湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

「皇帝」アルカナのキャラモチーフ―ぺるたろ④

本稿はゲーム『ペルソナ』シリーズとユング心理学、タロットカードの世界観と同作の共通したテーマキャラクター造形とタロット大アルカナの対応について整理・紹介していく記事シリーズ、略して「ぺるたろ」の「皇帝(Ⅳ The Emperor)」のアルカナの記事です。歴代の「皇帝」アルカナのキャラ、真田明彦、小田桐秀利、巽完二、喜多川祐介の描写の中のタロットのモチーフを読み解きます。目次記事はこちら。

 

『女神異聞録ペルソナ』『ペルソナ2罪』『ペルソナ2罰』『ペルソナ3』『ペルソナ4』『ペルソナ5』およびこれらの派生タイトルのストーリーや設定のネタバレを含みます。今回の記事では『4』『5』で指定されたことのある公式のネタバレ禁止区域に関するネタバレは含みません。

ちなみに筆者はシリーズナンバリングタイトルはやってるけど派生作品はQとかUとかはやってない、くらいの感じのフンワリライト食感なプレイヤーです。

↓前置きにペルソナシリーズとユング心理学とタロットの関わりの話もしています↓

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2023年1月19日『ペルソナ3』『ペルソナ4』がリマスター発売しましたので、逆に(?)ペルソナ3「フェス」のほうの読解実況動画を配信完結しました(アイギス編含む)。よかったらチャンネル登録よろしくね。

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 以下、タロットとユング心理学の関わりや大アルカナの寓意についての記述は、辛島宜夫『タロット占いの秘密』(二見書房・1974年)、サリー・ニコルズ著 秋山さと子、若山隆良訳『ユングとタロット 元型の旅』(新思索社・2001年)、井上教子『タロットの歴史』(山川出版社・2014年)、レイチェル・ポラック著 伊泉龍一訳『タロットの書 叡智の78の段階』(フォーテュナ・2014年)、鏡リュウジ『タロットの秘密』(講談社・2017年)、鏡リュウジ『鏡リュウジの実践タロット・リーディング』(朝日新聞出版・2017年)、アンソニー・ルイス著 片桐晶訳『完全版 タロット事典』(朝日新聞出版・2018年)、鏡リュウジ責任編集『総特集*タロットの世界』(青土社・ユリイカ12月臨時増刊号第53巻14号・2021年)、アトラス『ペルソナ3』(2006年)、アトラス『ペルソナ3フェス』(2007年)、アトラス『ペルソナ4』(2009年)、アトラス『ペルソナ5』(2016年)、アトラス/コーエーテクモゲームス『ペルソナ5 スクランブル』(2020年)などを参考として当方が独自に解釈したものです。

風花雪月の紋章のタロット読解本、再入荷してます。

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今回は「言葉」「理屈」を司るアルカナなのでめちゃくちゃ長ぇぜ! 気をつけろ!

 

『ペルソナ』シリーズの中の「皇帝」アルカナ

 ペルソナシリーズは第一作『女神異聞録ペルソナ』からタロット大アルカナになぞらえてキャラクターをデザインしてきました。特に一作で大アルカナすべてにキャラクターが当てられるようになったペルソナ3以降は「今回の〇〇アルカナ枠」みたいな「キャラ枠」の見方をすることができるようになってて、ある程度役割の文脈をみることができます。戦隊ヒーローで赤がリーダー主人公みたいなやつ。

その「役割の文脈」の中で、キャラクターたちの「群れ」には必ず必要とされる「力強く共同体を守ろうとする勇気」「男性的な理屈と判断力」の役割を表現するのが、「皇帝」のアルカナのキャラクターです。

以降、当方が考える『ペルソナ』シリーズの作中で「皇帝」アルカナモチーフとして描写されてるっぽい重要なところ赤字で表記します。

 

 ペルソナシリーズにおいて「皇帝」アルカナのキャラクターは「魔術師」「女教皇」と同様パーティーメンバーに配置されやすいです。上記のように、「群れ」、パーティーという集団が4~5人以上に形成されてくると必ず「リーダー」や「矢面に立つ係」の「役割」があらわれてくるからです。そうした「役割」を、勇気責任誇りをもって引き受けることにした心強き者……それこそが「皇帝」の男たちです。

アルカナの構造的な話をすると、「魔術師」「女教皇」「女帝」までの世界は、自分とその内面、愛し育んでくれる環境……という感じでしたが、「皇帝」になるとついに「家族」という社会があらわれ、社会の中で必要とされた役割を担当し、リスク含めてロールプレイしていくという、まさしく「ペルソナ」的な人格のありようが意識されはじめます。

ペルソナシリーズの中の「皇帝」キャラたちはかなり個性が強烈にバラけトンガっているようにも見えます。それは彼らが「強い」から、覚悟して突き進むからです。「皇帝」のキャラクターたちは、要はマッチョなのです。

「マッチョイズム」(マチズモ)という言葉がしばしば「男性中心主義的な価値観」の批判文脈で使われるように、マッチョさは体格や肉体的強さにだけあらわれるものではありません。彼らが「担当しようとしている役割」の微妙な違いによって、その力強さは違ったあらわれかたをします。

 

「皇帝」の元型

 まずはカードを見てみましょう。

 左が一般的に「マルセイユ版」と呼ばれるもののひとつ、右が「ウェイト版(ライダー版)」と呼ばれるデッキの「皇帝」のカードです。

そして『ペルソナ3』『ペルソナ4』で使われたオリジナルデザインのカードがおおむねこんな感じ(ぼのぼのさんの作成。ゲームで使用されたデザインそのままではありません)。このオリジナルデザインのことを以降便宜的に「ペルソナ版タロット」と呼びますね。

『ペルソナ5』ではUI全体のデザインに合わせマルセイユ版をベースとしたカードに変わってますが、ペルソナ版タロットはかなり大胆にシンプル化するアレンジがされているので、制作側がカードの本質をどうとらえているのかがダイレクトに伝わっくる~~。

共通して描かれているモチーフはパッと見少ないです。これ以外のさまざまなタロットの版でも、実際のモデルがいたりその当時の王者っぽさを盛り込んだりと見た目は多彩ですが、とにかく堂々たる「王者」がいるので表現バラバラではありません。あと、マルセイユ版ではひとつに融合してるのでわかりにくいですがペルソナ版タロットの左側の杖のようなもの「王笏(おうしゃく)」と右側の丸いもの「宝珠」ですね。王笏は実際的な指揮権、政治権力を意味し、宝珠はその権威が神からの承認を得ていることを示します。

そして、ウェイト版とペルソナ版には「甲冑」「四角」い背景が目立ちます。甲冑は君臨するだけではなく実際的に戦う王であることを示します。これは次のアルカナ「法王」との対比です。「法王」は基本俗界で戦ったりはせず、現実世界より高位の精神・宗教世界からの権威を放つ存在です。

ヨーロッパの伝統的世界観には「戦う騎士である王侯貴族」と「キリスト教会組織」という、絡み合いつつも別の二系統の支配者がいました。これが「皇帝」と「法王」の元ネタです。インドのカースト(ヴァルナ)でいうクシャトリヤ(武士王族層)とバラモン(聖職者層)、日本でいうなら中世以降の守護地頭や大名武家(実効支配層)と天皇家(祭祀王)の違いと似ています。

西の方からあーだこーだ言ってくる平家の公達(きんだち)にへつらうのはやめて実際に領地を治めてる坂東武者の世を作るんじゃ!(鎌倉殿ほんとおもしろいな~)

また、硬い甲冑に覆われた逆三角形の体形や四角い玉座は丸みを帯びて優しげで有機的であった「女帝」と対照的ですね。つまり「皇帝」とは「くつろいだ家庭で部屋着で飯を盛ってくれる全肯定カーチャン」の真逆、「厳しい顔とお叱りで家の中を引き締め、いつでも外の仕事と戦える、臨戦態勢カミナリオヤジ」です。24時間戦えちゃうやつ。

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しかし、もちろん「24時間戦えますか」はとっくに死語なわけで、そんなことしてたら人生はぶっ壊れるわ家庭にも社会にも迷惑でしかねーわということがすでに知られています。「はるか世界で戦えますか」どころじゃねえんだわ。先進国の優秀なビジネスパーソンはいっぱいバカンスとって家庭生活するんだわ。

「皇帝」は「カッコいい強い父の背中」でありながら、だからこそ、そういう脆さひとりよがりやせがまん、「魔術師」アルカナの少年のドアホぶりとは違った「男の馬鹿さかげん」を、アタマ大盛りで含んでいます……。

 

力・行為・言葉のアニムス/老賢者

 タロット大アルカナの中でも「最初のほう」、つまり1番~7番くらいまでの段階のカードは特に誰でも覚えがある神話的な人物像(ユング心理学では「元型」と呼びます。ユング心理学や元型とペルソナシリーズの関わりについて詳しくはこちら)が描かれていてわかりやすく個性的なため、『ペルソナ』シリーズの仲間キャラクターは伝統的にこれらの神話的な元型から作られています。パンチがきいてて誰にでもわかりやすいからな。

そのユング心理学の元型でいうと、「皇帝」は「魔術師」と似て非なる「アニムス」、そして「法王」と分担する「老賢者」です。

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 この記事はユング心理学メインの記事じゃないのでサラッとやるのですが、「アニムス」とは一言で言うと「(女性の)心の中にある男性イメージ」のことです。逆のものは「アニマ」。

女性の心の中の、と定義されてはいますが、要は「男性ジェンダーらしい"よさ"ってこういうものだよな」とみんながイメージしている像のことです。「魔術師」アルカナには少年ヒーロー的な「力のアニムス」と「行為のアニムス」が宿っていますが、「皇帝」アルカナには大人の男としてのマジェスティックな「力のアニムス」意思や意識の高さ、リスクをとる勇気としての「行為のアニムス」が宿ります。

それに加えて、「皇帝」には「言葉のアニムス」も重要な要素です。言葉のアニムスは言葉といっても魔術師の得意とする要領のいい口八丁ペテンのような感じではなく、ロゴス(logos)=論理性や合理性の力、数学やディベートの力です。

 

 そして、「老賢者」元型はどうしても「法王」や「隠者」アルカナのようなおじいちゃんを連想しがちですが、要は「父なるもの」という意味です。特に皇帝にあらわれているのは間違ったことや退行を批判し、居心地のいい母と子の世界を切断・分離し、子を正しい方向へ、前へ前へケツ蹴って進ませてやがて子に倒され乗り越えられるという家父長的な特徴です。

こうした「父なるもの」は、「グレートマザー/テリブルマザー」がそうであったように多くの物語の秩序を先導したり、最終的に克服されたりします。最近の作品では『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のデリング総裁がまさにそういう存在ですね。

家族を守るためとはいえいつも冷たく厳しい顔で、強権的で、四角四面で融通がきかず、話せば正論パンチでねじふせてくる、「私には力がある、おまえにはない」っていつも頭をおさえつける煙てぇクソオヤジ……それが「皇帝」にあらわれている「父」の元型です。

 

『ペルソナ3』真田明彦

 真田明彦、高校三年生で主人公の学校の先輩。ペルソナ使いの仲間です。

常勝無敗のボクシング部エース部長。おまけに美形でもあり、女の子たちにキャーキャー言われまくっている学園の有名人ですが、本人はそのような世間のチヤホヤはどこ吹く風

中学のころからペルソナ使いにスカウトされ3年もシャドウと戦い続けているベテランで、もっとベテランである美鶴と合わせて特別課外活動部の中では「お父さんお母さん」のような保護者・監督者役割を果たしています。まさしく「皇帝」と「女帝」の立ち位置ですね。

冷静かつ明晰、強力に後輩たちをリードしてくれる……のですが、強いシャドウとの戦いを面白がっているふしがあります。「皇帝」ということで↓コイツ↓と同じか……。

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孤高の強者

 真田は物心つくかつかないうちに両親を亡くし、孤児院を経て裕福な家庭の跡継ぎ息子として引き取られました。美しいルックスと冴えた頭脳と身体能力を生まれ持ち、修羅場をくぐった者の覚悟上流階級の教えによる品位を兼ね備えた彼は、美鶴と同じく高校生離れした王者の風格をただよわせています。

そんな完璧超人であるはずの真田が持つ『ペルソナ』キャラらしい「性格の不均衡」の個性は、「力」「勝利」への固執です。

これだけ続けていて激つよな競技に対して「思い入れはない」ときたもんだ。どうする?イチローとか大谷くんとかが「別に野球自体に思い入れはない。ボールを投げられるなら何でも良かった」とか言い出したら。こわ。

真田は「素手で(つまり、どんな状況でも)」「一人で」「強い人間になる」ことをシステマティックに目指しており、競技はその手段にすぎません。「魔術師」の順平と違って強さに近道や魔法はないと知っているため、ルールやスタイルは真面目に学びますが、ボクシングを極めたと判断したらそのジャンルで地位を築いたりせず無差別格闘とかムエタイとかでも始めるでしょう。「一人でも戦える強い人間になる」ために必要なこととして当然のように頭や戦略も鍛えており、弁も立ちます。論戦も強い

その言語能力は「強さ」に全振りしているため、品性や語彙力やきっぱりとした物言いや理屈には秀でていても雑談力のような他者と感情交流する能力がすっぽり抜け落ちており、なんか……仕事はめちゃくちゃできるけど部下と個人的コミュニケーションをとれない上司のような哀れをさそいます。特に『P3P』の女主人公との乙女ゲー的やりとりでの不器用天然さは必見。取り巻きの女生徒たちとも全くと言っていいほどコミュニケーションをとっていません。取り巻いてる側も肝が太いよな。

「力」を鍛えるためなら真田は努力を惜しまないどころか、強者との戦いを恐れずガンガン望みます。戦ってどこまでも強くなることだけが真田のライフワーク。しかし、悟空さのように戦うのが楽しいわけでもフレイザード様のように勝つ優越感が好きなわけでもないのに、戦って、勝って、強くなって、それを繰り返して……それでどうしようというのでしょうか?

「力」や「勝利」を求める戦いには、本来目的があるはずです。強くなって何を手に入れたい、誰かに勝ちたい、どんなふうに認められたい……とかね。

真田にも力を強く求め始めたきっかけがありました。かつて孤児院が火災にみまわれ、取り残された幼い妹を助けに行こうとしても「子供だから」と抑えられて何もできず失ったことです。明彦少年は天からバケツをひっくり返して火を消す魔法の力が自分にないことではなく、引き留める大人の腕を振り切る力さえない、子供と言われても仕方がない自分の非力さのほうを憎んだのです。

今や真田はそんじょそこらの大人の男よりもはるかに威厳と腕力をもち、誰も彼を小さな子供扱いし得ないでしょう。本来の目的はどう見ても達成されているはず。なのに、真田は力を、力をと走り続けることがもう生活スタイルになっています。

「皇帝」は力と理屈が自己目的化し、いつしか剣を無限に磨くことが視界の中心となります。何のため、誰のため、自分のどんな幸せのためにその剣を握ったのかを忘れて……。

 

裸の王様

 真田が一見完璧な強い人間のようでいて、力の無限磨きにばかり気をとられ大事なことを忘れがちであることは、初期ペルソナの姿にも暗示されています。初期ペルソナには特に、個性の不均衡状態やその人の心の傷のようなものを(ときに残酷に)表示する機能があります。

真田の初期ペルソナ「ポリデュークス」です。なにこれ……。とてもこの完璧美形のペルソナとは……。逆三角形ってレベルじゃねーぞ……。

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ポリデュークスは「ポルクス」という名のほうがよく知られている、ギリシャ神話の人物です。人間の姫君と大神ゼウスを親にもつ半神の王子で、特に拳闘を得意とする「ボクシングの神」として有名ですから、真田自身はこのペルソナを誇っています。

しかし真田のイメージするポリデュークス、強い自分像は見ての通り筋肉ムキムキですが体のバランスがおかしく、頭が筋肉に埋もれ手元足元がおろそかなさまが滑稽なほどです。拳?も、純化された力を求める真田らしくグーではなく注射器のような先鋭化した威力になっています。この見た目の不思議な気持ちの悪さは心や現実の問題から目を背けて力に傾倒してしまっている真田の状態のあらわれです。

まったく楽しそうな顔しやがって……

『ペルソナ3 リロード』 Anime Expo 公開映像 - YouTube

 

 作中で真田は戦いと強さを求めてルンルンで突っ走っているとき、またも大切な人を失います。しかも、「これが正しいはずだ」と自分の突っ走りに大事な人を付き合わせたり、感情という足元をおろそかにしたりしたばかりに……。いくら強くなっても、それでは最初に願った「大切なものを自分の手で守る」ということは叶えられなかったのです。

実際、強い「父」は「家族を守るため」と言って外で働いたり、家族に規律をほどこしたりするあまりに家族の生活や気持ちを無視し家庭の崩壊さえ招いてしまうものです。「剣を握らなければ おまえを守れない 剣を握ったままでは おまえを抱き締められない(BLEACH)」とはまさにこのことですが、大切なものを失うまで真田はその矛盾に気付いてすらいなかった……、いや、気付かないようにしていたのです。寓話の中に登場する「皇帝」の逆位置、滑稽な王様や暴君たちはこうした力や理屈に突っ走る男性性の哀しさを描いています。

強さを求める「皇帝」は、自分の「やわらかい心」を取り扱うことが苦手で愛するものとまともに向き合うとアワアワと狼狽してしまいます。王者としてはそんな格好悪い自分を許すこともできないので、「フン、私は高潔な理想に忙しいのだ」とか言って目をそらすことで自分の殻を守ろうとします。愛から無意識に逃げてしまうのです。このあたりは『ファイアーエムブレム風花雪月』における「皇帝」アルカナに対応するキャラも同じ感覚ですね。

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 人生の中の感情や不条理に向き合うことから逃げるために力の追及に走ってしまう自分と向き合い、からっぽの鎧ではない「本当の覚悟」「本当の強さ」を生きる決意に目覚めた真田は後期ペルソナに覚醒します。それこそは神ならぬ人の名から出て「皇帝」を意味する言葉、概念となった「カエサル」。均整がとれ理知と思索を胸に宿した最高にカッコいい王者のペルソナは、リメイク『P3 RELORD』でキミの目で確かめろ!!

p3re.jp

 

『ペルソナ3』小田桐秀利

 小田桐秀利、高校二年生で主人公の同級生。ペルソナとかそういうことは知らない一般人で「コミュニティ(通称「コミュ」)」キャラクターの一人です。

黄色い腕章に書いてある通り「風紀委員」であり、あんま言われませんが生徒会副会長でもあります。言っちゃ悪いが表情も髪型も鼻もちならない政治家のオッサンであり、シリーズファンの頭には↓コイツ↓がよぎるしかないんよ

風紀をきびしく律するハンニャ(『女神異聞録ペルソナ』の学校の教頭、『ペルソナ2罪』の学校の校長)の図。さてはおまえもハンニャと同じように、学校風紀の名のもとに生徒を管理・支配し君臨しようとする権威主義者だな~!?!?

真田は「力」をもって弱者を守ろうとする王者でしたが、小田桐はこの政治家オッサン的見た目どおり、「政治」「秩序」によって民草たちを統治しようとするほうの「皇帝」の代表的側面を顕著に示します。

 

善き羊飼い

 コミュのストーリーにおける小田桐の性格の特徴は、「自由(無秩序)に規律(秩序)をしく」ことと、「理想を実現するための権力を求める」ことです。これが絵に描いたようなど真ん中「皇帝」像だぜ!

自由な校風の都会的な高校には、夏の雨の後の草のごとくモッサモサに生徒たちの個性や行動が繁茂します。それらの伸びやかな大爆発を前に、剪定ばさみを持って四角く切りそろえてくる存在が「風紀委員」です。まったく空気が読めてない、現実のナァナァなゆるさや情を完無視して「校則違反だ」と言ってくる。

「風紀」とはすなわち「しつけ」です。ヒトの子供はしつけなしには元気な動物から理性的な人間に成長することはできません。人として正しい範囲、学生として適切なふるまい、自分を律せるようになるために学ばなければならない我慢……。そういう理想を上から口うるさく言われるのは子供の感情からすればひたすらケムたいですが、本人の将来のために「なくてはならない押し付け」です。

小田桐も四角四面に規律を正し、ファジーな「あそび」がなくガン詰めしてくるために生徒みんなにうっすら、いや、かなり嫌われていますし、評判を自分でも知っています。それでも自分の仕事だと思ったことの追及をやめません。

「周りが嫌がってるのわかってるなら態度を軟化させろよ、このわからずや」と呆れるところでもありますが、実際のところ十代の若者が周りの評判の悪さに揺るがずにまっすぐ立つなどそうそうできることではない、小田桐のすごいところです。現実的に・感情的に嫌われることにうろたえず、守るべきもののために役割を果たす勇気は、わからずやの朴念仁に見えても、「父なるもの」「父性」が持つべき美徳でもあるのです。

ちなみに、「父性」「勇気」とは言っても小田桐は背は高くても肉体的威圧感を発するタイプではなく、高圧的ではありますが声や口調を荒げることは決してなく、「現実の男性の表面的な荒々しい男っぽさ」をもたないのも特徴です。思い通りにならないことに怒鳴ったりするのは男らしさではなく子供っぽさや動物っぽさ。真の男らしさとは冷静に理詰めで説明し、間違いも認め、問題解決する紳士のマジレス力(まじれすぢから)なのですね。

ぼくは本当の紳士を目指しているからだ!

 

 小田桐は、クッソ上から目線でわからずやで一般生徒をナチュラルに無能扱いですが、小悪党であったハンニャ教頭/校長とは違うところがあります。彼の望みは「民衆を管理し君臨すること」ではなく、「民衆が幸せになれる世界を作る(そうではない現実を正す)こと」であり、権力を得ることはそのための手段や経路にすぎない、というところです。

「自由な校風」などといっても、実際のところ多くの中高生にはまだ本当に自分のしたいことやすべきことを自由に決められる能力などありません。そういう弱い若者は放っておけば低きに流れ、目標を持てず、悪知恵のある奴らに使い捨てられたり、知らんうちに半グレに吸引されて人知れずコンクリ詰めになったりもするでしょう。つまり、「風紀」が守られず秩序がはたらかない世界で割を食うのは結局弱く愚かで小さい者たちです。小田桐は過去の経験からそのことを知り、そんな不正義な社会を憎み、皆を理不尽から守る者に、自分こそがなると決意しているのです。

そのためには、校内社会であれば「教師たちにも影響力のある生徒会長」のような強力な政治のトップにのし上がり、トップダウンで理不尽な慣習や法の穴を塞ぎ、理想を示して迷える子羊を導かなければならない……と、小田桐は考えていましたが……。

 

大いなる天の父

 権力を手に入れるために、教師から依頼された校内のトイレでの未成年喫煙事件の犯人捜しにいそしんでいた小田桐は、結局勢いよく教師に逆らい権力のイヌをやめることになりました。「犯人は退学させる」という学校側の方針、「主人公の素行に怪しいところがあるから被疑者リストに加えろ」という教師の圧力に疑義を抱いたためです。

小田桐は「犯人を見つけ取り締まるのは再犯を防いで更生のきっかけをつくるため」だと考えています。善き父というのは、不出来な子を切り捨てるのではなく叱って言い聞かせて正すものです。しかも、自分を受け入れ支えてくれた信頼すべき人間である主人公を少々の素行不良でブラックリスト入りさせると聞いて、彼は自分がやっていた極端な秩序主義がいかに大事なことを切り捨ててしまうものだったか、守るべきものを傷つけていたかに気付いたのです。

 

 小田桐が理不尽と戦おう、力を得ようと強く思うようになったきっかけは、「地位も力もない人間が信頼を勝ち得て社会に貢献する方法は、真心(まごころ)だ」と教えてくれた父親が権力の理不尽にプチッと潰された苦い経験からでした。尊敬していた父の挫折から、「真心ではだめだったんだ、きれいごとでは勝てず、誰も守れないんだ」と小田桐は父とは違う「強い父」を目指しました。しかし、力なき真心が勝てないということ以上に、真心のない力で勝って、上に立って、いったい何を守れるでしょう? 小田桐が負け犬だと思おうとしていた父は、たとえ挫折したとしても大事なことを信じようとする勇気を持っていたのです。

 なぜ秩序が必要なのか、本当に大事なことを思い出した小田桐の熱意に、喫煙事件は意外な結末を迎えました。小田桐を少し信頼してくれたのでしょうか、「犯人」がこっそり名乗り出てきたというのです。もともとは教師にチクッて退学にさせる予定だったのに、小田桐は彼と向き合い、もう未成年喫煙なんてするなと情理をつくして説得しました。わかったよ、もうタバコはやらない、と「犯人」は使っていたライターを小田桐に預けました。

「はみ出した者はみんな不出来で疑わしい」という四角四面な「風紀」から見れば、100円ライターなんてまたいくらでも買えます。「もうやらない」なんてケムたい小田桐から逃げるための嘘かもしれません。それでも小田桐は信じる勇気をもったのです。弱く、間違いを犯す子羊たちも、きっと変われる。また間違うことがあったなら、何度だって真心をもって叱ろうという、本当の父の勇気を。

(小田桐のお父さんのイメージ映像:アバン先生)

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小田桐はその後「政治家」ではなく「教師」になることで世界を良くしていこうと志すことになるのですが、小田桐の皇帝的理想と「教師」という生き方の関連は↑上の記事↑の「天の白虎―絶対紳士」の項でかなり似たパターンのキャラクター分析をしています。「天の白虎」は『遙かなる時空の中で』シリーズにおける「皇帝」アルカナみたいなもんです。

 

『ペルソナ4』巽完二

 巽完二、高校一年生で主人公の学校の後輩。ペルソナ使いの仲間です。

「族のグループを一人で潰した」とかなんとかのフダ付きの不良。風貌や態度が怖くて体格もいいため誰も好んで近付きませんし、たいていの大人にもレッテルを貼られて迷惑扱いされています。町の商店街の呉服屋の息子で、彼に普通に接するのは母親や近所の幼馴染くらい。

連続殺人事件の謎を追う「自称特別捜査隊」の中では、推理や情報収集ではなく特攻や凄味きかせ役として活躍します。

こうして見ると「強そうな男性である」という以外に目立った皇帝要素はないようでもあります。皇帝的な人物像が「後輩」っていうのもなかなかないことですしね。『ペルソナ3』で真田と小田桐という皇帝概念の粋を極めた二大巨頭をやってしまったうえ、『ペルソナ4』は主人公が父性的なリーダータイプとして描かれているため、実は完二は「皇帝」アルカナの普通は描かれない部分を担当することになっています。深まる~~。

 

毒のある薔薇

 完二といえばシャドウの衝撃的な挙動です。

詳しくはなんかあのアレなので画像に代えさせていただくのですが、シャドウ完二は男性性を極端に暴走させた「薔薇」「マッチョ」な世界を作り出していました。「女は嫌い」「男だけがいい」と言い、ホモフォビックな男性が恐怖をおぼえるようなセクシーな仕草をして「男らしさとは何か?」を問います

シャドウの作るテレビの中の世界は大衆の「見たい」欲望が混ざっているので表面的にはゲイカルチャーのステレオタイプを悪ノリ茶化しているようにしか見えませんが(陽介も延々茶化すな)、シャドウ完二は男性ジェンダー固定観念への疑いや、男性の生きづらさ問題(メンズリブ)を訴えています。「みんな男らしくマッチョマッチョしようぜ!」ではなく、逆に「なんで男が全員『男らしい』範囲に入ってなきゃならないんだ!」「『怖い』と言われたり『ナヨナヨ男らしくない』と言われたり、いったい俺は何者なんだ!」という行き場のない苦しみエネルギーが、なんやかんや大変なことになってシャドウ完二になったのですね。

完二は実はカワイイものや手芸が好きです。ジェンダー規範の中では「女性的」とされるような繊細な感性を持っており、本当は自由にそれを表現したいのですが、彼は男で家は田舎。「ピンクは女の子の色なんだよ! 男の子はこっち」「男の子がそんなの作るなんて気持ち悪~い!」というような感じのことを言われて女子みんなにからかわれ、繊細で真面目で誇り高い彼は涙をのんで、「そっか……男はこんなの好きじゃいけないのか……。がんばって隠さないと……」と思い込みました。その結果がこれだ。

「男の子は繊細ではいけない、荒々しいくらいでなくては」

「男の子は女子供のような柔弱な趣味をもってはいけない、力に興味を持たなくては」

「男の子は泣いてはいけない、本心を隠せなくては」

じっさい、こうした規範はいまだに子育ての場や学童集団に当たり前のように根付いていて、完二のような子の心を傷つけ続けているだけでなく、やがては成長した男の子みんなが人を傷つけたり自分の心の傷に無関心になったりする原因になります。「男性が弱音を吐いたり助けを求めたりすると嘲笑されるだけだと思ったから、誰にも悩みを相談できなかった」とかね。男性のセルフ・ネグレクトや自殺率の高さなどの原因になっているとも考えられるのが、こうしたトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)です。

有害な男らしさから身をよじって抜け出そうとした完二の本心なのに、「女がいない世界なら『男らしくない』とかからかわれないのでは!?」「一般的な男性ジェンダーになじめないということは、自分は男が好きなのでは!?」というそこじゃねえ出口に出たのも、なんとも皮肉な話です。男男男男!! 完二の心が、自分を苦しめているのは結局「男らしさの呪い」なのだと気付いていたからでしょう。

第15話 父と子と

第15話 父と子と

  • 市ノ瀬加那
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ジェンダー規範からの自由やマイノリティ問題などのレインボーテーマが芯になっている『機動戦士ガンダム 水星の魔女』でも、グエルくんの有害な男らしさからの解放が副旋律として描かれました。「偉大な父の跡継ぎ息子」としてではない素の自分に価値を見出して向き合ってくれたスレッタとの出会いが、マッチョ世界にとらわれて自他を傷つけていたグエルくんの人生を変えたのです。

完二から男装の探偵王子・直斗くん(実は女性)への激しいときめきの衝撃はそれとも類似しています。その衝撃が「自分はゲイなのでは!?」という混乱につながったわけですが、完二が直斗を美しいと思ったのは、自分と同じようにジェンダー規範に苦しんで戦いながらも気高く立つ彼の姿を無意識に感じ取って勇気づけられたからなのでしょう。

 

盾になる背中

 「暴走族のグループを一人で潰した」という伝説で町中に恐れられている完二ですが、そういうことをしたのは珍走団どもの騒音で母親が不眠症になり困っていたため。思い込みが激しくて怒りっぽいけど実は真面目で繊細で気の優しい子である彼が、力を誇示したり上に立ったりするために戦うはずがなかったのです。

それはいいんだけど、やり方がアグレッシブすぎるというか、どうしたらいいかわからず腕を振ってみたら強すぎて気が付いたら自分以外倒れてたというか、周りへの相談のしかたがわからなくて暴走してしまうんだなという感じですね。真田や小田桐のような理詰めの大人のやり方を身に着けていない、未熟で直情径行な「皇帝」の力はそのつもりもないのに周りを畏れさせます。

完二自身、自分の風貌や力をもてあまし扱いかねて困っているのがわかります。特に完二のような成長著しい時期の男子には多いのが、「自分はこれまで通り子供だという意識」と「自分の図体にビビりだした周りの人間たち」のギャップの苦しみです。体格のいい男性は成長の過程で「怪物になってしまった」ようなショックに傷つくことになります。それで、ただ傷つき徐々に受け入れるだけではなく、「みんなにそう見られているように、嫌われる怪物は怪物らしくしよう」とあえてイカツいペルソナを形成してしまうこともあります。

『美女と野獣』の野獣が「(これ以上傷つきたくないから)自分に近づくな」とあえて怖い獣のしぐさをして人を遠ざけようとするように……。完二が髪型やピアスで怖い風貌を作っているのも、何もしていなくても警察や大人に目をつけられている「外から見たいように見た自分イメージ」にあえて合わせることで怪物ギャップに対応しているということです。

 

 「自分の本心と、外から見られた自分の兼ね合いで『こうありたい自分』の仮面を形成する」というのは『ペルソナ』シリーズのジュブナイル自己形成のテーマなわけですが、「皇帝」アルカナというのは社会性が強いため特に「みんなにそう望まれてるから、そうする」という動きが強めの性格をもっています。

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「望まれたように振る舞う」というのは女の子の場合は「女教皇」の「いい子ちゃん」のペルソナがありますが、「皇帝」の場合はむしろ逆に「嫌われ者になる」「非情に見られる」というあらわれ方をします。まさに家庭の中のお父さん、会社の中の上司の役割です。『泣いた赤鬼』の青鬼ともいえますね。

完二は風貌が怖く力も強く育ってしまったため、「おまえはフダつきの不良である」という「役割」を振られました。『泣いた赤鬼』の中で本当は心優しい鬼たちが「鬼」という役割を振られていたように。「本当はそんなことない、わかってよ、受け入れてよ」と言ってまた傷つくのが怖いからでもありますが、完二はその嫌われ者の役割を黙って受け入れたわけです。

完二の武器は最初「パイプ椅子」という不良不良したかたちをしていますが、カテゴリとしては「盾」です。シールダー。「皇帝」は家族に、国民に、立派に立つ背中を見せ、矢面に立って盾になるものです。お父さんキライと言われようと、暴君と呼ばれようとも。

それでみんなが平穏に暮らせるなら、愛してもらえなくてもいい、自分のことをわかってもらえなくてもかまわないという覚悟と哀愁を最終的にもてるのも、「皇帝」の勇気のひとつです。完二は「わかってもらおう」の努力をせずにきてしまったことを反省しましたし、こういうのは用法容量を間違えると「男の美学に酔ってる」みたいな有害な男らしさにも容易につながっちゃうんですけどね……。

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ちなみに『風花雪月』で「皇帝」アルカナに対応する武器も「盾」だよ

 

『ペルソナ5』喜多川祐介

 喜多川祐介、高校二年生で主人公とは別の特殊な才能ある生徒の集まる高校の特待生。ペルソナ使いの仲間です。

彼の特殊な才能は「絵描き」です。早くに両親を亡くし、日本画界を代表する巨匠に幼いころから師事している内弟子でしたが、作中の事件によって父代わりであった師と決別することになります。

父と決別し、父の道を乗り越えるとは「皇帝」の王道シナリオですが、四角四面の理屈や政治をあらわす「皇帝」に芸術家という感性の存在が当てられるとはひねりがきいています。

そのキャスティングには「美学」や「世界のとらえ方」をテーマとする『ペルソナ5』ならではの技アリな意味があり、作品全体にとってなくてはならない「締め」になっています。

 

世界を切り取る四角

 アーティストのどこが「皇帝」なのか?

芸術的センスは「魔術師」とか「運命」とか、いっそ「自然に発想が湧いてくる」という意味なら「皇帝」と反対の「女帝」アルカナが意味的に適しているといえます。そう思って見ていると、祐介は両手を伸ばし、景色を前に指で四角い構図を切るのです。

もう一度、ペルソナ版タロットを見ていただきたいのですが、「4番」である「皇帝」のカードは四角く区切られた窓を背景にしています。

「4」「四角」とは人類の文明にとって特別な数字です。古代の人間は不定形な自然の中から石材を四角く切り出して整然と積み上げ神殿や政庁を作り上げました。部屋を見渡してもらえば四角の組み合わせでできた家具が多いように、人間の文明世界が四角で構成されることはじつに現代まで続いています。自然界にはそんなものはほとんどありません。

ものごとを秩序だって理解するとき、「前後左右」や「東西南北」のように4方の概念、あるいは二次元座標の第一~第四象限(下の図)で区切ることも非常に一般的です。

祐介の武器は「日本刀」、「皇帝」は切れ味鋭い刃物でまっすぐ四角く世界を「切断」する力をあらわしています。自然界の資源を切り出し、母と子の融合関係を切り離し、そして――未分化の概念を「分節」して「定義」する力です。

赤子の見る世界の中ではすべてのものに「境界線」がありません。その中で「これは母親」「これはお気に入りのおもちゃ」と認識していく過程は、「世界全体」からそのモノを「切り離す」はたらきにほかなりません。やがて幼児は「これとこれはイヌ、これはイヌじゃない」とコトバをもって個体だけでなく概念や種類を切り分けられるようにもなります。そうやって人間は世界を共有の理性で理解していくのです。

幼児がコトバで世界を理解していくように、祐介は「心」という実体をもたず途方もなく広い概念を、四角く切り取って絵に描くことで少しずつ理解しようとします。混沌としてダラダラと連続した世界の中から、祐介の指がつくる四角のキャンバスは意味のある美を切り取り、ひとつの作品として彼自身にも皆にもわかるかたちに定義されます。祐介の師や祐介がよく語る絵画の「着想」とは「浮かび上がる」「思いつく」ものというよりも、「世界をどこで切り取り、どのように解釈するか」のフレッシュな「切り口」のことです。

みなさんも他人の芸術や文章を見て「なるほどそういう見方があったのか!」「その解釈を聞いてモヤモヤしていたことが腑に落ちたわ!」と思ったことがあるでしょう。「解釈」の切り方を皆に示し、絵画作品という新しい「世界」のルールを制定するリーダー(導き手)となるという意味では確かに、画家は「王」なのです。

 

「美学」の逆位置

 祐介の「皇帝」アルカナが『ペルソナ5』の中で果たした「切り取り」「解釈」「美を判定する者」の役割の裏の側面をみごとに描いたのが、彼の師にして父代わりであった画壇の権力者・斑目一流斎です。「強い者がルールを作り、弱い者を支配するべき」「価値や秩序とは権威ある人間が定めるもので、愚かな大衆はそれに従う」という彼の考えはまさしく「皇帝」だったのです。

さきほど「なぜ皇帝で芸術家なのか」説明するなかで話題になった、「意図をもった切り取り」「恣意的な解釈」はあえて歪めるとそれこそ悪い政治でよく行われる「詐欺」「偏向報道」などにも使われてしまう危ない刃です。斑目はまさにその通~りの詐欺狡猾な自己プロデュースの嘘を重ねてきました。才能の続かない本当の自分を隠し、世間が尊敬してくれる「巨匠」像を取り繕うために。

斑目の場合はスケールが大きく他人にも大きな被害をもたらしてるので明らかに悪いのですが、「等身大の自分の弱さをさらせず、なんとか格好をつけるために嘘を重ねる」という意味では「職を失ったことを家族に言えず、大黒柱としてスーツを着て出勤するふりをするお父さん」と原理は同じです。格好のつく大人でありたい、尊敬される偉人でありたい……それも「皇帝」の、哀しくも美しいモチベーションです。

その哀しくも美しいモチベは「皇帝」を強く正しく魅力的な男にしていくもので、決して悪いものではなかったはずなのに、斑目の場合には「虚飾」となり果ててしまいました。シャドウ斑目の格好は一見バカ殿様ギャグですが、老い衰えた顔を化粧で塗りこめ、痩せ乾いた肉体に輝く権威の衣をまとっている必死なかっこつけの結果でもあります。美しさとは程遠い姿です。

マダラメパレスの装飾や斑目の秘密の保管庫の扉には「孔雀の羽」のモチーフが多用されており(「斑目」というネーミングも孔雀と関連しています)、孔雀は「オスが派手で美しい羽を広げる」ものです。自分を大きく、神仏の後光のように気高く見せるように……。

 

 斑目は「美学」的に祐介のテーマの裏側を描いただけでなく、「父」というものの負の側面を描いた珍しいキャラクターでもあります。

ペルソナシリーズのみならず心理学的なテーマをもった作品における「父」的なボスというのは青少年が成長の中で乗り越えるべき壁、新しい世界に生きるため殴ってヒビを入れなければならない秩序の箱として頻出します。斑目はそれに加えて、「投資し、収穫する」という父の姿をみせます。

「刈り取る」というキーワードはPシリーズ的には「死神」アルカナの「刈り取る者」を思い出してしまうところなのですが、自然の資源や、穀物を刃物で収穫して利用するというのは「皇帝」の文明的男性の性質です。『ペルソナ3』の小田桐の下の名前「秀利」の漢字両方に使われている「禾(のぎ)」は農耕の収穫をあらわし、特に「利」は「⺉(りっとう)」とあわせてきらめく鋭い刃物で実りを刈り取ることをあらわしています。勝利の利です。スゲー皇帝ネーム。

それがどうして「父」的なのかといいますと、ヒトのオスが親として発揮することが多い特性のひとつに「子孫に投資して育てることに関心を持つ」というようなことがあるからです。物理的に長期間子供とつながっており、一生のうちにもてる子供の数に限界がある女性と比べて、男性はどうしても「親」になる適性が低い傾向にあると言われます。しかし、人間のオスは他の哺乳類に比べて「自分の持てるものを使って一族をいい感じに育てたい」という欲求がとても高く、そのおかげで人類の文明や「父」の役割は発達してきたという進化論の見方もあります。

反面、長い人類の歴史の中で「家長」としての父はその人だけが家系の名声の代表者として家族の生き方というか「使い方」を決める権限をもち、「養ってやった」家族のメンバーから得られる「利」をそれこそ収穫し管理する立場にありました。女性や子供の成果や功績が女子供の名前では認められず結局男性が世に広めるかたちになることなど、今の世の中にだって多くありますよ。斑目が世話してやった内弟子たち、祐介、祐介の母の成果物はすべて斑目という「父」「家長」の名のもとに集約され、目利きされ、斑目のプロデュースで発表されます。「そのままでは相手にされない弱者たちの才能を、自分こそが評価し世に出してやっているのだ」と、斑目は、悪しき父は自己正当化します。

 

 「意図をもった切り取り」「恣意的な解釈」は、斑目が弟子を切り刻み自分をも嘘の化粧で塗りこめた危ない刃です。そういった悪気がなくとも、まだ若い祐介は自分が「こうだ」と決めたら思い込みが激しく、自分の決めつけた答えありきで世界をいちじるしく誤読してしまいます。なまじ論理の力や勇気があるため「正解はこうだ!」と即決即断してしまう思い込みの激しさやコケ方の派手さも「皇帝」の特徴です。それが彼らに独特のシリアスな笑いを呼ぶ天然の個性を与えています。

だからといって、「意図をもって切り取る」ことは悪い、というわけでは決してありません。テーマや伝えたい読み方なく事実?だけを言うのは、芸術家でも政治家でもジャーナリストでもなくただの子供か、「ものごとを書きあらわす」ということが必ず意図の剣を通したものになってしまうと知らない愚者か、そうでもなければリスクをとる勇気のない卑怯者だからです。

自らの持つ「剣」の鋭さと意味を知り、そのうえで剣をかざして迷う大衆にオピニオンの光を見せる覚悟と勇気。それが「皇帝」のシゴトです。

 

 

ペルソナ5ロイヤルを読解実況中です。再生リストからアーカイブが見られます。

↓おもしろかったらブクマもらえると今後の記事のはげみになるです。今後もswitch版のプレイによって参考画像とか引用とか加筆充実してくかなっておもいます。

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