湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

フォドラ「上下水道」事情―FE風花雪月と中世の舞台裏②

本稿はゲーム『ファイアーエムブレム風花雪月』『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』を中心に、中世・近世ヨーロッパ風ファンタジーにおける「生活の舞台裏」について、現実の中世・近世ヨーロッパの歴史的事情をふまえて考察・推測する与太話シリーズの「上下水道」編です。

あくまで世界史赤点野郎の推測お遊びですので「公式の設定」や「正確な歴史的事実」として扱わないようお願い申し上げます。また、ヨーロッパの中世・近世と一言にいってもメチャメチャ広いし長うござんす、地域差や時代差の幅が大きいため、場所や時代を絞った実際の例を知りたい際はちゃんとした学術的な論説をご覧ください。今回は作中の描写から、中世っぽいファーガス神聖王国の文化をおおむね中世後期の北フランス周辺地域として考えています。

また、物語の舞台裏部分は受け手それぞれが自由に想像したり、ぼかしたりしていいものです。当方の推測もあくまで「その可能性が考えられる」一例にすぎませんので、どうぞ想像の翼を閉じ込めたりせず、当方の推測をガイド線にでもして自由で楽しいゲームライフ、創作ライフをお送りください。

あと『ファイアーエムブレム風花雪月』および他の作品の地理・歴史に関する設定のネタバレは含みます(ストーリー展開に関するネタバレはしないように気を付けています)。ご注意ください。

「こんなテーマについてはどうだったのかな?」など興味ある話題がありましたら、Twitterアカウントをお持ちの方は記事シェアツイートついでに書いていただけると拾えるかもしれません。

 

 また、この「フォドラの舞台裏」について、6月26日東京ビッグサイトでの同人イベントに向けて薄い本の新刊を製作しました! FEオンリー「刻印の誇り15」の端っこ~~のほうの西1ホールB9aにスペースをいただいております。詳しくは記事の末尾を、最新情報は告知用Twitterアカウント(@GargMac_meshi)をご確認ください。

 

 以下、現実世界の歴史や事実に関しては主に以下の書籍を参照しています。これらの書籍を本文中で引用する場合、著者名または書名のみ表記しています。

ノーバード・ショウナワー著 三村浩史監訳『世界のすまい6000年 3 西洋の都市住居』(彰国社・1985年)、ジョン・S・テイラー著 後藤久訳『絵典世界の建築に学ぶ』(彰国社・1989年)、フィオーナ・マクドナルド著 マーク・バーキン画 桐敷真次郎訳『中世の城』(三省堂・1993年)、ブリュノ・ロリウー著 吉田春美訳『中世ヨーロッパ食の生活誌』(原書房・2003年)、桐生操『やんごとなき姫君たちのトイレ』(角川書店・2005年)、J.ギース/F.ギース著 栗原泉訳『中世ヨーロッパの城の生活』(講談社・2005年)、J.ギース/F.ギース著 青島淑子訳『中世ヨーロッパの農村の生活』(講談社・2008年)、J.ギース/F.ギース著 栗原泉訳『大聖堂・製鉄・水車』(講談社・2012年)、阿部謹也『中世の星の下で』(筑摩書房・2010年)、堀越宏一、甚野尚志編著『15のテーマで学ぶ 中世ヨーロッパ史』(ミネルヴァ書房・2013年)、池上正太著『図解 中世の生活』(新紀元社・2017年電子書籍版)、ロベール・ドロール著 桐野泰次訳『中世ヨーロッパ生活誌』(論創社・2014年)、イアン・ミラー著 甲斐理恵子訳『水の歴史』(原書房・2016年)

 

 

水道古今東西

 現代日本では住居や施設、公園にいたるまで、屋内屋外を問わず人が長い時間を過ごすよう設計されたおよそすべての場所に清潔な水が出る水栓が用意されています。手洗い場がある場所の筆頭でもあるトイレをはじめとして、水が出てくるところには排水するところもセットでついています。

現代日本では、下水は自然の水に帰す前に微生物の分解のしくみを利用して浄化され、汚水がそのまま河川や海を汚すことはなくなっています。*1そして川や海に還った水は蒸発して空の雲になり、また雨や雪としてわれわれの地上をうるおす水になって戻ってきます。その天からの水を集めた湖や川の水をとり、安全に体を洗ったり飲んだりできるように消毒処理したものが、常に上水道で提供されています。

 

 しかし、こんなふうに生活用水の安全や排水の衛生的管理がはかられるようになったのは、地域によって違いもありますけど、おおむね社会が近現代(19世紀)になってからです。*2当然、中世・近世ヨーロッパの上下水道常識は現代日本とは大~~きく違います。目に見えないところで大規模なことが起こっている部分ですから、かえってトイレよりも大きな常識の違いといえるかもしれないですね。

古代ローマ帝国では大規模な上水計画がなされ、公衆トイレや公共施設にも下水道が整備されていました。*3美しく壮大緻密な水道橋はもちろん、古代ローマから続く下水道の一部が現在でも使われているのだから驚きです。ただトイレ事情と同じく、古代ギリシャ・ローマ的な文化は中世ヨーロッパのほとんどの地域では用いられなかったんだよな~。水などの資源や気候風土、ローマのように公有奴隷がいないことなどの違いがあるから当然なんですけど。

じゃあどうなってたのかっていうと、ざっくり言うと上水は未濾過・未消毒の川の水、下水は処理せずそのまま川へ、です。上記の古代ローマ帝国の上下水道は帝国が崩壊すればほぼ管理できなくなり、新しい敷設も止まります。12世紀の技術発展で都市に上水が整備されたりもしたのですが、その中身は現代のわれわれが「生水」といって想像するよりもっとナマの水、ふつうにそのへんの川の水まんまでした。

数十年前まで、フェルディアは上下水道の整備さえ不十分な、猥雑な都市でした。
それゆえ、疫病の温床となったのでしょう。
先王陛下に雇われた学者コルネリアは、第一に都市の整備をするよう進言しました。
フェルディアの市街はたった数年の間に、美しく整然とした姿へと変わってゆき……
それと同時に、国を蝕んだ疫病はあっさりと収束していったのです。

――蒼月の章『王の凱旋』王国騎士の散策会話

 フォドラにおいても、ファーガスの王都・フェルディアは「上下水道の整備さえ不十分」だったがゆえに「疫病の温床」だったことが作中で言われています。あまりにも鮮やかに疫病が収束したためこの疫病自体がやみうごのマッチポンプだったんじゃねえのか!?と思われそうですが、フェルディアの都市整備を進めた当時のコルネリアはまだやみうごに成り代わられていなかったっぽいので、これはふつうに上下水道整備スゲー!(逆に上下水道未整備がヤバー!)っていう話です。(コルネリアまわりの事情については↓下記事↓で詳しく語っています)

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『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』でマップとなった王都フェルディアの大きな道では、金属の格子状の「下水のフタ」をかぶった埋設下水道(「暗渠(あんきょ)」といいます)をちゃんと観測することができますので要チェックや。整然として新しそうに見え、近年大工事が行われたのだと感ぜられます。

つまり、フォドラの下水道事情も魔導とかの力で全部なんとかなってるわけではなく、現実の中世ヨーロッパと同じように上下水道が未整備な地域がバリバリ存在したということです。大国の首都であるフェルディアがそうだったのですから、ほんの一部では済まされないでしょうし、今でも未整備地域はガンガンあるでしょう。

ただ、フェルディアの上下水道未整備が「都市の弱点」として語られたということは、「そうでない都市もある」という意味でもあります。どんな舞台裏も、暮らしぶりや人口密度によって不便さや快適さの事情は変わってくるものですから、今回も生活環境ごとにフォドラの舞台裏をおしはかっていきましょう。

 

日本の歴史との比較

 『風花雪月』のそれぞれの生活環境で水道がどうなってるのかの細かい話の前に、現実の中世・近世ヨーロッパの水道事情について概観しておきましょう。われわれの無意識の前提を意識するためにも、日本の事情とも比較していきます。

現代日本のわれわれが見ることの多い「昔の日本の暮らし」というと江戸時代の江戸を舞台とした町人ものの時代劇だとおもいます。江戸の町人街だと、「井戸端会議」という言葉もあるように、長屋の主婦たちが共同井戸に集まり水を汲み、野菜を洗ったり洗濯をしたりしながら噂話をしている光景が当たり前に描写されます。また、「金を湯水のごとく使う」という言葉もあるように、日本では水はそこまで貴重なものではなかったのです。

これは現代日本でも「飲食店に入ると水がタダで出てくる」と驚かれることがあるのとつながっています。水に対する感覚が違うということです。「水に対する感覚の違い」は拙著『いただき!ガルグ=マクめし』の副読本『フォドラ食物語』でも「フォドラ(ヨーロッパ)とさらに水が貴重なパルミラ(モンゴルなど中央アジア方面)の食常識の違い」として書いていますのでよかったらどうぞ。

privatter.net

また、江戸は同時代の世界の都市の中でも人口密集度合いがきわめて高いのに、幕末に訪れた外交官を驚かせるほど群を抜いて公衆衛生が発達し清潔だったことでも有名です。*4

 

 江戸できれいな水がふんだんに手に入り、また下水道整備によって街も清潔だったのは、①江戸独自の高度な技術 もありますが、②日本の風土 も関係があります。

まず①江戸独自の高度な技術ですが、江戸は単なる「小さな田舎城下町」だったところに家康が飛ばされてきて、ここを新たな天下の中心地とするんだゾイ!という強くデカい都市計画のもと大改造されて築かれた革新的な都市でした。徐々に発展していく都市の場合、手狭になってきたらだんだんと拡張していく…というかんじになり、既に人がいっぱい暮らしちゃっている下では水道工事をカンカンやるのは難しいのですが、江戸は人間がたくさん住む前からハチャメチャな大人口が住む予定で計画されました。そうすると上下水道が大規模に整備されてないとマズいのは自明の理であると家康は考えたわけ。

まず、江戸には「神田上水」「玉川上水」をはじめとした江戸の六上水が整備されました。これらは江戸の中心からは離れた特に水質のいい清い水源を選んで作られました。たとえば神田上水は家康のおかしづくり担当家臣である大久保忠行が「菓子には水が大事だからおまえには水のよしあしがわかるはず」と信任されて江戸のためにみつけたおいしい水源をもとにしています。*5この清い水を江戸の地下に通した木製の上水道で各共同井戸へ運んでいたのです。

下水道技術の方も、「おトイレ編」でも触れましたが、江戸ならびに日本の都市村落ではし尿がキッチリ汲み取られ、肥やしにリサイクルされていましたから、においませんし排泄物を介した伝染病も蔓延しづらい。下水道網のドブ溝もよく整備され、たびたび「詰まらないようにこまめに掃除しろよ」とお触れが出されるなど掃除に気を配られていました。*6

しかし、こういう江戸の技術が成立するのも、そして江戸以外の場所でも生活用水や衛生に困らないのも、やはり②日本の風土あってこそでした。今回の話題で一番大きいファクターは、ヨーロッパと日本では川の性質が違うということです。

これは中学校の地理とかでも習うことですが、ヨーロッパと日本の典型的な川を比べるとヨーロッパの川は流域面積や長さ、幅が大きいのに対し、日本の川は短くて極端に高低差が大きいのです。つまりどういうことかっていうと、ライン川とかマイン川とかのヨーロッパの川は川幅があって流れが穏やかで海のようにリバークルーズできちゃうけど、日本の川は渓流のようにサーーッッ!!て流れるということです。

これが上下水道にどういう効果をもたらすか考えてみてください。

大雨の後でもなければ澱まない水がいつでも流れてきて、川に流したものはすみやかに流れ去るってことですよ。

さらに日本の場合、高低差を作っているのはです。日本は山がスゲー多いし平野部に近い。しかもその山はほとんど森に覆われ、雪が降ります。森や雪は清い水を蓄えてくれる貯水池の役割を果たします。こうした水の循環こそ日本の風土的強みであり、「龍神」として信仰されてきた力でもあるってことですね。

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 というわけで、きれいな水が手に入りやすくてイヤなものも「水に流す」みたいなことができるのは、日本の風土ならではの特別な感覚であって、ヨーロッパはそうじゃないんですわ。

そのうえで、昔の都市の上下水道って今のように分けられず、直接的につながっていました。ローマ帝国の遺構や江戸などの例外を除いて、日本ヨーロッパ問わずです。

排水のための「みぞ」(現代の感覚で言うと道路で「下水のフタ」がかぶっている用水路に近いもの)が道端に掘られる都市は古今東西にありましたから、現代の下水道システムよりすごく簡便ですがそれを「下水道」ということはできます。問題は下水を流すところも上水をとるところも同じ川だったことです。詳しくはこれから場所別に述べていくんですけど、なんかヤバそうな気がしてきたぞ……。

当然、現代でも海外旅行したら気を付けなければならないように、生水をそのまま飲むのは危険ですし、手を洗うのすらヤバそうです。そんなわけで、洗濯などの生活用水や煮込み料理用はともかく、「飲用」「消毒用」としての水分は水ではなくビールや葡萄酒、りんご酒などのアルコールでまかなったほうが安全でした。「愛媛県ではみかんジュースが出てくる蛇口がある」という都市伝説がありますが、ヨーロッパの清潔な水が貴重な地域ではまさにビールやワインが「上水の飲み水がわり」だったのです。

 

そういう前提を頭におきつつ、各状況での具体的なようすを考えていきましょう。

 

状況別 現実とフォドラのおトイレ

 このシリーズで扱うような「舞台裏」は身分の高低や戦時平時問わず必ず存在するものですが、暮らしのようすというのは身分やシチュエーションによってそれぞれ変わってくるのがおもしろいところです。

違いがおもしろいだけじゃなくて、「こういうときってどうしてたの!?」「カルチャーショックとかあるのかな!?」という疑問湧きドコロでもあるとおもいます。このシリーズでは、『風花雪月』のストーリーやキャラの出身階層にみられる5つの舞台、「宮城」「城塞」「農村」「都市」「戦場」に分け、かつ「in現実(現実)」を知ってから「inフォドラ(推測)」の可能性を探る、という構成にしました。ちなみにガルグ=マクのような大規模な修道院は現実でもフォドラでも最先端の設備を複合的に有していることが多いので、それぞれの「inフォドラ」の項目の中で言及します。

それでは舞台裏(今回は地下か?)を覗いていきましょう。

 

宮城(近世の貴族)

 『風花雪月』でいう、帝国貴族の宮廷や帝国かぶれの同盟貴族たち、特に文明的な富裕層(都市貴族ともいう)のお屋敷の暮らしにあたります。また、上下水道は個人用のものであるトイレよりも都市単位で整備されるので、ここでは帝都アンヴァルやリーガン領都デアドラなど発展した帝国技術を導入している都市も含まれます。つまり、ドロテアが住んでいた裏路地や、マヌエラが歌姫だったころの暮らしもここの「inフォドラ」に入ります。

先にことわっておくのですが、この「近世的貴族の水回り」に関する部分は『風花雪月』の世界観設定は現実とはすご~く大きく違う(改善されてる)と考えられます。だから「in現実」の見出しでショッキングなことが書いてあっても、アンヴァルの宮城はそうじゃないからあんしんして読んでね……。

in現実

 「近隣の川の水を生活用水にする」ことは貴族であっても同じでしたが、宮廷や富裕層の家には水道管が引かれることもあり、川の流れでも上流の比較的きれいめな水をくみ上げて使っていました。上水の水道管は中世のころから鉛などの金属パイプが開発されています。*7

きれいめな川の水とはいえ、そこまで清潔ではないのはわかっていたので、生活水準の高い人ほどに「生水」とは距離をとって生活していました。自らの手で洗濯や洗い物をすることもないですしね。王様が「あのヤバ川をこの街の市民が生活用水にしてて大丈夫なのはまさしく神の恩寵としか考えられねえよ」とか言ったりする。おい! あんたがなんとかしてくれや!

コールド飲料としてはワインまたはワインを入れた水が供されました。コストを気にしない裕福な生活文化ならば、ヤバ生水は一度沸騰させてから使うべきですよね。それでも「おいしい水」というわけではなかったので、香味づけや消毒としてアルコールを入れて飲みました。そして「沸騰させた水に香味づけして飲む」といえばお茶です。ホット飲料としてはコーヒー紅茶、ホットチョコレートが近世貴族にもてはやされました。*8当然、これらは高価なものでした。料理に使う水は煮沸するし味もついてるので問題ありませんね。

ほかに貴族が触れる水といえば顔や手を洗ったりするための洗面器の水です。これも裕福ならば煮沸消毒した水が使われますね。「体の衛生」に関してはまた別の記事を立てようかなですが、おおむねそんなかんじです。

 糞便や細かなゴミクズなどの下水となるべきものは、前回の記事でも述べたように宮殿を汚染していました。もちろんその掃除にホースで水ビシャー!できるわけでもないので、掃き集めたり庭に溜まったものを下働きが人力で近隣のドブに捨てに行くしかありません。あるいは雨が降れば、排水溝をつたって川に流れていったでしょう。

 

inフォドラ

 はい、フォドラでは帝国的文化の水回りが現実とは違うからここからは安心ゾーンです! なぜ安心なのか? それは徳川セイロス家康様が江戸ヴァルの都を築く際に高度な上下水道を敷設させたから~!!

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徳川セイロス家康の歴史的・政治的な事情については上の記事を参照されたいのですが、要するにアンヴァルや帝国の都市というのは古代ローマ帝国の都市であり、お江戸であり、その治水のウデマエによって多数の人が密集しても健康に暮らすことができる国力を誇ったのです。

じっさい、バビロン、モヘンジョ・ダロ、エジプトの都市など、文明がギュンと発展した古代都市には治水の遺構がみられることが多いです。*9聖セイロスのルーツである「神祖の眷属」らは、人々にこうした治水文明を授けるのに十分なとびきりの知識と技をもっているみたいです。それは「セイロスの居所」ともいうべきガルグ=マクの大司教の私室になんと「お風呂」があるらしい*10ことからもわかります。どの程度水を使うお風呂かしらんですが、個人用のお風呂ですよ!

スクショはガルグ=マク貯水池に水を供給する水道橋です。山の上の水源からとっているであろう水質はきれいげ。あと釣りフェアの日だった。

 

 神祖の現役時代についてレアは「神祖は眷属と共に、地上の人々に知識と技を伝え、豊かな文明を築かせたそうです。ですが……文明を得た人々は、神祖の教えに背き、無益な戦争を始めるようになります」と語っています。文明が興隆した果てにかつての「人々」(やみうごの祖先とみられる)が神に戦いを挑んだことで地上はいちど焦土と化してしまったそうですから、この「神祖が築かせた文明」というのは生半可なものではありません。人間側がいろいろ応用しまくった結果とはいえ、なんといっても核兵器みたいな大量破壊飛び道具とか、死人だかクローンだかを冷凍保存して蘇生するやつとか使えるレベルですからね。

こうした悲惨な歴史から、聖セイロスは人間に文明を与えることに慎重になりつつも、「生活のための水の流れ」の技術については命を守りはぐくむものとして積極的に伝え、ネメシスと十傑部族連合に対する北伐の拠点であるアンヴァルに人を集めました。というわけで帝国風の知識と技術とカネのかかった場所には、ほとんど近現代みたいな上下水道整備が可能と考えてもいいでしょう。

Wikimedia Commons,Roberto Ferrari より

 ほとんど近現代みたいな上下水道設備って具体的にどんな感じかと言いますと、まず上水道は古代ローマ帝国と同様に上のような水道橋(さきほどのスクショのようにガルグ=マクにもある)があって山の上のきれいな水源から水をゲット。水道橋で水の高さを確保したら、陶製・石製・鉛製・鉄製などの水道管を通し、地下管から貯水池や噴水、宮殿、裕福なお屋敷、市民の共用井戸へ水を分配するという感じです。水栓(管から水出るところ)もあるはずで、ヨーロッパでは現在でもチョロチョロ出っぱなしの場合が多いですが、ひねるハンドルがついていてもおかしなことはないでしょう。水質によっては小石や砂、炭を使った濾過を行ってきれいにすることも知られている可能性があります。あの……夏休みの自然教室とかでペットボトルでやるあれ的な……。

下水道のほうも、現代行われている微生物による汚泥分解や化学的滅菌処理のような技術は進み過ぎて危険なので授けられていないにしても、やはり上水と分かれたちゃんとした下水管を通り、定期的にドブ掃除するだけでなく常に水を流して詰まらないようにし、宮城や都市、大規模な修道院など多くの人が住む場所の下水を集積したところでは川に流す前に汚泥を沈殿させるくらいの処理がなされているかもしれません。

これなら、川の下流のほうの生水を飲まない限りは平民たちの暮らしもおおむね清潔が保たれることでしょう。もちろん裕福な家ではふんだんな燃料、あるいは炎の魔導使いの使用人が存在するためいつでも煮沸した安全な水に事欠きません。パーフェクトティータイム。ちなみに、おティーの淹れ方や種類も近世と今ではかなり違うのですが、『風花雪月』のお茶会をみるにフォドラでは現代的なおティーやおコーヒーの淹れ方をしているとみていいでしょう。ここは省略!

帝国の優秀な学者コルネリアを迎えて以降の王都フェルディアも、やや質素だったり市民の意識が変わりきっていなかったりしながらも基本はこの状態に近づいているとおもわれます。水道工事以前のフェルディアなど王国の都市については「都市では」の見出しでみていきましょう。

 

城塞(中世後期の城主)

 『風花雪月』でいう、王国貴族の居城や要塞での暮らしにあたります。ガルグ=マクも建築的には巨大要塞です。

帝国貴族的文化が現実のヨーロッパ中世・近世とは異なっていそうなのに対して、王国貴族(騎士階級)の文化はわりと現実のヨーロッパ中世後期に近いもよう。

in現実

 城というのは、たとえ貴族の住まいとして使われていてもその主目的は侵攻や略奪に対して籠城するシェルターでした。城主家族や使用人、家中の騎士兵士たちはもちろんのこと、近隣の戦えない民草を収容してあげるのも重要な役割です。

つまり、ある程度の期間城壁の中だけで暮らしが成り立つよう、城という城にとって水の確保は絶対必須のことでした。加えて、敵の侵入を防いだり物資を運搬したりするために城壁の周りに濠(ほり)があることもほとんど必須要件だったので、多くの城は自然の川に隣接、あるいは囲まれるかたちで建設されました。

飲み水や洗い水の引き込み口は各階に備えられていた。井戸は普通は主塔の中か、主塔のすぐ近くにあったが、さらに上階に貯水槽を置いて召し使いたちが水を満たし、そこから導管で下の階まで水を通す仕組みもあったのだ。手洗いには広間の入り口付近の壁に埋め込んだ洗盤を使うこともできた。下水は鉛管を通って下へ流れるようになっていて、取水と排水の調節には聖堂や銅の栓がついたバルブが使われていた。

――前掲『中世ヨーロッパの城の生活』90頁

川があり、主塔(城のメイン建造物)には川の水や地下水を汲む井戸がありましたが、日常の暮らしは防衛的にメインの部分以外で営まれることも多かったわけで、「川や井戸から水を汲んで上階の貯水槽に運ぶ」というのが城の召し使いのハードなワークだったのです。上階の貯水槽に入れてしまえば、その位置エネルギーで下の階への管で水を通すことができます。現代日本人には気が遠くなるようなきりのない重労働ですが、今も世界の多くの地域に「川から生活用水を汲んでくる」という仕事に一日何時間もかかり学校に行く時間もないぜという子供たちが存在し続けているくらいです。揚水ポンプや水道網に感謝。

水質はそりゃ場所によりました(山地に近いほうが湧き水や川の流れがあり、水がきれい)が、汲んでから使うまでの時間が都市部に比べれば短いので比較的よかったでしょう。それでも口に入れる場合は煮沸する必要があります。籠城するときは人間の数が増え、清潔な水の量を確保することに苦心しなければいけません。城や領主館によっては、川をせき止めるなどして貯水や魚の養殖のための人口池を作っていることもありました。*11

口からとる水分としてはやはり生水や煮沸しただけの水は適さず、中世後期の戦う貴族層にはもっぱらワインが飲まれました。お手頃でたくさん飲もうとすれば、庶民的ですがビールやリンゴ酒(シードル)です。*12

下水の方も、前回の記事で述べた通り排泄物は濠へボットン、洗いものの排水も上水管と分けた下水管を通って濠へボットンすることができます。ウンコが詰まったりしないよう、雨水や洗いもの排水を排泄縦抗にいっしょに流すようにした城もあったそうです。*13

収容人数がオーバーした籠城が長く続きさえしなければ、あるいは川に異常がなければ、使える水の量は日本と比べると少ないとはいえ、城塞の水はそんなに不衛生なことにはならなそうです。水に関しては……ですが。

 

inフォドラ

 ファーガスの領主の住まいや、各種城塞の上下水道事情はおおむね上記の現実に添っているとおもわれます。ガルグ=マクと同様に貯水と養殖のための人工池を作っている城主もけっこういるかもですね。なんか景色もいいし。釣りできるし。売れるし。

こんなかんじで屋上に貯水池をおくこともできますね。ガルグ=マクではこの睡蓮のため池の下に雨水とか汲み上げてきた水を濾過するしくみなんかがありそう。

また、ファーガスは王都に魔導学校をおくなど理学教育を行っているので、魔法が使える城の上級使用人に就職する者などもいるはずです。煮沸した水がより手に入れやすく、全体的には中世後期風の暮らしをいとなんでいる場合でもフォドラ上流階級には現実の中世後期よりもパーフェクトティータイムの習慣があると考えられます。

 

農村では

 『風花雪月』でいう、ルミール村のような小さな村、ラファエルやレオニーやハピの故郷の村の暮らしにあたります。

in現実

 現代の地図を見てもその感じは続いてるのがわかるとおもうんですけど、生活用水の点からも、水車などのエネルギー資源の点からも、またものを運ぶ便の点からも、ほとんどの集落は川沿いに作られますよね。ヨーロッパ北部の農地って(その後都市になるところすらも)もともとは平地の森がめちゃくちゃたくさんあるところを切り拓いて作ったものなので、水が確保できないところにはわざわざ村を作りません。そんなわけで現在も農村部の大きな自動車用の道路は川沿いに作られていることが多いです。

また、農村はそこまで人口が密集していない(ひとつの村といえる広大な区画に数百人程度と概算*14)ため、水を使ったり排水を流したりする量も少なく、川の水質が明らかに汚染されることもなかったと考えられます。

農村の庶民は自分ちで弱いビールのような麦酒を造ったり、近所から買って飲み、それがなければ近くの泉や湧き水はタダだし汲んできて飲みました。牛や羊やヤギといった家畜を飼っているのでミルクも飲みました。*15洗濯や洗い物用の水は川の水を使い、またその排水はそのまま川に流されました。おばあさんは川へ洗濯へ。

そして前回の記事でも述べたように、大便は流すのではなく家畜部屋で豚に処理してもらいました。豚さんのおかげで街路や生活環境がそこまで汚れることはなかったのですが、家畜は多くの場合人間の家に同居していたため、排泄物を介する強い伝染病とか人獣共通感染症とかが流行ったらまあ……しょうがないよね……でした。

 

inフォドラ

 農村の暮らしについての描写は少ないですが、農村には「魔道」「聖セイロスが授けた先進技術」などの現実の歴史と違うファクターが存在しないため、やはり上下水道についても現実の歴史と同様の状況だと考えられます。

 

都市では

 『風花雪月』でいう、帝都アンヴァルや王都フェルディア、リーガン領都デアドラほか王国の主要都市、同盟の小規模都市などの、城や領主館や教会を中心とした人口密集地の暮らしにあたります。ドロテア、アッシュ、ユーリス、また城塞ではなく「都市の中の領主館」に暮らしているときの王国貴族たちが暮らしていた領域です。

(しかし、地理としては本来この「都市」に入る帝都アンヴァルやリーガン領都デアドラ等、帝国風の進んだ技術を導入した都市は「宮城」の項で書いたように上下水道に関しては現実のヨーロッパの歴史より快適で、個人差の大きいトイレよりも貧富身分の差なく町全体に整えられているはずなので、ほぼここには入りません。)

in現実

 上下水道を整備できないことでいちばん打撃を受けるのは、人口が密集した場所です。上水も下水もどっちも。

前回の記事のおさらいですが、中世~近世ヨーロッパの人口密集都市では近くに糞尿やゴミの捨て場がなく、家から出すためには道に投棄するしかなかったのです。おまけにさらに人口が密集し人間と事故るようになってしまうと、それらを食べてきれいにしてくれるぶたさんも、放し飼い禁止令が出ます。こうして誰もどうにもしてくれなくなったグチャドロの道が、雨が降るとゴミクソ川となり、近隣の川に流れこんだ……のでしたね。(おさらいここまで)

 このグチャドロ道やゴミクソ川をましにするため、街路にはまず簡単な下水溝が作られました。現代日本の下水溝というと道の両脇に作られフタがかぶせてあるものを連想しますが、中世~近世のヨーロッパの都市の下水溝は道路の真ん中が低くなっているタイプの溝で、道路の両側の家から出た糞尿やゴミ、雨水などをそこにまとめて流すようにしていました。

ただこの初歩的な下水道は豪雨の雨水が道路全体を川のようにしないようにすることが主目的であって、排泄物の不潔さをなんとかするものではありませんでした。*16なんといっても溝のところになんとなく集まっていってくれるだけで、みんなのウンコと空間を共有し続けてるわけですからね。

そして雨が降ったりして「下水」のウンコが一時的にスッキリしたとしても、その先は「上水」にもなるべき川なわけで……

 

フランスのパリでは1370年から下水道が敷設された。ロンドンでは16世紀から下水道の改良が始まり、雨水や汚水は管渠を通じて河川に放流されていた。

しかし、当時の下水道は処理場を有していなかったので河川の水質汚濁は進行し、コレラのような伝染病が大流行した。

処理場を有さなかったのは、当時の下水道の目的が、下水を流すために利用されたことも事実であるが、豪雨の排水や、街を洗い流し清掃するためであったことに起因するものである。

――国土交通省 海外における下水道の歴史 より

 ちょっとわかりにくいのでもっと直接的に言うと、コレラやペストの菌をふくんだウンコを川に捨てたら、そのウンコが混じった水が生活に使われることになるということです。先ほど言ったように、ヨーロッパの川、流れ、遅いから! 早くどっか行ってくれない!!

井戸には地下水をくみ上げるものもありますが、都市型の井戸は近くの川の上流のほうから水を分配するものであるか、川から汲んだ水を水売りから買うのが主流でした。売り物の水汲んでる川にウンコ流してたらダメだわな。でも他に流すとこないし、そもそも街路に糞尿をダバダバにしていたら当然雨が降れば川に流れ込むわけで、みんな困るのはわかっててもどうすることもできねえ……と思っていたわけです。

そんなわけで、排泄物を媒介とするペストやコレラが流行ってめちゃくちゃ人が死にましたが、細菌やウイルスが感染症の病原だなどとはわかっていなかった時代です。なんか「水が危険みたいな気がする…」ということにはみんな経験的に気付きだして、それが「風呂入るのって健康によくないんじゃない!?」とかそういう方向に行ったりもしました。でも排泄物処理がよくなくて不潔なせいで病気が流行るんだとははっきりわからないので、具体的に下水をどうにかしようぜという話にはなかなかなりませんでした。このような都市の上下水道の状況はなんと19世紀まで、排泄物をある程度浄化してから川に流す下水処理の導入を待つなら20世紀初頭まで続きました。*17

 飲料としては市民は安ワインやビール、リンゴ酒を買って危険な生水を避けましたが、料理用の水や洗い水は水売りから買った近隣の汚れた川の水であり、伝染病を防ぐことはできませんでした。

 

inフォドラ

 作中ではこうした都市の水の不衛生状況は「王都フェルディアにかつて大流行した疫病」というかたちで代表して語られています。「ファーガスのメシは貧しくてマズい」と並び、『風花雪月』が現実的な中世の生活状況を無視せずにふまえていることがわかる、説得力と厚みのある設定です。

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王都フェルディアの上下水道についての情報は↑上の記事↑でももののついでに整理しましたが、あらためて顛末を確認しておきますと……

  1. ほんの十数年前までの王都フェルディアは上下水道が満足に整備されていない猥雑な都市だった。(現実と同様)
  2. そのせいでたびたび疫病が流行し、十数年前の流行の際は王妃さえも亡くなった。(現実と同様)
  3. 帝国から渡ってきた学者である魔導士コルネリアが上下水道の整備を進言、王が採用して上下水道工事を行うと、疫病は収束した。(現実より500年ぐらい早い!)

という感じです。ファーガスのモデルが中世後期のフランス~東北ヨーロッパ地方だということを考えると、フェルディアは当時のパリみたいなものであり、人口がかなり増えてきた『風花雪月』の時代においていよいよ汚れた都市になってきていたことがうかがえます。実際にパリなどの大都市では上下水道のダメさによってペストやコレラが多くの命を奪ったことはすでに何度も述べてきたとおりです。

都市が頼る川がものすごく汚染されてしまうと、もはや病魔は貴い身分の人を避けて通ることもありません。そうしてディミトリの生母は亡くなりました。しかし、大大大打撃を受けるのは貧しい平民たちです。なぜなら彼らは汚れた街路を使って生活し、売ってる水の中でも水質の悪い安い水しか買えず、安全な飲み物である良質な酒も買えず、水を煮沸消毒するための薪を買う金だって生活を圧迫し、危険な生水に近い生活を送らざるをえないからです。ユーリスの家庭のようなおうちがまさにそれです。

最終的に王妃までも失ってしまったとはいえ、それまでにフェルディアではおびただしい数のよき市民たち、弱き貧民たちが病に倒れ、まっすぐで仁愛ある王であったディミトリの父ランベール王は「なんで罪もない民たちが、弱い者から苦しんで死んでかなきゃならないんだ~! 彼らを守れんで何が王か~!」と嘆き憤りまくったことでしょう。そこに現れて先進技術を伝えてくれた学者コルネリアはまさに救世主だったのです。

しかし、上水道はまだイメージしやすいにしても、それまでなかった地下下水道を敷設しようというのは、市民たちにとってなにそれおいしいの?感のある、理解を得るのが難しい事業だっただろうことも考えておかないといけません。ファーガスの民が見たことのないものですし、鉱山のように利益になるものが出てくるわけでもありません。そんなよくわからないもののために大量の工事人足をつのり、いつもの生活空間を通行止めにして道を掘り返す工事をしようだなんて、「いったいぜんたい王は正気なんか? 今疫病で働き手が減って大変なんだよチクショー!」というかんじで反対運動が起こったとしても不思議はありません。そういうのもあって「馬鹿げた計画だよ~ランベール王は急進的だよ~」と諸侯に評されたのかもしれません。

こういう、「弱い民のための政策が、今の生活で手一杯な民自身に反対されうまく進まない(しかもそこを反対勢力につけこまれてしまう)」という悲しい事態は政治には往々にしてあります。現代日本でもバリバリあります。これと同じ「パリ的な都の下水道改革がなかなか市民の理解を得られず、急進的だと言われる」という状況が須賀しのぶ『流血女神伝』の終盤で克明に描かれてて、ランベール王の改革に興味ある人は必見です。

 この状況の中で、これほどの大工事を敢行するのが、どれほど危険か。それを全て承知で、ミューカレウスはドミトリアスに進言をし、ドミトリアスはミューカレウスに全てを一任した。

 これをやり遂げることができるのは、皇帝の考えを正しく理解し、命を懸けられる覚悟のある者のみ。さらに、ほとんどの者が口出しできぬほど身分が高く、国庫から捻出される費用以外にも足りない部分は自分でまかなえるほどの財力をもつ者でなければならなかった。(中略)

 頼むから、間に合ってくれ。

 支配層の傲慢と、民の無知の上に積み重なった汚濁が、恐るべき病となってこの国を飲み込んでしまう前に。

 タイアスの怒りが降り注ぐ前に、どうか希望が打ち立てられるように。今は理解されずとも、これは唯一残された宝なのだと、いつか知ってもらえればいい。知ってもらうためには、民は生き残り、国が残っていなければいけない。その道が閉ざされないように。

――須賀しのぶ『流血女神伝 喪の女王5』(集英社・2007年)

ランベール王の上下水道改革もコルネリアが指示しただけではなく、上の引用のような感じでロドリグが王都に出張っていって補佐や指揮をとったのかもしれないですね。

 

 ランベール王の上下水道整備には作中で描かれていない数々の苦難があったことと考えられますが、それが王都の疫病収束というかたちでキッチリ成果を出したことによって、王国諸侯も「上下水道、いいじゃん……」と納得せざるを得なくなったことでしょう。その後、『風花雪月』のゲーム開始時点くらいまでには王国や同盟の人口密集都市にはだんだんと上下水道が整備されていったのではないかと考えられます。

 

戦場では

 城塞などの建物を基地としない野戦や行軍のときです。『風花雪月』では戦争が始まってからの戦闘や行軍はもちろん、学生時代のグロンダーズ大運動会へ向かう遠足などの遠征も含みます。

in現実

 まず、戦争中とはいえずっと行軍しているわけではなく、城塞や都市に滞在する機関も長いです。行軍ってほんと大変なことですからね。

 行軍中の水の確保についてはそんなに資料がないのであるていど推測になるのですが、基本、主だった道って大小の川に沿って作られています。貴重とはいえそこから最低限の水を得ることができます。携帯用の水入れとしては動物の皮の袋、特に膀胱が水漏れしにくいので用いられました。そう考えると竹筒やひょうたんを水筒にできる東洋ってめちゃくちゃ便利だよなあ。

巡礼者や旅人もそうやって旅してるわけですしね。下水部分に関しては川に流すか、大人数の排泄物なら前回の記事で述べたように穴を掘って埋め戻す方式となります。

ただ、行軍中の飲みものに関しては、農村とかで近くの川や泉の水を飲むのとはちがったいくつかの問題があります。主に以下のふたつです。

  • できれば生水は飲みたくないし、酒飲まないとやってられない人間が都市より密集してる
  • 馬が人間よりメチャクチャ水飲む

以上のことから、休憩中の給水としては「お馬さんたちに川の水をガブガブ飲ませてあげる」、人間には「樽で運んでいる酒や、スープの炊き出しをふるまう」ということになります。したがって行軍には「食料や酒樽を運ぶ部隊」の管理や人員がかなり重要でした。馬の大量の飼い葉だって運ばなきゃいけないし。

しかしこの食料や酒、必ずしも兵站計画を練って補給されたものではなく、中世の戦争の場合は近隣の村からの場当たり的略奪にたよっていました。村や町を通りかかると「市場を開いてわれわれに飲食物を買わせろよ」という「市場開催権」を求めてまずはお願いをし、「いや売るもんないよ……帰ってよぉ……」と拒否されると武力で略奪をしたのです。*18兵站計画がないんだからしょうがないんですけど、こういうわけで中世の村人たちは税だけでなくなんだか知らん戦争のために乱暴者の騎士階級にいろいろ奪われ泣きをみていました。

 また、ところと場合によっては戦争という人・カネ・モノの大流動に商機をみいだしたたくましい商人が積極的に進軍路にあらわれ、酒や水や食料や資材を売ったことでしょう。たぶん風花雪月無双の基地にも現れるとおもうよ。

 

inフォドラ

 水問題についてもやはり、戦場においてはセイロス教会の技術があってもどうにかなるところは少なさそうですね。

ただし、行軍には一般庶民の日常生活よりも多くの魔導を使える人間セイロス教会の衛生知識をもつ修道士が同行しているので、飲み水の煮沸消毒には注意が払われていると考えられます。都市出身の庶民であれば、かえってもとの生活よりも軍にいたほうが清潔・安全な暮らしが営めることでしょう。命の危険のほうがあるけど労働環境にはいいところもある。

また、軍の個性によって水や食料の補給にも違いが出てきそうです。たとえばエーデルガルトとアランデル公がガルグ=マクを攻め落とすために秘密裏に準備していた長大な帝国軍は、騒がず少しずつ集結させるために最初から緻密かつ大規模な補給が用意されていたでしょうし、蒼月ルートで病み病み状態のディミトリを無理矢理でも軍の旗印におくのは「国のための大義ある軍勢なんだ!」と志願兵や周辺町村の物資支援を受けやすくするために必要なことでした。翠風ルートでクロード軍が先生とガルグ=マクを支援して自由自在に戦えたのは、デアドラやエドマンド辺境伯領の圧倒的経済力、ダフネル領など豊かな領主層の養う私兵力、同盟商人の商業ルートを利用してこそだったと見ることができます。もちろん先生がレアの後継者として信任され、主なる神がバックについた教会が復興したことを皆に示せるカリスマがあれば、そこでも寄進や支援はガンガンついてきます。こういう現実的なことのためにも、軍の名誉や評判が落ちるようなことは避けなければなりません。

しかし、王国や同盟諸侯の小競り合いやフリュム家が帝国から独立しようとした内乱などといった戦いには民衆にもわかるような大義がなく、「貴族連中はメンツや権力争いで勝手にいろいろ奪っていってなんなんだよ、俺たちだって飲み食いしなきゃ飢えるんだぞ」と不満に思ってレオニーのように貴族に反感を持つ民衆も多くいたことでしょう。

 

 

今回はファーガス神聖王国の性状にもかかわりが深かった「上下水道」について話してきました。で、前回の「おトイレ編」と今回の記事、そしてブログより先取りの「体の清潔(お風呂)編」を収録しさらに情報をマシマシした紙の新刊を、6月26日東京ビッグサイトにて開催の「刻印の誇り15」にて頒布予定です! 題して『フォドラの舞台裏ー水回り編ー』

内容の大部分はブログ掲載しますが、本自体の通販の予定はないのでこのイベント限定本となります。ついでにガルグ=マクめしや紋章タロットなどの本も手に入る2022年最後の機会となるかんじです。

このシリーズがわりと好評を得ていい感じに続けば、『いただき! ガルグ=マクめし』のように全部まとめて書きおろしいっぱいの本になる可能性もありますが……年末から来年くらいに……。

他に話す予定のある中世・近世の舞台裏としては「情報伝達」、「交通」、「死んだら」などがあります。どれに興味があるとか、このほかにこういうこともしゃべってみてよというようなことがありましたら、積極的にこの記事をシェアついでにツイートしてください。見に行きます。

風花雪月ファン向けに中世騎士社会を解説する別ゲー(別ゲーなの!?)の実況も随時更新してますよ。

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いっぱい書き下ろし含む紋章とタロット対応記事の書籍版も、6月26日ビッグサイトでの「刻印の誇り」にて頒布予定(通販休止中)。

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あわせて読んでよ

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*1:国土交通省『下水処理のしくみ』

*2:国土交通省『下水道の歴史』

*3:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』クロアカ・マキシマの頁

*4:堀口茉純文・サライ編集部再構成『インフラの整備されっぷりがスゴイ!江戸は世界に冠たる「清潔都市」だった』(2016年)

*5:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』大久保忠行の頁

*6:前掲堀口

*7:前掲ミラー『水の歴史』33-34頁

*8:マッシモ・モンタナーリ著 山辺 規子、城戸 照子訳『ヨーロッパの食文化』(平凡社・1999年)198頁

*9:国土交通省『下水道の歴史』の頁

*10:『ファイアーエムブレム風花雪月 Fodlan Collection アートブック』レアの部屋の設定メモ

*11:前掲ロリウー76-78頁

*12:前掲ロリウー50-51頁

*13:前掲『中世ヨーロッパの城の生活』92頁

*14:『中世ヨーロッパの農村の生活』「村人たち――その顔ぶれ」の頁より

*15:『中世ヨーロッパの農村の生活』140-141頁

*16:国土交通省『海外における下水道の歴史』

*17:国土交通省『海外における下水道の歴史』

*18:F.ギース著 椎野淳訳『中世ヨーロッパの騎士』(講談社・2017年)58-59頁