湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

照二朗のアンミナプレイ雑感①

 今回は「本稿では~」とかいうアレではなく、ふつうにプレイしてて雑感があふれだしたので書きとめておくものです。日記です。途中までの恋愛イベントのネタバレは含みますが、まあ全員適当な段階で今のところ止めてますから核心はぜんぜん見てません。

『アンジェリーク ルミナライズ』一周目に女王エンドを迎え、いま二周目にチョコっと入ったとこなので、まあ『アンジェ』プレイしてる方ならわかるとおもうんですけど、ゲームはまさにこっからといったところです。

アンジェリーク ルミナライズ

アンジェリーク ルミナライズ

  • 発売日: 2021/05/20
  • メディア: Video Game
 

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しかし、『風花雪月』のときも一周目の前半から全体のテーマ表現がバシバシだったように、コーエーテクモゲームス制作のよくできたゲームらしく、プロローグから、体験版範囲からすでにほとばしるテーマ感。案の定また体験版だけでフライングレビュー書いた

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もう期待と信頼でドキがムネムネになり、まだどの恋愛エンディングもなんもしてないのに進めるのがもったいないモードになってしまったので、ここらでいっちょ「アンジェリークシリーズとアンミナと照二朗」みたいなワンマンショーを開催、ガス抜きをしようという寸法です。ワンマンショーにお付き合いいただける方は笑ってやってください。

 

 

「仕事」というテーマ性

 本作のテーマは一言でいうと「あなたらしく輝くこと」です。UIなどのデザインコンセプトには宝石のカッティングによる色とりどりの輝きが意識され、「あなた=主人公やプレイヤー、そしてそれぞれのキャラクターたち」という宝石の原石が、いかにカットされ輝きを発揮していくか……というテーマを示しています。

その「カッティング」にあたるもの、どういうアクションで原石を切り出し磨いていくのかという方法のひとつとして、本作では「選択」という行為がフィーチャーされているのだと、体験版範囲のレビューでは書きました

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未来を想い描き自らの意思で個性的な「選択」をしていくのは『エルシャダイ』の有名なPVでもロレンツォの声の人に言われている、人間のもつとくべつな力です。「宇宙」などという尺度でみたとき、「人間」にその王たる資格があるとは限らないのではないか……と『アンジェリーク』シリーズについてこれまでぼんやりと思ってきましたが、「選択」をすることが女王の力であると言われれば、守護聖や女王が人間であることにも妥当性が感じられます。

そして、「選択」が周りに効果や影響を及ぼしたり、その積み重ねにやりがいを感じたりするという本作のシステムのテーマは、そのまま「ビデオゲーム」というものの独自の特徴であり、存在意義でもあります。「女性によって作られた女性向けの商品」としては初めてビデオゲーム界へ切り込んでいった『アンジェリーク』というシリーズが、大げさのようですが「社会を変える役割をもった」力を、今も変わらず発し続けているという面目躍如です。

 

女性と仕事

 で、「あなたらしさ」の宝石を輝かせるカッティングのポイントは「選択」と、そして「仕事」であると、体験版範囲から先を遊んでみて感じました(もちろん、その先に「恋」もあるのでしょう)。これはすなわち、主人公を「社会人」の25歳に設定した意義のひとつでもあります。

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女王候補となることを「転職」とうたったセンセーショナルな広報方法にもみてとれますが、本作は「仕事をして生きていくこと」を見つめることに重点が置かれています。守護聖の価値観について知っていくなかでも、「守護聖という仕事との関わり方」「社会人としていかにあろうとしているか」という色合いがかなり出てくるのです。守護聖の中でただ一人しっかりした社会人経験のあるロレンツォの言う通り、仕事は人生の中心的な時期の大きな時間を占めるものであり、それは結局「生き方」全体とつよくリンクすることになります。「ワークライフバランス」という言葉には「たかがワークの分際でなにライフ全体と対等ヅラしとんねん」とおもうところもあるのですが、じっさいワークのしかたが合わなかった結果ライフを失ってしまう人さえ多くおり、働き方改革は生き方の改革なのです。

初代『アンジェリーク』が制作された時期は、まだ「女性が働く」ということに対してはなんというか、「『キャリアウーマン』以外は結婚するまでの腰かけ、あるいは子供がある程度手を離れてから、働きたい人が働く」みたいな社会の状況でした。その時代に「若い女性が宇宙を導くトップ・リーダーとなる」という作品を出したのは本当に途方もなく挑戦的でした。そして今はいくぶんか状況が進み、「女性が働く」ことも「一生自分の仕事で身を立てていく女性」もそんなに珍しいことではなくなりました。そのぶんプレイヤーにも「仕事と自分の生き方」をリンクさせて考えられる素地が作られたといえるでしょう。

 

仕事と「じぶん」の不可避関係

学生の就職活動の様子を見ていても、世の中には自分だけにしかできない「唯一無二の」適職がどこかにある、という幻想を刷り込まれていますね。これは恋愛幻想と同じ構造になっている。仕事をする前に自分の適性や適職なんかわかるはずないのに、そういうものがあらかじめ自分の中に初期設定で組み込まれていると思っている。だから、何かを始める前に、「本当の自分らしさって何だろう?」と自問したままその場に凍り付いている。でも、個性というのは、まさにインターディペンデントな関係の中で、その人が何らかの役割や業績を果たしたときに、「あなたはこういう能力があり、こういうことに適性があった」ということを周囲から承認されるというかたちで知るわけですよね。

――内田樹『大人のいない国 (文春文庫)』より

自分の生き方を問ううえで、仕事というものは特別な役割をもっています。なぜならば、「自分探し」は自分の内面をただひたすら見つめることでかなうものではなく、誰かに求められそれに応え評価されることで、それを積み重ねることでだんだんと達成されるものだからです。つまり、「天職」がどこかにあるはずだと探してもどうしようもなく、とりあえずある仕事、頼まれた仕事をやってみて、やっていくことで、自分が何者で社会に対して何ができるのかが見えてくるのだ、ということです。

ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』でも主人公バスティアンは自分のほんとうの望みに行き着くまでにさまざまなことを試し失敗を重ねました。「あなたは、何がしたかったですか?」というサイラスの問いかけに答えられる主人公になるためには、自分だけで沈思黙考することではなく、仕事をして他者・社会と何かを与え合い、健全な評価のキャッチボールをしていく必要があるのです。

 

 そしてこの「仕事」というものは「賃金を得るもの」という定義のものではありません。「他者・社会と何かを与え合い、評価のキャッチボールをするべきもの」です。

「女性活躍推進法」などの、「女性(あるいは社会的に就職不利である他の属性の人々)がもっと社会に出られるように、その力を活用できるように」という目的の立法とかがありますが、そこでいう「女性(とか)」の多くは家事や家族のケアなどの無賃労働に従事していたり、している仕事が社会に仕事であると認められていなかったりするのであって、「賃金や社会的地位がない」ことは「仕事をしていない」ことを表しません。賃金が払われていなかろうと、現在の社会でNEETとみなされていようと、あなたが自分の責任において生き、社会に何かを与えようとし、影響を与え合っているのならば、それは「社会人」だってことなのだとおもうのです。それはもっと評価されていい。

話がそれましたが、アンミナにおいて「仕事」は、人が何者であるか、その生き方を切り出していくための舞台であり、試練の刃であると描かれているってことです。女王候補としての飛空都市にはおカネを介した経済がありません。「日々の糧を得る」っていうふだん意識せざるをえない仕事の目的から離れることで、仕事の本来の力である「自分を自分にする」ということにとりくむことになるのです。

 

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 「仕事」はどこかにある天職を探せるものではないと言った通り、自分としてはピンとこない、不本意なものから始まることもままあり、それは何も悪いこと不自然なことではありません。

「守護聖」という仕事のシステムじたいがもともとそういうとこあったのですが、それをガチで追ってカメラの中央にとらえたのが、本作のカナタです

高校3年生になるところの彼は特になりたいものが決まっているわけでもなく、しかし、大人になれば自分が何をしてどう生きていくべきかわかるのではないか……と漠然と思っていました。当方は彼と同じくらいの歳の生徒を教えているので、彼のその意識はごく一般的な、というかやや恵まれた幸せな高校生のものだなあと実感できます。

彼のあたりまえの生活、友達、家族が突然はるか遠くに引き離され、長く勤める「仕事」が強制的に決められてしまったことは、彼のSNSアカウントを見守っていたアンミナの見込み顧客たちに大きな衝撃と悲しみ、ときに憤りを与えました。当方は、「未成年の日常アカウントを、しかも彼の運命の重大なことを知っている無関係の大人が一方的に見て楽しむというのはよくない」とフィクションと現実の境目を無視したことを思い、リアルタイムで追ってはいなかったのですが……。もちろん広報作品として作られていたアカウントですから楽しくドキドキ見ていた人に罪があるわけではぜんぜんありませんよ。むしろいいことです。当方のは職業倫理っていうか職業病?みたいなとこですね。

カナタのことはドラマティックな悲しい衝撃だったのですが、しかし、ことを「宇宙」とかよりスケールダウンさせるならば、この「あたりまえの幸せが続くと思っていた、将来について覚悟しているわけでもない学生が、突然進路を決定されることになる」という状況じたいは、残念ながらっていうのかどうなのか、どこにでもありうること……でもあります。つまり、突然の家庭の事情により進学をあきらめ思ってもみなかったところに働きに出ることになった18歳や、いきなり自分や家族が難しい病気になりそれまでの人生プランが真っ白になってしまった18歳や……、そういった18歳を当方は何人も知っています。そして、もっと小さければ当然社会的に保護されるべきですが、18歳だから、高校に保護されない限り大人と勘定され、そこからは自分で泳いでいきなさい、たとえ自分の選んだ水でなくとも、と言われることになる。

自分の選んだ水でなくとも、「こんなの自分がやりたいって思ったことじゃないのに」とうなりながらそこを泳ぎ、たどり着いた岸でしか、自分の生き方に出会うことはできない。そうやってカナタが生きるべき自分を形作っていけるように願います。

 

 そして「仕事」はまた、自分一人でできるものではありません。「優れたことをなす」ことよりも、「他者・社会と関わっていく」ことのほうが、実は仕事の本質だからです。

フェリクスの初期のイベントは、彼の「ヘラヘラしてれば誰かが助けてくれるというのは美しくない、自分の力でやることが美しさ」という考えに対して、「他者の心を無視し仕事仲間との協力を軽視するのって仕事ができる人とはいえないと思うけど~!?」とバトっていく展開が軸になります。そう、「他者を無視しても問題ない超人」は「仕事ができる人」とはいえないのです。

われわれはどうしても、できる人になろう、強くなろう、と思うと、「一人でも生きていけるように」「助けを借りずに仕事をこなせるように」ということを「一人前」になることだと思っていまいがちです。でもそれは、少なくとも「仕事」という概念においては、強さではありません。なぜなら人類の「仕事」とか「労働」とかっていうのは個人の強さからではなく、むしろ弱さから発生したものといえるからです。

仕事は求める人がいて、応えて、評価されるから成立するものだと先に述べました。たとえば狩りが不得意な人がいて、狩ってきた肉を渡して、喜ばれる。ここには狩人という仕事が発生していますが、これは「狩りが不得意な人」が存在するから起こったことであり、そうでなければ狩りが得意な人が自分のために肉を狩って食べて終わりです。それは野生動物とおなじで仕事とはいわないですよね。

つまり、人によって得意不得意が違い、不得意な人が得意な人を頼ってくれることによってのみ仕事が生まれ、経済の流れが生まれ、経済の流れは1と1の交換によって豊かさを3にも4にも増やしていくことになります。こうして、人間は「仕事」の結びつきによる「社会」を形成してきたのです。だから、「自分一人でなんでもやろうとする人」は人間社会が発展してきた原理に背いている……ともいえるわけです。

フェリクスから見て主人公が「仲間とか友情とかに依存する情けないヤツ」であることは、最初は主人公が自立心をあまり持てていなかったということを表しています。しかし、意志的になってきた主人公は逆に、自分でできないことについて得意な人を頼ることこそが仕事なのだとフェリクスに示していくことになります。守護聖たちの「仕事」を結ぶ要である女王は、「自分でなんでもできる完璧な女性」である必要はない。むしろ、人間はそういう完璧なものではないということを知っている女性こそが……。

そしてこの、「お互いの足りないところを、お互いの余っているもので埋めていくことで、幸せになる」という仕事の性質は、そのまま恋愛を含む深い人間関係の性質でもあるではありませんか。

 

尖った選択肢

 さっき言ったようにフェリクスと仕事のやり方についてバトるなど、今作は選択肢が尖っているというか力強いです。

一周目はある程度のところで積極的にフラグを折りにいっていたのですが、そうでなくても、今回は「まあまあ無難な答えなのに不正解な選択肢」「こっちが正解そうなのにかなりキツいこと言う選択肢」がけっこうみられるのです。これはアンジュという女がものを言うタイプの女であるというより、バシバシ言っていけと選択肢にしむけられているのですよね。

これはけっこう、プレイヤーによってはストレスになることだとおもいます。当方ですらストレスなんですから。かつ、そのストレスは制作側が意図して与えてきているものだというところもポイントです。ルビーパーティーは言っている、ぶつかり稽古しろと(エルシャダイ構文)。なぜかといえば、人と対等に仕事をしながら尊敬し合う人間関係を築いていくためには、意見を戦わせることを恐れてはいけないし、それを人格否定的などちらかを屈服させる戦いだと思ってもいけないからです。

女性が家庭の中に閉じ込められなくなってきた近年でも、やはり女性の多くはまだ「意見を戦わせること」について不慣れであると感じます。それは、意見を戦わせることが怖くて障りのない会話をしがちだというだけでなく、逆に意見を戦わせたら最後親の仇のようにいわゆる「天敵」「地雷」のように不倶戴天の敵となってしまうというのも根本的には同じことです。女性を含めわれわれは、世界を生きる仲間としての他者と価値観を交流させるための葛藤にもっと慣れ、それとの距離感をつかんでいくべきです。

 

 そして、その「他者との葛藤をもっとカジュアルにすること」に付随して恋愛進行不可のパリーンもけっこうカジュアルにおこります。これも素晴らしい。

コルダのパリーンより軽めというか、さらりと行き違い、このルートではだめでした、となるのがまたリアリティがあるというか、恋愛がそのタイミングでは不可になっても人間関係は続いていくという感触が、大人らしいですし、人生らしい、とおもいます。旧作でジュリアスとかをフッたときの爆発ぶりはすごかったですからね……。それにクラヴィスというキャラクターじたいがそういう女王候補との恋愛の行き違い恋愛不可から長年の傷を抱えまくっていた造形でもあったし、なんていうか時代変わったなっていい意味で感じます。

 

照二朗とアンジェリーク

 と、なんで恋愛不可パリーンした後の流れを評価してたかっていうとそれが当方の楽しみポイントだからです。照二朗のこれまでの『アンジェ』楽しみどころを挙げますと

 

・定期審査の人気投票を親密な守護聖に「こんなに支持されてるのか……俺以外の奴から……」みたいに思わせる感じで見せつけるのがやりがい

相手が超盛り上がってるところで振るのがテンション上がる

・フラグが折れた相手と微妙な雰囲気なのに親密なデートするのが味わい深い

・『エトワール』で告白を断って親密度をガン下げした後、また親密度を上げて奥の間に通される仲になるのが超エロい(エトワールにはすごく高い親密度になると執務室の奥の私室に迎えられるというシステムがあります)

・エンディングできるフラグが林立してるところで寸止め女王エンドすると未練を残した祝福の言葉を言ってくれるのが最高に興味深い栄養

 

……といった感じで……。あっ引いてますか? でもこのように魔性の女のようなプレイングをして、正規の恋愛エンディングとは違うその後の物語や行間を想像できるのもまた、飛空都市や聖地に暮らして日々の仕事を積み重ねるタイプの『アンジェリーク』だからこその醍醐味というものですよ! こういう行間読みの味わい深さとエロさ、ファイアーエムブレムシリーズにも通じますね。もちろん正規の恋愛エンディングも全力で楽しみますとも。

このような感じの楽しみ方が、今のところアンミナでもけっこうできていて満足感があります! フラグ折りがより繊細な味わい深さになっていますし、フラグが折れててもネックレスをプレゼントしてくれたり、逆にフラグが折れていると女王になったときに未練なくちゃんと吹っ切った祝福をしてくれて逆に感動しましたね、あそこで道が分かれてから彼の中で整理をつけて、人間として尊敬できる仕事仲間として認めてくれたんだって……。女性として守護聖の男性たちを好きっていう入り込み方じゃない自分の問題も大きいですが、やはり恋が折れても友愛を育めるっていうのが何よりうれしいんですよね。

あと今一番最高マイブームなのはフラグが折れた後の森の湖デートのうすく悲痛で微妙な雰囲気! フラグが折れた後の自室デートもエロくていいですね! 別れた恋人的な存在と部屋でダラダラ他愛ない遊びするのって超楽しくてうれしくないですか!? おれだけ!? フラグ折れてもすごい仲いいシュリと部屋でいっしょに筋トレすんのめちゃくちゃ興奮しましたけど

 

現時点での守護聖雑感

ユエ

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 まず「おまえのようなガサツなつくりの光の守護聖があるか」って思ってアンミナのいちばんの不安要素だとおもって見てたんですけど、それが戦略っていうか、意図された構成である感じがわかってきてやはりルビパには脱帽ですね。こいつ、主人公にとって最初「何も考えてないように見えるダメ上司」と重なりつつ、「人の上に立って責任ある仕事をするということ」に目を開かせていく役割をもたされるためにガサツに作られてません!?

 あとこの自己評価高い高い芸とか生きとし生けるもの愛すムーヴがすごく見覚えありますね、主に鏡の中で

 

ノア

 カナタも心配というか関わるときには大人と傷つきまくった新社会人というパワーバランスに十分注意して慎重に関わらねば……とおもうのですが、ノアもたいがいやばいですね。年齢こそ大人ですが公式にも「年齢より幼い」と言われてますし、社会に生きる人間としての教育を受け生きる力を身につけてきたかという意味では、カナタよりよほど保護されなければならない子供だということになります。心にある欠落とともに生きる、という意味ではクラヴィスもフランシスも同じなのですが、二人は陰鬱に見えて案外ある程度自分と折り合いをつけられている大人だったので……。

そこらへんを安んじてから、そのうえで恋愛っぽい話になっていくとはおもうのですが、今は……ただ……心配だしかわいいベイビーちゃんだな(仕事はちゃんとしてくれてえらい大人である)……という感じ。

 

ヴァージル

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 ヴァージルを見ていてつくづく思ったのが「コーエーテクモゲームスは『風』という実体のないものをキャラクターに表現するのがすごくうまい……」ということです。

サクリアの性質についての分析記事でまたいずれ風のサクリアの話もするのですが、風のサクリアは『遙か』では天の青龍や、白龍の神子の性質に該当します。

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「風」というのは実体もないし性質の二極でもない、ただ「動いている」という概念です。天の青龍は「己をむなしくして(生々しい我欲に生きず)」忠や義のためにさわやかに駆け抜ける風であり、「真田幸村」という人物の伝説が愛されてきた魅力そのものです。また、風のサクリアの「勇気」「変化」という性質は「先へ進む力」すなわち陽の気の極致で、八葉を動かし突破と創造を司る白龍の神子にあたります。コーエーテクモゲームスは『戦国無双』シリーズの真田幸村を含め、この「吹き過ぎる変化の風」のせつないまでの美しさ、ロマンを描くのがほんと得意なんですよね。つかみどころのない風は表現するの難しいですよ。

その通りヴァージルは「つかみどころのない」「見ていると寂しく切なくなるような」魅力を発散していてパッと見から見事です。これまでのランディやユーイといった風の守護聖は「素直で伸びやかな少年」という造形であったため、ヴァージルはかなり異質なアプローチです。どういう中身からこの切ない魅力が出てるのかと思ったら、ヴァージルの「風」とは「戦うこと」だったのです。それも、炎のサクリアの性質のように情熱や勝敗によって戦うのではなく、戦わねばならないときに一瞬で戦う体勢になれるそこに恨みや憎しみはない弱点や死角を相手にさらさない間合いを保つ、という徹底したドライさです。それこそがサバイバル、生き抜くということです。

このドライな風の軽やかさと瞬発力は彼の異常なまでのエクササイズ好きにもあらわれています。これも風のサクリア的なことに彼自身は自分の心の中身や他人の心との違いを客観的に意識する性格ではないのですが、彼と運動の関わり方には「常に自分の体を精細かつ抵抗ゼロでコントロールしたい」という感覚が見えます。これはタロットでいう「戦車」アルカナ的な性質でもありますね。

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ヴァージルは敵を退ける実用に最適化された小型の拳銃、研ぎ澄まされて紙のように空気抵抗理論値ゼロとなったナイフであり、そういう空虚なまでに磨き抜かれた武器に人間は、そら恐ろしさや畏敬だけでなく優美な魅力を感じるものです。美しい数式に対するように。案の定、銃や刀剣に魅入られるがごとくフラフラとヴァージルにハマっているプレイヤーも多いようです。

また、ヴァージルが「大事な身内を箱に入れて守りたいタイプ」だというのもまた、秀逸な「風」の表現です。歴代の天の青龍(特に瞬とか)もそういう傾向がありましたが、それより強い出方です。「風」のサクリアの「逆位置」的な性質だといってもいいかもしれませんね。ヴァージルの世界観では何もかもが不確かで容易に奪い去られてしまうものであるがゆえに、彼は大事なものが傷つけられることには過敏にならざるを得ません。そして重要なことに、彼は自分のその気持ちがどういう機序で表に出てくるのか、ぜんぜん制御できません。ふだん意識していないわけですからね。体や頭を冴えさせることにはほとんど完璧でも、心はそうではない。アスリートの筋肉のつき方や動き方が競技によって違ってくるように、人間の心の動きってそれぞれさまざまなんだな、ということがよくわかる、変わったかたちをした心のいとおしさです。

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そんでこの自分の心の八つ当たりの機序が自分でもよくわかってない不思議な混乱と、意識していない心の独自のかたち、それを柔和ですかした外見や人当たりに入れてるとこが、なんか木原音瀬のBL小説に出てきそうなキャラ

アオイトリ (ビーボーイノベルズ)

アオイトリ (ビーボーイノベルズ)

  • 作者:木原 音瀬
  • 発売日: 2020/01/17
  • メディア: 新書
 

一周目は適当なところでフラグを折っておいたのですが、「木原音瀬はじまったな……」という感じでめちゃくちゃよかったです。木原音瀬だったらそこからいろいろヤバしんど展開のすれ違いラブストーリーが始まるのでこのゲームが全年齢だったことを幸いに思え(そのショコラが熱くなかったのをさいわいに思え)

恋愛進めるの楽しみなキャラです。

 

カナタ

 超かわいいですよね。残念ながら先述の職業病的なアレで超かわいいというだけでは「深く傷ついた新社会人と大人のパワーバランスを……」みたいに慎重になってしまい今後の展開にも警戒がありますが、基本好みのノンケ(※)です(※カナタは恋人がいたことがないしまだあまり考えたことがないはずなので性指向は本人にもわからんとこからのスタートで、ここでいう「ノンケ」は雰囲気語です)

でも恋愛状態に陥るかどうかは今のところの考えではパワーバランス優先です。フィクションを全力楽しみたいのでかなり現実に寄せて考えてしまうんですよね……。年下をかわいいと思わないのではなく、かわいいと思ったとしても倫理として当たり前にストップをかける、っていうのは「目の前にある商品が好きでも万引きはしない」くらいの感じのアレで……。

でもぜったいエロいと思うのでもし照二朗が進めなくてもみなさん楽しんでください。

 

シュリ

 めちゃくちゃ好みの武骨男ですね(クソデカ早口)

照二朗こういう武骨系の雄(ゆう)には「自分にないものを持ってる男……」てハワンワしてしまいめっちゃ大興奮なんですよね。

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またさー「女王の代替わりに宇宙が不安定になるとかクソじゃね? 女王なしで回るならそのほうがいいのにって思ったことある」というシュリの発言がサイコーに「炎」のもつ男性原理の表現でよくできてるんですよね。つまり「女性」という本質的に不安定で波のある存在を王に戴くことの是非、守護聖すなわち「男性」のオンオフがはっきりした力で全部白黒ついたほうがいいっていうコントロール主義(しかしそれはうまくいかなかったという挫折つき)です。「炎」の強さは母性に対する父性、女性原理に対する男性原理、ファジーさではなくはっきりした勝敗を司る力なんです。詳しくは下の水と炎のサクリアの分析記事で。

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ミラン

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 ヴァージルが今までの素直少年系風の守護聖からの新しい切り込み方だったのに対し、ミランの「緑」へのアプローチは今までの二人の守護聖の位置取りからすると妥当でバランスのとれた配置です。「農耕の豊かな実り、清らかで素朴な大地の力」というデメテル的な力を表していたマルセル、「生命の息吹そのものが萌えいづる有機的な美である」というプシュケ的な力を表していたセイランに対し、ミランは「欲望を喚起し、充足させることによる幸福」というラクシュミー的な力をもっています。

彼もまたノアと同様に幼いころからサクリアがドバドバ出てた超常能力者だったようで、彼が踊るとそれを見た人は心のうちの望み、つまり欲望が整理され、それによって夢を叶え幸せになることができるということで、なんか新興宗教の神子様のように祭り上げられていたみたいです。こいつもなにげに幼少期にまともな保護と教育を受けられてねえじゃねえか!! まあ社会との折り合いという意味では問題あるわけじゃないのでいいですけど……。

「豊かに生きる」という緑のサクリアのテーマについて「欲望」を中心に持ってきたのはさすがです。マルセルやセイランもそれぞれにさすがでしたが、ミランはよりプレイヤーに緑のサクリアの性質について理解してもらいやすいですね。「もっと豊かになりたい」という欲望こそが幸せを増やす原動力であり、人間社会が農耕や貯蓄、資産運用といった緑のサクリアの領分を拡大させてきた根本です。そして「扇情的」という言葉が示すように「欲望」はきらめきときめきや愉しみによって喚起されるもの。それがミランのちょっとセクシーできらびやかなダンスで浮かび上がってくるというのはよくできてるじゃないですか。この「ときめききらめく豊かさや欲のエネルギー」という性質は、『遙か』の八葉でいう地の白虎に相当します。

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そして、ヴァージルと同じくミランには緑の「逆位置」が含まれていますね。彼が欲望を喚起する踊りそのものなので、いろんな欲望を見通すばかりで彼自身の欲望についてよくわからなくなり、乾いています。人と話しながら外食するのは楽しいけど自分だけなら適当に済ませちゃう……というの、わかるなァ。

 あと、初期相性だとミランがレイナと勝手にラブラブになるようになってるのもうまいなと思います。ミランってノリが軽いから嫌われてもショックじゃないタイプじゃないですか? いや好みはいろいろだと思うんですけど仕事仲間としての関わり方としてさ……。いきなりカナタに嫌われたらショックが大きいでしょ。

 

ゼノ

 服のデザインがめっちゃオシャレでかわいい。鋼のガンメタルカラーにピンクを合わせるってのがいかしてますよね。ゼフェルとエルンストが硬質な色使いだったのでこれはオシャポイント高いですわ。チャーミングだ。

ゼノはミランと逆というか対応関係で、「欲望を喚起してきた」ミランと「誰かの役に立ちたい」ゼノという極になっています。一見これらはあんまり対応してる感じしないですが、自然の恵みをあらわす「緑」と人工の技術をあらわす「鋼」のサクリアはもともと対のものだということに根差していてよくできてるなーと思います。

「光と闇」「水と炎」の前半の対のサクリアは仲が悪くてなかなか相容れない感じですが、「緑と鋼」「夢と地」の後半の対のサクリアは初代も今作も仲がいいんですよね。これは、人間の文明が発展していく過程で対極のものが結び合わされることを表してもいます。たとえば「緑と鋼」を結ぶものは「農耕」です。自然の実りと人為の技術の間には、犂や鍬などの農具、荷車や水車などの幸せな結婚が発生し、お互いを高め合ってきました。だから、「もっと幸せになりたい」という湧き上がる欲望の逆側にあるのは、「もっと人の役に立ちたい」という渇望や試行錯誤で、それらの間の相互作用こそが、さっき話した「仕事」という人間らしさなのです。

カナタが自分の生き方をみつけるのは「仕事」を通してにほかならないと言いましたが、ゼノにはその反対側ともいえる「やみくもに仕事をしていても自分に向き合うことにならない」という、これまた「仕事」に関する普遍的な問題が表現されています。裏付け表現がすごい、厚みがある。「誰かの役に立ちたい」というのは仕事の本質ですが、ゼノの場合自分に向き合うことを避けたいがため人の役に立つことにやっきになっていた面があり、その証拠に「仕事をして他者に認められても自分の価値を認められないゼノ」の空転が表現されています。

「鋼」の器用さのサクリアは人間らしい「仕事」に最も近い性質があって、そこでこれをやるのはほんとうまいなって思います。まさしく歯車が空転するように、ゼノは周りからの評価のキャッチボールをちゃんと受け取れないまま仕事をしようとしてきたのです。それは本当の仕事ではないということです。

 あとなんかその空転ぶりを含めた独特のエロさが『真・三國無双』の徐庶に似てる。

真・三國無双6 Empires - PS3

真・三國無双6 Empires - PS3

  • 発売日: 2012/11/08
  • メディア: Video Game
 

 

フェリクス

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 夢の守護聖で「華やかな見た目に反して意外と常識人」って完全にオリヴィエを彷彿とさせる意図を感じますね。オリヴィエと比べたときの違いがひきたつキャラです。

初代では夢の守護聖オリヴィエが唯一の社会人経験者で今回のロレンツォ的な位置にあたりました。それゆえに現実的な世の中を知った常識人だったのですが、今回のフェリクスはほんの少年時代に守護聖として召し上げられ、聖地時間で十何年も守護聖専業でやってきた純粋培養夢の守護聖です。フェリクスにおける「常識人」というのはオリヴィエの酸いも甘いも噛み分けたうえでのものとは違い、美しい生き方として「バランスのとれた、弱点のない個人」を追求しているがゆえのもののようです。

フェリクスの生き方に現れている「夢」のサクリアの性質は、「理想」「完全」です。さきほど「仕事」は個人が完璧ではないから生まれるんだという話をしました。皮肉にもフェリクスのサクリアは「完璧な個人という理想は絵空事だ」という出方をしていておもしろいんですよね。アンジェリーク世界での「夢」属性とは現実に存在しないもの、思い描くしかないものを意味しています。

しかし、「現実的ではない」ということがそのまま「悪いこと」だとは思いませんし、その価値こそが夢のサクリアの存在意義です。フェリクスの母が女優だったように、フェリクスのイベントで小説が登場するように、フィクションを想うことは人に理想を示してきました。「そらごと」の物語を共有することができるのは、人間に固有の力です。フェリクスのイベントでそのあたりがどのように描かれていくのかとても楽しみです。

 

ロレンツォ

 人間の容姿が(武骨カッコいい雄(ゆう)以外は)よくわからないのでプレイ前は特に何も思ってなかったのですが、たいへん波長が合うし「地」のサクリアの性質の表現としても実に丁寧で大好きですね。コクがある味わい。

もともと「地」のサクリアの「知識」「知恵」の側面が好きでルヴァ様も波長が合って大好きでして、アンジェリークシリーズに入ったのもルヴァ様からでした。ロレンツォの地の性質はルヴァ様の変奏といった感じですね。かなりおおっぴらに怖い人になってるのももちろん変化ですが、より「知恵」について表現の解像度を高くしてきています。ルビーパーティーはプレイヤーを信頼して愛してくれているなあ。

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ロレンツォの考え方がよく表れてた細かいところでうまいなと思ったのは、「サプリメントのたぐいは好きじゃない」というところです。アンジェリークに限らず極度に知性的なキャラクターや合理的でクールなキャラクターは、特にエルンストのようなロボ系とか、食事を栄養摂取とみなしあまり時間をかけて楽しもうとはしなかったり、栄養補助食品ですませたりすることもよくあるとおもうのですが、それとは印象をずらす少々意外な描写です。

ロレンツォがサプリを好まないのは、食事は目で見たり味や文化を楽しんだりする統合的(ホリスティック)なものとして機能していると考えているからです。サプリメントは「不足しがちな栄養素を補う」ためにはたいへん有用なもので当方もおおいに利用していますが、栄養補助食品や完全栄養食などで「食事を簡便化しようとする」ことには実は落とし穴があります。なぜなら、現在の栄養学で人間に必要な栄養素だとわかっているもの以外にも、われわれの知らない栄養素がまだまだこの世にはあり、通常の食材の中から知らず知らずに摂取しているのかもしれないからです。

サプリでじゅうぶんに体を整えられるのはお金がある人だと思われることもありますが、むしろ本当の富裕層は日々の食事の中でバランスよく栄養をとることができるのでサプリをとる必要がないし、食事という文化と時間そのものを統合的に味わうオーガニックだったり伝統的だったりな料理を好む……という傾向があるんですよね。サプリメントはむしろ、それができない人がコスパよく不足を補うためのものだと考えるべきでしょう。地球でいうビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ的な存在だったロレンツォは本物の富裕層なんてレベルじゃねーぞ!なので、替えがきくただの栄養素なんかを効率的にとる必要はないのです。

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このように、ロレンツォは「まだわかっていないもの」への感受性、アンテナを張ることを重視しています。「無知の知」という言葉があるように、知性とは「知っていること」ではなく「知らないことがあると認識していること」に担保されています。幽霊とか現在オカルトとされているようなことも、現在の科学で解明されていないだけで原理が存在するのかもしれません。そういうこと。「知らないことがある」ということを意識するのは脳にとって負荷(ストレス)であり、「これについてはまだわからないことがある」というのを留保するのは思考体力を使います。その思考体力においてロレンツォは突出しており、むしろ持て余しているということです。このへん、最近のコーエーテクモキャラでは『FE風花雪月』のクロードによく似ていますね。

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 「替えがきくものを効率的に得る必要がない」「思考体力を持て余している」ロレンツォが求めるのは、効率の反対側です。それが「人間の心のゆらぎ」とかの、「まだよくわかっていない細部のファジーさ」というわけですね。

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昨今の日本の基礎研究軽視の話を↑の記事の同じくコーエーの最近の知性キャラであるリンハルトの項でもしましたが、「なんの役に立つのかわからないもの」にもとにかく未知で興味深ければロレンツォは関心を示します。「なんの役に立つのかわからないもの」もまた、「現在の人間には価値がわからない」ものにすぎず、それをマジで無価値であると断じてしまうのは「自分のわかっている世界こそすべてである」という反知性的な考え方なのです。「世界の中の、自分にはわからない価値」に貪欲に興味を示すロレンツォは「知性とは何か」について強く示してくれます。

『風花雪月』を遊んだ人にはロレンツォは「クロードとリンハルトとジョブズを混ぜたやつ」と伝えたいですね。キャラデザもなぜかクロードとリンハルトの要素あるし……。

リンハルトにもある部分ですが、この人の知への貪欲さと裏表というかこれも逆位置的要素の「対象への飽き」がどう描かれていくのか、自分事としても楽しみな気持ちですね。

 

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てな感じで、これから二周目進めま~す。

 

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