本稿は、ドラマ『陳情令』のつくりの特徴と見どころを、未視聴および初見の方に向けて紹介するかたちのレビューです。
これから見進める初心者の方向けではありますが、謎解きの核心には迫らないまでもネタバレがチラホラはあるのでご注意ください。
🐰地上波初登場🐰
— ドラマ『陳情令』公式 (@TheUntamedJP) 2023年6月19日
メガヒットファンタジー時代劇 #陳情令
本日17時から #テレQ にて放送開始!#魏無羨 #肖戦 #木村良平#藍忘機 #王一博 #立花慎之介 pic.twitter.com/T9wXwjTs8X
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『陳情令』とは
ドラマ『陳情令』は、小説原作の中国ドラマです。
45分×50話あるので中国ドラマを見慣れてないとスゲー長そうに感じますが、スケールでかめの大河的な話なので、よく考えてみれば日本のドラマとかアニメの1クール制が早足すぎんだよな。なんか10話くらい見たらあとはスルスルあっという間です。
舞台は中国の中世時代くらいの文化レベルのファンタジー世界で、いわゆる「仙人が空飛んでワイヤーアクションバトル」的な系列の雰囲気です。
アクションや俳優さんたちのルックスが超カッコよく華やかなののはもちろんのこと、常に底に流れる深く切ないテーマ性や、それを体現するキャラクターたちの配置・構造の洗練度の高さによって、噛めば噛むほど味がする秀逸な架空戦記群像劇となっています。
ちなみに原作小説は主役二人が最終的に伴侶となるBL小説で、映像化にあたっては表向き「アツい友情だぜ」というテイになっています。まあ実際萌えというより燃え系ではあるし……。
(当方は日本でドラマが公開され始めたころに人からプッシュされてハマり、「うおお早く続きを見してくれ」の一心で中国語の小説版を買って猛然と中国語を勉強しながら読んだのですが、エッティなシーンにさしかかった瞬間いきなり中国語が読みやすくなってビビった わかるもんなんだな!)
覚えやすく愛くるしいキャラたち
群像劇っていうと人間が多いのか……覚えられるかな……となるタイプの人もいることでしょう。なぜなら僕がそうだからだ。
まず主役は上の「黒い人」と「白い人」です。何よりこの二人が色通りに正反対の凸凹コンビで、彼らの価値観やふるまいのあまりの違いによる葛藤や、それでも共有し認め合った熱い魂が物語のテーマをリードしていきます。
人間の顔の見分けどころか美醜の判断すらもビミョーな当方でも、こいつらばかりは顔立ちの作画がマンガみたいにキレーに光ってるからわかるぜ。
二次元よりキャラクター性が立ったビジュアルって何?
二次元やん、とおもって衝撃を受けて絵まで描いた
黒い人 ”夷陵老祖”魏無羨(ウェイ・ウーシェン)
「黒い人」はメイン主人公の魏無羨(姓名は魏嬰(ウェイイン))。彼が世界から魔王のように恐れられ忌み嫌われ、死んでいくところから物語ははじまります。
で、その「魔王」の魂をさ、恨みをもった青年が自分の魂とひきかえに復讐してくれや!と黒魔術で呼び出しちゃったからさあ大変。つまり倒されたラスボスの転生ものなんですね。オタク文脈。
見出しの”夷陵老祖(いりょうろうそ)”というのはいわゆる「二つ名」で、呪いの地を根城とする邪術の教祖魔王であると恐れられた名前です。三国志の孫策が「小覇王」と称えられたり、水滸伝でも梁山泊の百八星たちに「人呼んで"浪子"、燕青」とかついてるのと同じで、中華武侠ものには欠かせないカッコよ要素です。みんな「疾風ウォルフ(ウォルフ・デア・シュトルム)」とか好きでしょ。オタク文脈。
他人の身体を借りて生まれ変わった魔王・魏無羨は実は恐ろしい伝説とは違って少年のように明るいいたずらっ子でした。さっぱりとした性格なので別に現世に未練も恨みもなかったのですが、天才の魔王なので、悪党へのおしおきも屍を操って戦力にすることもちょちょいのちょい。せっかくしがらみのない二度目の人生だし何しようかナ♪ と思っていたら、彼が死んだ十数年前の争乱の火種と謎は、まだまとわりついてくるようで……。
魏無羨は「大ネクロマンサーの闇の魔王」というダークな前評判(屍を操るのは事実)と、自由奔放で落ち着きがなく悪知恵の才能あふれた両津勘吉のような表層、そして特に『陳情令』では世に背いても弱い者を守ろうとする孤独で清らかな心とを、洒脱な黒い衣に包んだ味わい深いキャラクターです。
ずば抜けた才能と実力と発想力があり、風流も介し、善なる心を持った大器で、名門仙家の一番弟子として名声高い貴公子です。しかし、父の生まれが低めなうえに幼くして両親を亡くし名家に引き取られた孤児の身の上で、きょうだい同然に育った名家の娘息子とは大の仲良しでも立場的に同じとはいきません。あっけらかんとしているようでいて、どこか疎外感を感じています。だから自由奔放すぎる性格をやってしまっているみたいなとこもあります。
その自由奔放さと、一人でも戦う清らかな心と、両津勘吉の悪魔的な知性と、そして世の中の愚かさと邪なたくらみがピタゴラスイッチして、彼は「魔王」へと変貌していくことになります。だいたい半分はその回想編です。
バッドエンドがわかってる回想って燃える~~。
白い人 ”含光君”藍忘機(ラン・ワンジー)
「白い人」はもう一人の主人公の藍忘機(姓名は藍湛(ランジャン))。バリつよ剣術と琴の演奏で敵を倒す無双武将です。
物語の冒頭で転落死しようとする「黒い人」の手を断崖絶壁で掴んで必死で救おうとしており、二人の間の白い衣の腕が血で真っ赤に染まります。「俺を助けようとしたらお前までダメになっちゃうから、さよならだ」みたいに微笑んで黒い人は落ちて行っちゃったわけで、あー、この二人はさぞかし仲のいい親友どうしだったんだろうなぁ……。こりゃこの白い人、めちゃくちゃショックですわ……。
と思いきや転生した魏無羨はこの藍忘機の気配がすると「アチャ~ッ、面倒くさいのが来たぞ、こっそり逃げろ!」「俺あいつとはバチバチに対立してたからな……」みたいに煙たがるしまつ。アレッ!? 不良と風紀委員かよ!?
その実本当に彼らは不良と風紀委員で、自由奔放な両津無羨(りょうつ・うーしぇん)に対してこの藍忘機は大原部長どころではない頭カチコチの規律ロボだったのです。最悪の出会いをしていきなり剣を抜いてケンカになったのですが、ケンカの結果お互いの力や魂を認め合い、友達のいない規律ロボ藍忘機くんは魏無羨に友情を感じるようになります。
ただ、友人だからって「いいよいいよ」するような規律ロボではなく、友人を心から思うからこそスゲー口うるさくもなり、それが魏無羨本人や周囲の人には「まーた鬼風紀委員が不良にキレてるよ、くわばらくわばら」と見られていたのです。
という規律ロボ・藍忘機は人間離れして清く麗しいビジュアルと性格で名高く、”含光君(がんこうくん)”という美しい二つ名で呼ばれます。常に背中に定規の入ったような姿勢で無表情、極端な無口さんですが、怪力でアクションがえげつなく、静と動のギャップが激しいタイプ。
特に規律が厳しいことで有名な仙界の風紀委員的な名門・藍氏の第二公子で、完璧な人間として評判が高いを超えて畏怖されてすらいます。
常に清く正しいことしかせず、まともに人とコミュニケーションをとってこなかった孤高の彼の人生が、混沌そのものの魏無羨と振り回し合ってどんな葛藤を迎えるのか……ある種ニンゲンに関わって心や感情表現を学んでいく人外ものみたいなかわいさもあります。オタク文脈。
五大世家(仙門)
『陳情令』は群像劇なのでそりゃ人間が多いことは多いのですが、けっこう日本のオタクカルチャーからすると覚えやすく愛着をもちやすいキャラ構成をしてるとおもいます。主役二人が「黒い人」と「白い人」であるだけでなく、周りのキャラにも「色分け」があるからです。
『三國無双』シリーズの魏・呉・蜀の色分けしかり、『ハリー・ポッター』シリーズの寮ごとのイメージカラーしかり、『ファイアーエムブレム 風花雪月』の学級カラーもそうですね、衣装とかに勢力ごとの大まかな制服のような色分けがあると個性がスッと入ってきますよね。
『陳情令』の世界観には国家権力が登場せず、「世家(せいか)」と呼ばれる仙術の流派みたいなものが地方領主的に周辺地域を治め、守護しています。この流派ごとに衣装(校服)の色分けがあって目にも楽しい。キャラも覚えやすい。
そして、魏・呉・蜀やハリポタ、風花雪月とこれまた同様に、それぞれの家柄のカラーは見た目だけでなく思想的なスタンスを表しているものでもあり、テーマ読解もはかどるようになっています。
(↑『風花雪月』それぞれの国・寮のカラーと思想的スタンスの構図読み記事↑)
以下、かるく代表的な世家の特徴を紹介しておきます。
温(ウェン)氏
回想時点で絶大な武力権力を誇る仙界の王者たる世家。シンボルは太陽、ドラマでは炎の双頭鷹が家紋。カラーは火をあらわす赤。つまり『風花雪月』でいう帝国ポジ。
仙術を鍛える者達の中で初めて「門派」より「血縁」を重視した祖をもちます。つまり門派内での実力や信頼関係よりも世襲や閨閥で上に行けるかが決まる、仙界の「家柄主義」な慣習を固定させた家です。つまりハリポでいうスリザリン。
江(ジャン)氏
魏無羨が一番弟子として属している、水辺の都に住む自由闊達な気風の世家。周囲の湖に咲く蓮の花が家紋。カラーは湖水の青紫。
弱きを助け強きをくじく、任侠の者を祖にもちます。「心に従え」「為せぬを試みてこそ為せる」という自由な任侠らしい家訓をもっています。
藍(ラン)氏
藍忘機が第二公子である、山奥の秘境に住むきわめて求道的な厳しい世家。清らかで浮世離れした雲が家紋。カラーは喪服のような真っ白と薄い水色。(中国の喪服は白です)
もとは僧侶で、道を同じくする伴侶とともに仙人となった祖をもちます。修行僧出身の家だけあって法律化した家訓がアホみたいに多くて何千条とあります。その規律正しさは仙界じゅうから尊敬されており、仙界では子弟を藍氏学校に勉強させにいくのがテッパンになっています。
聶(ニエ)氏
堅牢な城塞に住む武骨で武闘派な世家。獣の頭が家紋。カラーは鉄色。
肉屋(屠殺業)を祖にもち、血の汚れや命を奪う業に向き合ってきた戦士の家です。仙人は剣(両刃の細い直剣)を武器にするのがふつうですが、聶氏は肉切り包丁のごとき幅広で片刃の刀を使います。歴代当主は刀道の修行によって随一の武闘派な強さを誇りますが、血の狂気に蝕まれる運命にあり、短命です。
金(ジン)氏
壮麗な宮殿に住む超お金持ち世家。金の牡丹の花が家紋。カラーはもちろん金色。
皇族を祖にもち、豪華絢爛で典雅です。武や求道ではなく政治的駆け引きで権勢を求めていくタイプで、直系の人間はいわゆる「ボンボン」で鼻持ちならないヤツが多いです。
中華世界の伝統的英雄観
『陳情令』の二人の主人公の相克や絆は「最悪の出会い系ロマンス」とか「光と影、太陽と月、正反対な二人の絆」とかの王道としてもじゅうぶんに出来がいいのですが、中国古来の価値観からみても、主人公二人の対立構造は趣深いので当方はそこが大好きです。
二人は正反対でありながら、どちらも中国で古来から「すばらしい人物像」として称えられてきた元型的キャラクターだからです。
「白き君子」藍忘機
「君子危うきに近寄らず」「君子の交わりは淡きこと水の如し」「君子は和して同ぜず小人は同じて和せず」……漢籍の中でしょっちゅう出てくる「君子」こそは、まず中華世界の理想的な人物像です。
規律正しく、自分に厳しく、思慮深く、動揺せず、高位の人間にふさわしい品位と徳をそなえた人格者が「君子」です。世を治める力あるものは君子を目指すべきで、こうした徳を磨く場として『陳情令』の仙界では藍氏の学校に通うのがベストとされているわけです。
藍氏の公子である藍忘機とその兄は「生身の人間では不可能ではないのか?」と思われるようなこの「聖人君子」像を体現しています。過ちを犯さず、世俗の汚れに染まらない、雲のように白く高尚で清冽な模範……。藍氏の兄弟は仙界のあこがれの的で、原作の中の「貴公子イケメンランキング」みたいなものでもワンツーフィニッシュし、「藍氏双璧」と呼ばれています。ふたつの欠けたところのないきれいな玉。「玉壁」は中華世界において磨かれた人格のことも意味します。
というふうに完璧超人、パーフェクトヒューマンかに見える藍兄弟ですが、実際の世の中は清く正しく強くばかりではいかないわけで、彼らが外の世界と関わるとき、「清く正しくないけど好ましいもの」や「清く正しくいられない局面」とも出会うことになります。
「君子」であること、人格を磨くことはとてもすばらしいことですが、世俗とはけっきょく汚濁と欺瞞と弱さ愚かさにまみれた大多数の人間によってつくられているもので、藍忘機と藍氏の面々には「自分が正しくあろうとしているだけでは、周囲の人を救うことはできないのではないか?」という君子の葛藤が表現されています。
「是非」で測れぬ人の世
藍忘機は人並外れて頑固で一途な性格で、魏無羨に出会うまで「定法(家の教え、王道や正道とされている決まった答え)に則っているか、反しているか」という「是非」で何事も白黒つけてきました。自分に厳しいですし、箱入りの次男ということもあって、世俗のモチャモチャに触れる必要もなくずっと山奥で「理想的な修道者」として静かに輝いてきました。魏無羨に出会うまでは。
魏無羨にちょっかいをかけられて心を乱し、だんだんと「正しくない人間」に親愛を覚えていく矛盾に仏頂面で「……???」となったり、邪道に走る魏無羨を悪とも善とも判断できない自分に戸惑ったりした藍忘機は、尊敬する兄にたずねます。だいたいこんなような内容の会話です(要約)。
「兄上、考えを聞かせてください。世の出来事は……全て定法に則るのでしょうか?
今まで学んできたことでは解決できないことが起こっていて、答えが出ないとき、どう答えを出したら?」「忘機、かつて私も、一生精進して書を読み尽くせば悟りを開けると思っていた。
しかし、外の世界は書物では理解、解決できないことがあまりに多すぎる。
世に定法はない。
事の真理は是非だけでは決められないよ」「是非を尺度にできないとしたら、どうやって心を測るのですか?」
「人が人であるのは、是非だけで語れるほど単純ではないからだ。
判断するにも、白黒だけで断ずるのではなく、心の標に従いなさい」
偉大な書物に書いてある、正しい方法、最良の道……それは藍忘機を鍛え「君子」の人品を磨いてきましたが、世界は教科書の答えだけでは判断できません。魏無羨を通して彼は世界の広さと複雑さに気付き、一途な目と心で「心の標」を見定めていきます。
「黒き侠士」魏無羨
いっぽう、『陳情令』が属する「仙人が空飛ぶアクション」のジャンルである「武侠もの」の世界、および庶民が思い描く英雄像の中では、「義侠」という人物像に人気が集まります。武侠ものは現代で小説とかアクション時代劇として人気なだけでなく、古くは宋代とかから本や講談として人気があり『水滸伝』『三国志演義』とかも武侠ものの流れをくんでいます。
知恵袋(2009)で「中国で人気の出る歴史人物の4つの要素」として挙げられてるものが、中国のサイト(2017)では「日本人が英雄とみなす4つの条件」って書いあるらしくて出典がマジはっきりしねえのですが、個人的にもそうだよなーとうなずける「中国で人気のヒーロー像」の要素は、
1.義侠の人物
2.豪傑
3.救国の英雄 (外敵との戦いに関する)
4.悲劇の人物
です。特に3の「国の英雄」とかではない個人的な好漢像だとしたら、魏無羨はバッチリ当てはまっています。
「義侠」とは何か
「君子」は「正道」「王道」の人物像でした。「正義」という言葉もありますが、「義侠」のもつ「ただしさ」とはどんなものなのでしょうか?
義侠とは、法や規律ではなく自分自身の心や信条に従い、ときに超法規的な手段を用いてでも自分の正義をつらぬく生き方のことです。特に、仲間を守ること、権力者に虐げられている弱者を救うこと、暴政に立ち向かうことなどのために。そんなことをやっていると当然邪道をいくことになり、危険ですし、やくざ者として秩序側に目をつけられ、守るべきものの命とひきかえに処刑されたりもします。「侠」という言葉には正しさを論じるばかりではなく自ら体を張る自己犠牲精神も含まれています。
規律や法を守っているばかりでは泣き寝入りするしかない者たちのかわりに、おれたちにできないことを平然とやってのける、そこにシビレるあこがれる。それが「義侠」の美しさです。「義賊」のあり方を描いた『ペルソナ5』もまた義侠の徒の物語をテーマとしています。
「義侠心」をテーマにした『ファイアーエムブレム風花雪月』の闇の王ユーリスも陳情令ファンにはおすすめ
「陳情」の笛
魏無羨はもともと「規律よりも人情」というタイプですが、それだけでなく、ヤバめな事態において人助けすることに躊躇がありません。
たとえ女の子にセクハラしている奴が皆の命を握っているものすごい権力者であろうと、いじめられている人が世間じゅうから恨まれている家柄であろうと割って入るのにマジで躊躇しないのです。しかも行儀の悪い手段でも迷わず使う。家族や彼を心配する人としてはトラブル続きでたまったもんじゃありません。空気を読め――穏便な方法を――立場ってものが――、そんなふうに彼は周りの頭を痛くさせます。
しかし、そもそも困っている人を助けるのに「空気」「穏便な方法」「立場」がなんでしょう? そこで空気を読まなければならない世間の方が間違ってるというのに、なぜおとなしくエアリーディングしてなければならないのでしょうか?『ダイの大冒険』にも「真の勇気とは打算なきものっ!! 相手の強さによって出したりひっこめたりするのは本当の勇気じゃなぁいっ!!!」という名ゼリフがあるように、身の危険をかえりみず心に従うことが「義侠」の勇気です。
「穏便な方法」なんて探してる間に弱者が傷ついたってだーれも責任をとってくれません。たんに保身ですよ。保身だって悪いことじゃないですけど正義ではないよね。権力者が言う「行儀のよい生き方」の声は大きく耳ざわりがよく、いつだって現在進行形で助けを求めている弱者の声をかき消します。
魏無羨が屍を操るのに使う魔笛の名はドラマのタイトルにもなっている「陳情」。「言葉にできない情(こころ)を伝えること」をあらわします。魏無羨は世に響く偽りの正しさの大音量の中でも、弱者が嘆き倒れる音を聞き逃すことはありません。そのあたりが、特にドラマでは重点テーマにされてるとおもいます。
同じ義に生きる
行く道は違えど同じ義に生きる
— ドラマ『陳情令』公式 (@TheUntamedJP) 2020年3月18日
型にハマらない友情が胸を打つ
ファンタジー時代劇『#陳情令』
🐰いよいよ本日放送スタート🐰#肖戦 #シャオ・ジャン #魏無羨#王一博 #ワン・イーボー #藍忘機 pic.twitter.com/peZCJ7LXNh
「君子」の正しさと「義侠」の正しさは、どちらも正しいしどちらも限界があります。
世の人は君子の高邁さを讃え、義侠の悲劇を愛するでしょう。中国でも、日本の美学でも。
「体制側」と「抵抗側」はふつうは敵同士ですが、同じように世に正しきが行われることを強く望む正義の人物ふたりが、まったく違う道を行くことになってしまい、大事に思い合っていてもうまく助け合えないということもあるかも。『陳情令』はそういう葛藤をどう超えられるんだ?という物語です。
義侠は君子の勧める清く穏便な道を拒絶して守るべき弱い者たちの手をとって孤独に犠牲になります。表向き平和になった世界に残された君子は、これから少しずつでも世の中を良くしていくぞ……と思うだけでなく、「義侠をどうにかして助けられなかったのか」「自分もいっしょに弱者の盾になってあげるべきだったのでは」と悔やみ苦しみ続けるかもしれません。
上で参考画像みたいに貼った『RRR』でもそうですけど、どちらも善人である君子と義侠、警察官と革命家が、そりゃ気性や好みの違いはめちゃくちゃあるけどさ、なんで認め合う彼らが同じ正義のために自由に協力し合えないことがあるのか?
それって世の中のしがらみがあるからですよね。『陳情令』の世界の中で弱者が苦しむ原因の多くは、個人の人間性より門閥や生まれた身分を重視する社会構造だったりします。
社会の中で認められ、発言権をもってみんなを守るためには、行儀よく正しいふるまいをしなければなりません。それはそう。でも、その社会のつくり自体に間違ってることが多いならば、秩序を守ることで弱者を踏みにじることに加担してしまいます。
しがらみに囚われて動けなくなった君子の横を、快刀乱麻を断って義侠が駆け抜けていきます。秩序や世間体や邪魔者をバッタバッタと薙ぎ払って戦乱をおこしながら。
『ファイアーエムブレム 風花雪月』であれば、古き良き秩序にいいかげんガタがきた世界をそれでもなるべく使いのばしていこうとするディミトリと王国の考え方と、これ以上世界の腐った屋台骨の犠牲者を出さないために壊して燃やすエーデルガルトの考え方の対立とも似ています。彼らの対立を取り返しのつかないレベルにするのは世の中に積み重なった矛盾や、犠牲を生む構造なのです。
呪いの螺旋の中で
『陳情令』で世の中の矛盾や構造に苦しめられているのは、もちろん主人公二人だけではありません。誰にとってもどうにもならない世のさだめの悲しみ、苦しみ、そこから抜け出すことができずに終わってしまった人たちなどがたくさん登場します。
特にそういう描写は主人公たちと同じ「ペア」として登場することが多く、主人公たちのテーマを多層的に感じることができます。つまり、「〇〇がなかったら主人公たちもこうなっていたのかも」「この二人の結末と主人公たちの違いは何なんだろう?」と何回も違う角度で噛むことができるのですね。さまざまな二者関係が同じテーマの「変奏曲」として奏でられ続けるのが『陳情令』の魅力です。
例えば、原作よりもドラマで大きく取り上げられているのが、藍忘機の祖先で仙門では珍しい女性当主となった藍翼と、魏無羨の母の師匠で伝説の隠遁仙人である包山散人の友情です。力を認め合った親友どうしであったという二人は藍忘機と魏無羨に明らかに重ね合わされています。
藍翼は女当主と侮られないよう、家を守れるようにと焦って禁断の力を求め、包山散人はそんなことしたらダメだ身を滅ぼすって!とケンカしてでも止めようとしたのですが、二人は決裂し、結局藍翼はヤバい呪いのアイテムの力を制御できず世に放つことになってしまいました。この二人の顛末は役割は逆ですが魏無羨と藍忘機の運命を暗示しています。
他にも、
- 自由奔放な魏無羨と、神経質でプライドの高い弟同然の江氏次期当主
- 藍忘機の父と、大罪人であったという母
- 藍忘機の完璧な兄と、生まれで迫害される仙士
- 大世家の剛健な当主と、柔弱な異母弟
- 世間知らずなまでに清らかな仙士と、最悪のごろつき
などの、相反する性質の二者関係が自然な群像劇ストーリーラインの中にめちゃくちゃたくさん入っています。どれもキャラクターがいいので何度もおいしく、テーマ理解深まり、なんとスピンオフ映画もある。
これは当方の好きなキャラベスト3が全員主役のスピンオフ映画! ヤッター! こんなことある!?
世は無常
弱者は地をはい汚れながら必死で生き、強者は面子や名声を求め弱者を踏む……そんなやりきれない世の中で義に生きる二人、戦火に映し出される群像劇を描いた『陳情令』は、そのすべてを天から見下ろすような雄大な映像・音楽表現の妙も特徴です。
地上の人間の小さく愚かな争い、四苦八苦も、天から見下ろせばタペストリーの絵柄のようなもの。覇を争った英傑たちも、山河の大きさや尽きせぬ美しさの前では一瞬の閃光のように光っては消え去るものにすぎません。
永遠のものなんてない。人はいさかい合い、騙し合い、別れ、死に、孤独が残される。
それでもその滑稽さと哀れさを含めて世界は美しく、
己を理解してくれる大事な人がもしできたなら、
その人をしっかり見つめ、ともに人生を旅していくのだ――という、哀愁と覚悟と親愛と自由が入り混じったようなせつない気持ちを、未視聴の方はぜひ一度、もう見た方はファンミのDVDとか買って何度でも味わってみてほしいなとおもいます。
主役二人が楽器のセッションをするのが重要な要素になっているだけあって音楽のクオリティがめちゃくちゃ高く、キャラソンもパねぇ良い!
各種映像配信サービスで見れる!
語り足りねえですけど紹介記事としてはこの辺で。
↓おもしろかったらブクマもらえると今後の記事のはげみになるです。
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