフネル・グロスタールであることや、カトリーヌ支援での反応から、生まれつき持っていた紋章はグロスタールだったのだと考えられ、彼女の性質はグロスタールが基本だと考えられます。

「隠者」の名のとおりリシテアは(ローレンツと違って)俗世間での功名を望まず、こんな超カワイイのにヒルダが残念がるほど美しく着飾りたいなどとは思いもしません。年も皆より若くて、歯に衣着せぬマイペース、士官学校には遊びに来てんじゃないんですよという感じでちょっと世間から浮いています(まあ金鹿の学級の人間は級長をはじめとしてわりと飛び跳ねてる人間が多いのであまり気になりませんが)。このように「隠者」は「世間から認められること、ほめられること」を気にしません

作中の事実としても、ローレンツもリシテアもともに学習がBADしたときには「なぐさめる」ことを望まず「しかる」で気を取り直します。なぐさめてしまうとローレンツは「やめてくれ、惨めになるだろう」と外からの言葉と自己評価の食い違いをつらく思う言葉を返し、リシテアは「いいんです。わたしの努力不足ですから」と原因を自分の中に見すえます

世間にほめられるとかなぐさめられることを気にしないって、言うよりも難しいことですよね。げんに、タロットカードの隠者までの段階、1~8番までは「人間がこの世に生まれて、社会的にいいとされる価値観を外から学習、教えられ、ほめられ、実践、成功していく」という流れだったのです。そういう流れを経て、隠者は「世間にほめられるかどうかではなく、自分が本当に望むことへ向かって努力する段階になってるのです。

リシテアは余命がそんなに長くないことを自分で知ってしまったからとはいえ、明らかに年齢にそぐわず自分がいかに生きるかについて「覚悟」を決めて迷うことがありません。設定上は「薄幸の才媛」であるのにそんなに悲劇的な雰囲気をただよわせておらず、おもしろ感さえあるキャラクター性はマリアンヌと対照的です。この潔い悲劇っぽくなさは自分が何を選んでも無駄だと思っているマリアンヌの湿っぽさ↓と逆に、リシテアが自分の人生で何をすべきかをすでにはっきりと選択していることから生まれているのです。

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リシテアの普段のからりとした様子は、人間が自分の生を意味あるものに感じられるか、毎日前を向いて生きていけるかどうかは世間の評価とは本質的に関係ないということを表しています。世間の評価っていうのはたとえば長生きできなくてかわいそうだとか、かわいいのに勉強ばかりで女の幸せを得られないだなんてとか、そういうのです。そんなのはどうでもええねん。

自分が感じる自分の価値は、自分で決めたことをちゃんとやり抜けるかどうかです。短命ゆえにそうならざるを得なくなったのだとしてもリシテアは無欲で、自分のことをよくわかっています。

まあ好き嫌いは多いんですけど

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この世の真理を見通す力を

 スクショなくて残念なのですが「隠者」的にそのものズバリのことを言ってくれたのがリシテアが「理学」「信仰」をやりたいんですけど!と言ってくるときのタイトルです。「世の理を見通す力を」

わたしの立てた仮説に従うなら、
この世界を形作っている理を知るには
「理学」だけでなく「信仰」も必要なんです。
もちろん協力してくれますよね?

 さきほども述べたように、「隠者」とは「人間がこの世に生まれて、社会的にいいとされる価値観を外から学習、実践、成功していく」というアルカナの流れをたどった先で世間から離れて隠遁し真理を探究している者です。隠者アルカナのもつ「9番」という数字はひとけたの数字の中で最大数であり、「すべてを持っている」「仕上がっている」状態をあらわします。また、リシテアとローレンツに明らかに共通しているカラーである紫色はヨーロッパの色彩の象徴的にはこのうえない高貴すべての色をあわせ持った全能をあらわしています。

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隠者は「外から仕入れられるもの」はすでにすべて持っているのです。確かにリシテアとローレンツは細かいところに目をつぶれば高貴で賢く有能でバランスがとれたやつらだといえるでしょう。彼らが真に必要としているのは新しい知識ではなく、得たものを自分の中で消化し熟考すること、自分という小宇宙の中に答えを見つけ出す時間だというわけです。

 

 フォドラでいう「理学」というのは他の支援などの描写をみるに、魔道で自然現象の力を操るときに物理学や化学のような式を用いるものみたいです。ある意味自然科学みたいなもので、これは人間の「外」のもののしくみを学ぶことです。リシテアはこれはすでによくわかってて、得意。

一方、「信仰」って今作だとどういうことなのかわかりにくい(だって信じれば奇跡を与えてくれる女神様は実際は天上にいないし…)のですが、これは理学と比べると人間の「内」のしくみ、こころや、人間による世界の「とらえかた」の話とみることができます。自然の理は人間がそこに数字を与えなくても最初から存在していますが、信仰は人間の心が望み、人間の目で見て世界を解釈しなければ生まれません。

この「外」と「内」はジャンルとして分けてはあるけれども、別々の離れたものではなく、「内」から外を串を通して掴めたときに世の真理がわかるのではとリシテアは仮説をたてているわけです。じっさい「理系」とよばれるような学問を究めんとする学者には、美学や哲学をとおして自分の専攻する分野をみるってことがよくあります。リシテア・ダ・ヴィンチ。

数学する人生 (新潮文庫)

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  • 作者:岡 潔
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/03/28
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閉じていくこたえ

 そういうスゲー真理について学究しているにもかかわらず、リシテアはそれを魔道や紋章学の世界に大々的に発表しようとかそういうことは考えていません。功名心ゼロわたしのことは放っといてください。

当方はどちらかというと「なぜだ! 君は貴族として自分が成しうることを記録に残したいとは思わないのかね?」とか思っちゃうフェなんとか寄りの人間なので、これにはホヘ~~です。

というか、そもそもリシテアが自分の短命を知ってがんばっていることって世間一般の人間からするとズレているんですよね。

どういうことかと言いますと。

 

リシテアは「早く一人前になって、両親を安心させてやりたいんです」と言いますが、あくまで一般的にいう名門貴族の一人娘が長くは生きられないとわかったとき、両親の一般的な幸せのためにしてあげられることというのは「頼れる婿を迎え、孫をのこすこと」です。

つまりそれはローレンツが取り組んでいる貴族の責務としての婚活ですし、マリアンヌやベルナデッタ、イングリット、メルセデスが保護者に士官学校に入れられた目的からしてあの士官学校はそういう場としてもメッチャ使われているものです。それこそ紋章も合うしローレンツと一緒になって子供ふたりも生んでそれぞれ家継がしたらええねん、一般的な貴族の安泰で模範的な生き方としては。

子孫じゃないにしろ、命が短いのだから何かをこの世に残していこうと思うのが人間のサガです。

しかしそういう、特にイングリットが親から望まれて悩んでるような「家の繁栄を残す」という生き方は、本人らしい生き方なのでしょうか? そして、貴族として模範的に幸せであることが、かならずしも本当の幸せなのでしょうか?

 

 そしてここで、リシテアの名前の由来となっているギリシャ神話の女性「リュシテアー」の伝説をふりかえってみます。詳しくはこちら↓

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ザックリ言うと全知全能の浮気男・ゼウスに愛され子を宿したリュシテアーは出産まで石の中に隠れ、自分の運命を思って涙を流したんです。ヘラクレスともディオニュソスともいわれるすごい息子を産みながら、彼女はそれから神話にあらわれることはありませんでした。

神に愛されて子を宿すことは神話の時代ではすごい恩寵のようですが、なにせ相手はあの夫の浮気相手絶対殺すウーマン・ヘラ女神を妻にもつゼウスですよ。英雄である神の子を授かったとはいってもとても無事じゃいられなさそうなわけで、これはリシテアの人生でいえば大きな力をもたらすふたつめの紋章を付与されたことで早死にしそうなことと同じようなものです。そりゃ涙流して水晶にもなりますよ。

そして、リシテアが紋章をふたつ宿そうぜ実験の被害者となったのも、もとはといえば家が貴族の権力争いのあおりを受けて闇にうごめくアレの侵入を許したこと、コーデリア家が紋章を持つ家系だったことが原因です。リュシテアーがゼウスに愛されたせいでヘラ女神の浮気相手殺すビームの対象となるかもしれなかったように、望まぬ力を持っていること、神の恩寵を受けていることは、そういった争乱に巻き込まれることと表裏一体です。

リシテアは自分の寿命が短くなったことだけではなく、両親ともども貴族であることや天賦の力を持っていることでおこる不幸に嫌気がさしたのです。リシテアが「才能があるから」と言われることを嫌っているのは自分の努力を軽んじられるからでもありますし、そもそも自分の圧倒的才能じたい災いをもたらすものだと思うからです。いくらはたから見て栄光に満ちて見えることでも、本人が望んでいなければそれは「いらないもの」「ありがた迷惑」です。

100の傑作で読むギリシア神話の世界: 名画と彫刻でたどる

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だからリシテアはそういうありがた迷惑を子孫に継がせる気はありません。世の理をできる限り学び、精一杯賢く領地を割譲し、後に続く者に呪いを残さず静かに去ることこそが、リシテアが自分のすべきこととしてすでにさだめている使命、人生の意義なのです。あと甘いお菓子を食べること。それで十分です。

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花の幸せのありか

 リシテアは短命ですけど、あんまり「男と結婚してそれはそれはラブラブに子供を残して幸せにくらしました」形式の後日談とかないですけど、それは「幸せではない」ことを意味しません。世間がわかりやすく祝福するような目に見えるカタチがなくても、リシテアは自分のやるべきことを見定め、自分で自分の魂を救っているからです。「愛で救われる」とかよく言われる意味でのリシテアの「救い」「幸せ」は外からもらうものではなく、自分で探して決めるものです。こういう自立、独力さも隠者の魂の特徴です。

VSリンハルトくん

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 リンハルトもまたリシテア以上に世間の目を気にせず好きなようにするマンです。リンハルトに「君紋章を二つ持ってるよね。最高じゃん。興奮する」みたいなこと言われたときリシテアは「人の気も知らないであんたも才能を持ってる栄光がいいとか言うんですね! ア゛ーーッ!!(ΦДΦ)」てなるんですが、そのうち「こいつ才能が羨ましいとかじゃなく紋章学が自分の寿命より好きすぎるバカなだけでは?」と気付きます。

リンハルトはそんな感じで「世間の尺度を気にせず、自分の心を第一にする」という意味ではリシテアの「隠者」アルカナぶりと似ています。これは彼の聖セスリーンの紋章に対応する「恋人たち」アルカナの特性である「自我の確立」です。しかし、リンハルト(恋人たち)とリシテア(隠者)の「自分の心、自分の人生」に対する向き合い方の決定的な違いが支援Aにあらわれています。

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それは、「選ばないことと、選んでしまっていること」です。

 リンハルトはリシテアと二人で食べるために素晴らしい二種類の菓子を作らせ、「片方を食べたらもう片方は絶対に食べられない」という「選択」をリシテアに迫ります。リシテアは大好きなお菓子を片方食べられないことを惜しみはしますが、それでもはっきりと「どちらか片方を選ぶしかないでしょう」と言います。それに対してリンハルトは、リシテアのその答えを知っていたように「だからこれは僕の選択なんだ」と言うのです。

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リンハルトの言葉はけっこうどれも難解でよくサイコがパスっているのではとも言われていますが、リンハルトは基本「選ばない」男であり(これはまた聖セスリーンの紋章の個別記事で話します)これはリシテアはもう選択している、自分の人生のために何が必要で何を捨てるかを選んだ人間だとリンハルトが理解していることを示しています。「紋章を消すかどうか」という選択であれなんであれ、リシテアは自分の心と向き合って真に望む答えを決めることができる人間です。それがわかっているので、「紋章学の研究をするか、大事なリシテアが長く生きられる可能性に賭けるか」という選択に悩まなければならないのはリンハルトのほうだけなのです。

リンハルトがリシテアを「大事な人」と思っていることはリシテアにとってうれしいことではあるかもしれませんが、それに思い悩むのはリンハルトだけ、リシテアはその愛があろうがなかろうが最善を尽くすだけです。

 

VSフェリクスくん

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 リシテアがお菓子を勧めるだけシリーズと化しているギャグ系支援会話です。起こっていることはざっくり「フェリクスはお菓子のよさを知らず、自分の人生に必要ないと思っていた」、「リシテアはお菓子が幸せですばらしいものだと知ってもらいたくてあらゆる手をつくす」これだけです。なにこれ。

これがお菓子じゃなくて納豆とかだったらさすがにエキサイトする人もいたと思うんですが、これはただの好き嫌いの話ではありません。

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 フェリクスとリシテアのペアエンドの中で、戦場を求めさまよっていたフェリクスは偶然小さな隠れ家で日々のちいさな幸せに笑って余生を懸命に生きるリシテアに再会します。その小さな花のような姿にフェリクスは心をうたれ、リシテアの両親とともに、二人して甘すぎない菓子を焼くようになり、職人になりました。たぶんリシテアが死んでしまったあとも。お菓子というのはただの好き嫌いのある食べ物ではなく、日々のささやかな幸せの象徴なのです。

つらい過去があっても、余命が長くなくても、人生で自分がやるべきことを決め、ささやかな幸せを体いっぱいに感じることができるリシテアは、ルートによってはディミトリにしてやれることをわかりかねて死に場所を求めるかのようなフェリクスが迷い込んできた時点でもう自力で幸せに生きていたのです。恋もしてなければ運命の主君につくしてもいないのに。幸せは、心の答えは、外の誰かや戦場の中ではなく自分自身の中の静かなところにある。フェリクスは倒れそうに咲く野の花を見てそれに気づいたのです。

 

ローレンツの隠者―我ゆえに

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 さてこのローレンツ=ヘルマン=グロスタールの出番がきたようだな! はーっはっはっはっはっは!!

このどこが隠者なのか?

(このどこが「隠れ住んでる」のか?)

(このどこが「世俗の栄華を捨ててる」のか?)

 

信仰と作法と責務

 しょっぱなからグロスタールの紋章を疑われたローレンツですが彼もグロスタールの賢竜の力をもつものらしい特徴をモリモリ持っています。リシテアとは違う観点でまた面白いところです。

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ローレンツの序盤の意味ありげなシーンです。「先生も祈りを捧げに来たのか?」と聞き、そうだと答えると「別にムリすることない、平民は敬虔である必要はない」と言い、違うよと答えるとこれです。ローレンツは外から教えられたセイロスの教義についてプラグマティック(実利主義的)に従っているだけで、心を支配されているわけではありません。自分のしたいことのために宗教を自覚的に利用しています。これは王国と違った同盟領の貴族ならではの特徴ともいえます。

でもなんで貴族は敬虔な信徒である必要があるのでしょうか?

主にはまず、教会の教えが貴族が支配者階級たる根拠を提供しているからという政治的な理由がありますが、もうひとつには「貴族はセイロス教が説くようなりっぱな人間として身を慎む義務がある」からという修身的な理由もあります。

人生八歳、則自王公以下至於庶人之子弟、
皆入小學、而敎之以灑掃・應對・進退之節、禮・樂・射・御・書・數之文。
及其十有五年、則自天子之元子・衆子、以至公・卿・大夫・元士之適子、
與凡民之俊秀、皆入大學、
而敎之以窮理、正心、脩己、治人之道
(『大学』より)

 

(書き下し:
人生れて八歳なれば、則ち王公より以下、庶人に至るまでの子弟は、皆小學に入りて、之に敎うるに灑掃・應對・進退の節、禮・樂・射・御・書・數の文を以てす。
其の十有五年に及びては、則ち天子の元子・衆子より、以て公・卿・大夫・元士の適子と、凡民の俊秀とに至るまで、皆大學に入りて、之に教うるに理を窮め、心を正しくし、己を脩め、人を治むるの道を以てす。

儒教の『大学』にも説かれていますが社会的な大きな思想の「教え」というものは古今東西だいたい、学ぶ人に道理と正しい心を教え、さっき言った修身と政治、己を修め、人民を治める道を身に着けさせるものです。

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ローレンツはこういう、己を高めるための手段、ツールとしてセイロス教を利用しているにすぎないのです。

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  • 作者:金谷 治
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 こういう「己の真の価値を高めるためのツールとして利用してるにすぎない」みたいなことはローレンツには他にもいっぱいあります。フェルディアの魔道学校に留学してたのだってそうでしょう。

 

ていうか、そもそも隠者アルカナが追い求める「己の真の価値」「本当の自分」ってなんなんでしょう? いや内容は人によって違うんですけど、どうすればそれに至れるんでしょうか?

世に「本当の自分に素直になってうんちゃら」と言うとき、それはともすると「やりたいことだけやればいいんだよ」と単純に受け止められてしまいます。別に間違っちゃいないのですが、じゃあ今から実際に「自分の心が『こうしたい』と言う声」に耳を傾けてみますか? 今心からしたいことを、目を閉じて、思い浮かべて……。

……いかがでしたか? 当方は寝たいのと、あと焼肉とか食いたいですね。

これが照二朗の真の人間的価値なのでしょうか? そうではない(と信じたい)。心の声を聞こうとしても、最初に聞こえてくるのはこういう「煩悩」であって「本当の自分」ではないのです。「本当の自分」「自分の中にある真実」にたどり着くためには、表面的に「自分に正直に生きる」みたいなのはむしろ妨げです。煩悩の言うことばっかり聞いちゃうからです。むしろ煩悩の誘惑を払い、くぐり抜けて自分の中の真実を求めるためには、世俗を捨てた修行が必要なのです。イメージは禅寺です。

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こういった「修行」のためにローレンツが採用・厳しく自分に課しているのが、貴族としての「作法」「責務」なのです。

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ローレンツの「作法」についての考え方は上記事で詳しく書いていったのですが、要するにローレンツは貴族らしい上品な作法を守ることを通じて「食事の欲にとらわれない」「肉体を理性的に支配する」という世俗を離れた仙人のトレーニングをしているのです。それが枷にもなっているのだとしても、その枷によって高貴な精神を高めています。

また、メルセデスやドロテアに指摘されているようにローレンツの花嫁選び活動も「ローレンツが誰に惹きつけられるか」ではなく「責務をともに果たせるふさわしい相手は誰か」という枷にみずから閉じ込められており、彼はこの「二大いい女」「しかし平民」の圧倒的魅力に負けず自分の「煩悩」「欲望」を律していきます。そして、律する枷があったからこそローレンツは彼女たちと自分の人生について真剣に考え、心から誠実な答えを出すことができたのです。

もちろんこの煩悩に動かされない慎ましさや紳士さ、優雅さは最大数9で仕上がってる老賢者をあらわす「隠者」にふさわしい紫の美徳です。

 

なぜなら僕は…

 さきほどリンクした食べ物の好みの記事などでもしばしば言うように、ローレンツは「貴族」ということについてフェルディナントと似ているようで対比構造のある意識をもっています。食事の好みという「規範意識」や「好ましいもの」の点ではローレンツは「自分は『名門貴族』なのだからこうする」と考え、フェルディナントは「『自分』の感じること」に素直で封じたりしません。この考え方の違いが彼らの個人スキル「名門貴族(ローレンツ)」と「自信家(フェルディナント)」に出ているわけです。

しかし、それは「外」に向ける意識の話で、「自分の内」に向ける意識となると実はこの二人は驚くべき転換をみせます。

エーデルガルトとの支援などいたるところで、フェルディナントは自分の能力や優れていることを「貴族という環境がつくったもの」「貴族にふさわしくあれる努力をしてきた結果」「貴族にとっては当然の成長だ」と言い、つまり「あなたはすごい人ですね!」と言われたら「そうだろうとも、貴族だからね!」と返すということです。

対してローレンツはどうか?

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バーーーーーーン(同語反復)!!!!

実は彼は自分の優秀さについて「僕にふさわしい力」「僕はさらに強くならねば」「僕だからね」と言い、つまり「あなたはすごい人ですね!」に「なぜなら、この僕はローレンツ=ヘルマン=グロスタールだからね! はーっはっはっはっはっは!!」と返すのだということです。

人格の発露に関してはローレンツが規範的、フェルディナントが自律的ですが、人格の形成に関しては貴族という規範に育てられたフェルディナントと、「この自分」を行きつくべきところとして追求してきたローレンツなのです。ローレンツの「隠者」はこういう出方をしています。

 

心の命ずるまま

 このように「修行」と「本当の自分」優雅な鎧と熱い魂の昇華がテーマのローレンツは、他キャラとのかかわりの中でもそういうカッチリ着込んでる方が逆に…みたいなとこをホイホイ見せてきます。

VSマヌエラ氏

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ローレンツはいつも紳士ね♡

♪そしてうーずく~ 思いを抱えたまま~♪

 

ウワァアァァアハァァ↑↑!!

 

というわけでローレンツの鎧の中♡が慎みのない女教師♡によって暴かれ、つい声をあげてしまう♡のがマヌエラ支援です(地獄)。

詩作、というのは日本でもそうであるように上品な貴族にとって必須の教養です。そしてそういう詩は優美で洒脱な表現を凝らすためだけでなく、自分の内心を無理なく吐露するためのものでもあります。ローレンツは人には容易に見せない自分の繊細な内心と詩によって向き合っていたのです。だというのにこの飲兵衛はよ。

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マヌエラ先生は平民で紋章をもちませんが、ガルグ=マク教職員の中の位置づけ的には聖マクイルに対応して描写されています。聖マクイルの紋章のアルカナ「魔術師」は「1番」であり「思いつき」や「やりたい!」っていう瞬発的なパワーを意味し、その慎みと品のなさはローレンツが「9番」の隠者のお作法修養で自分を律しているのとは真逆も真逆、下品のキワミですアッー!

でも人生経験豊かなマヌエラ先生は、柔らかい内心を暴かれて狼狽するローレンツに明るく「そういうものよ、人間って」と言い、そして包むようなおおらかさでローレンツの詩を歌いあげます。その歌声はローレンツの頑固な背中を押す風になるのです。

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VSマリアンヌくん

 最初からずっとフェルディなんとかの気配が絶えない記事ですが、ローレンツとフェルディなんとかは「貴族階級」のとらえ方としては対メルセデス支援、「人間の価値」のとらえ方としては対マリアンヌ支援でそれぞれ対比構造が描かれています。

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フェルディナントはマリアンヌにたいへんウザがられ怒られながらも「人間には誰にでも為せることがあり、為すべきだ。為しえたことこそがその人間の価値である」といつもの主張をしました。フェルディナントだけでなくほぼほぼみんながマリアンヌになんらかの激励や説教をかまして彼女の変化をうながす中、しかしローレンツだけは「君はそのままで美しい」と言うのです。外の世界に何を為したかではなく、魂の美しさを見抜くこと。それが隠者の力です。

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そしてローレンツはマリアンヌの隠し事についても、「君が笑顔で話せるようになったらでいい」「僕は相手のすべてを知りたいなどという貪欲で下品な男とは違う」とさえぎって求めません。そして事実マリアンヌの気にしている「紋章の忌まわしさ」というのはマリアンヌの本質とは関係ない世間の風評被害にすぎず、そんなものはローレンツが真に気にするようなことではないのは明らかですね。

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隠者とは「世俗から隠れるもの」「隠されたものを探索するもの」であると同時に「かくす者」でもあります。真実とはみだりに衆目にさらすものではないのです。

 

まごころを君に

 リシテアは短命でも自分で見定めたやるべきことをやり、毎日一生懸命生き、お菓子を食べ、自分で自分を自分なりに幸せにすることができる人間だと述べました。リシテアの寿命がまともになるペアエンドもいくつかあり、そっちでもリシテアは自分でやるべきことを決めて幸せになるでしょう。

リシテアが薄幸のわりに他人に頼らない幸せ力が強いやつだという隠者性質はちょっと置いておいて、短命が解消するかは外の技術によります。

この記事では「客観的に長生きしなくても人が救われるようになるのが隠者」「愛では救えない関係どころか愛がなくてさえ(お菓子の絆で)救われることができる関係も描ける風花雪月」みたいなことを言っているので論点が別のとこに引用して申し訳ないのですが、とにかくこのツイートに描かれているようにリシテアの短命の運命は「王子様のキス」みたいなものではきれいさっぱり消えていったりしないということは「隠者」的にもそのとおりな事実で正しい描写です。隠者の精神修行、自分の中の真理はべつに、現実におこっていることをわかりやすく変えたりはしないからです。

ローレンツという王子様のキスでも……。

(なんかおもしろい感じになってしまった)

(そういうつもりはなかった)

 

しかしそういったリシテアの「わたしはやるべきことをやりせいいっぱい生きます!(早死)エンド」と「技術の力で長く生きられるようになりました!よっしゃ!エンド」のなんかちょうどはざまにあるのが実はローレンツエンドなのです。

リシテアとローレンツのペアエンドの文をみるに、ローレンツと結婚したリシテアはわりと長く生きたようなのです。ローレンツは技術力をもちません。しかし支援Aとペアエンド文からわかるようにローレンツは常にリシテアの体を気遣い、自分に可能な限りの配慮をつくしました。リシテアも「少しでも長くローレンツといっしょにお茶とかして生きていくために」と甘いものもひかえめにすることに同意していましたし、ただの人間にできる限りの健康的生活習慣を地味~~~~~~に続けていったのでしょう。

ローレンツは優雅で万能なこのローレンツ=ヘルマン=グロスタールだけれども、隠者に、奇跡の英雄ではないただの人間に「王子様のキス」の力はありません。けれども、ただのまごころがある。毎日地味に続けてきた、即効性のない、どこまでも真摯な積み重ねがある。

アルジャーノンに花束を (海外SFノヴェルズ)

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彼らの「ほんとうの、心が望むしあわせ」のために、それ以外の外のものは必要ではなかったのです。

 

 

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