本稿では『ファイアーエムブレム風花雪月』の登場人物「アンゼルマ(王国名パトリシア)」に注目した作中の経緯の整理と、考察と感慨を展開します。
話題の性質上、「皇帝イオニアス9世」「アランデル公フォルクハルト」「ランベール王」「魔導士コルネリア」「ダスカーの悲劇」についての整理と考察でもあります。そのためどえらいネタバレを含みます。あとすっげ~~~長くなった(2万字弱)。
しかし、本稿の中心人物であるアンゼルマ=パトリシアさんは作中に立ち絵も存在しないほどの影の存在であり、話題全体が本筋のテーマには直接関わってこない背景部分なので、プレイしたルートによってはクリアしていてもなんの話か分からねえよということにもなるとおもうので、蒼月ルートとできれば紅花ルートをクリアしているとわかりやすいかなとおもいます。ディミトリとハピの支援会話のバレも含みます。
めちゃめちゃもしかしたら新作の無双でなんかアンゼルマ=パトリシアさんの追加情報あるかもですしね……。【追記】で無双で明らかになったちょっぴりの新情報をネタバレしています。ほんとちょっぴり明らかになった。
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親世代の系譜
まず、今回の話題の登場人物はいわばメインキャラの「親世代」であり、作中には直接登場しないことが多いために、人物と関係の整理をしておきましょう。
帝国側
イオニアス9世
アドラステア帝国皇帝。エーデルガルトを含む11人の皇子の父。「七貴族の変」によって宰相エーギル家を中心とする官僚貴族らに傀儡化される。
アンゼルマ
アドラステア帝国の小貴族アランデル家の令嬢。エーデルガルトの生母。ガルグ=マク士官学校在学中に偶然ガルグ=マクを訪れていたイオニアス9世とお互い初恋に落ち、寵姫となるが、政争に敗れ王国へ亡命する。
アランデル公フォルクハルト
作中では「闇に蠢く者たち」の首領「タレス」に成り代わられている。アンゼルマの兄であり帝国貴族アランデル家の当主。ブリナック台地東部を領地に持つアランデル家は大貴族ではなかったが、妹が皇帝の寵姫となった縁で皇族に相当する大公の地位を賜る。以降帝国の政治に強い影響力をもち、エーデルガルトの後ろ盾となる。エーデルガルトを連れて王国に亡命していた時期がある。
王国側
ランベール王
ファーガス神聖王国の王。ディミトリの父。ブレーダッド王家の次子であったが紋章をもつため王位についた。「ダスカーの悲劇」によって没する。
前王妃
表向きに知られたランベールの王妃。ディミトリの生母。ディミトリが2~3歳ほどのころに王都に大流行した疫病によって没する。
パトリシア
前王妃の没後、表には知られていないランベールの王妃(後妻)。エーデルガルトの生母アンゼルマと同一人物で、ディミトリを育てた継母。亡命してきた人妻が王に見初められ妃として匿われた状態であるため、安全のためにも外聞的にも非公開で自由に人と会うことができない。家族や親衛騎士、ロドリグなどの王家に近しい者しかその存在を知らないが、人格者であったためかよく敬われている。「ダスカーの悲劇」によって没したとされる。
魔道士コルネリア
作中では「闇に蠢く者たち」の幹部。もとは帝国出身の優秀な研究者。前王妃が亡くなったフェルディアの疫病を治めるため上下水道を整備させた功により王に深く信任され、宮廷魔道士となる。自由に動けないパトリシアの窓口ともなっていた。
イーハ大公リュファス
ランベールの兄だが紋章をもたず生まれたため王位を継げず、大公となる。ディミトリの伯父にあたる。ランベールが亡くなってからは王国の摂政をつとめる。政治能力は高いがランベールとの確執の結果厭世的になり、魔道士コルネリアの言いなり。
こんなかんじですが、これだけの簡易人物紹介すら、ふつうにプレイしていたのではなかなか整理がつきません。作中の関連人物自身すら持ってる情報に差があります。だからこれはもうホントに必ず読み込まなくても大丈夫な背景~~のとこの情報なんですよね。
テーマにも直接関係あるわけじゃないので、あえて焦点を合わせないようにしてる演出でもあるとおもいます。だからまあ、制作側が伝えたい要点としては「親世代までにあったゴタゴタにやみうごが干渉したり、今だけの問題ではない複雑な思惑の絡まりあいで戦争に至ってる」っていう厚みだとして、それ以上の細かいとこはこだわり過ぎないようにして考えて遊ぼうな。
「闇に蠢く者たち」とアンゼルマ=パトリシア
作中のそこここで、アンゼルマ=パトリシアさんはやみうごとの関係が疑われています。なんつったって兄がボスで娘も炎帝ですからね。アンゼルマさんもシュンッって瞬間移動できたんちゃうか? やみうごの思惑によって帝国と王国のトップを惑わした傾国の峰不二子だったんちゃうか? と。
そもそも「闇に蠢く者たち」が何者なのか簡単に整理しておくと、「大昔にソティスが世界の環境をリセットする大洪水をおこした際に地下シェルター都市に逃れた、先史科学文明の勢力」とみられ、目的は「地上の人間たちを争わせ、その力でガルグ=マクや女神の眷属たちを滅ぼす」ことのようです。やみうごに関する詳しい経緯の推測は以下の記事でもお話ししています。
やみうごは地上の人類のことを偽りの女神に飼われている野蛮な「獣」であると見下し、人間扱いしません。ディミトリとハピの支援会話によるとアンゼルマさんは優しく、あの時代には不思議なほどの人権意識と子らへの愛情にあふれた、ディミトリにそっくり受け継がれたような性格をしていたそうなので、そういう意味ではやみうご可能性は低いのですが、客観的な情報からも検証してみましょう。
ディミトリの調査
ディミトリは「ダスカーの悲劇」の真相や首謀者を探るため、士官学校でひそかに情報収集をしていました。
確かにフォドラの中心で資料や巡礼者や有力家の子弟たちが集うガルグ=マクは国際規模の陰謀の情報を集めるのにうってつけです。「王位を継げぬ自分の幼さがもどかしい…(>_<)」とか言ってましたが、これは表向きの言い方で、さっさと王位を継がないで律儀に士官学校に来たのは復讐をがんばるチャンスのためである、と本人も明らかにしています。
ディミトリがみつけた有力な関連情報はこちらの資料。
……貴族の寄進記録のようじゃな。アラン……デル? 知らぬ名じゃ。
毎年、多額の寄進をしておったらしいが、1174年を最後に途切れておるのう。
これは、作中ではタレスに成り代わられている帝国貴族アランデル公が、1174年を境にセイロス聖教会への寄進をストップさせた、という旨です。そして1174年とはアランデル公がとても急にエーデルガルトをフェルディアからアンヴァルへと連れ帰った年でもあります。
この1174年にエーデルガルトはやみうごの「血の実験」を受け、炎の紋章を宿したと考えられます。ちなみに「七貴族の変」によってイオニアス9世やその皇子たちが身柄をおさえられたのはこの3年前なので、この以前からエーデルガルトのきょうだいたちは血の実験を受けていたと考えられます。(ちなみに、エーデルガルトが完全な形で実験成功したことから、このころハピやリシテアなどの実験体はもうええわとポイされています)
つまり、エーデルガルトを亡命させた当時のアランデル公はまだタレスに成り代わられておらず姪を守ろうとしており、1174年に殺され成り代わられたために急にエーデルガルトをアンヴァルに持ち帰ったということが、ここでわかります。
まあ逆にいうと「七貴族の変」に加担しイオニアス帝から実権を奪ったときのアランデル公はまだ正気(?)だったってことになるんですけど。ここもやみうごの離間の策がはたらいていたのかもしれませんね。妹をないがしろにして政争をあおり亡命に追いやったのは皇帝だと吹き込まれたかそういう工作があったりして……。
ダスカーの悲劇の証言
蒼月ルートで浮かび上がる、「真相はよくわからん」のまま終わるモヤッ…が、「パトリシアはダスカーの悲劇の実行に関与していたのではないか?」という疑念です。
実際にダスカーの悲劇の実行犯のひとりだったクレイマン子爵の部下の証言がこちら。
とにかく……あの惨劇の渦中にあっても、パトリシア様だけはご無事だったはずです。
あの方が乗られていた馬車には近づくなと、あらかじめ指示されておりましたから……
王までも殺され、グレンに身を挺してかばわれていたディミトリさえ重傷を負った皆殺しのダスカーの悲劇で、王妃パトリシアの遺体だけは見つからず馬車には争った形跡がありませんでした。首謀者がそのように指示しており、パトリシアは無事なままその場から忽然と消えたのです。
また、まあ完全にディミトリを惑わす工作マンマンだとは思うので証言にはならないのですが、死に際のコルネリアの捨て台詞がこちら。
……10年前……ある日の、ことですわ。
パトリシア様は……すべてを犠牲にしてでも実の娘に一目会いたいと……そう、仰った。
ですから、私は……王の首と引き換えに、その願いを、叶えたまで……。
コルネリアが誘導しようとしている(ということは100%真実なわけはないんだけど)、ロドリグやギュスタヴにも疑われてた筋書きは、「なんとしてもエーデルガルトと再会したかったパトリシアが、自由の身になるための交換条件として、無防備な状態でダスカーの地へランベールとディミトリを誘導する仕事を担ったのでは?」という流れです。
真実がどうだったのであれ、ディミトリや王家まわりにこういう疑念を抱かせることは、感情的揺さぶりにもなりますし、ひいては「ランベール王のもとにかわいそうな美人を送り込んだのは帝国の工作だったのでは?」とかみたいな感じで王国と帝国の間の対立をあおることもできます。
ともかく事実としてパトリシアは首謀者のうちの誰かの意図をもってダスカーの悲劇の現場から姿を消しました。生死は不明、本当の理由も不明です。詳しいことはダスカーの悲劇の内情の項でまた書きます。
ハピの証言
ディミトリとハピの支援会話では、アンゼルマ(パトリシア)さんに何度か会ったことがあったハピが彼女とディミトリがよく似ていることに気付きます。ハピがアンゼルマさんに会ったことがあったのは、ハピが捕らえられていたコルネリアの隠れ家にアンゼルマがたびたび訪れていたからです。
この支援会話でわかる事実は以下の6点です。おい!DLCでこんなにわかること増えるのかよ!
- アンゼルマはディミトリを実の息子のようによく育てた
- アンゼルマは外部との関わりをほぼ絶っていた
- にもかかわらず、おそらく王には内緒でコルネリアの隠れ家をたびたび訪れた
- アンゼルマとコルネリアは「古い友人」であった
- アンゼルマを王国に招き王に引き合わせたのはコルネリアだった
- コルネリアはランベール王とアンゼルマ、またアランデル公の間を仲介し、意図的に行き違いを発生させた
さらにこれに追加して、「コルネリアもアランデル公と同様、どこかのタイミングでやみうごに成り代わられた」という事実もここで加味しておきたいです。あるとき突然性格も嗜好も変わり人が変わったようになったそうなので間違いないでしょう。その「あるとき」がどこなのかは言われていないので、アランデル公と同じくどこからがきたねえコルネリアなのかが重要になってきます。
確定しているのは、①帝国にいたころのコルネリアはアンゼルマと友達できれいなコルネリアだった、②王国に来てからもしばらくはきれいだった、③ハピを捕獲したコルネリアはもうきたねえコルネリア の3つです。
きれいな聖女コルネリアが王国に現れ上下水道の整備を進言したのは1165年くらい。ハピを捕獲したのは1168年くらいです。この3~4年くらいの間で「きたねえコルネリア入れ替わり」と「アンゼルマ亡命の手引き」が行われていることになりますが、そのふたつの前後関係は不明なので「アンゼルマがランベール王の後妻パトリシアとなったのがやみうごの思惑だったかどうか」は残念ながら不確定ってことになります。
ただ、きたねえコルネリアがパトリシアを内緒で隠れ家に呼んでいたのは「ここだけの話なんだけど……」とパトリシアに王と行き違いを生じさせるような情報を吹き込む目的と考えられるので、ランベール王とパトリシア妃の間にコルネリアが必ず仲介していたことも同様に二人きりで正確な情報共有をさせないためならば、二人を引き合わせたのもきたねえコルネリアの策略と考えてもよさそうです。
一方、二人を引き合わせたときのコルネリアがきれいなコルネリアであった場合は、王国で地位を築いていたコルネリアが自分を頼ってきたかわいそうな友人を王にもよろしく保護してもらいたい……と思って紹介したらやたらゾッコンですけどー!?となってしまった……ということになります。そこで「ポッと出だが王とその秘密の王妃に信頼されている者」というナイスな条件がそろったコルネリアにやみうごが目をつけて成り代わった、というセンも考えられます。
この前後関係はどっちもアリですね。
時系列
今わかったことも含め、アンゼルマさん関連の時系列を整理しときましょう。年号は省略しますけど、上から下へ時が進んでます。
イオニアス9世とアンゼルマの間にエーデルガルト生まれる。
ランベールと前王妃の間にディミトリ生まれる。
フェルディアで疫病流行、前王妃亡くなる。
きれいなコルネリア、フェルディアの上下水道整備を進言。疫病収束。
・コルネリア、やみうごに成り代わられる。
・アンゼルマ、政争に敗れ後宮から身を退く。コルネリアの手引きでフェルディアへ亡命、ランベール王に引き合わされ見初められて王妃パトリシアとなる。
※ここ2点順序不明
やみうごがバックについた七貴族の変でイオニアス9世傀儡化。皇子たちが血の実験にかけられるが、エーデルガルトはアランデル公に連れられフェルディアに亡命し難を逃れる。
アランデル公の潜伏する邸をランベール王とディミトリが訪ね、エーデルガルトとディミトリ、たびたび遊ぶ。この際、アランデル公とアンゼルマ=パトリシアの兄妹はコルネリアの情報操作でお互いが近くにいることを知らされない。
アランデル公、やみうごの首領タレスに成り代わられる。
エーデルガルト、アンヴァルに連れ帰られ血の実験を受ける。
アンゼルマ=パトリシア、きたねえコルネリアから「ランベール王がわざと娘と会わせないようにしていた」と吹き込まれるなどして、ダスカーの悲劇に関しなんらかの密約を交わす。
やみうごをバックにダスカーの悲劇起こる。ランベール王、グレンら死去。パトリシア王妃行方不明。
その後、アンゼルマ=パトリシアが娘や夫と再会できた様子なし。
アンゼルマさんはコルネリアから情報操作を受けていたらしいことからして、ダスカーの悲劇時点でやみうごに成り代わられていたり最初からやみうご側だったりということはないようです。ダスカーの悲劇直前に成り代わられ、馬車からシュンッて瞬間移動したという可能性もなくはないですが、やみうご側に特にメリットがなさそうですね。
では、やみうごやダスカーの悲劇首謀者側は、パトリシア王妃に何をさせたくて密約を交わしたのか?
「ダスカーの悲劇」の内情と王妃のゆくえ
ダスカーの悲劇についての情報も、作中では「表向き情報と真相だけじゃなくいろんな思惑が絡んでいろんな真実があってわけわかんないよ~!」みたいな感じにあえて多面的に描かれているので、整理したうえでパトリシア王妃の関与を考えましょう。
表向きの経緯
表向きには経緯は以下のようになっています。誤っている部分を赤字にします。
「ダスカーの悲劇」とは、「異民族ダスカーとの友好のための重要会談に向かった国王一行を、ダスカー人たちがだまし討ちで殺した」事件。
カロン伯の嫡子カサンドラ(カトリーヌ)が国王暗殺を国内側から手引きした内通者であるとの容疑でお尋ね者となる。しかし、ロナート卿の嫡子でありアッシュの義兄である騎士クリストフが真の内通者であったとしてカサンドラ自身によって突き出され、教会によって処刑されている。
その後、「自分たちはやっていない」と抵抗するダスカー人たちは罪人として征伐され、その戦での武功によりダスカー半島はクレイマン子爵の領国として認められた。現在はわずかに生き残ったダスカー人たちの一部が王国への抵抗活動を続けている。
以上こんな感じです。生き残りは瀕死で帰ってきたディミトリしかいないので、ディミトリが回復して出てくるまでに流布された経緯はフォドラじゅうで信じられており、もはやディミトリ一人が違うんじゃと言ってもどうしようもない状況です。その背後に潜む思惑と、ディミトリは一人でひそかに戦おうとしていたわけです。
真の経緯
というわけで、ダスカーの悲劇のだまし討ちにダスカー人は関わっておらず、首謀者や実行犯は別で、生き残りがほぼいないのをいいことにダスカー人たちは罪をなすりつけられて滅ぼされたかっこうになります。カトリーヌも無実の罪を着せられてました。また、ややこしいんですがロナート卿の息子クリストフはお人よしがたたってこれと関係ない重大事件を手引きしちゃったため、やはり体よく罪状を付け替えられて公表されています。
では真の首謀者や実行犯、真の手引き役は誰だったのか? やみうごが獣どもにハデに同士討ちをさせるためにバックについているのは当然として、国王をだまし討ちするプランを実行した人間はランベール王の急進的な政策をよく思わない王国貴族たちの集まりでした。この反ランベール派貴族の中に、ダスカー半島を任されることになるクレイマン子爵もいたのです。つまりクレイマン子爵はダスカー人の命を多数犠牲にしたマッチポンプをしたことになります。
ランベール王は、中世的な足並みのそろわない領国支配である王国を、王の名のもとにゴリゴリ改革しようとしていました。そもそもきれいなコルネリアの進言を容れてフェルディアの上下水道整備をしたことがかなり急進的な革新性のあらわれです。めちゃくちゃ大変なことですからね、すでにできてる大きな町のインフラ整備って!
ダスカーとの平和外交、王都のみんなの命を平等に守る福利厚生など、改革の路線は命が吹けば飛ぶように軽い過酷な王国を変えようとする仁愛に満ちたものであったようです。だから改革自体は悪いことではないのですが、大きな変化は必ずひずみや反感を生みます。そのひずみや反感に耐えかねた貴族たちによってダスカーだまし討ち企画は盛り上がりました。
我が主は、急進的なランベール王のやり方にかねてより危機感を抱いていました。
そんな折、何者かからダスカーの件に加担するよう持ち掛けられ……
私にとって、国を憂う主こそが正義だった。我々は、己の正義に従ったまでです。
正義のためにダスカー人なら犠牲にしていいやとか、下々の暮らしをよくすることより古き良き政治を守るのが正義だとか考えてるトコがあかんのやぞという感じではありますが、ともかく、ランベール王には政敵が増えまくりました。中央集権と改革をしようとした君主が古き良き仕組みや既得権益を保持したい貴族たちに押さえつけられた、という意味では、帝国の「七貴族の変」と似た構造だったといえるでしょう。だから、世の中の変革期にはよく起こりえる政変なんだわな。
ただ、そういう仲間割れにやみうごが介入してくると、考えてたよりヤバいことになる。クレイマン子爵ら、反ランベール派貴族たちは「あの若造が国をメチャクチャにしている! 自分たちが古き良き国を守らなければ!」と、彼らなりの信念によって国を憂えていましたが、いきなり自分たちで国王暗殺とか企図はしてなかったかもしれません。しかしそこに何者かが「ダスカーで国王を討つ計画」を持ちかけたと。主犯格であるクレイマン子爵家さえ「持ち掛けられ」たのですから、もちろんこの何者かっちゅうのはやみうごのことです。
ただ、事件のそそのかしとか、「ランベール王は急進的で、地方領主たちをないがしろにした悪政を行っている。国のためを思う貴族たちが止めるべきだ」といった機運を高めるための工作活動とかもやみうごは行っていたんでしょうが、あくまでやみうごは人の心の中にある火種に油を注いだだけ。ことを大きくしただけ。上の証言をしたクレイマン子爵の部下も、罪深いことであったと苦しみながらも、「恨まれ、殺されるのも、本望です。あれは……正義のための虐殺だった」と自らの信念で決断したことを語っています。
これは西方教会やロナート卿を裏から焚きつけているっぽいことでも全く同じ構造ですね。今回の話題とは関係ないテーマ的な話ですけど、やみうごがいなければ平和とかって話じゃないんだよなあ、てとこをちゃんと見せてるのが風花雪月のよさ(?)でもありますね。
パトリシアの存在の意味
ここで本題のアンゼルマ=パトリシアさんの話に戻るんですけど。
じゃあこの首謀者たちにとって、パトリシア王妃はどんな意味があったのか、「娘に会わせてあげるから」とか言って何を約束させたのか?
まず、首謀者といっても「反ランベール派貴族たち」と「やみうご」で目的は違っているはずです。やみうごの最終目的は「なるべくフォドラの獣どもの同士討ちでレアやガルグ=マクを滅ぼして、また我らが支配者となるぞ!」で目的がデカすぎてどういう手段でくるのか推測がむずかしいのですが、どちらの勢力も実行時には確実に勝利目標としていたであろうことがあります。「ランベール王を殺す」ことです。あと「真相を知ってしまった目撃者すべての口封じ」ね。この二つめに、結果的についてきてたディミトリを殺すことも当然含まれていました。
常識的に考えると、反ランベール派貴族たちの中には、「ランベール王さえいなくなれば王子を殺すこたない、紋章持ちの王家直系の御子にはいてもらわなければ。ランベール王よりは扱いやすい子供だろうし、王に立ってもらってうまく操作していけばいい」と思ってる人もいたはずです。でもまあ、ついて来てて見ちゃったんだったら指示を受けてる王妃の馬車以外は皆殺しにしないといけないわな。
しかし、やみうご的にはどうだったのでしょう? コルネリアはイーハ大公リュファスに取り入り言いなりにしていますから、これから最高傑作・エーデルガルトが仕掛ける予定の戦争をうまく運んでレアたちを潰すためには聡明な王子ディミトリには死んでもらって、操作できるリュファスに王国を持たせたほうがずーっと都合がいいはずです。ブレーダッドの紋章の人間っていろんな意味で操作しづらいし、やみうごには王家の貴いお血筋とかマジどうでもいいですからね。最終的にはリュファスもいらなくなったらディミトリの仕業ってことにして殺してくるくらいだし。
だから、「反ランベール派貴族にはそのつもりはなかったけど、やみうごの目論見でディミトリも巻き込まれた」というのはまあ妥当な話です。
そして、「ランベールとディミトリを同時に殺す」ためには、パトリシアさんが便利にはたらきうるのかも。
第一の利用価値
第一に、先ほど「反ランベール派の計画ではディミトリまで殺す予定ではなかったかも」と考察しましたが、途中でのそれっぽい予定変更があったらしき作中の情報があります。ダスカーの悲劇の前のランベールとロドリグの会話回想です。
「……何を言っている、ランベール!」
「俺はダスカーへ向かう、と言った。お前が何と言おうが、その意志は変わらん。
昔からお前は心配性だな……これまでも、ダスカーとは仲良くやってきただろう?
ロドリグ、お前もわかっているはずだ。今回の会談がどれだけの重要性を持つか」
「それは、そうだが……やはり、国王であるお前自ら出向くなど……。
それに殿下はまだ幼い。もし万が一、お前の身に何かあれば……!」
「……たとえ万が一があっても、大丈夫さ。
ロドリグ。あいつは聡い。たとえ父親がいなくとも、きっと真っ当に育つだろう」
これをよく見ると、ランベールが「ダスカーとの大事な平和外交会談、危険はあるが、ダスカーの民や周辺諸侯に誠意を示すために命をかけても国王の俺自らが向かうぜ!」と決めたタイミングではディミトリやパトリシア王妃は一緒に行く予定ではなかったようなのです。万が一父親の俺に何かあってもディミトリは大丈夫だから頼むぜって言ってるので。
まあ、そりゃそうなんですよね。相手への誠意と信頼を示すために王族自ら足を運ぶというのはとても有効な手段ですが、いくらなんでも王と唯一の直系王位継承者が同時に敵地ともいえる外交に出向くなんて、たとえば帝国の戴冠式くらいの式典でもなければ格やリスクが釣り合いません。
しかもダスカーへは「王」と「唯一の王子」だけでなく、「王妃」まで向かっていて、問題のリュファスだけを残しロイヤル核家族全員出撃しています。明らかに、そんな必要は、ない。しかもパトリシア王妃は公表されていない王妃なのですから、連れてっても危険なだけで全く外交アピールにならない。そもそもパトリシアさんがそんな遠出をすること自体非常に珍しいことです。
何やらきな臭くなってきました(最初からだよ)。
「ランベール王にも危険な賭けという認識はあった」「最初はディミトリを連れていく予定ではなかった」「パトリシア王妃を連れて行っても特にいいことはない」という3点から、「やみうごはパトリシアさんを参加させて何がしたかったのか」を推測するなら、「パトリシアとディミトリもひそかに会談に連れて行ってもらうよう、パトリシアの口からランベールを説得する」という作戦が考えられます。
複雑な立場の人妻との重婚でもいいから結婚し、公表できず二人きりで会えもしない身の上でさえ愛しているひかえめで優しい妻がですよ、「あなたの努力してきた道が実るすばらしい瞬間を、仲良くしたいダスカーの人たちを、ちょっと遠くからでいいからこの目で見たい、ディミトリにもぜひ見せてあげたいのです」とか言われたらさ、そりゃ感動して最終的に「そう……だな!!」ってなっちゃいますよ。ディミトリと違って腹芸のできないタイプの人だったそうですし、隣でコルネリアもそうだそうだって激推ししてくるし。
逆にいうと、そうでもなきゃ妻も息子も連れていくということはないと考えられる。
コルネリアがひそかに
「馬車で遠出するなら、監視の目がゆるんで自由時間もできるはず。近くまで娘を連れてきてあげるから会えるわ。
これは貴重な機会だから、自分と息子も会談に連れていくよう頼みなさい。
せっかく仲が良かったのに引き裂かれた子供たちをまた会わせてあげられるかもしれないでしょう。ネッ」
などと親身~なふうに言ったのだとしたら、パトリシアさんはそれは確かに……と思ったはずです。そのくらいの取引であればランベール王やディミトリに対してそこまで不義になることはありません。ただし、だまし討ちがなければ……。
【追記】『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』で、コルネリアにそそのかされランベール王への不信感を植え付けられたたパトリシアさんが「ランベール王を討てば政治にこういう変化がある、こういう利権が手に入る」ということを訴える書状を西部諸侯に送ってダスカーの悲劇への協力をとりつけていたことが判明しました。ディミトリまで危険にさらされることを承知していたかは不明ですが、少なくともランベール王が王位を下ろされることくらいはバリバリ知っていたことになります。
第二の利用価値
第二に、こっちは補足的なことで「こういう可能性もあったかも」レベルの枝葉なのですが。
考えてもみてほしいんですけど、ディミトリのあの超人的強さ(ユニット性能だけでなくシナリオ描写として白兵戦能力が人間キャラの中では群を抜いています)からして、同様の怪力と紋章をもっていたランベール王と14歳ディミトリを殺すのは相当難しいミッションです。ランベール王のユニット性能は知らんですが、ディミトリをして「誰よりも強い父」と言わしめてます。
たとえ和平会談だと思って少し油断していて多勢に無勢だろうと、あの手槍反撃で一軍を滅ぼすブレーダッドの男を2ユニットも(しかも優秀な騎士グレンつき)殺すまでには相ッ当の返り討ちに遭います。危険すぎるだけでなく部下の死体が増えすぎて「こ、これらはみんなダスカー人に殺された王の兵なのです! かわいそうですね!」と事態を隠蔽するのも難しくなってしまいます。この計画なにげに難しすぎるよ。
実行犯が本当にダスカーの民だったとしたらランベール王もディミトリも困って躊躇するでしょうが、実際はそうではありませんでした。ダスカーの地までの護衛として周辺諸侯からつけられた周りの兵がみんな仕込みで襲い掛かってきたと考えても、やみうごの魔導士が火つけたり支援してくれたとしても、いろいろシミュレーションしてみてもなかなか……無理があるっていうか……暗殺って確実に仕留められる算段がなきゃやらないっていうか……。
というふうに実行犯たちの「確実安全に王と周りの人間消したい!」という目線に立って考えてみると(嫌な目線だ~~)、もうひとつ追加でパトリシアさんにやってもらいたい仕事があります。「ランベールとディミトリの戦力をなるべく下げる」ことです。
パトリシアさんはランベールに愛されディミトリになつかれている家族ですから、彼らやグレンの緊張を解くことができます。しかも、これは彼らにとって「はじめての家族旅行」です。コルネリアが間に入ることもないし、ときには3人でパトリシアさんの馬車に入り、家族水入らずの時間を過ごしたりしてかなり和気あいあいとした可能性もあります。
そんな状況ならば、たとえば武装を外させたりできるでしょう。平和のための会談なのだから……長旅で疲れただろうから……と微笑んで。これもまたパトリシアさんに悪意がなくともできることです。気もゆるみ、これでちょっと成功率は上がります。
ただブレーダッドの男は丸腰でも人の首をへし折り頭を握りつぶすので、もうちょっとなんとかしたいところでしょう。遅効性の神経毒でも盛ってパラを下げましょうか。これも、コルネリアが事前に「緊張を和らげ頭をすっきりさせるお茶を調合したわ。私はついていけないから、会談の前に家族で飲むといいわよ」……とかなんとか言っとけば済む話です。夫と息子、大喜び。毒見でグレンも飲めばさらに効率アップです。パトリシアさん自身も痺れてもやみうごにはメリットしかありません。
これらのパラ下げが本当にあったかは重要じゃないんですが、パトリシアさんが参加することにはこういう利用価値も多くあるってことです。
王妃のゆくえ
細かいことはいろいろあったりなかったりしたでしょうが、確からしいことは、そうして油断した丸腰の王と王子とグレンのもとに伏兵が迫り、警備がなくなったパトリシアさんの馬車では「では、手はず通り娘御のもとにお連れしますね」とか言ってやみうごがシュンッ!てパトリシアさんを瞬間移動させたということです。
そして彼女は結局娘にちゃんと会えなかった。エーデルガルトは母親をむか~しに離れた美しい存在として終わったこと扱いしていますからね。ダスカーの悲劇にエーデルガルトが関わっていなかったのはもちろんのこと、「行方知れずだった実の母親が実はそこで死んでた」とかもディミトリに問い詰められて初めて「そうなん!? なんでお母様が!? でもまあそこは今ええとして……」てなった可能性もあります。
たとえ会ってたけど気づかれなかったとか、アンゼルマ=パトリシアさんのほうから一方的にエーデルガルトの姿を見られたとかだったとしても、そのころはエーデルガルトが血の実験を受けた直後で髪の色も変わり果てていたころです。ショックを受け、自分が加担してしまった「なにか」の恐ろしさに気が付いてしまったのかもしれません。
「なぜ、連れ去る必要があったんです? 殺してしまえば済む話ではありませんか」
「……外交上、利用価値があったのでは?」
「これまで、パトリシア様の存在が外交の場で利用されたことはありましたか?」
「……いえ、私の知る限りでは。……ならば、帝国内の政争に利用されたのでは?」
「実の娘が皇帝となった今、 その存在を隠す必要がどこにあるんです」
「………………。それは、帝国に戻られてから亡くなられた、とか……」
なんにせよ、アンゼルマ=パトリシアさんをハピのようにやみうごが自由の身にすることはありえません。あまりに多くを知ってしまったからです。
ロドリグが指摘する通り、彼女はダスカーの悲劇での利用価値が済めば殺したほうが簡単ではあったはずが、わざわざ連れ去ったということはまだ何かあったということになります。まあ、ロドリグに疑念が生まれたりコルネリアが最後っ屁に「おまえは母親に捨てられたんだよヒッヒー!!」と精神攻撃してきたりなど、よくわかんない疑いを残すだけでも十分争いを生む工作になりますから、疑念であとでコンボできそうだなという見込みで連れ去られた可能性もあります。実際、このよくわからん疑念によって風花雪月プレイヤーの多くもアンゼルマ=パトリシアさんのことを怪しい女だぜとBadめに評価しているんじゃないでしょうか?
考えてみればその場で殺して死体が増えても「誰この女の人?」「王妃様だって」「え!? 王様に後妻いたの!?」ってなるだけで怨みや怒りというよりどゆこと?ですからね。娘に会わせてあげるって言えば無抵抗でついてくるんだから殺す意味はそんなにない。
そして、もちろんアンゼルマはエーデルガルトの母親なのですから、価値はありえます。ロドリグは「エーデルガルトが皇帝となった今(政争に勝ったことになるので)母親の存在を隠す意味はない」と言っていますが、「帝国(のエーデルガルト派)」と「やみうご」は別の利害を持っています。やみうごとしては、王国での利用を終えたパトリシア王妃を、今度はエーデルガルトに対する人質・母アンゼルマとして確保したかったという可能性もあります。
エーデルガルトの背後にその存在が出てこないのは、たぶん最も大きな理由としては演出の観点から「話がいらんとこで煩雑になるからカット」なのですが、あえて詳しく想像するのであれば、
①今のところエーデルガルトが協力的なのでやみうご側がオープンにする必要がない か、
②エーデルガルトに母親のことを匂わせたが、物心つく前に別れているし過去を切り捨てているのであまり効果がなさそうだった か、
③アンゼルマさんがランベールとディミトリにしてしまったことやエーデルガルトの状況を知ってしまい、心を病んだか命を絶った か
といったあたりの結末のどれか、あるいはその複合が考えられるかとおもいます。
【追記】『ファイアーエムブレム無双 風花雪月』で、アンゼルマさんはタレスたちの野望の「薪となってとうに燃え尽きた(タレス談)」、つまりもうだいぶ前に死んでることが判明しました。最終的にどのように利用されたのかははっきりしませんが。
また、少なくとも士官学校開始時点までのエーデルガルトは「亡命後の母親がどこで何をしているのか」のことは何も知らず、当然母親に再開したこともないことが判明しました。「ダスカーの悲劇の首謀者がタレスたちである」ということは知っていますが、それに自分の産みの母が関与させられていたことは全然知らないもよう。
アンゼルマ源氏物語
ダスカーの悲劇の話から話題変わりまして、時系列的には元に戻るのですが、帝国でのアンゼルマさんのいきさつについて。
これはある意味二次創作的なところのある読解なのでそんな感じで読んでほしいんですけど~、
寵姫アンゼルマさんの物語って『源氏物語』の桐壺の更衣に似てる、実は日本の古典的なエッセンスのある筋書きで味わい深いんですよね。まあこういう話があるのは日本だけじゃないんですけど……。
いやこういう話ってどういう話のことよ?
帝国六大貴族
まず、イオニアス9世の帝(みかど)の御時(おんとき)の帝国の情勢を確認しておくんですけど。
イオニアス9世の時代のころには、帝国には家柄やそれを証明する紋章を至上とする価値観が固定化され、貴族の多くが腐敗していました。特に、ナントカ大臣にあたる官僚の長(〇〇卿)を世襲する六大貴族に政治が牛耳られていました。すなわち宰相エーギル家、宮内卿ベストラ家、内務卿ヘヴリング家、軍務卿ベルグリーズ家、教務卿ヴァーリ家、外務卿ゲルズ家のことです。特に宰相エーギル家の当主(つまりフェルディナント父)は帝国を往時のようにフォドラすべての支配者に返り咲かせたいとかそんなかんじの野心をもち、いろいろやっていたようです。
↑「帝国貴族の中には、その最大版図の復活を夢見る者もいる……」と濁しながら父の野望に苦言するフェルディナントくん。
エーデルガルトが父に親和的であることからしても、イオニアス帝は「この世襲貴族政治じゃアカンな、皇帝の名をもって世襲貴族たちの暴走や腐敗を止め、世の中を正したい」的な理想に燃えていたのでしょう。「中央集権」を目指して動きました。
当時の陛下は、“七貴族”と呼ばれる大貴族や外戚の特権を徐々に廃止し……
皇帝に権力を集中させるべく、改革を進めていた。
貴族たちは……それを止めた。イオニアス陛下は負けたのだ、権力争いに。
いうて、帝国は「帝都の宮廷に権力が集まり、地方領主それぞれの政治ではなく中央の官僚が国全体に向けての政治をする」という意味での近世的「中央集権」の体制にはとっくになってましたから、ここでいう「中央集権」とは「皇帝に決定権を集中させる、皇帝親政」の状態のことです。つまり、事実上の世襲制で脅かされなかったはずの官僚たちの権限は事業仕分けされ、なにより皇帝自らがバリバリ政治の決定をしていくとなれば、今までと比べて宰相はかなり権力を削がれることになってしまいます。
こうしてフェルディナント父をはじめとする大貴族たちは、本来皇帝を助け補佐するべき立場のはずが、イオニアス帝にオイオイをつのらせていったのです。
「桐壺の更衣」
ここで、『源氏物語』の桐壺の更衣の筋書きです。源氏物語のオープニングである『桐壺』の段は多くの高校の教科書でも習い、有名ですね。
直接書いてある筋を要約すると、
後ろ盾となる家の身分は高くなく後宮のすみっこに住まわされているが、時の帝からたいへん寵愛を受けた「桐壺の更衣」という女性がいました。
あまりに帝が桐壺の更衣ばかりを愛されるので、他の妃たちからいじめられ、楊貴妃のような国を乱す妖婦であるとあてこすられました。
彼女は輝くように美しい帝の子(光る君、のちの光源氏)を生むも、光る君が3歳ほどのころ、政争の心労が原因で後宮を去り、直後に死去してしまいました。
というものです。つまりアンゼルマさんでいうなら「光る君」が紋章をもって生まれた利発なエーデルガルトですね。アンゼルマさんは後宮を退いた直後に死んでないけど。
(なんかそう考えるとエーデルガルトとディミトリが初恋をしたのって、FE伝統のきょうだい萌えにプラスして光源氏が幼いころに別れた母親に似た恋人を求めたのともちょっと符号しててエモいですね)
こういう親世代の悲しい大恋愛、悲劇の王子誕生話の筋書きだけでも古今東西の古典的王道に添ってるなあ~なんですけど、実はこれだけではなく、アンゼルマさんと桐壺の更衣にはテーマ的に重要な共通点があります。それは「弱小貴族の娘」であるということです。
この言い方だとなんだ~そんなこと?よくあるロマンスじゃんとなってしまいそうなので、言い方を変えると、大貴族の外戚の影響を受けない妃ということです。
いや言い方を変えたら今度は言葉が難しくなったな。
ちょっとまってくれえーと
『源氏物語』が書かれた時代に全盛だった政治体制を、小中学校の歴史では「摂関政治」と呼びます。
これがどんなものかもテストに出ましたね。「大貴族(藤原氏)が娘を天皇の妃にし、生まれた子を天皇の位につけて、その子が小さいうちは摂政、成長しても関白として代わりに政治を行う」というのが模範解答です。この、天皇に娘を入内させ新しい天皇のおじいちゃんとなる貴族のことを「外戚(がいせき)」といいます。こうして天皇は生まれたときから、そして妃を迎えても、ずーっと外戚となる大貴族の影響下に置かれ続け、「あなたはただ儀式をしていればいいのよ」みたいな感じでまともに政治をやらせてもらえなかったわけ。
これは当然平安時代の日本に限った話ではなく、世襲の王権がある限りどこにでも発生しうることです。さっき引用したハンネマンによる背景説明にも「外戚」という言葉が出てきた通り、フォドラにもね。つまり、歴史から考えればイオニアス帝がアンゼルマさんと恋をする以前に政略結婚させられていた正妃や、帝国の繁栄と紋章の血のためいっぱい子をなしてね!とあてがわれていた側室たちも大貴族たちがそれぞれの思惑をのせてお届けしていた女性たちだったんですね。
付き合う人間、自分の子の母となる人物も制限され、みんな大貴族たちの息がかかっていたり権力闘争への野望に燃えてたりして、イオニアス帝はお忍びでぶらついていたガルグ=マクで初めて心から信頼したい愛すべき女性に出会ったのです。
イオニアスとフォルクハルト
『源氏物語』の裏設定みたいな系図のはなしなのですが、桐壺の更衣は当時の大貴族(藤原氏)に権力を独占され押し出されて没落したたくさんの家のひとつの娘でした。帝と桐壺の更衣、および彼女の生家の間にはただ寵愛があっただけではなく、大貴族の専横から天皇家と政治を守ろうと戦う戦友のような関係でもあった、という説もあります。そして実際、『源氏物語』の帝の血筋は藤原氏の外戚から取り戻され、光源氏が政治家として位人臣を極めることになるのです。
そこで、アドラステア帝国の場合浮上するのはアンゼルマの生家の勢力、つまりアランデル公フォルクハルトです。
アランデル家
元は帝国の小貴族だったが、現当主であるフォルクハルトの妹が皇帝イオニアス9世の室となってから急伸し、アランデル大公の位を贈られる。エーギル家に協力し、七貴族の変を起こした主犯格の一人と目される――『帝国貴族名鑑2』より
ご存じの通り、アンゼルマの兄アランデル公フォルクハルトは小貴族の身でありながら妹がイオニアス帝の側室となってから勢力を伸ばし、皇族扱いである大公の位を賜って摂政にまでなっています。そんなことふつうないよ。つまり、イオニアス帝が彼を政界にゴリ推ししたのです。『銀河英雄伝説』で皇帝の寵姫アンネローゼの弟ラインハルトが活躍し出世したののほうがまだ常識的な経緯ですよ。
これは一見、桐壺の更衣が「楊貴妃」と陰口をたたかれたように、寵愛を受けた女性の影響によって政治が乱されているかのようですし、当時はそのような反感も買いまくったからアンゼルマさんは身分の高い妃たちにはめられ帝都を去ることになったんだと思われますが……、
「若き日のイオニアス帝は政治を正すべく中央集権を目指し、六大貴族などと対立していた」「イオニアス帝はアンゼルマに出会い、大貴族たちの息のかかっていない女性に初めての恋をした」「アンゼルマの兄フォルクハルトはイオニアス帝に突然政界に抜擢された」、さらに「タレスに成り代わられる前のフォルクハルトはたいへん優秀で敬虔な人格者であった」という確実な情報を組み合わせてみると、ひとつの物語がたちあがってきます。
アンゼルマを介して出会った、理想に燃える皇帝と優秀で身軽な若者は、帝国を変えるため意気投合し、若者は皇帝の右腕として取り立てられともに腐敗と戦ったのではないでしょうか?
激アツいやん……
ただし、アランデル公主導でイオニアス帝の権力を奪ったクーデター「七貴族の変」はタレス成り代わり以前に起こっているので、二人はやがてなんでか行き違い、権力を握ったフォルクハルトはイオニアス帝の恩を仇で返すことになってしまうのですが。『花山天皇の出家』か……?
(なんでも古典文学にする)(実は国語の先生なんだおれは)
しかし、こちらもダスカーの悲劇と同様、七貴族の変のメンバーのほとんどはやりすぎてる皇帝から実権を奪っておとなしくしといてもらうだけを目的としていたと考えられます。「フォドラ全土を再び帝国の物とするため、最強の皇帝をつくり支配正当性の証となる強い紋章の力を宿す人体実験を皇子たちにほどこす」などという無惨なやみうご提案には、たぶんエーギル公とベストラ候くらいしか賛成してなかったでしょう(どうだろ、親世代の人格はよく知らんからわからん、ベルナデッタ父とかも粛清されてたし賛成したのかもわからん)。その証拠に、七貴族の変の直後皇子たちがなんか怪しいやつらに地下施設に収容されだすと、アランデル公は血相を変えて急遽エーデルガルトとともに王国に亡命しています。
つまり、七貴族の変のアランデル公もパトリシア王妃と同様「そこまでするつもりはなかったのに、ヤバいことの引き金を引かされてしまった」のかもしれません。
ベストラ候の思惑
この見出しはアンゼルマさんの話からは横道にそれた、「イオニアスとフォルクハルト」の補足情報とその周辺です。
先ほども述べた通り、七貴族の変で皇家の身柄を拘束し血の実験に引き渡すところまでやみうごと共有していたらしきアランデル公以上の主犯格の一人が、ヒューベルトの父ベストラ候です。これはヒューベルトが「あの人間のゴミがベストラ家の存在理由を裏切ってエーデルガルト様を拘束しくさって…」とめちゃくちゃ怒っていることや、その後彼が粛清されたことからして確かです。
彼が七貴族の変を実行した理由や経緯は今回の話題に関係ないのでとりあえず省きます。今回関係があるのは、彼がなぜ長子ヒューベルトをエーデルガルトの従者にしたのかです。
ヒューベルトがエーデルガルトの従者となったことの周辺情報を整理しましょう。
- ベストラ家の者は代々フレスベルグ家の皇子の従者となる習わしがある
- ヒューベルトはイオニアス帝の従者ベストラ候の長子である
- エーデルガルトはセイロスの紋章をもつがイオニアス帝の第9皇子である
- ヒューベルト6歳、エーデルガルト4歳のころ二人は引き合わされた
- エーデルガルトが皇太子となったのは(血の実験後の)13歳より後である
こうしてみてみると、ヒューベルトとエーデルガルトは年齢のつり合いこそとれているものの、ベストラ家の挙動は何かがおかしいです。親によって二人の主従関係が結ばれた当時は、エーデルガルトはあんまり帝位を継ぐ予定ではなかったのです。
ベストラ家とフレスベルグ家皇子の主従システムが「ベストラ家一門の子供はすべて、6歳になったころに年の近い皇位継承権持ちの皇子の従者に自動的に決まる」とかの機械的なしきたりでもない限り、長子が命に代えても守り仕えることになる皇子は慎重に選ぶはずです。マジで人生決まっちゃうからな。
もうひとつの可能性としては「ベストラ一門は本家・分家や長幼の序で嫡子が決まるわけではなく(つまりヒューベルトも最初から嫡子だったわけではなく)、仕えてる皇子が皇太子になった者が嫡子となる」とかそういうフレスベルグ・ベストラ立太子タッグマッチ制度だった(それはそれで燃える)のかもしれません。しかし、もしそうだったとしても、ハンネマン支援によればヒューベルトの父親は家族のことも大事にしていたようですから、長子のヒューベルトを少しでも有力な本命馬につけるはずです。
つまり、ベストラ候は血の実験が成功する前から、やみうごが本格的介入をする前からエーデルガルトを皇位継承者として有力視していたということになります。もちろん、このころのアランデル公はまだタレスではありませんでした。むしろ、イオニアス帝によって政治の中心に召し出され、大貴族特権を廃した中央集権体制のためにバリバリやっているころです。
なぜ、ベストラ候はエーデルガルトを推したのか? いくらセイロスの紋章持ちで聡明とはいえ、それだけでは弱いです。他にも紋章持ちのきょうだいは2~3人いたようですし、母が後宮の争いに敗れ去ったばかりのまだ4歳の子供ですよ。
そう考えると、当時のエーデルガルトが持っていた特別さはふたつでしょう。寵姫アンゼルマの子としてイオニアス帝の最愛の娘であろうことと、アランデル公フォルクハルトという後ろ盾です。つまり、ベストラ候はイオニアス帝の気持ちを重んじるとともに、アランデル公(タレスでない)を推し、次代の帝政の中心となっていくべきと考えていたのです。大貴族たちではなく。だからエガちゃんヒューちゃんペアの成立は、実はけっこう政治的に危険な表明だったはずなのです。
ベストラ候が自分の意思で長子ヒューベルトをエーデルガルトにつけたのだとしたら、やみうごが本格的に介入してくるまでの人間の政治の中では、ベストラ候もイオニアス帝とフォルクハルトを全力サポートする路線だったらしいことがわかります。結果的には炎の紋章がエーデルガルトを押しも押されもせぬ皇帝の地位につけたんですけど、どの皇子でどのくらい実験が成功するか、まだやみうごにさえわからなかった頃の話ですからね。
最後にはおそらく、皇帝の側仕えという七貴族の変に最も必要な役割の人間であることから家族をネタに脅されたなどして宰相に加担し、それで息子に憎まれ消されたヒューベルトの父親ですが、彼もまたかつては主の行こうとするいばらの道を支えるベストラの人間だったのです。
親の屍を越えてゆけ
アンゼルマ=パトリシアさんの足跡をたどることによって、親世代がやってたことやその挫折をふりかえってきました。
親世代をかえりみてわかることは、やみうごの離間の策もですけど、なにより『風花雪月』のそれぞれの戦いは親の代が変化を起こそうとしてきたことから継承されて続いてるんだなってことです。
今回は同盟の話が出ませんでしたけど、クロードの親、つまりリーガン公女ティアナもパルミラ王とフォドラの喉元を越えて結ばれ、クロードが目指している「壁を壊した交流」がされる世界を目指しました。しかしクロードはまだまだバリバリの偏見や差別に苦しみ、ティアナの戦いは一代では終わらず、クロードに引き継がれました。クロードの次の代の人々もきっと偏見や差別を越えて手を取り合うことに試行錯誤し続けるでしょう。さらに、ティアナが家を飛び出して外の世界を求めたのも、さらに親の世代、そのまた親の世代が望みながらもできなかった試行錯誤の果てに、やっとできたことだったのかもしれません。
イオニアス帝は不平等な政治体制を変えようとして倒れ、エーデルガルトがその理想のバトンを継ぎました。ランベール王は皆に優しい世を作ろうとして猪突猛進して騙され、ディミトリがその仁義のバトンを継ぎました。
そして、熱い思いが継がれていくことの根底には、エーデルガルトが両親は愛し合っていたと信じられたこと、ディミトリが継母に優しい強さを教えられたこと、クロードが異国にあっても揺るぎない母の強さを見ていたことがあります。親の、先人の、心からの愛と熱意があります。
だから、いろいろと不明点や疑念の多いアンゼルマ=パトリシアさんですが、当方は『風花雪月』の中心人物の影にいる彼女のことをわりと好意的に見てるのです。
娘、息子に継がれた熱い心で生き抜いた、愛の人であったと。
ま、「生きろ」ってことさ。
風花雪月ファン向けに中世騎士社会を解説する別ゲー(別ゲーなの!?)の実況も随時更新してますよ。
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