湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

「隠者」アルカナのキャラモチーフ―ぺるたろ⑨

本稿はゲーム『ペルソナ』シリーズとユング心理学、タロットカードの世界観と同作の共通したテーマキャラクター造形とタロット大アルカナの対応について整理・紹介していく記事シリーズ、略して「ぺるたろ」の「隠者(Ⅸ The Hermit)」のアルカナの記事です。歴代の「隠者」アルカナのキャラ、ジン、Y子、長谷川沙織、神社のキツネ、佐倉双葉の描写の中のタロットのモチーフを読み解きます。目次記事はこちら。

『ペルソナ3』『ペルソナ4』『ペルソナ5』およびこれらの派生タイトルのストーリーや設定のネタバレを含みます。

ちなみに筆者はシリーズナンバリングタイトルはやってるけど派生作品はQとかUとかはやってない、くらいの感じのフンワリライト食感なプレイヤーです。

↓前置きにペルソナシリーズとユング心理学とタロットの関わりの話もしています↓

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2024年2月2日に『ペルソナ3 リロード』が発売しましたので、逆に(?)ペルソナ3「フェス」のほうの読解実況動画を配信完結しました(アイギス編含む)。現在『メタファー:リファンタジオ』を読解中です。よかったらチャンネル登録よろしくね。

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 以下、タロットとユング心理学の関わりや大アルカナの寓意についての記述は、辛島宜夫『タロット占いの秘密』(二見書房・1974年)、サリー・ニコルズ著 秋山さと子、若山隆良訳『ユングとタロット 元型の旅』(新思索社・2001年)、井上教子『タロットの歴史』(山川出版社・2014年)、レイチェル・ポラック著 伊泉龍一訳『タロットの書 叡智の78の段階』(フォーテュナ・2014年)、鏡リュウジ『タロットの秘密』(講談社・2017年)、鏡リュウジ『鏡リュウジの実践タロット・リーディング』(朝日新聞出版・2017年)、アンソニー・ルイス著 片桐晶訳『完全版 タロット事典』(朝日新聞出版・2018年)、鏡リュウジ責任編集『総特集*タロットの世界』(青土社・ユリイカ12月臨時増刊号第53巻14号・2021年)、アトラス『ペルソナ3』(2006年)、アトラス『ペルソナ3フェス』(2007年)、アトラス『ペルソナ4』(2009年)、アトラス『ペルソナ5』(2016年)、アトラス/コーエーテクモゲームス『ペルソナ5 スクランブル』(2020年)などを参考として当方が独自に解釈したものです。

風花雪月の紋章のタロット読解本、再販してます。

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『ペルソナ』シリーズの中の「隠者」アルカナ

 1~7番+「正義」アルカナまでのカードは元型(人間の文化に共通する神話的な人物像のエッセンス)的な色の濃いキャラクター性・テーマ性が続くのでパーティーキャラとして定番でしたが、「隠者」アルカナからは第一線のヒーローというわけではなくなってきます。

もちろん、「色がバチバチビビッドな原色じゃなくなる」というだけで、意味は深まっていくんですけどね。「濃い」のとは別の混色的な「イロモノ」になっていきます。

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しかも「隠者」って「隠居老人」のイメージなわけですから、「徳の高いおじいさん」の意味であった「法王」アルカナと同様に、高校生の若者が活発に動き回り自己の確立に葛藤してのたうち回る『ペルソナ』シリーズのカメラの焦点からは外れ気味になるのはそりゃそうです。

 「9隠者」は1〜7番までの「価値観の学習」「守られた子供時代」を終え、8番「正義」で「絶対的な正義なんかないのかもしれない、それなら自分は……」とバランスをとりはじめた心が次に向かう先。

ペルソナシリーズの「9隠者」は、「世俗のルールを離れたテリトリーで自分を見つめること」を表します。

以降、当方が考える『ペルソナ』シリーズの作中で「隠者」アルカナモチーフとして描写されてるっぽい重要なところ赤字で表記します。

 

 

「隠者」の元型

まずはカードを見てみましょう。

左が一般的に「マルセイユ版」と呼ばれるもののひとつ、右が「ウェイト版(ライダー版)」と呼ばれるデッキの「隠者」のカードです。

そして『ペルソナ3』『ペルソナ4』で使われたオリジナルデザインのカードがおおむねこんな感じ(ぼのぼのさんの作成。ゲームで使用されたデザインそのままではありません)。このオリジナルデザインのことを以降便宜的に「ペルソナ版タロット」と呼びますね。(『ペルソナ5』ではUI全体のデザインに合わせマルセイユ版ベースのブラックジョーク盛り盛りカードに変わってます)

伝統的図柄では「フードつきのマント」をまとった「ヒゲのじいさん」「カンテラと杖」を持って「左を向いている」「他には何もない」というモチーフを入れるのが定番です。ペルソナ版タロットでは「正義」のカードで裁判の女神自身を描かず天秤と剣を一体化させた方法と同様に、大胆に象徴を単純化して「カンテラの光が深い闇を照らす」「フード(と一体化したまぶた)から洞察の目がのぞく」のみに絞られています。

別作品ですが『ファイアーエムブレム風花雪月』で「隠者」にあたる家柄の標章と紋章も「カンテラとフード」に意匠を絞っています。

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闇と、それを照らすため掲げる理知の光。しかしその光は小さくて、決して「法王」アルカナのきらびやかで高尚な光のように「世を照らす」ものではありません。ではなんのための光なのか……

深く果てしない闇、それは実は「フードの中」から広がっているもの。小さな光の小さいことにも意味があるのです。自分の中の闇を照らし自分だけの真実を「探索する」ためには、どこもみんな光りわたっていて目に入ることはかえって邪魔なだけかもしれないのですから。

 

元型「老賢者」、徳性「賢慮」

 タロット大アルカナの中には特に誰でも覚えがある神話的な人物像(ユング心理学では「元型」と呼びます。ユング心理学や元型とペルソナシリーズの関わりについて詳しくはこちら)があらわれます。主に序盤の1~7番でやっているのですが、「隠者」も元型のアレンジ感というか、「神話」というより「物語」でポピュラーな姿をあらわしています。

ユング心理学の元型でいうと、「隠者」は「皇帝」「法王」でやった「老賢者」の、その陰の側面みたいなものにあたります。

陰っつっても悪い意味じゃなくてね。「陽キャ」に対する「陰の者」とかの陰。悪い意味じゃないって言ってるでしょ。

「老賢者」の元型についてかるくおさらいをすると、ようするに「師」ですね。人生の。ペルソナシリーズでは「集合無意識のポジティブマインドの化身・フィレモン」やその従者イゴールのように精神世界から含蓄ある助言を授け、未熟なわれわれの魂を高次に導いてくれる偉大な存在です。

しかし、人生に助言や導きをもたらしてくれる偉大な賢人は「皇帝」「法王」フィレモンのようにどっから見ても徳の高そうな光り輝くマジェスティック大人だけとは限りません

タロット関係なく「隠者」と言った場合、あんま普段の生活では使わない言葉ではありますが、とにかく世俗を離れて暮らしている人、たとえば劉備に三顧の礼される前の諸葛亮とか、ペルソナチームの新作『メタファー:リファンタジオ』にも引用されたヒエロニムス・ボスの聖アントニウスみたいな荒れ地をさまよう修道僧とか、そういうののことをさします。

世俗を離れてる人、社会的な目を気にしない状態で生きてる人って、当然社会的地位や名誉を認められづらくて無位無官ですし、見た目もボロっちくて全然格好良くないです。しかし、社会の「都市」「群れ」を離れて生きるのってすごく意思や知恵の力を必要とすることですし、ひとりになって自分や世界と向き合うことにスッと耐えられる人は多くありません。隠者は光り輝いてないけど、皆が見ていない真実を見ることができる賢者です。

これはパリピに輝いてるから不適切な例だったな

 

 さらにここで、このオジサンをご覧ください。

ドラクエ7のキャラクター「ホンダラ」です。いや、ホンダラおじさんはぜんぜん賢者じゃなくてむしろスーパー愚者なんですけど。

このホンダラおじさんは島一番のチャランポラン男で定職にもつかずしょうもない詐欺をはたらいたりする「社会的な立派な大人」の対極に存在する大人なのですが、彼のしょうもない行動が世界に大きな影響をもたらしたりします。ホンダラおじさんとその甥っ子である主人公は「フードの先が尖ってる」デザインを共通させてあります。このとんがりフードは「愚者」的な元型をあらわす道化師のモチーフです。でさ、「隠者」もこのとんがりフードかぶってんのよ

「隠者」はフードの愚者性と旅の杖をもっていることから「愚者」の別の顔であるといわれています。社会の外の荒野を旅してることも同じだし。愚者であり、賢者なのです。もてなしたり教えを乞うたりした小汚い浮浪者が実は神の使いや大賢人であった、という物語の類型もありますね。

「皇帝」や「法王」のような社会的にまともな大人には(発想的にとかコンプラ的にとかで)出せないアングラぎみな知恵や、社会ではなく自分の本心に合うオルタナティブなありかたってものがある。それが「隠者」の授ける教えです。

 

 また、「隠者」のカードは「正義」のカードのように擬人化された人間の徳性を描くカードでもあります。「賢慮」という徳であり、「かしこい」の中でも判断力や頭の回転の速さや発想の豊かさとかではなく、軽率な行動を慎み、熟考するというケツの落ち着きみたいなニュアンスの賢さのことです。

 

『ペルソナ3』ジン

 ジン、主人公たちと敵対することになる謎のペルソナ使いグループ「ストレガ」のひとりです。

本作での人間の中でのラスボスにあたるカルトのカリスマ・タカヤに心酔してその活動を支えるブレーンです。影時間の中でのタカヤの「復讐」や物資の略奪などの計画を仕切っています。

 

電脳の住人

 ジンは情報系爆発物系の技術を操り、ダークめなWebの世界ではカリスマ的なハンドルで、タカヤの思想実践のために「復讐代行依頼サイト」を運営しています。誰々をやっちまってくださいよ、という依頼を集め、個人情報を特定し、影時間に「ヨッ! 突然ですがあなたに復讐したいって人がいるのでやります! 今どんな気持ち?(ドーン)」とやるお仕事。

お仕事といっても「殺し屋」のようにそれでビッグマネーを得ているわけではなさそうですし、「影時間の中で起こったヘンなことは影時間が明けるとペルソナ使い以外にとっては不都合が出ないように無意識にごまかされて認識・記憶される」という仕組み上、彼らの暴力も略奪もすべては明るい表の社会の後ろの闇の中に溶けます。

「電脳」という技術の中に人の心の闇と悪魔の力が住まうというのは、ペルソナシリーズのもととなった『女神転生』シリーズの根っこの概念です。ペルソナや「仲魔」のもともとは「悪魔召喚プログラム」なるコンピュータプログラムで悪魔を呼び出すという小説のアイデアからでした。「プログラミングで伝説の神や悪魔の力を呼び出せる」なんて都市伝説的な響きですが、こういう都市伝説には人の心の真相があらわれているものです。電脳空間という、暗く広く網目のように広がってつながる「見えないもうひとつの世界」は、人間の集合無意識とシンクロする神秘であるというイメージが多くの人に受け入れられたってことなんです。

まさに「隠者」の世界とメガテンシリーズの世界観がジャストミートするところであり、特にペルソナシリーズにおける「隠者」は伝統的に「インターネット(の暗めの部分)」の意味をもっています。

インターネットという「顔の見えない、手で触れない、匿名のもうひとつの世界」の暗がりは、いい意味でも悪い意味でも人の心のいつも開けられないトコを解放させます。明るい社会のしがらみの中では出せないし気付くこともないかもしれない「本心」の声が、浮世離れした薄暗いところに一人でいるとやっと聞こえる……というのはいいことのようですし実際場合によってはいいことなんですが、「どうせ実体のないネットだからつい出来心で嫌な奴に復讐してって書き込んじゃった……。まあ自分が手を汚すわけじゃないし」っていうのははたして「本心」といえるのでしょうか?

「露悪的な偏屈ジジイ」であるのも隠遁賢人の逆位置的な相です。「そういうパッションが人間の本質である、隠さず生きろ」というタカヤの思想に従い、ジンは電脳空間の性質を使って人の心の闇を露悪します。

 

『ペルソナ3』Y子

 Y子(わいこ)、ペルソナとかそういうことは知らない一般人で「コミュニティ(通称「コミュ」)」キャラクターの一人です。さびれたネトゲ『デビルバスターズオンライン』のプレイヤーで、主人公とのチャットを楽しみます。どうやらアバターと同じく女性であるようです。

さびれたネトゲで顔も年齢も身の上もわからない相手と交流するとはまさしくメガテン・ペルソナ的な「体なき者」隠者世界のど真ん中! 「Y子」という名前は主人公に「N島」という名前をつけるのに合わせて自分も改名したもので、くだんのメガテンシリーズの祖『デジタル・デビル・ストーリー』の主人公「中島」とヒロインの「弓子」に由来しています。

※以降、この項目はY子の身バレにつながる情報が含まれます。ネタバレを避けたい方は飛ばそう※

 

クダ巻く大人

インターネットという「顔の見えない、手で触れない、匿名のもうひとつの世界」の暗がりは、いい意味でも悪い意味でも人の心のいつも開けられないトコを解放させます。

とさっき言ったばかりですが、さっそくY子とのコミュは人間の悪くもないが間違いなく輝かしくないとこばっか開陳され続けます。

「デビルバスターズ」のゲームなのにバトルをせずダラダラと大した内容もないチャットをしたいがために主人公を待っていてまるで勝利や栄光がないし、休日のたびにログインして職場の人間のへの愚痴を叫ぶのが楽しそうだし、教職にありながら教え子をちょっといいなーと思うなどという表に出したら社会的に死ぬコンプラ違反な内心を内緒でキャピってしまうし(あまつさえその教え子というのは運悪くおれ本人だ)……

その楽しそうな喋り方というのが(# ゚Д゚)アスキーアート顔文字(*ノωノ)盛り盛りのゼロ年代ネットオタクしぐさだから今見ると痛くて恥ずかしくなってるって? 大丈夫、2007年当時からもうY子のネットオタクテンションは痛かったから。

「隠者」は「実は立派な聖人が、あえて社会から離れた荒野に住み、みすぼらしい姿に身をやつしている」という徳高そうなばかりの存在ではありません。社会にいろいろ不満をもって、でも表立ってバリバリ戦うとかじゃなくて、前線から身を退いたところで「まったく今の世の中は」「俺はまだ本気出してないだけ」的に内輪だけでずーっとクダ巻いてるというモチャモチャ格好悪いネクラオタクしぐさもまた「隠者」の正体です。

でも、大っぴらに出すには格好悪すぎだけどその内輪クダ巻きはあったほうがいいんですよ。大人の心にも、社会にとっても。

 

世をしのぶ仮の姿

 さんざん主人公とたいした内容のない内輪チャットをして癒されたY子は、ネトゲのサービス終了のお知らせをうけて「引きこもれてN島と喋れる大事な場所がなくなっちゃう」と困り、「こんなにゲームを愛して必要としてるプレイヤーがまだいるんだって運営にわかってもらいたい、N島とY子の会話ログを送って嘆願しようと思う」と、まあ錯乱します。

錯乱ですよ。Y子にとってかけがえのない場所と時間なのはすごいわかる。でもおれたちがゲームの片隅で互いの人生をいたわり合い、大切な思い出を積み重ねていたところでなんの利益になる? ゲームの本筋と関係なく、しかも個人的な愚痴とかブタバラ半額タイムセールとか口走ってるばかりのチャットになんの客観的な価値や説得力がある? Y子本人も送るためにログを整理していて客観視し「なにこの会話」と自己嫌悪におそわれています。

大きなゲームの運営というたくさんの人の仕事とおカネで回って前に進んで行く「社会」と、個人の心の大事なことって別の世界だからさ。

 

Y子は会話ログを運営に送らないことにし、ネトゲを卒業していきます。

「大人の社会の前では自分の内面吐露なんてないようなもの、立派な社会活動に帰らなきゃ」と諦めたのではありません。主人公に内面の格好悪さを受け止められたことで、むしろ「目に見える愚痴り場所がなくなってもちゃんと自分の心があるのは変わらない、N島が受け入れてくれた心に自分も向き合って誠実に生きよう」と思えたから、外に向かう気持ちも変えられたのです。

社会的で立派な人間のありかたと、ダラけて褒められたもんじゃなくてオープンにしがたい人間の本心と、どちらが「本物の世界」なのでしょうか? インターネットの匿名性と実体のなさに浮かされて悪しき内心に開き直っていってしまうのは不幸ですし、社会の動きに合わせていくことは「忙しい」という漢字のさすように個人の心を亡くさせてしまいます。どちらも本物ではなくて、Y子の心にとってはネトゲのアバターだけでなく平日の仕事の姿もまた世を忍ぶ仮の姿です。

外の社会と自分の内面のスペース、どちらだけでも「自分」って成り立たないのです。タロット8~14番の段階はそれぞれ異なる「バランス」をテーマにしていて、たとえば「正義」アルカナなら「右と左」と比喩的に呼ばれる場合もあるような正義のありかたのバランス、「隠者」は「自分の心の内側と外側」のバランスを表します。

自分の「内側」って目に見えないものだから、常に見えててせわしなく移り変わる外側の圧を前にすると……普段は存在感をなくして、たまに無意識の抗議として不適切に爆発するみたいな制御不能状態に陥りやすいのです。自分が本当はどんなことを望んでて、どのへんに大事な境界線を置いてるのか、自分でちゃんと把握しようとしてる人って少なく、そのせいでわけもわからないままに自他を傷つけてしまう。だから人には目に見える世界と別に「内面のための、薄暗いもうひとつの世界」を意識してもつ必要があるんだっておもいます。Y子にとってのネトゲとN島への愚痴だったり、趣味の小さいコミュニティだったり、本や創作の世界だったり。「オタク」的なカルチャーって本来的にはそういうものでしょ。内輪なんだからキモくていいのオタクは。

そして、自分ってものは不定形だから、最初からあるべきかたちが決まっているものでも、中身が充実しているものでもありません。ペルソナ3のキーフレーズに「ペルソナとは心の力。そして心は絆によって満ちるもの」とあるように、「外」の他者とかかわり、与え合い受け入れ合ったり、「それはちょっとアレなんじゃないかな……」のラインを考え合ったりすることで「内」である心が「満ち」てくる、内面と外界との「境界面」にこそ自分を描く線画が生まれる。こころを人に伝える言葉にすることで満たすアスキーアート純文学が生まれる。それが、Y子先生が教えてくれる「隠者」の国語です。

 

『ペルソナ3ポータブル』長谷川沙織

 長谷川沙織(はせがわ・さおり)、主人公とはクラスの違う同級生で委員会の仲間。ペルソナとかそういうことは知らない一般人でコミュキャラクターの一人です。

本編には登場しない、『ポータブル』女性主人公編のための追加キャラクター。要はY子の置き換えです。なんで? 主人公への好意が百合になっちゃうとややこしすぎたから? いや普通に女性主人公に女友達との日常生活を用意するためなんだろうけども。ありがとうございます! 好きッ!

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アルカナは違うけどメルセデスも大好きだもんな~~

美鶴さんともまた違った、「豊か」というより「憂い」や「枯れ」の雰囲気を帯びて大人びた淑やかな美女です。同年代の子から遠巻きにされていて友達がおらず、委員会に転がり込んできた転校生の主人公とは普通の友人関係を始められて喜びますが……

 

ドロップアウト

 沙織が遠巻きにされている主原因は、実は2年外国に留学行ってて、同級生より2つ年上だからです。それがなくてももとから老け顔っつーか子供らしくないタイプなのに。

日本の未成年は特に人生がレール状になってて、義務教育に落第や飛び級はないし、高校でも留年するくらいなら辞めるとか、不登校時期が人生に影を落としてくるとか、大学ですら浪人期間があった子はなんかちょっと違う扱いだったりとか……。具体的な配慮を必要とするとかでもない、ほんのちょっとの学年のズレですら扱いかねて「ふつうの人生からのドロップアウト」感が出てしまうものです。集団の同質性も高いしね。

沙織は周りの社会から見て浮いているだけでなく、沙織自身、「私、自分なんてないの」「流されるだけ」と自分の人生からの「浮き」を感じています。「自分の内心を探求する」ことを意味する「隠者」とは逆のようですが、Y子の項で「外界と内面の両方で「自分」が形成される」と述べたように、周りの世界から遠巻きにされていると人間は「自分が自分としてそこに存在している実感」をもちづらくなります。強制的な隠居、強制的な浮世離れです。

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『ポータブル』女性主人公編で追加された「女友達」のキャラクターは「戦車」の理緒と「隠者」の沙織。女子高生のアクティブとパッシブの両極として良デザインなだけでなく、「ちょっと浮いて」しまった女の子が自己と外界のすり合わせに困難を感じがちなケースの2つのあるあるを描いていて秀逸です。

理緒は能力の高さを周りに合わせて和らげられず「出る杭」になってしまったり、自分の中の「女の子」的部分に対処できずに戸惑う女子の尖りを。そして沙織は、周りからすると妙に大人びてしまいキャピキャピの中で「精神年齢が未亡人」「余生」状態になってしまう現実感との乖離を。

 

風の中立って、その心を生きて

 沙織が社会から浮かざるをえない理由には、学年と、雰囲気と、さらに人には言えない悩みまであります。「隠者」は社会から「かくれた者」でありつつ、何かを「かくす者」でもあります。

マジで、誰にも言えない。そもそも友達がいないけど、いたところで、同年代との恋の悩みとかに注目してる普通のみんなにはとても言えない。親にもその件で忌み嫌われてるレベルなので話せるわけがない。沙織は口をふさいで息が詰まっています。

いちばん悩んでることをさ、別にわかってもらえなくてもいいけど、誰にも言えないんだって決まってるのは本当にキツいよ。胸をいっぱいにしてることがあるのに、違うことを話さないといけないんだもん。そりゃ自分の人生から浮いたような感じにもなる。

素直に話す主人公を見て、主人公には「胸をいっぱいにしていること」を少し言えて、沙織は「自分の心を生きる」ことの喜びへ踏み出そうとします。

 

 沙織は委員会で会う主人公以外、普段の学校生活での友達がおらず、親からさえ遠ざけられています。それでいて「自分がないから、受動的にしていて人に求めてもらえるのは好き」

それ自体は何も悪いことではないんですよ。誰かに必要とされることをこそ必要としている、誰かに欲望されることこそ欲望であるというのは正しい。そうやって人は交換っこで心を満たして自分になっていくんです。でも、そこには「社会の中での自分」と、なにより「自分の心に対する責任」も育っていくものなんだな。

沙織の場合、自分の心から離れちゃってる、離れたい気持ちがあって他人の求めに流されるから、自分の心に対する責任を放棄していました。でも人に求められたところには社会があるわけだし、沙織が「無責任」に男子生徒に誘われカラオケに行ったらその彼女が「おまえがユーワクしたんだろ!」ってひっぱたいてくるし、週刊誌と同級生にはめられて撮られた写真が学校の悪評捏造記事に利用される。沙織が社会や自分の心からプカプカ浮いて流されていると、沙織自身が望んでやったわけでもないことで社会のトラブルに巻き込まれる

どうせ社会と関わっちゃって失敗もするし嫌なことにも巻き込まれるんだから、分の心で決めてした失敗とか、望んで言った暴言とかでコケたほうがよくない? 言いたいこと言ってる沙織のこと好きだよ。

そして沙織は、誰にも望まれていない、自分の人生に責任をもった心からの「悪い子」の行動をとって、親に「きれいな牢獄」みたいな環境へ強制的に飛ばされ隔離されることになります。しかしその顔は晴れやかで自由でした。

もう、沙織は本当に沙織ひとり。「周りから浮いていて孤独」という意味のひとりではなく、沙織が自身で人生を踏みしめていくという意味で、ひとり。とても怖くて嬉しいことです。たとえそこが世界の果ての鳥籠でも、自由って心のことなのですから。

 

『ペルソナ4』神社のキツネ

 キツネです。町の商店街のさびれた神社に住み着き、人語を介す知能や薬草による回復能力、なんらかの神通力をもっています。テレビの中にまでついてくる。話の進行はクエスト型であり、回復の泉のランクアップシステムの扱いで、P3Rのコロさん相手のように「心を知り関係を築く」という感じではない特殊パターンではあるのですが、「隠者」のコミュキャラではあります。

 

貯めこみ

 絆エピソードのテーマとかそういうのはあまりないわけですがキツネには「隠者」のモチーフがちりばめられています。

キツネは「古くからあるが今はさびれた神社」のおそらく神の使いです。「隠者」は「法王」と同様老人として過去からの伝統をあらわし、「法王」が「やんごとなき伝統」ならば「隠者」は「忘れられた伝統、零落した神」みたいなことを担当しています。

また、「隠者」は地水火風の四大元素でいうと「地(土)」のエレメントとの結びつきが特に深いカードです。神の化身や神使としての狐、つまり「お稲荷さん」はその漢字を見てもわかるように「穀物(稲)の豊かな実り」をあらわします。「稲荷神」「ウカノミタマ」は穀物、食物を司る豊穣の女神。キツネは日本神話ベースのペルソナ4世界の中で土エレメントど真ん中の象徴的動物です。しかもこいつはメス。

キツネはさびれてまともな管理人もいない神社の復興資金をつくるため、絵馬に書かれた近所の人々のお願いを叶えて神社の「ご利益」を広めお賽銭をしこたま集めようとしています。テレビの中でも回復にしこたま払わされる……。「隠者」の土のエレメント性には「過去の土台」のほかにも「利己的さ」があります。利己的っていってもわがままな俺様だぜ!という方向ではなくて、偏屈に自分のテリトリーに引きこもるので、社会への還元とかよりまず自分の手元に貯め込むんだよ!という方向ってことです。

かつ、キツネは復興資金が欲しいのであって名誉や関係性がほしいわけではないみたいで神社に感謝する参拝者からはスッと姿を隠してしまいます。

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ちなみにスマホ新作『P5X』で「ネトゲプレイヤー」という伝統的「隠者」キャラ的な立ち位置(今回はアルカナに一人キャラ対応とかではないのでアルカナキャラではない)にあたるYUI氏も「特に用途もなくゲーム上の土地を買い占めて喜ぶ」という「貯めこむ偏屈」として登場します。そしてそれは「物欲」や「支配欲」という意味でもないので主人公に共有を提案されれば了承し、そこで「畑」という土エレメントど真ん中活動をやることになります。女帝の春ちゃんも畑だけど隠者も畑だよ。

「隠者」の土エレメント性や「利己」に関しては『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』の描写も良い感じです。

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『ペルソナ5』佐倉双葉

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 佐倉双葉(さくら・ふたば)、ペルソナ使いの仲間です。学校には行っていませんが年齢的には高校一年生に相当します。主人公の保護観察をしてくれている保護司・佐倉惣治郎の養女で、誰も血がつながってない家族の中の「妹」的存在になっていきます。

認知世界について研究していた天才の母親がひとりで産んだ、同じく天才の娘。母親が陰謀のうちに謎の死を遂げ、母親と親しかった惣治郎に引き取られるなどのゴタゴタの後佐倉家でかなりガチの引きこもり生活幻覚・幻聴などの精神症状から抜け出せずにいました。そういうのがなくても生来知能が人間離れしてバカ高く、家族以外の社会にうまくなじめたことはありません

ジンに輪をかけまくって情報技術に最強で、引きこもってる間に世界的な義賊ハッカーとして活動し「メジエド」と呼ばれています。ただ、本人が「自分がメジエドだ」と主張しようとしないのでメジエドの名前は正義を騙って名声を得たい他のハッカーたちに使われるままになっています。う~ん隠者。

メジェド様って「隠者」そのものの象徴的なデザインだよな~~(体が隠されてて「ない」かのようなところからガン見の目)

 

自責の墓

 双葉との接触は、主人公たち怪盗団が「(名を騙る偽の)メジエド」にサイバーな脅迫を受けたことからはじまります。本物のメジエドである双葉は「アリババ」という名前で怪盗(主人公)のSNSをハッキングして連絡を取り、取引をもちかけます。ターゲットの悪い心を盗み改心させる怪盗団の評判を知り、「自分の心を盗んでほしい」というのです。

アリババが何者で目的が何なのか、双葉がどういう人間なのかはじりじりと謎めき続け、なかなか明らかになりません。あっちは盗聴やハッキングをして情報は多いはずなのに、会話も要領を得ないし。最初はSNSのメッセもすぐ切られちゃったり、双葉の実体に近付くまでにかなりの手数を必要としました

最初の双葉とのコミュニケーションが要領を得ないものだったのは、ひとつには双葉がそもそもコミュニケーションが苦手ってこと、あと双葉の精神状態が良くなくて視野が狭くなっていたこと、そしてもっと大きな要因には「言えない」「直接話せない」というロックがたくさんかかっていたからです。

ロックっていっても機械のシステム上禁止ワードがあるとかじゃなくて……、いや、「双葉の精神という複雑な機械」のシステム上の、禁止ワードやファイルロックのようなことになっていたのです。「隠者」とは「かくれる者」かつ「かくす者」だと述べましたが、それはなにももったいぶって隠しているとか意図があって隠蔽しているとかばかりではなく、自分でも容易に取り出せないところに心の鍵を隠してしまった者ということもあるのです。双葉の心はそうなってしまっていました。「隠者」の絵のもとになっている「苦行僧」という存在も別にドMなことに誇りをもっていたとかではなくて、もともとは自分の真実にたどり着けない自分を責めるがために自殺的に荒野をさまようことになったのではないでしょうか?

「自分でも開けられない箱に自分の心を入れてしまい出られなくなった」からメッセでねじれたSOSを発するしかできなくなっていた双葉の心の歪みの様相をあらわすパレスは、ピラミッドのかたちをしていました。いうまでもなく、それは墓です。母の死に自分を釘付けにし、自分を埋葬するお墓。実際「隠者」的な「体なき者」感覚もあって引きこもりの双葉は部屋の中で心だけでなく筋力や体の発育も死にそげになっていっていました。

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「自分の内面の闇を照らし向き合う」という「隠者」の意味には、トラウマと向き合うことも含まれることになります。人間の心はひどい心の傷を受けるとそれをとりあえず箱にギュムギュムッと圧縮してショック死を回避し、しかし、いつかそれを荷ほどきして整理できるまではトラウマの重い箱についた鎖の範囲しか動けないことになります。

その「荷ほどき」「闇を照らすこと」は、自分の心のことなのにひとりではどうにもならないときもある。それが「佐倉双葉の心を盗んでほしい」という願いでした。そして双葉の心の謎を解き明かしたとき、怪盗団は一連の事件の闇に葬られんとした秘密も明らかにするのです。

 

サブカルチャー

 双葉はたいへんオタオタしい性格と趣味をしています。

「ピラミッド」や怪盗服にはコンピュータで使用できる記号のような模様があったり、ペルソナ「ネクロノミコン(クトゥルフ神話に登場する『死霊の秘宝』という架空の書物)」はUFOのかたちをしていたりと、電脳オタク世界と『ムー』みたいなオカルト、陰謀論遊びが大好きです。

インターネッツでオカルトやスピや陰謀論が幅をきかせることはわりとシャレにならない社会問題だし『ペルソナ2罪』の世界では気の弱い優しいお父さんがオカルトと陰謀論に突っ走って書いた本をきっかけにドエライことになったのですが、そういう「表の世界で言われてる定説とは違ってもしかしたら……」っていうのは本来「もうひとつのあいまいな世界」として存在することにでかい意義があるんであってな。「表の世界」に当然なじめない双葉はそちらのフィールドに楽しみを見出していくことにしたんですが、Y子と同じく、「もうひとつの世界」のナワバリに大っぴらにしない内面を遊ばせることで心を癒し、充実させ、それによって「外の世界」とのバランスをとっていけるわけです。

オタク趣味、サブカルチャーの世界ってそういう「多層さ」を心にもてるもので、双葉の場合は特に脳のリソースを持て余してるから世界を明暗多層に見ることが救いになります。でもね凡人の頭ってどうにもひとつのモードでずっと処理して省エネしたがるクセがあるから、「ぜ~んぶ表の社会のルールで処理する」とか「ぜ~んぶ好きな世界に塗り替えちゃう」とかに、ほっとくと寄っちゃうんだよね~……。そうするとインターネッツが悪しき方向に回りだす。

明るい外側、薄暗い内側があるから、心はあって、好きなものや人、自分の歩く道がある。その境界を遊んで考え続ける知恵こそが、「本当の自分」を照らすという「隠者」の灯りです。

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「隠者」のキャラ性は宿命的にモチャッと地味で表に立ちたがらないので、こういった青春ゲームのセンターにいることがなくて当然です。でも「心とセカイの間にある身近な社会関係」や「外にいる他者とすり合わせて心を形成していくこと」っていうのは「隠者」のテーマに強いかかわりがあるから、地味~に大事に扱われています。

 

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noteのメンバーシップのほうでこっちのブログ記事には未満のいろんなメモを投稿してるんですが「女教皇」「隠者」「塔」の縦ラインの意味について興味ある方はこちらもどーぞ

 

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ペルソナ5ロイヤルを読解実況しました。再生リストからアーカイブが見られます。

↓おもしろかったらブクマもらえると今後の記事のはげみになるです。今後もリメイク版のプレイなどによって参考画像とか引用とか加筆してくかなっておもいます。

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