本稿では、『ファイアーエムブレム 風花雪月』の作中の「伯爵」位について考察、および中世ヨーロッパ的世界の貴族の爵位について解説します。
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ガルグ=マクごはん記事シリーズや紋章とタロットの対応描写の解説記事シリーズも全然途中なのですが、今度こそスナック感覚で食べられる記事をとおもいまして……。
今回のテーマは「伯爵」位です。
続きの「辺境伯」も書けたよ
「爵位」にまつわる混乱
『風花雪月』だけではなくさまざまなレトロなヨーロッパ上流風フィクション、昨今は「異世界転生もの」の中でもさかんに「ナントカ爵」という貴族の位は使われていますね。
いうまでもなくこのナントカ爵、現実にも存在する概念ですし、よくRPG的異世界としてイメージされる中世~近世ヨーロッパ風ファンタジーだけではなく『ベルサイユのばら』などの近代史実の貴族社会を描いた作品や、『はいからさんが通る』などの日本の明治・大正時代を描いた作品にも描かれています。その他イギリスなどには現代でもたくさんの爵位が現存していますが、われわれの住まう現代日本には制度上存在しないものです。
そのため一般的な日本人にとっての「爵位」はアメリカの人が「サムライ…」「ゲイシャ…」「スシ…」てロマンを感じてるみたいなもんなのですね。「スシ…」のほうがスシ-レストランが存在して何はともあれ酢っぱいコメと魚介をいっしょに食べてるだけ断然理解度が高い。サムラァイ… センパァイ(これも翻訳不能なジャパニメーション日本語らしいです)……
「日本? ゴールデンテンプルにニン-ジツを使うサムライが住んでるんだろう?」という"惜しさ"があるように、「爵位」も現代日本のフィクションを読み書きするわれわれの中で実はいろんなイメージがごっちゃになってしまいがちな概念です。
今回はそのゴッチャをかる~く整理してみますね。
「公侯伯子男(コウコウハクシダン)」?
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今回話の中心となる「伯爵」、『風花雪月』のガルグ=マク士官学校の担当学年の生徒たちの中で貴族階級の子女(特別な貴族位であるアドラステア皇家、ファーガス王家は除く)14人のうち6人がこの伯爵家の子であり、最多となっています。
伯爵の位がどんなものなのか考えるときに、日本には「公侯伯子男(コウコウハクシダン)」という言葉があります。当方は家の者が古いタイプの権威主義者なので太陽系の惑星「すいきんちかもく…」とかより前にこの言葉を覚えさせられ「士族が…」だの「華族が…」だの言われて育ったのですが、この「こうこうはくしだん」は貴族の五等爵、上から順の序列をあらわします。
すなわち、「こうこうはくしだん」に従うならば「公爵」というのが一番エラい貴族で、「侯爵」がそれに次ぐ名門、「伯爵」は中くらいのやつということになり、なんだ大したことねえなって。いやいやいやいや
じゃあなんでカスパルの親父「ベルグリーズ伯」は帝国軍の大将軍で、
なんで「なぜなら、この僕は名門貴族ローレンツ=ヘルマン=グロスタール(伯爵家)だからね!」なのかっちゅう話ですよ。
ローレンツがアホだという話ではない。ほんとうにグロスタール伯爵家は名門貴族なんですよ。
それならコウコウハクシダンってなんなの?
各国の爵位システムの混同
この混乱には、世界各国・各時代でも異なる爵位の扱われ方がかかわっています。
とくに一般的な現代日本人の感覚に影響をおよぼしてそうな大まかなところをひもといていきますね。
中国の五爵
そもそも「こうこうはくしだん」って「公爵」と「侯爵」が音で区別できないの不便極まりないと思いません? もちろんヨーロッパでは別の言葉ですからいいとして、漢字を当てたやつは馬鹿では?
馬鹿ではありません。なぜなら「公」と「侯」は読みが違うからです。「国家」をあらわす「公」はgōng、「貴人高官」をあらわす「侯」はhòuと読みます。すなわち、中国語です。
五等爵「公侯伯子男」は中国の「五爵」から日本に輸入された言葉です。ていうかその中国の五爵、人間のランク付けとして使われたのはなんと夏王朝のころであり、夏王朝ですよ夏王朝!! 考古学的に中国最古の王朝である殷王朝のさらに前身であるといわれている夏王朝、甲骨文字より前の時代ですよ。だから行政の記録なんて残ってるわきゃないので、これは儒教の経典に書いてある神話上の一流君子格付けチェックです。
たぶん「男爵」で椅子がパイプ椅子になるぐらいの感じです。
奈良時代に「律令」が輸入されて貴族に官職があたえられるようになりましたが、それはマジで施行されていた法律や行政のやり方が輸入されていたので実際的なものでした。しかし明治時代に輸入されてきたこの「五等爵」は「帝は皇帝、エンペラーであるとして、華族の格に欧米列強みたいに名前をつけよう! 格式ある古典を典故にして~……」つって引っ張ってきた「なんかいい感じの格付けの名前」にすぎないということです。「令和」みたいなもんですね。
なので日本の五等爵は「欧米列強にあわせてなんかそれっぽく名前を整えたやつ」であって、 西洋の爵位システムとは直接関係ない。
イギリスの世襲貴族
ていうかグロスタール「伯爵」家が「名門貴族」であるように、貴族ってエラさにおいて5等分に区分できるってものではないのですが、明治・大正期の日本がそんな神話ワードを引っ張ってきてまで5つの区分をしたことは、世界の中でいうとしいていえばイギリスに似ています。
イギリスにはほぼちゃんと「公侯伯子男」と訳すことのできる大別して5つの・順番通りに格が高い爵位が存在しています。イギリスにおいてはほんとにこれは貴族んちの家格の高い低いを意味しています。公爵は王族に準ずる貴族の最高位であり、男爵の下の方は貴族というより騎士層となります。まあ貴族と騎士の違いとか時代による変化とかもめんどくさいんですけども……。
このイギリスの、爵位がエラさによって上から順番に分けられてるよ~という感覚がかなり現代日本人にはしみついています。なぜかというと、貴族と平民の超格差社会がゆるんでいく過渡期を描いた『シャーロック・ホームズシリーズ』や、さきほどリンクを貼った『エマ』に克明に描かれているような「メイド」「執事」といった貴族屋敷の使用人への萌え、『ダウントン・アビー』などの貴族の家のゴタゴタ人間ドラマはまさにイギリスを元ネタとするものだからです。日本人はそれをだいぶいっぱい摂取しています。
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別にいいじゃんしみついてても、現実に正しいんだから。正しい! ダウントン・アビーを見、『アンダーザローズ』を読もう。
しかしそれはイギリスの制度であり、『風花雪月』、そして多くの『RPG的中世ヨーロッパ風ファンタジー』の社会のモデルになってんのは基本イギリスじゃねえんだな。
ローマ/神聖ローマ帝国圏の諸侯
『風花雪月』の世界で「イギリス」は「アルビネ」であり、脇~のほうにあります。「アドラステア帝国」を中心とする「フォドラ」とは「ローマ帝国/神聖ローマ帝国」を中心とする「ヨーロッパ」であり、その爵位の感覚はヨーロッパ中世にヨーロッパで領地や位をめぐって長いことドンパチ戦国時代していた「諸侯」たちと共通するみたいです。
根拠としては、帝国貴族の基本のネームルールが「名前=フォン=領地名」というドイツ(≒神聖ローマ帝国の中心地)語をもとにした「どこどこの領地を担当する家のなになにさん」という意味のものであること、またこのドイツ語圏にのみ本来存在する「辺境伯」という爵位が存在すること、あたりです。「辺境伯」についてはまた別記事をたてたいとおもってます。
「伯爵」が基本
この「ヨーロッパの爵位」がイギリスの「公侯伯子男」区分けと何が違っているかというと。ドイツ語の公爵Herzogはもともと君主を、伯爵Grafはもともと地方知事的なものをあらわすローマ帝国の位で、そのほかは時代が下るにつれて追加されていった位だということです。
まあイギリスにも爵位の創設順序はありますけど、要するにヨーロッパの爵位の考え方では「皇帝や王から領地を認められ、任されている領主・臣下」という「いわゆる貴族」は基本的にはみんな「伯爵」だということなのです。なのでちょっと違った位である辺境伯も辺境「伯」という言い方になるのですね。
なのでアドラステア帝国の「七貴族の乱」で国政の実権を皇帝から奪った宰相エーギル公爵家以外の有力貴族たち、軍務卿を世襲するカスパルの親父や内務卿を世襲するリンハルトの父親、教務卿を世襲するベルナデッタの父親もみんな「伯爵」であり、ヨーロッパの爵位における「伯」は「中くらいのエラさ」ではなく「貴族の基本の形態」、むしろ「そうじゃないやつのほうが特殊」と考えた方がいいということなのです。貴族の基本形態を守るローレンツ=ヘルマン=グロスタールだからね。
「基本じゃないやつ」
「伯」がつまり「領地を任じられた者」の意味であり、名門もそうじゃないのも含まれる「貴族の基本形」なのだという話をしてきました。では「基本じゃないやつ」は数も少ないので、最後に挙げて次回予告としたいとおもいます。
公爵家
・エーギル公爵家嫡子 フェルディナント=フォン=エーギル
・フラルダリウス公爵家嫡子 フェリクス=ユーゴ=フラルダリウス
・リーガン公爵家嫡子 クロード=フォン=リーガン
・ゴネリル公爵家令嬢 ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル
侯爵家
・ベストラ侯爵家嫡子 ヒューベルト=フォン=ベストラ
辺境伯家
・ゴーティエ辺境伯家嫡子 シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ
・エドマンド辺境伯家養女 マリアンヌ=フォン=エドマンド
男爵家
・ドミニク男爵家親族 アネット=ファンティーヌ=ドミニク
この中で「ベストラ侯爵家」は「皇帝のそばに仕え、領地をもたない特殊な貴族」とされるので、「領地任じられてる伯」とは違った特別な高位として名誉的に侯爵という言い方に該当するのだとおもわれます。アネットの「ドミニク男爵家」はヨーロッパの考え方的にもチマッとした最下位の貴族であることは変わらず、なんで十傑の子孫がそんなチマッとしてるのかはわかりませんが、青獅子の学級ではアネットのことがいろいろわかるでしょうから、王国ルートをやったらなんかわかるのでしょうか?
「子爵」がいないのはそれが「男爵の上にもう一個ぐらい間とったやつほしいよな」という感じでイギリスで追加された「サブ伯爵」みたいな爵位であり、ドイツ語圏には存在しないからと考えられるので、たぶんフォドラにはないんじゃないでしょうか。【追記】ドロテアが話してたから子爵あった
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というわけで次回は、「公侯伯子男」に存在していないように見える一番耳慣れない爵位「辺境伯」について話したいとおもいます。中世くらいのヨーロッパのようすがよく描かれている作品にはたまに登場するこの辺境伯(上に貼った『マロニエ王国の七人の騎士』では王国の王位継承者であるお姫様がお忍びで男装するとき「辺境伯」を名乗っています)、字のごとく「ド田舎貴族」って意味なんでしょうか?
みんな大好きシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエをお楽しみに。続きはこちら↓
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