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「辺境伯」ってなあに?―FE風花雪月と中世の爵位②

 本稿では、『ファイアーエムブレム 風花雪月』の作中の「辺境伯」位について考察、および中世ヨーロッパ的世界の貴族の爵位について解説します。

 

 

 前回の「伯爵」ってなあに?はサクサク食べられる短めの記事を作る練習に書いたようなものだったのですが思わぬ反響をいただきまして、今回もサクサク感のあるものをお出しできたらとおもいます。
今回のテーマは予告どおり、「辺境伯」です。

凛々しい辺境伯は、婚約破棄された失意の花嫁を全力で愛します (こはく文庫)

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ドイツ語圏独自の「辺境伯」

 前回の記事では『風花雪月』のフォドラの爵位システムが、現実でいうとイギリスやフランスではなく神聖ローマ帝国などドイツ語圏のものをベースとしているらしいと考察してきました。

理由のおさらいです。

①フォドラの国々のおおもととなった「アドラステア帝国」のネームルールが「お名前=フォン=領地名」というドイツ語形のもの

②ドイツ語圏の爵位にしか言われない「辺境伯」が存在している

というわけで、「辺境伯」は現実世界ではドイツ語圏独自の位として存在していました(称号じたいは現存します)。王国、同盟出身のキャラクターにはフランス語形の名前をしているやつも多い(たとえば当の辺境伯家の「シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ」くん)のですが、システム自体はドイツ語圏ぽい感じらしいのですね。

 前回の「伯爵」ってなあに?でも述べたとおり日本人(とかアメリカ大陸の人とか)の一般的爵位イメージは多分にイギリスのものに影響を受けているので、「辺境伯」で小説を検索したときの少なさよ。「公爵」「侯爵」「伯爵」などは検索するとマンガからハーレクインロマンスまでたくさん出てくるのに比べ、圧倒的に少ないです。かつ、さっき上に貼ったのを含めどれも新しく、近年の「小説家になろう」文化方面のライトノベルにものすご偏っており、最近になってちょっとオタク文化のネタとして発見されだした地位だとわかります。

 

「ドイツ語圏」の重要性

 本題の前に、フォドラはヨーロッパほぼ全土みたいなもんなのに、なんでそんなドイツの存在感でかいん?というと。

現在では「ドイツ」というのは日本人にとってヨーロッパの国々のひとつ、「スペイン」や「フランス」やと同等の概念と思われていますし実際そうなんですが、歴史的にはドイツ……というよりもドイツのなんか親戚のおじさん伝説みたいな政体「神聖ローマ帝国」はヨーロッパ大陸において非常~に重要な存在だったのです。

 まんが『ヘタリア』を読んだことのある方は「ドイツの子ども時代」みたいな見た目をした「神聖ローマくん」を目にしたことがあるかもしれません。彼はけっしてドイツそのものではありませんが、ざっくり言ってドイツ語(中央ヨーロッパ言語)のトップに統治されました。そこんちのことを「ハプスブルク家」というのですが、まあそれは↓ドラクエ11のデルカダール王国の記事↓でもうちょっと解説してるとして。

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 海に浮かんでる日本の国の人間にはちょっと想像しづらいことではあるのでアレですが、今の「ヨーロッパの国々」はもともと「フランス」「スペイン」とかって国ごとに分かれているものではありませんでした

スゲー古代の話になって恐縮ですが、広大な大地にそれぞれの部族の村や都市国家をひとつひとつひらいて生活し、その間でときに戦争したりしていたヨーロッパ大陸が、ひとつの大きな政体に支配されたのが古代ローマ帝国の時代のことです。

文化的にもたいへん栄光ある幸福な時代だった古代ローマ帝国ですが、支配領域のあまりの広大さから統治が分割され、西ローマ帝国と東ローマ帝国に分かれたり片方が早々にフェードアウトしたりもう片方もワチャワチャになったりという感じでやがて姿を失います。しかし、ローマ帝国はイエス存命時とかには「唯一神とかないわー」つってキリスト教をいじめていましたがそのうち国教とさだめており、皇帝がキリスト教の守護者としての権威も持っていたということもあって、ヨーロッパの猛者たちは「ローマ帝国の後継者」をあらそいます。
 そんで、なんやかんやありまして、「東西のローマ帝国の正統後継者として、教皇に戴冠されました!」という「神聖ローマ帝国(ドイツ語)の皇帝」が、群雄割拠のワチャワチャ戦国ヨーロッパの国家群の名目上の長みたいなことになったのです。この「古代ローマ帝国」「神聖ローマ帝国」とアドラステア帝国は『ドラクエ11』のデルカダール王国同様にモチーフとしてつながっています。そこんとこの話はまた爵位の話の最後あたりで。

 

 そういうわけで、「中世~近世ヨーロッパ大陸的」なモデルをとるとき、ドイツ語(中央ヨーロッパ語)圏はキホンなんだな。

もちろんフランスの前身であるフランク王国とかそのほかにもいろいろ(今のように大きな「国」としてまとまっていないのでメッチャいろいろ)あったし、辺境伯Markgrafも語源じたいはフランク王国の地方長官であるMarkなんですけど。

 

「辺境」をめぐる葛藤

 ここから「辺境伯」の内容についての本題なんですけど。

まず「辺境」ってなんやって話からじゃないです?

前の記事での予告にも「辺境伯ってド田舎貴族って意味なんか?」て書いたように、日本語では辺境って通常「人も通わぬ荒れた地の果て」みたいなイメージの言葉じゃないですか。日本列島という地形上、人が住みやすい市街や村落から遠く離れた地は単に「なんもない」「ド自然の脅威」をあらわすしかありませんから。まあおれんちの近所にもふつうに熊は出るんですけど。へ辺境じゃねーし

 

【辺境①】中央から離れている

 「辺境」とされる領地の特性としてまず一番日本っぽいイメージに近いのはこれです。

都から離れている。ゴーティエ辺境伯の領地は事実として王都フェルディアからは遠く離れ、北方の異民族スレンの住まう土地と隣接しています。奥州みたいな話ですね。

 ここで、そもそも「中央」とは何かということも問題になってきます。なぜなら「辺境伯」および各伯は「任じられている」ものですから、誰かに「あなたを〇〇辺境伯とするね」と言ってもらわねば勝手に名乗れないからです。その「誰か」というのが中央です。

何当たり前のこと言ってるんだ、そりゃ王都フェルディアにいるファーガス-ブレーダッドの王家のことだよ、と思われるでしょうが、現実では爵位は唯一の王から賜るとは限らないため、二人以上の主君がいたり、上司と部下の関係が絡み合ってたりとかざらだったわけですね。だから「中央」もひとつとは限らないっていう目線をもたなくてはいけなくて。『風花雪月』では話がゴチャるからそういうことはなく、わりと王者による領域支配ができてる感じにしてあるのですが。

フォドラの地図が赤青黄色に塗り分けられている↓このイメージ↓は、

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このイメージは、「国土」「国境」の意識の強い現代人にはわかりやすくしてあるものですが、実際の中世ヨーロッパにおける「ナワバリの境界」というのは地図に明確に線を引けるようなものではなく、また城砦や町が戦争や権利関係で取ったり取られたりということも頻繁におこりました。

 よって、どこかの「中央」にとってその「ナワバリの境界」がホンワリと存在しているらへんが「辺境」と呼ばれることになります。だから「誰のナワバリの話か」が変わればそこは辺境ではなくなるかもしれませんし、ましてや実際に暮らしている人間からすればそこが世界の中心です。領地が栄えているか否かとは直接関係ありません。仙台、栄えてる。地方の政令指定都市を田舎だとかいう者はおだまりなさい。

まあ中央から離れているわけですから、「辺境イコールド田舎」ということではないにしても、結果的に田舎だったということはもちろんあるんですけど。それでも「辺境伯」がいる場合、それは多くの場合「だった」です。実際には「ド自然の荒れ地」などではありません。

 

【辺境②】国境および前線である

 辺境が「ナワバリの境界」に位置しているということは、いわば国や勢力の「国境」であるということです。しかしこの「勢力の境界」という言葉、現代でいう「国境」とはずいぶん違ったおもむきのものなので注意が必要です。

 現代では、それぞれの国家をあらわす国土の領域や領海がほとんど地球の全土をすき間なく埋めていますが、古代や中世の国や勢力の領域はそういうミッチリしたものではありませんでした。いうまでもなく人間が文明をやり始めたときには自然に対して人間が自由にできる場所などチマッとしたものでしたし、中世になっても基本的に人間の管理する領域は「壁に囲まれた城塞都市」か「農村」の半径どんだけメートルと、あとは街道くらいにすぎませんでした。

広大な支配領域をもった帝国や王国があっても、色を塗ってある領域は配下の治めている町や村の点と点を結んだ多角形です。だから「別に誰もはっきり管轄しとらん荒れ地」のようなものがたくさん存在し、そこに山賊だの、怪物や魔女のいるような危険な森だのがあるのです。日本でも関ヶ原とか、『風花雪月』の作中でも鷲獅子戦がおこなわれたグロンダーズ平野とか、いちおう管轄的にはカスパルんちの所領ということになってはいますが、畑もやらんで何をしとんじゃこの野っ原は?(何もしとらん)みたいなところはいっぱい存在したのです。

ましてやほとんど山でできている日本の百倍平地の多いヨーロッパとかフォドラにはそういう土地があったわけで。世界の荒れ地の海の中に、城壁で囲まれた都市、牧草地に囲まれた農村がそれぞれ島のように浮かんでいるような世界観だったのです。

 

 前置きが長くなりましたが。

それでは、「海に浮かんでいる島」みたいなノリで各領地が存在し、今のように明確な領域の区分がないのならば、わざわざ「国境」として意識される辺境というのはなんなのか? 例えばイングリットんちであるガラテア領も王都フェルディアから遠く同盟領と隣接していますが、「辺境」と扱われないのはどうしたことなのでしょうか?

何が「境界」を形成しているのでしょうか?

それは、隣接する異なる「シマ」(まさにこれはやくざな方々的な用語でいうナワバリのことです)との活動範囲や文化ギャップや利害の衝突です。

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現代の日本も直面している外国人との葛藤のように、物理的な戦争のあるなしに関わらずそういう「シマ」の衝突面にはなんらかの「前線」が形成され、つねに異質との葛藤がおこなわれていることになります。衝突がおこることによってのみ、「境界」は意識されるのです。

ゴーティエ辺境伯領の場合はそれはわかりやすく北方の異民族スレン人との支配領土をあらそう戦争や牽制し合いですし、エドマンド辺境伯領の場合はそれは外国との取引をふくむ経済的・商業的なせめぎ合いであると考えられます。

境界線をつくる「衝突」の対象は利害を異にする敵や異文化であることが多いですが、「異民族への備えとしてここに城砦を置くぜ!」って決め、未来の辺境伯がそこの城伯に任じられた時点ではまだ「城砦を置くぜ!」以外に何もなかったりするので、最初は結果的にド田舎っていうことがあるのはそういう意味です。

 

【辺境③】大きな裁量を持つべき要地である

 異なる利害や異民族との衝突面が中央からしたらはじ~っこのほうで、最初はド田舎であることがままあるとしても、ゴーティエの家はスレン人と戦ったり交渉したり牽制したりしていかなければならないわけで、そういう境界との絶えざるにらみ合いをしていくためにはさまざまな力が必要ですから、いつまでも弱小ド田舎でいるわけにはいきません。良港を管理するエドマンド家も同様に、新興ですが急成長しています(せねばなりません)。当然の流れとしてかなりのパゥワァーをもつことになります。

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パゥワァーとは具体的には、まずいつなんどき小競り合いがおこるかわからないわけですから兵力となる人員、兵站となる備蓄や生産力、単純に言って富(とみ)~~!が必要ですし、武器防具やそれをメンテする腕のよい鍛冶職人もいるし、物資や人間が集まるわけだから周辺の流通もよくしておかないといけないし、そのへんをうまく回すための部下騎士団優秀な家宰や使用人、そして当主の統率力や周辺ににらみをきかせる存在感……。

ふう……。マリアンヌでなくても無力感におそわれるわこんなん……。

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 そして、これだけのパワーを持っている(持たざるをえない)だけでもすごいのですが、持っているパワーも素早く適切に使えなければ意味がありません。辺境伯領は中央からは離れているのです。異変がおこるたびに中央にうかがいを立てていたのでは前線のせめぎあいに対処できるわけがありませんから、「自分で考えて軍を動かしたり、大胆な行政をしたりしていいよ!」という大きな権限が与えられることになります。

こういう特別な大きな権限が与えられた地位こそが「辺境伯」であり、だから位置的な「辺境」でなくても交通の要所・文化経済の衝突地帯である領地の主に裁量をもたせる辺境伯位があたえられたりもしました。いわば日本の「大阪府」みたいなものですね。

 

「小王」辺境伯

 というわけで、「辺境伯」というのは場所ははじっこかもしれないけど(それだからこそ)相ッ当だいじなだいじなお家であることをひもといてきました。それで実はこの大事な辺境伯、地域と時代によっては公侯伯子男でいう侯爵になるんですよね。ハッキリと名門!!

しかも辺境伯領は「大阪府」みたいなもんとさっき言いましたが、大阪が「大阪都構想」と言っていたように境界と富と人と独自の裁量がモリモリな辺境伯領は「もう一つの国の都」のようなものになるのも必至で、中央としてもいつも前線に立って戦争でも経済でも戦ってもらってる以上「えらいね! 君んちはとくべつ名家! たすかるなあ~!」と高位に置いて称え、尊重する必要があるのです。領地によっては「大阪都」みたいにズンドコ権限と格式を高くしていきます(領邦君主といいます)

こういうところ、マリアンヌの「やり手の政治家である養父」エドマンド辺境伯はガンガン攻めてるのかもしれませんね。いずれ盟主エドマンド公や、もっというとレスター大公エドマンド家みたいなことがないとも限りません。

 現実の歴史でも、ずっと話題に出てる「神聖ローマ帝国」の中心となり「ヨーロッパ全域の王家」じみた名門として君臨したハプスブルク家のホームであるオーストリアももともとは異民族に対抗するための城砦の担当に設定された「オストマルク東方辺境伯」でした。その後このはじっこの小城主のおうちだった爵位は「オーストリア辺境伯」と名を変え、「オーストリア(「公国」の王様的なものです!)」になり、「オーストリア大公」、ついにはハプスブルク家が神聖ローマ皇帝を世襲するようにまでなっていったのです。

しかもこれハプスブルク家が抜きんでてヤバい出世頭だっただけっていうわけでもなく、他の辺境伯たちも多く「選帝侯」やら「大公」やらのやはり「国の中の国」の主に成長してるんですよね。大きな権限をもたされた領主というのはそうなっても何もおかしくないということです。これは日本でいうと「大阪」だけではなく、もともと北方の異民族蝦夷に対する平定軍の長官として設定された「征夷大将軍」が、やがて東国武士のトップをあらわす位になり、最終的には実務的には朝廷をしのぐ国政のトップ、事実上の王になっていったこととも似ています。

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つまり「征スレン大将軍」となるシルヴァンの力と出方しだいでは、弱体化したブレーダッド王家の運命もいかようにも転がりうるのが、「辺境伯」家のポテンシャルだということです。シルヴァンは殿下や幼馴染たちに愛着をもっていますし、まして自分こそが政治を転がすぜとは決して望まない男ですが、その力を持ってしまっているし、持たざるをえない。そしてシルヴァンはそれをよく理解して操作できる頭のよさをしています。

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シルヴァンが「嫌になるほどわかってる」と言うゴーティエの紋章の力と運命とは、そういうことも内包しているのだと感じてもらうと、よりコクと香りのある地獄や光を味わっていただけるかもしれません。

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 次回は貴族の最高位、「公爵」について書くよ! 「辺境伯」でさえ「国の中の国の王」っつってるのにこれ以上どうやってエラいことになんの!? それは実はフォドラの歴史成立の謎に触れる疑問だった……(的なこと書くかもしんない)!!

フォドラふしぎ発見

【追記】かけたよ〜

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