湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

フォドラ「気候」事情―FE風花雪月と中世の舞台裏⑦

本稿はゲーム『ファイアーエムブレム風花雪月』を中心に、中世・近世ヨーロッパ風ファンタジーにおける「生活の舞台裏」について、現実の中世・近世ヨーロッパの歴史的事情をふまえて考察・推測する与太話シリーズの「気候(気温や降水量による暮らしの違い)」編です。

紙の同人誌も分冊で3冊出ているぜ

booth.pm

11月23日東京ビッグサイトで開催の「刻印の誇り」でもこの記事のつづき入りの新刊を出すぜ

 

 

あくまで世界史赤点野郎の推測お遊びですので「公式の設定」や「正確な歴史的事実」として扱わないようお願い申し上げます。また、ヨーロッパの中世・近世と一言にいってもメチャメチャ広いし長うござんす、地域差や時代差の幅が大きいため、場所や時代を絞った実際の例を知りたい際はちゃんとした学術的な論説をご覧ください。今回は作中の描写から、中世っぽいファーガス神聖王国の文化をおおむね中世後期の北フランス周辺地域として考えています。

また、物語の舞台裏部分は受け手それぞれが自由に想像したり、ぼかしたりしていいものです。当方の推測もあくまで「その可能性が考えられる」一例にすぎませんので、どうぞ想像の翼を閉じ込めたりせず、当方の推測をガイド線にでもして自由で楽しいゲームライフ、創作ライフをお送りください。

あと『ファイアーエムブレム風花雪月』および他の作品の地理・歴史に関する設定のネタバレは含みます(ストーリー展開に関するネタバレはしないように気を付けています)。ご注意ください。

「こんなテーマについてはどうだったのかな?」など興味ある話題がありましたら、Twitterアカウントをお持ちの方は記事シェアツイートついでに書いていただけると拾えるかもしれません。

 

 以下、現実世界の歴史や事実に関しては主に以下の書籍を参照しています。これらの書籍を本文中で引用する場合、著者名または書名のみ表記しています。

ハンス・ヴェルナー・ゲッツ著『中世の日常生活』(中央公論社・1989年)、ジョン・S・テイラー著 後藤久訳『絵典 積の建築に学ぶ知恵と工夫』(彰国社・1989年)、J.ギース/F.ギース著 栗原泉訳『中世ヨーロッパの城の生活』(講談社・2005年)、J.ギース/F.ギース著 青島淑子訳『中世ヨーロッパの農村の生活』(講談社・2008年)、堀越宏一、甚野尚志編著『15のテーマで学ぶ 中世ヨーロッパ史』(ミネルヴァ書房・2013年)、ロベール・ドロール著 桐野泰次訳『中世ヨーロッパ生活誌』(論創社・2014年)、河原温・堀越宏一著『図説 中世ヨーロッパの暮らし』(河出書房・2015年)、池上正太著『図解 中世の生活』(新紀元社・2017年電子書籍版)、河原温・池上俊一著『都市から見るヨーロッパ史』(放送大学教育振興会・2021年)

 

気候古今東西

 いや~、今年の夏は「地獄」という名の季節で、9月になってやっと「夏」みたいな感じになってきて蚊もやっと活動を開始したとおもったら、急に冷え込んできましたね(灯油ファンヒーターをつけながら)

日本の蚊、絶滅するんと違うかってもはや心配。

 

 気候に「古今」というとこういう異常気象や気候変動の話になっちゃいますが、少なくとも東西南北で気候はえらい違うということは、日本に住んでいる人間ならじゅうじゅう承知のことです。

この小さな島国の中でさえ、気温や湿度や降水量降雪量、台風来る具合、川あばれ具合などがどれだけ違うことか。そしてそれは「過ごしやすさ」だけでなく、育ちやすい動植物や人の住居、気性にまでかかわってきます。イスラム教の信徒が多い国は圧倒的に乾燥帯(砂漠やサバンナ)の過酷な環境なことが多いなど、気候は肌に合う「神のあり方」にまで通じています。

つまり、ときにはとんでもない争いを生んだりしている地域による常識の違いや、国民性みたいな個性も、つきつめれば気候からはじまっているということです。気候に順応しようとしてきた人間の何代もの積み重ねです。そういう「空気」や「水」の違いを無視して「みんな同じ人類だよね~」とやろうとするのは、かえって偏見のモトってもんでしょう。

教え子が「自分は一生日本で暮らすもん、英語も世界地理も勉強したくないよぉ」と弱音を吐くこともあるのですが、地理とか他の言語を勉強しなきゃならないのはそういう「前提の違い」がこの世にはたくさんあるってことを知らないといけないからですよね。

まあ当方も地理はぶっちぎり赤点なんですけど

 

 気候によって積み重ねられるのは人の暮らし方や気性や文化だけではありません。人間がその土地に移り住んできたり、むしろヒトが地球に登場するより前から積み重ねられきてきたもの……、それは、土壌です。

「土地の豊かさ」が暮らしに直結し、ていうかファーガス神聖王国に常にスリップダメージを与えている問題だということはみなさんご承知の通りです。今でこそ化学的に合成された肥料をまいたり作物の品種を厳しい土地にも合うよう改良したり……という技術の進歩で安定した農業が実現していますが、それがなかったら、ほとんど土地の豊かさガチャがすべてです。親ガチャと同様引き直し不可能。

クロードとレオニーの支援会話で、レオニーは「大地が豊かになるのだって、主が守ってくれるからだろ?」と言います。でも、主が「豊作にな~れ☆」と魔法をかけたからって、やせた土地がいきなり豊かな土地になったりは絶対にしません。なんならセイロス教の信仰がいちばん厚い地域である王国がいちばん土地貧しいわけですから説得力ないですよね。

じゃあどうやって豊かな土ができるのか?と考えるとき、ヒントになるのが上の画像です。

上の画像の土地は、海岸でも河原でもないのにけっこうデカめの石がゴロゴロ転がっていて、ちっさ~い草がフワフワ生えてるだけです。こんなにだだっ広い人の手が入ってなさそうな平原なのに。山肌も、同様に丈の低い草をまとっているだけで森林がありません。湿気や雪はあって、水分はあるのに……。

これはアイスランドの氷河の山の写真です。原因はいうまでもなく、植物が生きていくには寒すぎだからですね。毎年、比較的あたたかくなって地表が出てくると、小さいコケや草がフワフワ生えて、寒くなって枯れて、その繰り返し。

ここには「地面」はあっても「土」はほぼありません。我々は普段、舗装された地面を踏んで暮らしており、空き地とか公園とかの地面を掘れば土があるので、この写真の地面もスコップを入れれば土っぽい柔らかい層が出てきて、耕せるんじゃないか?――と思ってしまうかもしれませんが、こういうとこは掘ってもよりデカい石とか岩盤とか別の石質の地層とかしか出てきません!!

なぜなら、われわれの思う畑のモト、粒が細かくて柔らかくて養分を含んだ「土」というのは、その地面の上で生きた動植物の無数の死体が分解され、何万年も堆積したものにほかならないからです。死体の上に僕らは立ってるし死体で野菜育ててんだ。そもそも生き物が少なすぎるために死体が少なく、しかもミミズや小さな虫、微生物たちのような分解者が生きるのにも向いてないような場所にはまともな土なんてできない。

さすがにファーガスといえどここまでの状態の土地は少ないですけど、つまりもともと生き物の循環が少ないような過酷な環境の「やせた土地」とは、何万年も積み重ねられた莫大なハンディキャップなので豊かな土地と同じになりようがないということです。人間は現代でもまだ「土」を生み出すことはできず、土砂は実は貴重な資源ですらあります。

このあたりの詳しい話は『フォドラの舞台裏』シリーズをまとめて書籍化するとき「農業技術」とか「産物」とか「動物」とかの項でもつなげて述べていきたいとおもうんですけど、とにかく気候ってものがどれだけそこに暮らす人の生活感にデカい影響を与えるか、ヤババと感じていっそうフォドラ三国の文化の違いに思いをめぐらせていただければ幸いです。

 

日本の気候との比較

 日本とヨーロッパのおおむねの地域の風土感覚は、「きれいな水がたくさんあるかどうか」「臭ったり腐ったりしやすいかどうか」が大きく違うよ、とはすでに「おトイレ事情」のときに述べたとおりです。

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これらの違いも気候の影響といえますよね。日本は降水量が多く、温暖湿潤な気候帯。具体的に言うと雨や雪がたくさん降り、あったかくてジメッとしているのですね。水分が豊富であったかい土地ですから、食べ物が腐りやすかったりおウンチやお死体を放置するとヤバすぎる……、つまり、微生物をはじめとしたいきものが繁殖サイクルを回しやすいのも日本の特徴です。

もちろん、起伏や潮の流れが複雑な日本列島では山並を一つ越えると文化が違うくらい気候も異なり(極端な話雪国でも山沿いか海沿いかでぜんぜん生活が違う)、芋煮に何を入れるかで戦いがおこるんですけどね。逆に言うと日本ほどしょっちゅう山がないヨーロッパ大陸は、日本ほど狭い間隔でせわしなく土地の特性が変わるわけではないとこがポイントかもですね。日本、詰め込まれすぎ。

ただ、地球には砂漠や氷河や熱帯雨林などもっと気候特性の強い土地はいーーーっぱいあるため、全部の大陸の状況を見てみると日本とヨーロッパ大陸の主な部分の気候は比較的似ていて想像しやすいほうともいえます。北海道なんかかなり近い感じでしょう。作中の本でもダグザ大陸の特徴として「その地は焦熱の密林であるとか、冷涼な大高原であるとか、噂を挙げれば枚挙に暇がない」と言われてるとおり南北アメリカなんて気候の特徴すごくたくさんに分けられますからね……。

 

 歴史、つまり時間軸の方面から考えてみると、日本の昔の農民には「飢饉に耐えかねた民衆が為政者に対して一揆をおこすぞ~」という貧しく苦しいイメージがありますよね。こういう民衆蜂起はだいたい室町~江戸時代に顕著です。近代でもシベリア出兵の予定を契機とする米価の高騰と「米騒動」があったのと同じで、一揆はおおむね食べるものが少ないとか高いとかから起こります。今かよ。

これはなにも為政者が増税クソちょんまげだったからばかりではなく、その時期が地球全体のミニ氷河期だったから、作物の実りが悪かったのだと考えられています。人が明らかに居づらくなるほどの気温低下ではないものの、現代と違って冷害に強い作物の品種があるわけでもない時代に平均気温が1℃下がったら収量は減ってしまいますし、おまけにそれが周辺地域でも同じように起こっているのですから絶対量が足りません。

このミニ氷河期が、ちょうど『風花雪月』くらいの時代感の現実のヨーロッパ大陸には訪れていました。これは特にファーガスにあたる地域におびただしい餓死者を出しました。この気候変動はおそらくフォドラにも訪れていたっぽいことが、作中描写から読み取ることができるので、あとでファーガスの気候の項で話しますね。

 

まとめると、中世ヨーロッパの気候はおおむね

  • 日本と比べてカラッとしているor寒い(北海道ぎみ)
  • 日本と比べて土地による気候の違いがザックリ分け
  • 今のヨーロッパより全体的にチョト寒い

 このあたりのベースを頭におきながら、フォドラの地域差を考えていきましょう。

 

土地別 現実とフォドラの気候

 フォドラの地図はごらんのとおりで、ヨーロッパ大陸をベースにしつつも、変形させててだいぶ違う地形もあるという感じです。スレンは見るからにスカンディナビア半島(北欧)ですが、そうするとロシアが海の底に沈んでるね……とかそんな感じ。

 今回の舞台裏は「帝国」「王国南西部」「王国北部」「レスター地方」「ガルグ=マク」に大まか~~~!に分け、かつ「in現実(現実)」を知ってから「inフォドラ(推測)」の可能性を探る、という構成にしました。長くなってしまったので、レスター地方とガルグ=マク周辺については書籍版に収録しようかとおもいます。

それでは舞台裏を覗いていきましょう。

 

帝国地方(地中海性気候)

 フォドラでいうガルグ=マクと大河アミッド以南、フレスベルグ領やエーギル領、ヴァーリ領、ベルグリーズ領らへんにあたります。帝国西部のガルグ=マク以西(ヌーヴェル領やオックス領など)は少し違いそうですがだいたい似たかんじなのでまとめてしまいます。

フォドラで最も安定して暮らしやすい気候といえます。

 

in現実

 製作スタッフンタビューで述べられたように帝国のモデルはイタリア。イタリアやモナコ、南仏(マルセイユとか)の気候の特徴があらわれているっぽいのが帝国南部です。地中海周辺だけでなく、アメリカのカリフォルニア州(ロサンゼルスとかサンフランシスコとか)もこのへんに該当していることから、明るく過ごしやすい時期の多いリゾート感がわかっていただけるんじゃないでしょうか。

この地域の「地中海性気候」は中学の地理でも習います。日本とおおむね同じ北半球の温帯の気温ですが、夏がジメッとしてないのが最大の違いです。気温は暑い時期も30度を大幅に超えたりはしなくて、日差しは日本よりカンカンに強いけど日陰に入っちまえばこっちのもの、寒い時期でも氷点下になることは少なくダウンコートあれば大丈夫くらいの一桁代。す、過ごしやす~~い!! 夏は死ぬほど熱く冬は地球でいちばん雪が降る越後の民である僕はうらやましくて涙。

季節の変化は、おおむね乾期(夏)雨期(冬)のふたつに分けられます。温暖でカンカンに乾燥している夏と、寒くて一定量の雨が降る冬とがはっきりしているため農業サイクルもはっきりしており、古くからわりと自然にまかせた農業をやれてきた土地でもあります。農業のようすについては、また専用の項目の中でお話ししましょう。

 

inフォドラ

 アンヴァルの街並や宮城のお庭の感じを見ても、フォドラの帝国南部はほぼ地球の地中海性気候とみて大丈夫そうです。

夏は日差しが明るく、強い日差しと乾燥を避けるため白い石やモルタル造りの建物の日陰に入ります。汗ダラダラジトジトになったりすることもなく、オリーブや柑橘などの木が茂っているのとか見ながらおティータイムを楽しむ。お肌のお手入れにいい香りのオイルを使ったりもするでしょう。お優雅。ずっと日向で肉体労働とかしない限り熱中症の危険も少なそうです。

冬も雪はめったに降らず、毛皮モフモフのド厚着をする必要はなく貴族は絹の下着や襟巻、山羊毛織(カシミヤみたいな)のアウターでもつければ大丈夫。少女時代のドロテアのようなストリートキッズ、路上生活者も、ちょっと寒すぎな日は貴族の家の使用人勝手口から半地下にでも入れてもらえれば凍死の可能性は低い……そんな状況ではないでしょうか。

フェルディナントとドロテアの支援会話で「ドロテアが歌劇団に入る前の日に嬉しくて歌いながら街の噴水で水浴びをして体を洗った」というエピソードが出てきますが、よく考えればもしファーガスでやったら死みたいな行為ですよね。家もフカフカのタオルもないような人間が水浴び、体温が下がって濡れた髪や服が乾かなくて伝染病にかかって悪くするとそのまま凍死ゾイ。アンヴァルではそうならないのは、冬以外は乾燥していてものがすぐ乾き、しかも温暖だからでしょう。

だから治水技術と気候が合わさって、帝国の都市では最下層の人間でも比較的清潔や衣食住環境を保つことができ、生活の質がまだマシというわけです。よほどの空気感染力でなければ伝染病も流行りにくく、このへんの差も王国のかわいそうさにめちゃくちゃ拍車をかけていますよね。

 カスパルはデカめの鎧を着こんじゃいますが、このあたりで暮らしていたキャラはドロテア、ベルナデッタ、マヌエラ、コンスタンツェ、無双エーデルガルトなんかを見ると私服の装備も露出ありますし、ヒューベルト、フェルディナント、リンハルト、ハンネマン、モニカなども私服のベースは高価そうな「薄めの布」です。毛織物や毛皮、レザー、キルトのような素材感は少なく軽やかでシュッとしており、寒い地方だと冷えそうな軽装です。

 

王国南西部(海洋性気候)

 フォドラでいうガルグ=マク以北、タルティーン平原より西や南、ドミニク家を含むいわゆる王国の「西部諸侯」の領地やカロン領、ガラテア領にあたります。

「王国は土地が貧しくてあんまり農作物がとれなくて……」とよく言われるやつのメインフィールドです。

 

in現実

 スタッフインタビューによると王国のモデルはフランス。地中海側ではなく多くの地域は北フランスからドイツとかにかけてくらいの感じです。まあまあ北海道の雪がマシな地域に似ている。

北欧を除いたヨーロッパの左上の方とかイギリスの気候をすごく大きくくくると「海洋性気候」といいます。海のそばだけでなく、大きな湖や川がある周辺でもこの特徴があらわれます。帝国にあたる地中海性気候と比較してみるとわかりやすいんですが、風が強くて寒め、一日の中での昼夜の寒暖の差が大きく、雨がたくさん降る(いうて日本ほどではないけど)という感じです。嵐も多いです。もう憂鬱だよね。ファーガス秋田王国だよ。秋田をディスっているんじゃなくて憂鬱で厳しい天気が続くとこって人の気持ちがどうしても暗く深刻になりやすいよね……ていう統計が出てるんよ。うちの越後もだいたい似たような感じなのでファーガス神聖越後でもいいです。がんばって生きよう。

具体的にいうと、気温は暑い(?)時期でも25度を超えることは少なく、朝晩は10度ほどになることも。つまり、われわれ日本人のイメージできる範囲の「夏」というものが存在しません。地中海性気候よりも湿っているとはいえ日本ほどではないのでカラッともしているし。寒い時期には最高気温でもギリ一桁台、もちろん最低気温は氷点下です。おまけに風も強いんだから体感温度は下がる下がる。

季節の変化的には、地中海性気候の場所よりもわりと日本に近い「四季」みたいなものがあります。ヴィヴァルディも四季に分けて曲書いてる。厳しい冬、待ち遠しい春、汗ばむこともある夏、どんどん寒くなり冬に向けて準備する秋……。季節によってできること、しなければならないことがけっこうあるため農業をやっている人は地中海性農業よりも細かめにスケジュールを設定することになります。

 

 また、さきほど「現実の歴史には中世後期からミニ氷河期があった」とお話ししました。ミニ氷河期の影響を大きく受けたぽいのがこの地域です。

ただでさえ寒いんだからもっと寒くなっちゃうと作物がヤバいというのはもちろん、それまでの気候変動から地続きのヤバ要因もありました。ミニ氷河期がくる前の9~13世紀くらいに、この地域は「中世の温暖期」とよばれるボーナスタイムを享受していました。このボーナスタイムの間にヨーロッパの人々は森林や荒れ地の多かったこの地域にも農地を拡大し、人口を増やし、どんどん領土を作っていました。

で、人口が増えたところでミニ氷河期が訪れたもんだから、持ち上げてから突き落とす状態。少ない農作物では増えた人口を養うことはできず大量の餓死者が出ました。しかもそれが毎年のように続くわけですから、領地や荘園の農地の実りを地盤にしていた騎士貴族階級の力はおとろえ、もはや恩地を守る騎士はオワコン、これからは交易がマストだぜという世の中に突入していく原因のひとつになったのです。

 

inフォドラ

 フォドラでも大陸の北西から中央は海や湖、大きな川に接しており、そこに吹く風の影響が強そうなので、ヨーロッパの海洋性気候と似た気候だと思ってよさそうです。

 

 現実のミニ氷河期による飢饉と騎士の凋落の流れを読んでいただけると、『風花雪月』の中でも似たような話があったのを気付く方もいるかもしれません。ファーガス全体の中でも、イングリットんちに顕著にこの流れがあらわれているんですよね。

イングリットんち、ガラテア家は、作中時間よりおよそ二百年前くらい前に同盟の十傑直系ダフネル侯爵家から分家し王国に帰順したのがはじまりです。分家した、とか言うと平和そうですし作中時間ではダフネル家のジュディットとイングリットの間には政治的気まずさはもはや残っていませんが、その流れはバッタバタの「家督争乱」そのものでした。

君の言うとおりだった。
彼は家を割ることに躊躇いはないらしい。
しかも、割った領地を引っ提げて王国への鞍替えまで考えているようだ。

この同盟内で結束をしなければならない時期に、家督争いどころか他国を巻き込むとは……私には彼は正気とは思えない。
彼が大紋章、君が小紋章とはいえ、君に爵位を継がせようとしたお父君の判断は、やはり正しかったのだ。

――アビス書庫『とある貴族への手紙』より

同盟が百年間ほどにわたるブレーダッド家の支配から脱却してレスター諸侯連合として成立し、やっとこなれてきた頃にパルミラの勢いが大きくなってきて侵攻をうけました。そういう諸侯一丸とならなきゃいけない時期に、ダフネル家は跡継ぎを決めていました。今ではほぼイングリットしか持っていない激レア紋章となってしまったダフネルの紋章ですが、当時はまだ多く顕れており、ダフネル家にはそれぞれ大紋章と小紋章をもつ双子の兄弟がいました。当時のダフネル候は小紋章持ちのほうを跡継ぎに定め、これを不服とした野心ある大紋章もちのほうが、英雄の遺産や自分派の家臣や領地の一部を家から持ち出して王国に帰順してしまったのです。マイクランのバージョン違い(成功例)みたいな感じですね。

私の実家……ガラテア家は、同盟領のダフネル家から分裂して生まれた家です。
新参ながら王家よりご恩を賜り、他の名家に劣らぬ待遇を得ましたが……
領地は貧しく、不作続き。いつしか血も薄まり、父にも兄弟にも紋章は現れず……

ダフネル家はもともと、煉獄の谷アリルを含む現在の王国と同盟の国境扱いになっている山脈の周辺を領地としていたもようで、ガラテア家の祖はその山の西側を切り取ったかたちになります。『無双』の領地についての資料によると国境の山脈の周辺は山がちな地形とおそらく岩っぽい荒野が多く、農地の絶対量自体が少なくて作中時点では慢性的な不作におちいってしまっています。

でも考えてもみれば、ガラテア家の祖が領地を引っさげて王国に帰順したときには、「ちょっとばかし王家の直轄地をごほうびに賜れないかナ♪」という期待とかあったにしても、そんな土地で独立するなんてジリ貧すぎですよね。

これはたぶん、ガラテア家が無理矢理駆けだして独立したときにはまだそれでやっていける目算が立つくらいには農地の収入があったんですよ。だから名家として独り立ちしてしまったし、百年くらいはうまくやってきたのですが、ここ何十年かでミニ氷河期的に気候が変動してきて、いよいよ作物が実らなくなって貴族として進退窮まり……そのしわ寄せがイングリットをギュムギュムにしているのではないでしょうか? イングリットの後日談のいくつかから察するに、農法を工夫すればやっていける程度の環境ではあるけれども、自然のままでは条件が悪化するとすぐに生命の循環が悪くなってしまうくらいには寒々しい……という感じなのでしょう。

もちろんフォドラで現実の地球と同じタイミングで気候変動がおこると決まっているわけではありませんが、王国全体やイングリットんちがジリ貧になっていて騎士社会が限界を迎えているのが現実の中世の終わりをモデルとしているなら、社会構造の変化には一見目には見えづらい気候の変化の影響もあるってことも頭のすみに置いておくとおもしろいかもしれません。

 

 服装的には夏でもあまり薄着になることはなく、ほとんどの時期で毛織物がマストアイテム、起毛した皮革(スエードとか)や、貴族層だと毛皮の縁取りのついた厚手のスタンドカラーやアウターを着る感じです。

 

王国北部(冷帯湿潤気候)

 フォドラでいうタルティーン平原以北、ブレーダッド領、フラルダリウス領、ゴーティエ領にあたります。

食べ物がどうとかというより寒さと、気候にも原因がある異民族との戦いの面で、フォドラで最も厳しい土地です。

 

in現実

 王国の社会の雰囲気のモデルは中世後期フランスだけど、王国北部はスカンディナヴィア半島にあたるものと接しているのでヨーロッパでいうバルト三国やロシア東部にあたります。カナダとか、北海道の雪や森林がもりもりの地域にも似てる。

この地域の気候を「冷帯湿潤気候(亜寒帯湿潤気候)」といいます。冬はなんもできないほど寒くて雪が降り、一部には一年中解けない雪もあるほどです。当方の住んでいる日本の豪雪地帯のように家が埋まり屋根がつぶれるほどの量の大雪は降りませんが、冬は砂糖をふりかけたクリスマスケーキのように真っ白な世界に風が吹いて地吹雪が舞い、4月かそこらまで解けることはありません。

ほとんど小麦などの畑作はできず、森林、とくに常緑の針葉樹林(モミやスギ)が広がっています。森林で狩猟採集、林業をするか、海で漁をするかですが、港も冬には凍ります。北海道には広大な畑がありますけど、あれはジャガイモとか品種改良された作物のおかげだからね……。先住のアイヌの暮らしは狩猟採集と漁労メインです。

気温は夏(???)でも20度に達しません。それでも夏と冬の気温差が大きく、つまり冬は尋常じゃなく寒いです。1月・2月に冷え込みは最高潮でずーっと氷点下。0度周辺の雪が降るような気温をウロついてない時期は4月~10月で一年の半分弱もずっと雪だの霜だの言っており、ギリ過ごしやすいといえる15度以上の日が多いのは夏の3か月間くらい。

「すずしい」「さむい」「死」の三つしかないですが、それだけに「すずしい」の季節は貴重で、季節の変化が激しい地域だともいえます。

 

inフォドラ

 『無双』のロドリグ支援会話での雪合戦の話からするに、フォドラの王国北部の気候状況も現実の冷帯湿潤気候と同様みたいです。特にゴーティエ領は小麦栽培北限を超えているようすでほとんど森林に覆われており、「シルヴァン(silvaは「樹木」の意味)」という名付けの理由もしのばれます。

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こちらもミニ氷河期の影響を受けて現代のヨーロッパよりも少し気温が低めかもしれませんが、もともと寒いしこの地域では畑で稼いでるわけでもないのでもはや誤差かも。

フェリクスの趣味にあらわれているように、森での狩猟は特に王国北部の貴族の伝統的たしなみだし、無双のロドリグ支援会話に出ているように雪合戦もでき、軍事訓練のおけいこをします。逆に、同盟寄りの山間に住んでいたシェズにとっては雪合戦の話は珍しく、王国北部以外の人里ではそういう遊び方をするほど雪が降らないということでもあります。

またシルヴァンの読書や芸術鑑賞、盤上遊戯などの趣味にも「うちの領地の冬、マジで家ン中にいるしかねえ~~」があらわれています。まったく笑い事じゃないけどそういうとこの真冬の山に置き去りにされて生還できたのすごない? ゴールデンカムイの世界だよ。俺は不死身のシルヴァンだーッ

庶民も貴族も毛織物の服、毛皮の裏打ちのアウターが欠かせません。比較的暖かい季節の平時でもロドリグやフェリクスの服のような厚手のリネンや毛織の長袖が基本になります。貧しい平民はなかなか毛織物や毛皮をゲットすることができず、1月2月になると当たり前のように凍え死ぬ人が続出します。『無双』では王国のモブ将が帝国の西部へ進軍するにあたり「守護の節なのに雪も積もってないなんて、凍えて死ぬ人もいないんじゃないですか?」と驚いています。大きな違いだよね。現代の日本の関東地方の気候でさえ、路上生活者の人々にとって「冬を越える」ことは深刻な課題なのですから、王国北部の猛吹雪の中では事実上、ホームをレスした生活を送ることはできません。

 

 「すずしい」の時期は庶民が外仕事に精を出す時期であると同時に中世では戦争のシーズンでもあります。『無双』の作中でも、ファーガスが春になんないと戦争は始まんないよという言及がしばしばみられます。現実の騎士貴族諸侯が戦争をゴルフコンペかなんかみてえに「楽しいスポーツレジャー」のように歌い、ディミトリも力持つ者どうしの紛争解決手段としての合戦自体は好きという感覚にも、気候のことを考えれば少しは思いを馳せられるかもしれません。

日本の戦国時代で合戦の兵力数になる足軽のほとんどは現役の農民でした。日本のメイン農業である稲作は手間と人手を必要とし、農繁期(田植え稲刈りとか)に兵力を集めたら民が文句言うわあとで食うもんなくなるわがわかりきっていましたから、農業がお手すきの間に戦争を計画していました。王国北部で戦争に参加する庶民は傭兵か、実家を継がない職業私兵のようですから現役の農民は少ないですし、もし庶民から徴兵されたとしてもそもそも寒すぎて手間のかかる農業なんてできねえ土地なので、農繁期はあまり関係ありません。ただし、作中のような国全体を巻き込む戦争の場合はガラテアやカロンなどの農産が重要な南部の諸侯の軍も集結させることになるため、なるべく収穫期の秋は大規模な軍事行動を避けたいところです。イングリットのお父さんがまた味のしない野菜くずの汁を飲むことになってしまう。

 さらに重要な「戦争できない時期」のファクターは冬の寒さです。いうまでもなく冬は体力消耗するしカゼひくし燃料も必要だし士気は上がんないし……と悪いことずくめの死の季節です。冬の豪雪地方にわざわざ出ていって負け、という合戦の例も日本にはあります。ただし、日本の場合はまだ「冬に出兵したのが負けた大きな原因のひとつ」程度で、なんとかして兵站をととのえて気合いで雪かきわけてうまくいく可能性もある……?とも考えられるのですが、王国北部の場合は、そもそも戦争を開催すること自体が物理的に不可能な状況となります。

王国のような冷帯の冬では、ふつうに野外活動をするだけで常に凍死の危険にさらされます。外で動き回るためには厚手の毛皮の装備を靴からフードまでそろえ、体温を上げるために度数の高い酒を飲み、RTAで用事を済ませてすみやかに屋内に戻らなければなりません。兵士みんなに上質な毛皮の装備とウォッカを支給し数kmごとに全員入れる砦を作るとかのぶっ壊れたゲームシステムにしない限り、冬の行軍の末路は八甲田山です。

さらには、ファイアーエムブレム全体がそうですけど、中世ヨーロッパ風のウォーシミュレーションの騎士というのはみんな金属鎧を身に着けていますよね。雑兵でさえ鎖かたびらと簡易なヘルメットと胴鎧つけてる。そうじゃないと流れ矢ですぐ死ぬので。

で金属の板をよ、八甲田山で持ってたらどうなると思います? ギンギラギンに冷えて皮膚がくっついて凍ってとれなくなるんですよ。そんなもんに全身包まれてたら冷凍庫のアルミ製の急速冷凍ゾーンに入ってんのと同じです。急速に凍傷。「じゃあ行軍中は鎧脱いでて本番ギリで着よう」て思ったとしても、着る過程でもギンギラギンに冷えてるので無理。「俺は鎧を捨てた! 肉弾戦で勝負だ!」てなっても、たぶん相手は弓矢を捨ててはくれません。

おそらくディミトリとフェリクス二人なら、クソ体力と身のこなしで冬でも皮鎧と毛皮のマント一丁で敵陣まで殴りこんでいけるでしょうが、誰もついてこれないんよね。それは戦争ではなく『真・三國無双5』のシステム(武将なのに崖を登ったり川を泳いだりして一人で砦に奇襲をかけることができる)。

しかし「王国の冬は寒くてとても行軍できないし鎧もヤバい」というのは敵にとってはもっと不利なことでもあります。帝国軍の方が暑さ寒さに弱いアーマー兵も多いし、人間の体からして寒冷地仕様ではありません。「冬で弱ってる王国を叩くわよ!!」というロジックはないのです。そのため、冷え込む季節になると寒い地域の戦争は自然の制約によって自然休戦を余儀なくされることになります。

ヨーロッパでは「百年戦争」とかのワードが有名なので長引く戦乱のイメージがありますが、年中戦争していたわけではなく、基本的には春から夏の数か月でおおむねのカタをつけてあとは政治交渉にもちこむものです。シーズン開始は4月(大樹の節)から。シーズン終了は農耕歴に関しては農業の項で詳しくお話しするのですが、せいぜい8月までです。

『無双』はよく打ち切りエンドって言われますけどこの戦争シーズンの考え方におおむね合っていておもしろいです。本編は女神の化身である先生が主導するので神話的な戦争の終結っぷりになっていますが、この時代の戦争は本来「季節的に今回の戦争はとりあえず終わり、現時点での落としどころを探す」という営みですからね。ちなみに例外的なのが本編・無双ともに煉獄の谷アリルでの戦いで、マグマで暑すぎるアリルでは普通なら戦争することは考えられないはずの冬まっさかりの2月に戦うんですね! よく考えられてるなあ。

無双クロードが「帝国より先にディミトリに交渉圧をかけるためにひとんち(王都フェルディア)を強襲する」という無理をこいたのはこの時限のせいでもあるとおもいます。あのエピソードは4~5月くらいのことと推定でき、クロードは戦争シーズンのスタートダッシュをすることを考えていたのです。春夏に戦争可能で、秋冬になると誰にとっても休戦状態になる、という気候条件はこういうふうに戦略に焦りと大きな影響もおよぼしますが、ある意味、冬は神が与えた強制的な平和のとりなしのようなものでもあります。(まあホットなアリルにわざわざ大集合して戦争する場合は神のとりなしも無駄なんだけど……)

当方の住む豪雪地帯でも雪で車が出せねえレベルになるとあらゆる仕事が「できなくても仕方がない」ものになり、クライアントにお休みの連絡を入れても「こんなときだからみんな何もできないよ」「お互いがんばって生き延びよう」というホンワカしたムードにつつまれます。たとえば本編の5年の戦争の間には、「あー王都に雪が降っちゃったか、しょうがない時間切れだな」と空を見上げたフォドラの戦士たち皆、殺し合うことのできない冷えた冬の間だけは、同じ生きる苦しみを背負っている者同士として遠くから慈しみあうこともあったでしょう。

 

 

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