湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

【ⅩⅢ 死神】ゴーティエの紋章―FE風花雪月とアルカナの元型⑬

本稿では、『ファイアーエムブレム 風花雪月』の「ゴーティエの紋章」とタロット大アルカナ「ⅩⅢ 死神」のカード、キャラクター「シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ」と「ゴーティエ辺境伯」の対応について考察していきます。全紋章とタロット大アルカナの対応、および目次はこちら。

以下、めっちゃめっちゃネタバレを含みます。

 

 

 『風花雪月』の紋章がタロット大アルカナ22枚のカードに対応している作中の根拠とざっくりしたタロットの説明、各アルカナへの目次はこちら↓です。

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紋章とタロット大アルカナの対応解説の書籍化企画、頒布開始しております。現在、再販してます。

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今回は目次記事を含めた記事シリーズの通し番号が13番ということで、早期予約開始もあるし記念記事的にどの紋章を書くかが決まりました。カメの歩みの連載なのにここまで読んでくださってる皆様ありがとうございます。ドンドンパフパフ~ ありがとう ありがとう

え、なんで13番なんてハンパな数字を祝ってるのかって? それは、

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この記事シリーズの話す「紋章とタロット大アルカナの対応」の手がかりを最初にプレイヤーに与えてくれる、強烈な印象の「例の紋章」のナンバーだからです。

 

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紋章、十傑ゴーティエ。

対応するアルカナは死神

対応するキャラはいわずと知れた、シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエです。

 

しょうみな話、当方以外の口からも紋章とタロットの対応で最も話題になっているのはシルヴァンだといっていいでしょう。目次記事でも述べましたが、ゴーティエの紋章石に「ⅩⅢ DEATH」と書いてあるヒントのアピールが効果的なのは、タロット大アルカナの中で「死神は不穏で不吉なカードである」ということが最も一般的に有名だからです。

確かに「不穏でヤバいキャラ?」とアキネイターに聞かれたら「Yes.」と答えざるをえない男なんでしょうが、具体的にどんなとこが死神なのか、そして死神の表す「不吉」って本当はどういうことなのかを読み解いていきたいとおもいます。

 

 

「死神」の元型

 まず「ゴーティエの紋章」と対応する「死神」アルカナのカードの中心的意味をみていきましょう。

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「死神」のカードです。たんに「死」ともいいます。

描いてある寓画にはいろんなバリエーションがあるのですが、共通しているのは「死」という概念をあらわす「骸骨」です。足元には「死体」「刈られた草」「バラバラになった手足」などが無秩序に散乱しています。骸骨は「大鎌(刈り取り鎌)」を持っているか、上のウェイト版のような「行軍する騎士」のように描かれ、命を刈り取ってまわっていることがわかります。

ウェイト版のガイコツ騎士はヨハネの黙示録に登場する第四の騎士(「死」を司る)ペイルライダーをモチーフにしています。作中に登場する「死神騎士」はガイコツの兜をかぶって馬に乗って大鎌を持ってるという、ヨーロッパ的なイメージにおけるいかにも死神役満状態だったのですね。まあ彼の中の人のアルカナは死神じゃなくて「審判」なんですけど。

そういうわけで、書籍版用に制作していただいた「死神」のイラストはダークナイトシルヴァンです。死神みが強くていいですね。能力的にも適性だし。

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 この絵づらが「避け得ない死」を表していることは明らかにわかりますし、たとえば映画とかでこのカードが出てきたらあー誰か死ぬんやなという演出になりますが、知ってのとおり、人間の成長過程をあらわすタロット大アルカナ22枚の旅路は、死神の後にまだ7枚も続きがあるんですよね。つまり、マジで死んでオワッたわけではない可能性があります。じゃあ具体的な死以外に、「死神」のアルカナは抽象的には何を表してるのか?ってこと。

「死神」のアルカナが中心的にあらわすのは、

「限界に直面した衝撃で、新たな命を得る」

という段階です。以下、死神アルカナの意味は赤字であらわします。

 

ペルソナ3

ペルソナ3

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 なんか今度はあまりにも抽象的になっちゃいましたね。

「死神」アルカナを抽象化したこうした性質については、当方がタロットを勉強するきっかけとなった作品『ペルソナ3』がゲームまるまる一作のテーマを「死神」アルカナに据えて描写してるのでプレイを鬼推奨するのですが、忙しい人のためにまとめると「死(という限界)に直面したとき、人は己を見つめ直し新しいもの強いものになれる」というテーマです。

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「死」や「終わり」というのは、生物個体の生命活動停止のことだけでなく、何かひとつのタームが途切れざるをえないとき全般をあらわします。すべてのものには、「はじまった以上は避けられない運命として」、終わりが来る。たとえ永遠のように思える概念でも、変質することで「今のありようは死ぬ」し、もし変質しないものがあるとしたらそういうものは「生きた」概念ではありません。すなわち「死」という概念をすごく単純化すると、「ひとまとまりの状態が終わる、限界点があること」なのです。

二時間ドラマのクライマックスで逃亡の果てに追い詰められる場所が「崖っぷち」なのは決して自白してから飛び込んで死のうとするためだけの理由ではありません。崖っぷちにあるときにこそ人は自分の来し方行く末を考えることができるからです。『ペルソナ3』のキーワードでありヨーロッパ思想でも重要な言葉である「mement mori(死を想え)」とはそういうこととです。

みんな死ぬ。おまえも死ぬ。すべてのものごとには終わりがあり、断崖があり、境界があり、挫折がある。

そして、別の何かが生まれてくる。

 

ゴーティエ辺境伯家

 そもそもゴーティエの紋章とゴーティエ家の事情は、『風花雪月』作品全体の中で「プレイヤーに紋章と貴族社会のショッキングな秘密を明かすための構造」としておおいに活躍しています。この「今まで信じてきた枠組みのショッキングな秘密に気付いてしまう」というのが、人生の中での「死神」のタイミングです。

プレイヤーは「貴族」「紋章」「英雄の遺産」について何も知らない状態から、セイロス教の秩序にもとづいてそれを女神が授けて人間社会に伝わってきた由緒正しき文化なんだな~と学習していきます。聖騎士カトリーヌの活躍はわざわざムービーにされるし、高貴の血筋に受け継がれるなんかフォンって光る特殊能力ってどう考えてもカッコいいし。4~7月でそのあたりの前提が共有されてきたところで、コナン塔の「マイクラン破裂の槍窃盗事件」が起こります。

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ここではマイクランのグロテスクな死の描写とともに「貴族」「紋章」「英雄の遺産」についていくつものショッキングな気付きがもたらされます。

「貴族社会は紋章の有無で生まれた子供に差別をし人生をねじ曲げる」

「紋章主義の貴族社会は持つ者(シルヴァン)にも持たない者(マイクラン)にも不幸」

「英雄の遺産はバケモノを生み出す」……。

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ゴーティエ家督争乱およびゴーティエ辺境伯家は、フォドラの価値観にゾッ……とさせられるポイントとして作られ提示されているということです。

「塔」のアルカナは価値観がバラッバラに壊れて崩れ去りイチから作り直すことを表していますが、「死神」の場合は「そうだったの!?!?(ガーン)」「こんなのおかしいんじゃ(ゾッ)……」となって価値観のガラスがバキィ!と割れる最初のショック概念を表しています。いわば「壁にぶつかった」瞬間です。

 

 「壁にぶつかった瞬間」というなら、ゴーティエ領じたいが「壁にぶつかった瞬間」そのものだということにも気付かれたでしょうか?

作中で代表的な「壁」といえばパルミラ等の東方世界との間を隔てるフォドラの首飾りです。あれはちゃんと頑丈な隔壁があり緩衝地帯もありますが、同様に敵性の異国との境界線になっているところ……それが、スレンに対峙するゴーティエ領ですよね。しかも、その境界線は何度も動く。戦争によって。スレンと、フォドラの防人たるゴーティエの境界は多くの死をともないながら活断層のようにうごめき、緊張感を与え続けています。ファーガスを戦乱の国にしている一番大きなファクター。「メメント・モリ(死を想え)」です。

「英雄の遺産」がフォドラで最も活用されているのはおそらくゴーティエ家であり、「破裂の槍の圧倒的威力があるからスレンもうかつに攻め込めない」、すなわち破裂の槍という「死」の力の象徴が、その恐怖が、フォドラとスレンという異文化の人間たちを隔てる線になっているのです。王国だけでなくフォドラ全土にとってもゴーティエは「死の崖っぷち」です。

(ちなみに「破裂の槍」の名前の元ネタはケルトの半神戦士クー・フーリンの赤い槍「ゲイ・ボルグ」と考えられます。彼とゲイ・ボルグは死の暴威や確殺の象徴みたいなところがあります)

それこそがゴーティエ家が貴族のスタンダードである「伯爵家」ではなく「辺境伯家」である理由です。

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この「異質なものとの境界」つまり「出会い」というのが、実は「死」の本質です。

ハ? 何言ってるだ? 出会いのどこが死なのか?

そのへんはシルヴァンの話をする中でくわしくお話するとしましょう。

 

シルヴァンの「死神」―断絶との遭遇

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 これ実は、実はシルヴァンの「死神」のテーマ「断絶との遭遇」と「世界の車窓から」のタイトルをパロッた記事タイトルだったんですよね(二年越しのネタ回収)。

 シルヴァンもまた、ゴーティエの紋章の「プレイヤーにショッキングな気付きをもたらす」という役割をぞんぶんに果たしてきます。さっそく言っちゃいますけど最も目に入りやすい先生との支援での例のヤバセリフ「妬ましくて憎らしくて殺してやりたいとさえ思いますがね」をはじめ、兄とのどうしようもない関係、紋章への苦すぎる思い、ヘラヘラした外面で隠した人生へのあきらめの念、やたら多いB止まりの女性キャラ支援、闇ヒルダ……など、あらゆる場面でプレイヤーにヒィッて言わせてくる。吊り橋効果で好きになっちゃうだろ(そいつ吊り橋を切ろうとしてるぞ!!)……。

いや冗談ではなく、マジでマジで、こういうヘラヘラからのヒィッがシルヴァンの魅力の核の部分から匂ってくるフレーバーなわけで、そういうところが無性に気になってしまう人が多いのは実に正しい流れなんですよ。クロードが魔性の男なのが正しかったのとおなじで。

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収穫のとき

 「死神」のカードのドクロがしばしば持っている大鎌は、実は首を刈るためのものではなくて草とか麦とか刈るものです。鎌持ってるやつ代表のマルセイユ版系統のカードでの鎌の刃の位置もそれをものがたってますね。『ペルソナ3』に出てくるストレートに死神型の敵ユニットの名前も「刈り取るもの」といいます。

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首刈り大鎌なんて現実には存在しないわけですが、じゃあなんで刈り取り鎌が「死」と結びつけられているのかといったら、それは「収穫」というのは死だからです。われわれは穀物とか野菜とか家畜とかの死を、豊かな実りとして食べているわけです。秋から冬に移り変わるときは実りの季節であると同時に死の季節ですよね。そしてその死は『葉っぱのフレディ』に描かれたように鮮やかで美しきものでもあります。

「死ぬということも 変わることの一つなのだよ」

――レオ・バスカーリア『葉っぱのフレディ』より

  「死神」のカードに当てられた「13」というナンバーが不吉なものであるのは日本人にもひろく共有された感覚です。でもこの「不吉」にも「収穫」の意味が深くかかわっているんですよね。「13番目の使徒」ユダの密告によって13日の金曜日にイエスは一度刑死し、殺人鬼ジェイソンも出る。なぜ西洋の文化で13が不吉な数かといえば、「聖なる完全数であった12の調和を破壊する数」だからです。言い換えれば、12で完成した、じゅうぶんに熟して実ったので、13の刃が全部持っていって清算する、ということでもあります。

これに関連して、『風花雪月』の中では死神のゴーティエ以外で「13」が重要な使われ方をしているポイントがもう一つあります。主人公先生が、レアが作った神祖の心臓をもつ子供の13番目なんですよね。つまり、12番目である主人公先生の母シトリーの時代をもって、フォドラに再び夜明けの炎がさす土台が「完成」し、そのシトリーが恋をして主人公先生が生まれたというイレギュラーな誕生によって「世界を変える者」が登場したのです。

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先生の紋章は「世界」に対応しますが、「主人公」を表す「愚者」の旅人のもつ棒と「死神」の大鎌は同一のもの(位置とナナメの角度が一致します)とも言われています。「主人公が、ひとつの価値観の完成を収穫するタイミング」。先生が傭兵時代に呼ばれていた「灰色の悪魔」というのもいかにも死神をイメージさせる言葉ですし、実際先生のもたらした夜明けによってレアの完成させてきた秩序はなんらかの終わりを迎えるのです。

こういう突然現れてオイシイとこ取り、という性質においては、「死神」は場合によってはある種のラッキーカードともいえますね。

 

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 おわかりの方もいるかもですけど、全然ラッキーじゃない突然オイシイとこ取りこそが、シルヴァンだってわけです。シルヴァンは、「死神」は、別にそう望んだわけでもないのに、望んだわけでもないタイミングで、避けようのない運命として、スッパリとした切れ味でオイシイところを取っていってしまうのです。

シルヴァンは紋章を持って生まれました。生まれつき要領がよく、体格や容姿もよく、努力している人よりもうまくさらりとなんでもできてしまいます。しかし、それはべつに彼が望んだ実りではありません。望んだわけでもないのに運命を収穫してしまい、恨まれ、畏怖されるもの。それが「死」です。

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そんなつもりも何もない生まれた瞬間から兄の運命を狂わせましたし、紋章以外にも多才さを発揮して家族にちやほやされ、兄をますますみじめにさせて最終的に盗賊の身にまで追い込みました。恋が何かを知るより先に、自分の貴重な紋章目当てで女性たちがワンチャン狙ってくることを察してしまいました。ちょっと人当たりのいい色男の顔をしてみれば、寄ってくる女の子はいくらでもいました。「何もしてないのに壊れた」じゃないですけど、シルヴァンの存在のせいで周りのほとんどのものは歪み果て、取り返しのつかないことになってしまうのです。

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この「無数の残酷な学習によって、自分の運命にあきらめの気持ちを持った」という経緯は「悪魔」のマリアンヌや「運命」のヒルダ、あと「審判」のメルセデスともよく似ています。そして支援会話を見ると、どうやらシルヴァンはその類似性を察しているようです。観察眼まである。ここまで要領がいいとほんとかわいそうだょ……。

だからシルヴァンにとっては自分といても特に変わらない、抗体と図太さのある腐れ縁の幼馴染たちがすごく貴重で大事です。自分という刈り取り鎌の鋭い刃で周りが変質していくのは怖いし嫌なので、ヘラヘラフラフラした放蕩息子のカバーで注意深く外側を包みます。

 

 シルヴァンと切り離して考えられないゴーティエ辺境伯家じたいにも、「異質との境界線」なだけでなくかなり「収穫」じみた役割があります。

『「辺境伯」ってなあに?』の記事でも述べましたが、ゴーティエ型の辺境伯というのは「(本来的な、異民族を寄せ付けず追い払うという意味の)征夷大将軍」みたいなもので、敵対勢力との前線地帯におかれるため特別な権限や裁量をもった位です。それゆえ、ゴーティエ領には王国内の武器や人員、糧食、経済が集い、スレンとの小競り合いにいつでも対応できるように備えられているはずです。

栄養状態の貧しい体の中で、免疫や修復をがんばるために傷口にエネルギーや資源が集中しているみたいな状態です。ゴーティエ領は王国のヒトモノカネを悪意なく「収穫」する立場にあり、そしてそれはひとたび戦争が起これば、スパリと草が切れるように刈り取られる。そこには無数の、そこにしかない人生があったのに……。

そういうあまりに重いのにあまりに軽く、暴力的な責任の刈り取り鎌を引き継ぐ運命にシルヴァンはあります。

 

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 シルヴァンはどうせこの楽しげにフラフラした青春時代がスパッと終わるだろうことを意識しています。それはシルヴァンにとっては生まれたときから決まってわかっていた、避け得ない運命です。シルヴァンの父も、そのまた親も、同じ運命の鎌で切られてきました。まるで、生まれてきたら必ず死すべき運命が連綿と受け継がれていくように……。

 

「女好き」

 「愚者」を除くタロット21枚を7枚ずつの三行に分けると、「6(恋人たち)」「13(死神)」「20(審判)」の「6の列」は行の最後の調和のひとつ前のカードです。ここはその行にとっての「ショッキングな終わり」が訪れる段階です。「モラトリアムの終わり」を知っていたリンハルトや「この人生ではどうしようもないこと」を知っていたメルセデスは確かにそういう意味でシルヴァンと似ています。

「恋人たち」は幼児時代の終わりをあらわし、「審判」は人生の総決算をあらわします。一番恐ろしい絵面の「死神」は「青年期の終わり」「成功してきたことの挫折・途絶」の段階をあらわしています。それは確かに一番ハデな現場だ。

シルヴァンの話をしていて「青年期の終わりに訪れる死」なんていうと「結婚は人生の墓場ですよォ」みたいな言葉が浮かんできますが、実はこの連想もあながち無関係ではなくて……。

「辺境伯として夫人や側室を迎えたら、今までのゴーティエ辺境伯と同じレールの人生になる」っていうのもありますが、今回はそれとは別の話です。「結婚は人生の墓場」というより、ここは大胆に言い換えて、「恋と死は同じである」、とでもいいましょうか。

 

 

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 シルヴァンは「女好き」で通っており、よく女の子たちに囲まれ、無数に粉をかけまくっていますが、彼が実は異性に嫌悪や恐怖に近い複雑なネガティブ感情をもっていることはプレイした方にはご存知の通りです。それでいて、関心はある。それが支援会話リストの異様な様相にもあらわれています。

実は「死神」のアルカナを中核テーマとした『ペルソナ3』でも、「死神」に対応するキャラは女の子好きで、しょっちゅう女の子を口説いている色男キャラなんですよね。しかも、そこに物語上の必然性は特にない。つまりこれは「死神」的なキャラクター表現です。

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 「恋」をあらわすのは一段上の上の「恋人たち」のカードなんじゃね~の? というのはその通りです。「恋人たち」は「好きなものを選ぶこと」や「自分のスキや選択が誰かを傷つけるかもしれないこと」、「思春期のはじまり・第二次性徴」などによる出血的なショッキングさをあらわしていました。

「死神」に「恋」というリーディングは直接的にはありません。なぜなら、「死神」にあらわされるのは恋のあまりに殺伐としてグロテスクな側面だからです。

 

 「恋」というのは大きく言うと「他者に強い関心をもつこと」「他者と交わろうとすること」です。そこには「他者」と「関わり」とが必要です。一方的なものであっても。

ところで、ものすご~~くそもそも論として、「他者」との「関わり」が生物に必要になったのはなぜでしょう? 複雑な人間社会の話じゃなくて、ほんとミジンコレベルからのそもそも論ですよ。

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それは「有性生殖」をするためです。オスとメス、精細胞と卵細胞、無性の場合も遺伝子の異なる2個体が異なる遺伝子をミックスさせた次世代の個体を生み出し、ときにお互いの遺伝子に足りない特性を補い合ったりできて、命をつなぐシステムの話です。これによって遺伝子は複雑な厚みを増し、さまざまに変異し、われわれ人間たちなどの複雑な機能をもった多様な生命へ進化してきました。そして、「有性生殖」と「死」には強固なつながりがあり、ほとんど同じとさえいえるのです。

なぜなら、有性生殖がまだ開発(?)されていなかった世界でトレンドだった生殖方法は「単細胞生物の分裂」などの「基本的に同じ遺伝子の個体の数が増える」方法でした。この方法だと、他の生物に食べられた、餓死、なんか事故った、などのいろいろな頓死はあっても、「寿命で必ず死ぬ」ような構造的に不可避の死の運命はないからです。つまり分裂で増えるアメーバとかは、現在そのへんにいるやつでも、太古の昔から個体として死なないでずーーっと生きてるってことです。分裂する単細胞生物、基本は不死。逆に言えば、有性生殖とともに「自分とは違う新しい子個体」を生み出すことになり、親個体の死というシステムが導入されたということです。

要するにわれわれ有性生殖なやつらは死ぬから異性とともに次世代を生み出す必要があり異性といっしょに次世代を作るから死ぬのです。

いや、「童貞は死なない」とかそういうことじゃなくて、「分裂できないので絶対寿命がきたら死ぬ」「有性生殖による高度に複雑な遺伝子を持ってる以上死ぬ」ってことです。アメーバは寿命で死なない。アメーバは異質な他者に恋をする必要がない。卵が先か、鶏が先か。「死の運命」「個の限界」は「性」と不可分につながったものです。

 

 だから、他者と出会って恋ができることは運がよければ喜びでもあるかもしれませんが、「死の宣告」のようなドギツイものでもあるのです。シルヴァンにとっての「異性」との出会いは「母は自分を紋章のある子として産んで地位を固めた」「いつか自分もなんとしても女性に紋章のある子を産ませなければならない」「自分の紋章を引き継ぐ子を産もうとする女性が狙ってくる」といったドギツすぎるものでした。

それでも、シルヴァンは自分の行く手にある死地の運命を思うと恐ろしく、人のぬくもりを求めずにはおれません。他者と事故ってしまうことを恐れてヘラヘラフラフラと蝶のように飛びながら、本当に自分といっしょに歩いてくれる人を心底では探し求めています。その生と死の葛藤の境界面にあるのが、ナンパです(言い方)。

シルヴァン視点で考えてみると、「女の子に優良物件だ!って目の色変えられるのイヤ」・「いらない嫉妬を買ってこじらせたくない」・「自分や他者のグロい部分をいきなりステーキしたくない」・「でも本当に自分に適切に付き合ってくれる人がいるなら探したい」という条件だと、フラフラナンパ男ムーヴはけっこう理に適ってるんですよね。自傷行為にはなってしまっていますが、自他の本音を定型文で隠せるし、相手の反応を観察できるし。甘い粉をかけられてグラッときてしまう女の子たちにはたまったもんじゃないですがそれもどうにかこうにか……青春の挫折の一ページだと思ってもらって……クズ男ウィルスワクチンだと思ってさ(クズ男並の感想)……。

 

 でも、シルヴァンの例は強烈だとはいえ、性とは多かれ少なかれ誰にとってもドギツくて不可解で怖いものでもあるのではないでしょうか? 今「クズ男ワクチン」と言いましたが、実際「性的なことに免疫がない」というような言い方もします。副反応がキツいことはある。

「性」という言葉は、おセクシャル様な意味でとらえられがちですが、本質的な意味は「二者以上の、違った性質がある」ということです。「異性」といったときほとんど「男と女」をさすのは、それが異性質のものの代表的な例だからです。男と男であれ、女と女であれ、「どうしたって違う、同じにはなれないもの」としての性質がフォーカスされたとき、他者どうしは真に出会います。「おれたち、おそろっちだね」「わかり哲也~」と無邪気には言えなくなったときに、はじめて出会うことができる。

だから「異性」なる「他者」との出会いとは本当はあたたかな共感の毛皮を剥ぎ取られて突然目の前にエイリアンが現れるような、恐ろしい瞬間なのです。シルヴァンはエイリアンが好むいい匂いをしていて視力もいいので不幸にもすぐ正体を現すエイリアンをたくさん見てきてしまった。

 

 シルヴァンと「異質な他者」「エイリアン」との出会いは、セクシャルな異性たちよりもさらに概念の範囲があります。兄マイクランもシルヴァンに強烈に「境界線」を突きつけた存在です。

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「臨死体験」的な人生のタイミングを表す「死神」のシルヴァンは、事実戦い以外で死にかけたことがありました。ほんの子供のころに兄マイクランに井戸に落とされたり、冬山に置き去りにされたりしたのです。シルヴァンはひかえめな言い方をしていますが家からしたらどえらいことですよ。故意があるし殺人未遂だよ。そりゃ廃嫡もされるわ。

かつてはシルヴァンも無邪気に兄を慕い、家族である彼に愛されたい、いっしょに遊びたいと思っていたから、その遺棄事件2件のときもホイホイついていったのでしょう。小さい子供にとって家族は無条件に愛しく、また無条件に愛してほしい(そうであるはずの)存在です。そんなポヨポヨのシルヴァンをマイクランは何度も意図的に裏切りました。自分の期待を無惨に裏切ってくる、恐ろしい他者との出会いです。しかも家族。

死神のカードのあらわすなんらかの「臨死体験」を経た人は、「死にかけてから一日一日の輝くような貴重さに気付いた…」的な、価値観の更新、何かの悟りを得ます。この臨死体験でシルヴァンが得たのは、「自分は他者に傷つけられ、他者を傷つけて生きていくんだ」という、正しいけど哀しい悟りでした。

 

 シルヴァンは女の子を傷つけます。女の子に傷つけられます。異質な他者と出会うことは、本当は死ぬような衝撃だから。それに傷つき続けているシルヴァンは、本当は他者が他者であることに対してものすごく誠実で賢明なのだともいえます。主人公先生と結婚するときのヒエッとヤンデレたような字面の恐ろしい発言は、人を愛し愛されるということはそれだけの人生が変わるようなスプラッタな大事故、メチャクチャなおおごと――カッコよく言うならば、奇跡――なのだというシルヴァンの切実な思いのあらわれです。

そして、傷つけ合って血を流し合って、自分の不都合な面を直視することになっても、他者と手をつなげることはある。

↑みたいな感じのテーマのコーエーテクモゲームスの新作です

 

青ざめた死と踊れ

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 ボコボコに傷つき合いながらも他者と結ばれることができるのと同様に、べつにかたく手をつないで隣を歩かなくたって、他者と与え合うことはできます

プレイアブルキャラクターの中でシルヴァンの「一生の相手」として語られることのある人は極端に少ないですが、シルヴァンの支援にはB止まりでも味わいの深いものが多いです。

無惨でショッキングなばかりにも思える死のあとに、刈られ耕された畑のように、小さな種が芽吹く。「ナンパキャラ」を装うことによって死神の鎌が事故っていきなりステーキしないようにしてきた、シルヴァンの人生の哀しみから出たみんなへのヘラヘラしたちょっかいも、嘘から出たまことのように、関わる人たちの人生に、シルヴァンの人生に、何かを響かせ合っています。

VSマリアンヌくん

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 出た、根拠のないナンパをすな第二弾である。

↓第一弾はコイツ

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大丈夫です、第一弾と同じでちゃんと根拠はあるので。

 マリアンヌとの支援会話ではシルヴァンの様子はいつもと少し違っています。キザな言い回しこそしていますが、軽薄さが段違いになりをひそめています。普段は相手のペースにまともに組み合わないためにあえて空気を読まず軽薄トークを繰り出していくシルヴァンが、マリアンヌのテンションとペースに合わせ、「外に出てみよう」「笑ってみるといい」とささやかにアドバイス。きわめつけは、普段は紋章に対する怒りを極力見せないようにしている彼が聞かれてもいないのに「紋章なんかに人生を決められてたまるか(怒)」と独り言のように言うのです。

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マリアンヌは「社会的責任の大きい辺境伯の子女」であり「生まれ持った紋章に人生を振り回され心を閉ざしている」という点がシルヴァンと共通しています。マリアンヌにとってのシルヴァンは他の人と変わらなくても、シルヴァンにとってはこのマリアンヌの状況は胸にくるものがあるのです。だってそれがシルヴァンの最もデカい鎖ですからね。

「紋章なんかに」発言が独り言のようだったことにもあらわれていますが、シルヴァンから見たマリアンヌは、兄を傷つけ傷つけられ人生の限界に絶望して立ち上がれなかったときの自分に似ています。そしてシルヴァンはマリアンヌに助言したように、軽薄な笑顔の仮面をつけてでもしたたかに生き抜いてやると決めて立ち上がったのです。たとえ不格好でも、変えられない限界があっても、笑って生きていれば、人生の何かを、いつかは、変えられるかもしれないから。

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VSフェリクスくん

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 シルヴァンはイングリットには何かと叱られつつも、幼馴染たち、特にフェリクスに頼れる兄貴面をしてみせてきました。確かに事実として1~2歳年上ではありますが、危ないとき、きついときには皆の前に出てかばい、なんてことないぞと笑ってみせてきたのですね。

それはマリアンヌに絶望していた自分を重ねたのと同じように、もう「死んで」しまった「自分を愛し守ってくれる大きな兄」というあこがれをせめて自分の行動の中に映し出し、弔うようなところがあったのかもしれません。

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現実の兄が自分を殺すところだったように、フェリクスの兄グレンがダスカーの悲劇で死んだように、ファーガスの子供たちは、いろんな過酷な運命で容易に死んでしまいます。戦乱で命のやりとりをする未来も目に見えています。死やうら寒い挫折はゴーティエ領に限らずすぐ隣にありました。誰かをかばって体を張るのは痛くて恐ろしいことですが、シルヴァンの足は迷わず動きます。シルヴァンはそういう厳しい社会、運命から、年下の幼馴染たちを守りたかった。そう考えていたというより、そうであってほしかったのです。自分の人生ではそうではなかったから。

シルヴァンはしばしば「一度死んでループしてきた奴」のような切ない雰囲気を醸し出すことがあります。彼は死を「知って」いて、そういう切ない覚悟で仲間たちをかばおうとします。もっと言うとそれはシルヴァンだけの話ではなく、ファーガス神聖王国全体にそういう繰り返され継承される死の物語の悲壮さがあります。そういう意味でシルヴァンは王国を象徴するキャラクターだともといえます。

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「死ぬときは一緒」という幼かった彼らの約束は、死は誰にも平等であるという、過酷な運命の不安の中では何やら優しくも思える「約束」です。青ざめた死神と手をつないだ記憶を胸に、フェリクスは剣舞を舞い続けます。

 

新しい命へ

 似た「現状の破壊」をあらわす「塔」のアルカナにあたるリシテアやカトリーヌが貴族の身分から自由になるのに対して、シルヴァンはロストしていない限りあらゆるエンディングで徹頭徹尾、ゴーティエ辺境伯として生きます。紋章を持たない兄のほうは「家を出ることができた」ともいえるのに。このことには何が描かれているのでしょうか。

シルヴァンがあれだけ苦い思いを抱いていた「スレンを牽制するために紋章を持つ子に跡を継がせなければならないゴーティエ辺境伯」に必ずなって、必ずすることは、スレンとの関係改善、和平の構築です。それによってゴーティエを治める者には遺産も紋章も必須ではなくなりました。つまり「ゴーティエ辺境伯のあり方を変えた」わけです。枠をぶち壊すのではなく、枠の中のありようをよりよいものに「更新」するのが、死神の真の価値です。

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有性生殖の運命は、死の運命と同じです。ゴーティエの紋章が紋章主義の限界と苦痛を継承し続けてきたように、子供は必ず死ぬ限界をプログラムされて生まれ、その子供もそのまた子供を生むなら同じ苦痛を背負わせることになる。命の死以外にも、生きることは限界や挫折やショッキングな他者との出会いの連続です。まるで無限の地獄のようにも思える。

しかし、有性生殖では、個体の死が存在するかわりに、必ず新しい特性をもった命が生まれてきます。親の遺伝子を継いだ、しかし同じではない命が。ゴーティエ辺境伯の歴史と悲しみを継いだ、しかしよく見ると親と全く同じではない、新しい辺境伯の人生が。シルヴァンはゴーティエ辺境伯の運命から逃れられず死んだのではなく、その生で新しいゴーティエを「産んだ」のです。

「死神」のアルカナは、「胎児」をあらわすカードです。

 

 これまでのゴーティエ辺境伯家には無数の苦しみがあり、マイクランはそこを結果的に飛び出し、シルヴァンは彼や彼の率いていた盗賊団を「刈り取る」ことになりました。それはシルヴァンが望んだわけではない理不尽な苦痛に満ちたことでしたが、彼の足元に転がる無数の骸は、兄たちが苦しみながらももがき駆け抜けて生きた人生の「果実」でもあります。

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そのすべてを「収穫」し、ひとつのタームを区切り、シルヴァンは新しい明日を生み出して生きていきます。シルヴァンとマイクランの赤毛はヨーロッパ物語文化では不吉な髪の色、13番目の使徒ユダの髪色としてよく描かれてきましたが、グノーシス主義の解釈ではユダはイエスを「送り出す」ことで神の子としての復活、生まれ直しへと導く役割を果たしたともいわれます。

実は今日、8月31日は、コナン塔でマイクランが亡くなった日でもありました。

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