湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

八葉デザインの「八卦象意」―『遙か』と日本文化の世界①

 本稿では、『遙かなる時空の中で』シリーズの「八葉」の代々のキャラクターデザインにみられる「易経」「陰陽道」の「八卦」の解釈について考察してしゃべります。

各ナンバリングのキャラクターエピソードを例に出すことがあり、ネタバレを含みます。

 

遙かなる時空の中で7

遙かなる時空の中で7

  • 発売日: 2020/06/18
  • メディア: Video Game
 

 

 『遙か』シリーズのメインキャラクターには必ず「天の青龍」「地の玄武」など「八葉」のそれぞれの役職が当てられており、そのキャラクターデザインには無印~7を通して共通する核がもたされています。歴代作品をプレイしているプレイヤー側も「今回の地朱雀はこうきたのか~!(゚д゚)!」など、ある程度「中心イメージ」を共有したうえでバリエーションを楽しんでいますよね。その中心イメージについて知ることで、『遙か』を倍楽しもうぜ!というのが今回の記事の目的ですよ。

「八葉」の中心イメージには日本(東洋)古来から世界のとらえ方として使われている「八卦」が使われています。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」など「占い」の代名詞として使われている八卦とはどういうもので、どのへんが『遙か』のキャラデザに反映されてるのでしょうか。

www.homeshika.work

(↑『遙か』が東洋古来の「八卦」で世界をとらえてキャラ描写にしているように、『FE風花雪月』ではヨーロッパの哲学が盛り込まれた「タロット」をキャラ描写に落とし込んでますという姉妹記事です)

 

 

八卦とは何か

 そもそも「八卦」って何?かというと。まず視覚的に見てみましょう。こういうので~す。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2e/Bagua-name-later.svg

こういう板、安倍晴明が持ってる。

あと韓国の国旗に酷似している(大韓民国の国旗のデザインは陰陽太極図と八卦からとられています)

このはじっこのほうに書いてある「離」とか「巽」とかのことを八卦といい、宇宙の理、この世のすべてのものの性質を8つの属性に分けたものです。なんで8コかというと、「八」は「陰と陽」を分ける二進数を「陰ですか陽ですか?」「その中でも陰ですか陽ですか?」「さらにその中でいうと陰ですか陽ですか?」というかんじで三回分け、2の三乗で8つに分けたものだからです。

もうちょっと上の図と関連して視覚的にわかるように言うと、「東の風」「南西の風」とかの天気予報がありますよね。あれは「八方位」です。上の八卦図は上が南、下が北となり八方位をあらわしています。「西天を守りし聖獣白虎よ!」とか言っているように、八卦はそれぞれ方角に対応していて、天地白虎のふたりの卦は西と北西にあたるので西を守る白虎の加護をうけているという寸法です。他の天地四神もおなじですね。

ホールケーキも二等分して二等分してそれをさらに二等分すると8つに切れます。「四」の分け方じゃざっくりすぎるんですが、「八」になるとグンとディティールが出てきます。この「八」は宇宙全体、神の理をあらわす数字です。↓「陰と陽」や「数字」について詳しくはこちら↓

www.homeshika.work

この世界はキホン「三次元」であり、数学的にも「右か左か(一次元)」「さらに上か下か(二次元)」「さらに奥か手前か(三次元)」という3つの陰と陽の対立軸があることによって、ものごとを立体的にとらえ、全貌を把握することができます。それによって『遙か』シリーズは毎回立体的で奥行きのあるキャラクター造形をしているんですね。

 

"卦象"(けしょう)とは何か

 八葉のもつ八卦の力は方角や五行の属性をあらわすだけでなく、さまざまな複雑なキャラクター属性、象徴するモノをも含んでいます。これを「卦象」といいます。これは同ネオロマンスの『アンジェリーク』シリーズの「サクリア」の力と同じですね。「安らぎをもたらす闇のサクリア」は休眠や副交感神経、無意識の領分を司り、「治療」の意味であるため人物としては「(特に精神や脳の)医師」をあらわします。実際『アンジェリークエトワール』のフランシスの元職は精神科医、『ラブラブ天使様』で現パロしたクラヴィスの職業は脳外科医でしたね。そんなようなかんじ。

アンジェリーク サクリア占い

アンジェリーク サクリア占い

  • 発売日: 2004/03/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

そういうことは無印『遙かなる時空の中で』のコミカライズにもめっちゃバッチリ書かれており(遙かコミカライズは作品のテーマや文化の設定がめちゃくちゃ反映されてて水野先生パねぇですよ!)、「八葉が誰なのか探すヒントとして卦象を参考にする」ということさえおこなわれていました。以下『遙かなる時空の中で』花とゆめコミックス4巻を引用します。

「イノリという鍛冶見習いは額に火の如き赤い宝珠をいただいたとか
 ならば八卦の「離」 その帯びる気は火気
 頼久は「巽」天真殿は「震」共に木気
 詩紋殿は「坤」の土気
 鷹通殿は「乾」の金気
 泰明殿は「艮」の土気
 これまでに顕現した六人の宝珠が物語っていると思われませんか
 八葉は万物を象(かたど)る八卦にあると…っ」

「その話でいくと残る二人は「兌」と「坎」?」

「「兌」と「坎」
 「兌」は金気 象徴するものは――沢――
 自然にあっては悦ばし惑わすもの」(ここで友雅のショット)

そして「坎」は水気
 象徴するは―流れ落ちる水―
 自然を良くも悪くも潤すものだ
 またこちらの卦は一陽二陰
 苦しみや辛さを示している
 宝珠は紫 紫は皇の色
 より流れ落ちる水か…

皇族!? 宮筋ということでしょうか?
 過去に何か不幸のあられた方

(色と太字は引用者による)

遙かなる時空の中で(4)

遙かなる時空の中で(4)

  • 作者:水野十子
  • 発売日: 2017/09/25
  • メディア: Kindle版
 

紫色部分、↑コイツだーーーっ!!↑という感じですよね。このようにして八葉はその卦にふさわしい性質やバックグラウンドの属性をもつ者が神子の近くに集まり、八人で「宇宙全体」をあらわすことで脆弱な白龍の神子を守る「意味の結界」のようなものを形成してるのです。「八葉全員がそろわないと神子様の霊的な守りが……」とか星の一族がよく言うのはこのためです。

同時に、この八人で「宇宙全体」をあらわす八葉にはさまざまな思想社会階層のものがバラッバラに集まることになり、その時代の日本の文化や空気、社会の問題を多面的に表現するのにもうってつけです。

 

『遙か』の八葉と八卦象意

それでは実際に『遙か』シリーズの八葉の中で八卦の卦象がどのように解釈されてきているのかをみていきましょう。ついでなので八卦にプラスして、『遙か』シリーズの中での「四神」「五行」がどういう属性として描かれているかもざっくり拾っていきます。

八卦の順序には見方がいろいろあるのですが、『遙か』の記事なので天地四神の定番の順番でいきますよ。

 

天地青龍―若木の青年

B's-LOG 2020年4月号 [雑誌]

B's-LOG 2020年4月号 [雑誌]

 

 毎回の「ストーリー・ドラマ上の二大メイン」となることが恒例なのが天地の青龍です。ここがドラマティックなメインとして盛り立てられるのは、青龍の象徴する「木の気」「青年」という言葉が示す通り、人物の年代感として「伸びざかりの勢い盛んな若武者」を意味するからです。

「ナイト」や「ヒーロー」あるいは地青龍であればちょっとアウトローで斜に構えたライバルヒーローやダークヒーローをやるのにふさわしいのですよね。季節も命萌えいづる「春」から初夏くらいの感じを意味します。「五月」という名は「五」のもつ「中間」「間をとりもつ結び」という意味でも合っていますし、季節的な意味でも卦に合っていますね。

 

天の青龍―義に侍う者

八卦:巽(そん)

卦の形:(陰-陽-陽)

方角:東南

自然物:風

f:id:marimouper:20200713235529j:plain
 天の青龍の中心的イメージは「流れ、吹き過ぎるもの」です。だから風。そういった意味で「流れを進める」白龍の神子と似た性質をもっているともいえますね。

『遙か』の中で守られている人物像は「若武者」を意味する青龍の中でも特に「侍」です。この「侍(さむらい)」というのは武士をあらわす言葉としてよく使われていますが、本来の意味は「さぶらふ」、高貴の人にそば近く仕えるということからきています。「近侍する」といいますね。まさに『遙か無印』の平安期に、頼久のように貴族の家のSP、護衛使用人として雇われていた武士層から生まれた言葉ですね。よって「従者」「ボディガード」をあらわします。頼久、頼忠、風早、瞬にはぴったりあてはまります。

しかし「誰かに仕える護衛」というより「もののふ」あるいは「軍人」である幸村や有馬、なにより平家の頭領をやってた将臣にはその表面的イメージはハマらなそうにみえます。

そこで天青龍の「侍」のイメージを抽象的に掘り下げてみると、天青龍が「侍って」いるものは特定の個人というよりも、「戦士として守るべきありよう、果たすべき約束」、すなわち「義」であると解釈できます。将臣は表面上は気ままそうに見えますが、自分の好き勝手にやっているのではなく「自分を拾ってよくしてくれた平家を守る」という「義理」のためだけに命をかけ、蘇って変わってしまった清盛に逆らわず、好きな女とさえ対立します。

天の青龍が貫いて駆け抜ける「義」というものはかたちのない信念であり、おまけに貫いたところでなんの追加報酬もないたぐいのものです。「義の人」である天の青龍は自分の命や生活、大切な人といっしょにいることや、好きなものなどを、健全に愛しながらも決して執着しません。「己をむなしくして」義を貫いて生きることを躊躇しない彼らは実体のない風です。欲望や執着と無縁で素早い「風」は爽やかなものですが、同時に俗世に生きる人間にはつかまえられず、風が吹いた後には乱された野の草が残るばかりで、残された草はただ寂しい。

頼む、散らないでくれ、幸村・・・。

花が散り、残された幹はただただ寂しい

(『戦国無双4』)

物理的にも精神的にも、「自分を残して、どこか遠いところに行ってしまうのでは」と思わせる切なさ、それと表裏一体となった世俗の欲望にとらわれない好漢の魂が、天の青龍の核となるイメージです。

 

地の青龍―迅雷の単騎

八卦:震(しん)

卦の形:(陽-陰-陰)

方角:東

自然物:雷(雷鳴)

f:id:marimouper:20200713233800j:plain

 地の青龍の中心的イメージは「瞬間、閃くように進むもの」です。だから雷。天の青龍の「風」はときに速くときにゆったりと穏やかに、たえず流れるものですが、雷の光と音は静止しているところから一瞬で空を駆け、また爆薬よりも瞬発的な威力のあるものです。

見出しのキーワードを「迅雷の単騎」としましたが、天の青龍の「風」とあわせて天地青龍は「疾風迅雷」であり、『遙か7』のキーワード「風雲」の風と雲とをあらわします。雲は龍神や雷神が雷をおこすときに呼び寄せるものだからです。五月の衣装にも陽のような金のデザインのまわりに金の雲のようなデザインがみられます。『遙か7』の章タイトルが出るときの演出にも、怨霊との戦闘開始の際の「暗雲」とは違う金色の雲が出てきます。これは「瑞雲」と考えられます(ほんとは紫や五色の雲を瑞雲っていうんですけど、『遙か7』には随所に桃山文化の金襖絵の技法がみられるので金の雲はめでたい雲の意味とおもわれます)。

さっきから「雷」「雲」「龍神」と言っているように地の青龍の震の卦は「龍」をあらわす卦でもあり、白龍・黒龍の神子に関係が深いキャラが最も多いのもうなずけます。また、五月の衣装の「雲」の部分には三成の衣装では「龍」が描かれており、たいへん地青龍セット感があります。

『遙か』の中で守られている人物像は「単騎駆け」です。より正確に言えば「周りが敵だらけでも一人でなんでもできちゃう、あるいは一人で抱え込んでやっちゃう」というかんじでしょうか。そして「怒り」という瞬発的なパワーも意味します。天真や勝真はツッパった一匹狼であり、九郎は京における源氏の責任を一人で負い、天才の戦術をみせ、そして独断を裁かれることになります。

単騎駆けなので、アシュヴィンやダリウスに代表されるように総じて強キャラであり、「あいつがやると言うなら成功するだろうな」という攻撃力をもっています。武力でなく話術や政治力でこれをやっているのが龍馬です。そういう意味では五月は珍しい地の青龍ですね。「一人で抱え込む」「できるヤツ」という面はその通りですが、三成と合わせて地の青龍、というような性質ともいえ、五月が「自分は兄の補欠、偽物の八葉なのではないか」と感じたつらみもわかります。

また雷鳴は声を伝えること、「情報通信」にも通じるため、五月が式神をEメールのように扱うことは地の青龍の面目躍如といえます。

瞬発力、静と動の激しい対比は、ナイトの格好よさの天の青龍と並んで八葉のカッコイイ担当といえます。男子高校生的、いいかえると「中二」的カッコよさです。

 

天地朱雀ー人ならぬ童子

  朱雀のもつ「火の気」は激しく絶えることのない光と熱、心からあふれる気持ちをあらわし、『遙か』シリーズでは朱雀組は伝統的に「社会の枠から外れている童子」の役割をもたされています。『遙か7』で「七つまでは神の内」というのがキーワードとして出てきたように、日本では古来から幼子、「童子」に神の力を見出してきました。童子は歳がどうこうっていうより正規のニンゲンの枠に入ってない者であり、それゆえに普通の人間にはない力をもっていたり、期待されたりしてきました。

しかし「社会の中にいないから神の力がある」というのはまあ、差別と紙一重の問題であり、朱雀キャラにはそういうデリケートなことが描かれていることが多いです。

 

天の朱雀―天眼の不死鳥

八卦:離(り)

卦の形:(陽-陰-陽)

方角:南

自然物:火

f:id:marimouper:20200713233947j:plain

 天の朱雀の中心的イメージは「童子英雄」です。つまり「桃太郎」や「金太郎」などの神気をおびた子供ですね。朱雀の「人の勘定に入っていないので、人ならぬ力をもった童子」の性質を真っ向から出してきます。火属性は八葉の中で唯一であり、火は天に向かっていくエネルギーとして神気に近いものです。宝珠が額にあらわれるのも「上に向かう神気」をあらわしています。動物ではキジなどの美しい鳥をあらわし、華やかです。

この華やかさとはしかし、「鉄火」とか「火事と喧嘩は江戸の華」とかみたいな争いの火花をあらわす戦う華やかさであり、血と戦火、傷つくことを恐れない情熱の華のことです。イノリが「刀鍛冶」であることや『遙か7』の天の朱雀があの「宮本武蔵」であることはこの性質をよくあらわしています。「平穏無事」とかとは無縁であり、常に何かと戦いチャレンジし続ける卦です。

『遙か』シリーズで守られている人物像はやはり「格式ばった社会の外の少年」です。チナミは政治判断より攘夷への情熱の炎が勝っていますし、武蔵は長政に仕えていますが、政治的な思惑に関しては「それは…そのとき考えます!」といったかんじ。

天の朱雀は伝統的に「正式な名前ではないようなカタカナ三文字の呼び名」が当てられてきました。武蔵は漢字ですが、「たけぞう」を「むさし」としたという通説もあります。この三音名前は「まともな人間社会にカウントされてない、戸籍外の浮民」という、ときに差別的な意味あいを暗示します。「花街生まれ」という当時下層とみなされていた身分のコハクはもちろん、イノリの「刀鍛冶」やイサトの「僧兵」、また偽名ですがヒノエの「神職」というのは神仏と関わる特殊な職業、特殊な社会的扱いです。マコト・チナミ兄弟はちゃんとした武士の子ですが、三文字偽名を名乗ることでその身分を隠し、あえて身分を離れた存在になっているという呪術性があります。

(ちなみに「ヒノエ」という偽名は十干の「丙(ひのえ)」、「火の兄」つまり「火の気の中でも陽の気」をあらわし、メチャメチャ「オレは炎で~す!」と名乗っていたことになります。頭のいい男なので自分が天の朱雀だとわかっていたのでしょうか……)

天の朱雀は「子供」だから持てるのかもしれない一途な情熱やしがらみのない大胆不敵さをもった、どこまでも飛んでいくだろうトリックスターの魅力をもっています。

 

地の朱雀―雌伏の鬼

八卦:坤(こん)

卦の形:(陰-陰-陰)

方角:西南

自然物:地

f:id:marimouper:20200713234033j:plain

 地の朱雀の中心的イメージは「世俗と大衆の理不尽に耐えるもの」です。「地べた」の低みをあらわし、「一敗地に塗れる」というような屈辱をうけることもあらわす難しい卦です。

坤の卦はオール陰の卦であり、婦徳、「耐える女性」をあらわしています。これが秋兵を有馬の補佐役かつ片霧氏の息子に、何より弁慶を九郎の軍師という女房役として描いたきわめて珍しい武蔵坊弁慶像にもあらわれています。さらに坤のさす「西南の方角」は裏鬼門であり、わかりやすく「鬼」「人外の力」がキーワードとなりやすい鬼門・地の玄武と比べてひっそりとした複雑なところに「鬼」を描写してきます。朱雀は「童子」だと言いましたが、「童子」には天の朱雀があらわす桃太郎や金太郎のような英雄側面と、「酒呑童子」「茨木童子」のような退治された悪鬼の側面があります。そして悪い鬼がほんとうに悪い鬼だったのかは、のちの歴史からはわかりません。大和が心配するようにただのマイノリティを、マジョリティの勝手で討伐してしまったのかもしれない。それが地の朱雀、雌伏する鬼です。

こういうわけで『遙か』シリーズで守られている人物像は「鬼子」です。いや、言っちゃだめな罵倒じゃんこれ。正直最も「デリケート」な話題になるのが地の朱雀です。

天の朱雀は社会階層を外れているという意味で差別が暗示されていましたが、地の朱雀には『遙か7』で大和のキーワードにもなっているとおり、「社会に見捨てられがちなマイノリティという差別が描かれているからです。社会階層上の差別は制度を整えることでわりとなんとかできても、人の内心に巣食う恐れをベースにした差別というものはいつの世にもあらわれるものです。

詩紋や彰紋は「鬼ではない」ですが「姿などの違うものを恐れ、排斥する」という差別の本質としては「鬼である」という状態です。沖田は心を閉ざして命令に従う人斬りマシーンのように言われ、秋兵はかつて母とともに家庭を顧みない父を待ち続け、これからはずっと父の罪を背負って生きていかなければなりません。弁慶はかつて「鬼若」であった元ヤンで今は救うべき弱く小さな人々のため心を鬼にし残酷な策も実行します。那岐や大和は「親に放り出され忌み嫌われた異能の子」というずばり鬼子でずっと死にとらわれていますが、本当は心の優しい普通の少年です。

『泣いた赤鬼』の青鬼のように、優しさゆえに心を隠してふるまい、迷い、孤独と苦しみの重さに耐えて理不尽な世を歩いていく、繊細な少年のハートが地の朱雀です。朱雀の燃え上がる力が天の朱雀なら、朱雀の心からあふれる優しさは地の朱雀です。

 

天地白虎―政治する大人

 朱雀と逆に白虎の八葉、ことに地の白虎は常に年長に描かれます。白虎の「金の気」は鉱物としての金属だけでなく金属光沢のようなピカピカのきらめき、金属を研いだ刃のような切れ味、金属を加工する人間らしい技術の光などをあらわします。

これは『遙か』シリーズの中では伝統的に「社会に参画する一人前の大人の男」の役割に描かれています。スーツを着ているタイプの男です。

『遙か』シリーズで白虎にもたされた美徳は「強さ」であり、それは武人である青龍がふるうような物理的な強さではなく「政治力」であり「人間らしい社会手続きを通すこと」を意味します。白虎のキャラは八葉の中で最もまともな社会的地位を持っている、あるいはそれを目指していくことが多いです。

 

天の白虎―絶対紳士

八卦:乾(けん)

卦の形:(陽-陽-陽)

方角:北西

自然物:天(陽光)

f:id:marimouper:20200713234143j:plain

 天の白虎の中心的イメージは「破邪顕正」です。「理想」「かくあるべき人間の姿」を「あまねく示す」ことをあらわします。

卦の形はさきほどの地の朱雀とすっかり真逆のオール陽であり、このふたつを「陰陽」「天地」と似た意味で「乾坤」といいます。「乾坤一擲(けんこんいってき)」という四字熟語は「天地のすべてをかけてサイコロを振る、のるかそるか」という意味です。地の朱雀が「地に塗れる屈辱」や「耐える女性」をあらわしたのと正反対をとって天の白虎は「けがれなき天」と「正しい父」をあらわし、上に立って潔白に輝くことから『遙か』シリーズでは代々「太陽(日輪)の光」を必殺技の属性にしています。「君子」と呼ばれるような正しさと徳の輝きで世をあまねく照らそうとするのが乾の卦です。

『遙か』シリーズで守られている人物像は「模範的な大人」です。「優等生」であり「委員長」であり、しばしば「まだ強い権力をもたない青い若造」でもありますが、それは純粋なる理想を追い求めて世に示す本質を際立たせます。小松のように権力をもっていようが、布都彦のように一族が没落していようが、はたまた譲のように「先輩」がただひとつの目標であろうが、彼らはみな自分の生きている間に叶わないかもしれない理想を想って生きぬき、近道をしない王道を地道に(道ばっかり言ってしまった)いく姿を周りに見せます。

鷹通や幸鷹、小松は結局「弱いものが理不尽なめにあうこと」「身分差別」という、地の朱雀が受けているような「人間社会なら必ずある汚いところ」のような理不尽、邪なることを「仕方ない」とか妥協せずに政治で照らそうとしました。ルードの志した「教育」というのもトップダウンでなくボトムアップ型の王道の政治、世の中を善くしていくための天の白虎らしい仕事といえます。

天の白虎は弱いものの立場やどうしようもなさ、人の心の弱さや汚さを知っても決して「どうせ」とすねることなく、「正しい努力」をわれわれに見せてくれる気高い太陽です。乙女ゲームという観点から見ると地味に終わることが多いかもしれませんが、この「気高さ」「理想」はネオロマンスらしさです。

 

地の白虎―水も滴る

八卦:兌(だ)

卦の形:(陽-陽-陰)

方角:西

自然物:沢

f:id:marimouper:20200713234222j:plain

 地の白虎の中心的イメージは「うるおいとときめき」です。恋とかエキサイティングな娯楽とかこうホルモン出るかんじのことに最近関心がもてねえ~っていうような女性がみずからを「干物女」と自称するようなこともありましたが、地の白虎はその逆の概念です。ときめきやスリルのある恋とか遊びとかでドキドキ、心ウキウキワクワク~♪となり、ホルモンは潤沢、お肌もプルプルツヤツヤ!みたいな状態にするのが「兌」の卦があらわす「沢」という概念です。家で冷えてるクリアアサヒは兌の卦象といっていいでしょう。兌は「悦ばせるもの」です。

「沢」ってわかりづらい自然物出してきたなって感じですが、さっきの「潤沢」という熟語があらわすとおりそれは「じゅうぶんうるおってる」ことをあらわします。「博覧強記の才人」直江兼続ですね。沢は自然の中では大量の水ではありませんが清い水がたえず流れるワサビが育つようなところであり、旅人の「のどをうるおし」、水の流れのキラキラや音で耳目を「楽しませてくれる」ものです。よって文化的な「あそび」が豊かであることも示します。『遙か7』の兼続のイベントでも五感や文化教養を刺激するような展開がありますね。キラキラのときめきと娯楽的なきらめきをあらわすことから、『遙か』シリーズでは代々「星の光」を必殺技の属性にしています。天白虎は「照らす不動の光」であり、地白虎は「きらめき動く光」なのですね。

(余談ですが、景時の謎の趣味「洗濯」も清い水で布を洗い濯(そそ)ぎ美しい白を喜ぶ「沢」の概念です)

『遙か』シリーズで守られている人物像は「セクシーな、ちょい悪い大人」です。ドキドキときめきを与えるのだから遊び慣れているとか、風流人であるとか、謎めいた危険な魅力…とかの必要があります。虎はなかなか変則的でしたが、「水も滴るいい男」とはまさに地の白虎のためにある言葉です。

兌の卦を象徴するように、沢からとれる美しい白緑の宝石があります。いにしえの昔「沢からしたたり落ち、水の霊力をもった、人を魅了する"玉"」とされ珍重された霊玉は、なぜか奈良時代を境に歴史から忘れ去られました。それこそは現在日本の国の石である「翡翠」です。『遙か4』の那岐が首から下げているキーアイテムの霊宝「死反玉」の緑の勾玉がそれですね。友雅、翡翠の氏族である橘氏は古来由緒ある豪族でしたが、藤原氏によって退けられ、歴史の表舞台からしだいに姿を消しました。彼が「翡翠」と偽名を名乗ったのは地の白虎によく似合う、そしてウィットに富んだ皮肉です。

地の白虎は清廉潔白な天の白虎とケンカする「ダーティな大人」ですが、それは人生を楽しみ、楽しませ、よりよく生きる「あそび」の部分を世に提供するという、もうひとつの大人の責務を果たしてくれているのです。『遙か6』で天の白虎ルードハーネが志した「教育」というものを、『遙か7』では地の白虎兼続が夢見ます。それらはどちらも「大人を育てる」ものでありながら、それぞれ「正しく生きる」、「豊かに生きる」ためのものです。どちらも、教育の果たす大事な役割です。

 

天地玄武―仙人の境地

 「青年」である青龍、「童子」である朱雀、「大人」である白虎ときて、四神の中で玄武が意味するのは世代感としては「老人」です。もちろん八葉にガチ老人がいたことはありませんが、玄武の司る「北」「水の気」は静かさ、冷たさ、黒または紫、冬、霊力や母の胎内をあらわし、たとえ物理的に年老いていなくとも生と死のはざまの暗い世界を意味します。

したがって天地玄武は『遙か』シリーズでは伝統的に「俗世に生きる人間ではないもの」が配置されています。朱雀の「童子」的な異能ではなく、老境にいたった人が達人・仙人の道をきわめたり出家したりするようなイメージです。ぶっちゃけ四神の中で一番「浮世離れ」「変な存在」が多いのが玄武です。『遙か5』のアーネストと高杉は例外的にちゃんと社会参画していますが。

『遙か7』で天地の玄武がふたりで足利学校で学んだ『大学』の一節をそらんじているシーンがありますが、「実際的な政治をする」ことで世の中を変えていく天地の白虎に対して玄武はみずからが悟りを得ることで身を修め、それがいずれ世をととのえる徳になっていくことを祈る修行の道にあります。こういうのは『遙か7』で家康が教えてくれた「天人相関説」と似たありようで、儒教などの漢籍にみられる思想です。

f:id:marimouper:20200713234334j:plain

古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、まずその国を治む。
その国を治めんと欲する者は、まずその家をととのう。
その家をととのえんと欲する者は、まずその身を修む。

(『大学』より)

「老人」をあらわすだけあって天地玄武のキャラはみな教養や専門知識に秀でています。そしてそれは実用的・政治的あるいは娯楽的な天地白虎の知識とは違って、哲学や宇宙観にまつわる知識です。

 

天の玄武―真夜中の水底

八卦:坎(かん)

卦の形:(陰-陽-陰)

方角:北

自然物:水

f:id:marimouper:20200713234635j:plain

 天の玄武の中心的イメージは「憂き世への嘆き」です。坎の卦があらわすのは「くぼみ」や「水」や「真夜中」「真冬」、それが示唆する「暗い湿り気」っぽい卦象には「女性器や肛門」「色情」「アル中」「重病人」みたいなちょっと問題なものも多いのですが、『遙か』では死や苦しみ、どうしようもない困難に対して嘆く涙の「ウェットさ」として表現されています。

この「男子のウェットさ」というのは『遙か』シリーズにとってかなり重要なエッセンスです。『無印』ではなんと全員に涙している立ち絵が用意されるという徹底ぶりで、なぜそんなことしたかというと、なんかもののあはれを感じて心が動かされると男だろうがなんだろうが袖が乾かないほど泣く、干飯(かれいい)がふやけるほど泣く、という日本古来の美意識と価値観のためです。特に『無印』や『遙か2』の平安時代には「女々しく嘆く」ということはなーんも恥ずかしいことではなく、感受性の豊かさ、慈悲ぶかさのあらわれとしてむしろ尊ばれていました。全員泣いてる立ち絵は用意されなくなりましたが、天の玄武に「悲しい世を厭うてただ涙を流す」というウェットな日本の美徳が色濃く残されています。『遙か7』でも……。

天白虎のように「世を変えるぞ!」とはならずに「悲しい世を厭うて涙を流」した平安貴族たちはそんでどうしたかというと、かなりホイホイ出家をしました。したがって『遙か』シリーズで守られている天の玄武の人物像は「救済を祈る厭世の人」です。宗教が違う遠夜とアーネスト以外はしばしば御仏の救い、神子の浄化……すなわち「成仏」を求めます。嘆き悲しみの感受性と、救いを求める祈りが合わさった天の玄武の「鎮魂」の性質はしばしば「仏道」や「音曲」にあらわれます。白白と照らす太陽である天の白虎真夜中の水の底である天の玄武は世を憂う反応も昼と夜ほど違い、今まではあんまり絡む組み合わせではなかったのですが、『遙か7』では阿国が長政の前では自分の影が際立つようだと言っています。

敦盛だけでなく、九段以外の天の玄武はみんな「悲しみの水に沈みこんで出られない」怨霊のようなものであり、神子に手をとって引っ張り上げてもらうことを心の底で望んでいます。また坎の卦は「外は柔弱だが、中身は強い」をあらわす卦でもあります。芯が強い。これには萩尾九段もニッコリ

また天の玄武は「紫」であることから冒頭で引用した無印のコミカライズで言われているように「皇族筋」などの実は貴い血筋をあらわすこともあります。永泉、泉水はもちろん、史実の平敦盛にも「後白河法皇のご落胤説」があります。敦盛の通称は「無官大夫」ですが、「無官」つまり官職についていなかったのは皇籍に入れる身であったため臣下としての役職を与えられなかったのではないか……などなど。

 

地の玄武―心の花の蕾

八卦:艮(ごん)

卦の形:(陰-陰-陽)

方角:北東(うしとら・鬼門)

自然物:山

f:id:marimouper:20200713234729j:plain

 地の玄武の中心的イメージは「鬼」です。艮の卦は「うしとら」とも読み、鬼が出入りする忌み方向である鬼門をさします。たぶんこのことから『遙か』の地の玄武はマジの「鬼」や「人間でないもの」が多く、人間であっても「鬼」的要素がはっきりみられないのは村雨くらいです。

艮の卦象は「山」や「巌」、つまり「高くそびえて強いもの」であり、天の玄武の坎の卦が「くぼみ」として女性器や動けない重病人をあらわしていたのと逆に男性器や高尚な理想で動く人をあらわします。すなわち地の玄武によくいる(スゲーいる)「マイペースで他とあまりコミュらない頑固者」であり村雨のような「革命家」です。そして艮は「引継ぎ」、「次の誰かに手渡すこと」も意味します。

『遙か』シリーズで守られている人物像は「人外の境地の達人」です。村雨以外は全員チート級の強キャラでまさしく「鬼のように強い」ですし、村雨も「大正デモクラシー」というフィールドにおいては初見プレイヤーを強制バッドエンドへ導く「ペンは剣よりも強し」を見せつけてきました。ここで、艮の卦象の「高くそびえる山」と「引継ぎ」の意味がつながってきます。「高みにのぼった」者は老師となり、後進に秘技を相続して、あとは天にのぼるべきさだめだからです。これがリズ先生であり、忍人であり、高杉です。まあ高杉は死ぬ死ぬ詐欺もしましたが人間いつかは死ぬしな。「人間到る所青山(=墓)あり(人はどこにだって骨を埋め墓に眠れる場所があるものだ)」とも申しますし。

また、『遙か』シリーズの地の玄武と「鬼」とのつながりには独自の特徴があります。「鬼」というのは(死者の)「魂」「心」のことをあらわす字でもあり、『遙か』の地の玄武は「鬼」の固いつぼみに包まれた魂と心が、ほころんで匂いたつときを描くことが多いのです。

魂とは何だ
魂とは何処にあるのだ
そう己に問うていることが不可思議でならない

どうしたというのだ、瞳から落ちた雫
私は泣いたのか、人は泣きながら生まれると聞いた
おまえの涙、その清らかな羊水(みず)に包まれ
私は人になれたのか

(永泉/安倍泰明「碧の子宮」) 

碧の子宮

碧の子宮

  • 発売日: 2015/09/09
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

玄武の水気は「生まれる前の胎内」を意味します。このキャラクターソング(ただし石田彰は歌わずしゃべる)は二人の八卦の解釈をすごくよくふまえています。キャラソンの歌詞まで行き届いてるのかよ!すげーな! 「この世のものならぬ魂」だった泰明は神子の涙と自分の涙を介して「心をもつ人」として生まれ、その心の象徴として八葉の宝珠は涙のように右目の下にとどまりました。

リズ先生の隠し通したかった心は神子が彼を求める心の強さによって開き、殺して死ぬだけのはずだった忍人の剣は心を得て千尋を生かすために振るわれて輝きました。「狂気」の鬼を演じていた高杉はそっと神子に告げます。自分の諱は春風だ、と……。高杉の愛した梅の花のつぼみが厳しい冬を耐えてほころぶ、その季節はちょうど、艮の卦があらわす立春から啓蟄ほどです。かたく厳しく結ばれた心の蕾が春の風にほほえむころ。地の玄武の魅力はそこにあります。

 

 

八葉にデザインされた八卦の解釈がざっくりまとめられたので、あ~これで遙か7二周目以降誰を攻略してもこれに絡めてしゃべくれるぜ(リミッターが外れた踊り)。

この記事はこれからも適宜加筆・修正、参考記事のリンクなどおこなっていくので、このキャラのこういうところは八葉の中心イメージに関係あるのか?などの質問も受け付けております。ご期待に添えるかはわかりませんが、各タイトルのテーマやキーワードについて興味があるトピックなどもあればお寄せください。参考にさせていただきます。でも何より遙か7ふつうにプレイします。

次回は一応風花雪月のごはん記事をもう一本予定していますが、さてどうなることやら……。

 

↓おもしろかったらブクマもらえるととてもハッピーです

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

 

www.homeshika.work

↑ブログ主のお勉強用の本代を15円から応援できます。この記事書いていて気が付いたんですが易経関連の勉強をしていたのはずいぶん前で今ぜんぜん手元に陰陽道だの風水だのあと儒教系の本がない(そのときは図書館とかで勉強してたのかな……)ので、遙か用にちょっと手に入れたいとおもっています。

 

あわせて読んでよ

www.homeshika.work

www.homeshika.work