湖底より愛とかこめて

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守護聖デザインと9サクリア②―光と闇のサクリア

 本稿では『アンジェリーク』シリーズの9つの宇宙的属性、「サクリア」の象徴するもの、なかでも「光のサクリア、光の守護聖」「闇のサクリア、闇の守護聖」の対立軸について整理・考察していきます。

無印~エトワール、および「神鳥の宇宙の守護聖」「聖獣の宇宙の守護聖」のキャラクターエピソードを例に出すことがあり、ネタバレを含みます。

↓『アンジェリーク』シリーズと「サクリア」についての基本の論はこちらから↓

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 サクリア総論の記事では、『アンジェリーク』シリーズの9つのサクリアが「宇宙を構成するすべての要素や概念を9つに分けたもの」であり、毎度の守護聖の紹介順序は「文明が成長し、構成されていくさま」をあらわしていると述べました。

サクリアは基本的に、相反する2つの属性の対立軸が4本あり、その中央に風のサクリアが位置するという構成になっています。今回は第一番めの対立である、「」の対立軸について述べていきます。新作『アンジェリーク ルミナライズ』の守護聖達のキャラクター理解の一助ともなれば幸いです。

 

 

光と闇の軸―陽は沈み、また昇る

由羅カイリ画集 ~アンジェリーク 20th Anniversary~

由羅カイリ画集 ~アンジェリーク 20th Anniversary~

  • 発売日: 2015/07/17
  • メディア: Kindle版
 

 いかなる作品においても、また「陽キャ」「陰キャ」などという言葉でも事物や人の性格を真っ先に二つに分けるもの、それが「光属性」「闇属性」、「白と黒」です。「太陽と月」ともいいますね。

『アンジェリーク』シリーズもその例に漏れず、世界観やキャラクターたちを紹介する際のキャッチフレーズ的に「輝く光と、安らぎをもたらす闇と――」と書かれています。まず、光の守護聖と闇の守護聖がある。

 

 そのキャッチフレーズからもわかる通り、『アンジェリーク』シリーズにおける「闇」とはしばしば他作品で「邪悪」や「怨の気」と結びつけられているような闇ではなく、善なる役割をもったパワーです。

さきほど「まず最初に天地開闢の光と闇が生まれ」となにげなく述べました。聖書にいわく、

はじめに神は天と地とを創造された。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。

――旧約聖書『創世記』より

つまり宇宙の暗闇に天と地らしきものが創造された時点ではまだ世界はモニャモニャ混沌としており、まず光が生まれたことで「光の部分」と「闇の部分」の二者が生じて「昼」と「夜」という時間が生まれたとヤハウェの神の神話では言われているのです。『スーパービックリマン』のオープニングなど、まず「光あれ」ってやって光と闇が分かれたことでうんちゃらかんちゃら……という世界観は創世神話に普遍的なものです。

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昼と夜という循環がない闇だけの世界は、ある意味時間が流れていないのとも同じことです。そして昼間の光と夜の暗闇は自然界には両方が必要なものです。日照時間と暗闇の時間が一定以上ずつないと開かない花のように、朝と夜が巡り、交互に時間が流れることで世界は変質し、成長していきます。

『アンジェリーク エトワール』において、サクリアを貯蔵するトゥルージェム(以下の図)の位置関係では中央の左右の水平ラインで対立しており、「水平線」によって夜明けと日暮れを境界とすることが表されています。

 

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闇は左、光は右の水平線に位置しています。左は象徴的に過去やマイナス方向を、右は未来やプラス方向を表しています。加えて、一般的な東西南北の見方において左は日の沈む西の方角を、右は日が昇る東の方角を表します。まあ上が太陽の南中をあらわしてるとすると東西南北の上下が逆なんだけどそこは概念としてさ……。

この光-闇のホリゾントラインはここを境にして「上のサクリア」「下のサクリア」は光寄りと闇寄りの意味に分かれていると言っていいでしょう。ざっくり言って、「上のサクリア」である「炎」「夢」「鋼」は意識的で活動的な人為をあらわし、「下のサクリア」である「水」「地」「緑」は無意識下の受動的な自然の土台をあらわします。

特に右から昇って左に沈む反時計回りの巡り順で見ると、「光」に最も近しいのは「炎」、「闇」に最も近しいのは「水」となり、これは神鳥の宇宙の人間関係の対立のベースとなる「ジュリアス様・クラヴィス様とゆかいな腰ぎんちゃくたち」ですね。

 

 そんなイメージで、光と闇の対立軸は原初的(プリミティブ)というよりもっと以前の、宇宙的なものです。聖地の人間関係は光の守護聖と闇の守護聖を対極として、その二人の性格が合わなすぎてまともなケンカにさえならんケンカを軸とすることが多いです。光と闇の守護聖が出てきたらもうそれは大河ドラマに織田信長と明智光秀が出てきたようなもんであり、新作の光と闇の守護聖の関係か今回はどうくるか楽しみなものです。

今日もまた 朝が生まれ 新しい光が
昨日の その悩み 生きる力へと変える

優しく時間は積もり 夕闇降りれば
疲れた その魂 癒すために夜が来る

――速水奨/塩沢兼人(光の守護聖ジュリアス/闇の守護聖クラヴィス)『陽は沈み、また昇る』より

 今回の織田信長と明智光秀です

 

光のサクリアー白昼の自負

「アンジェリーク」守護聖コレクション(1)~ジュリアス(速水奨)
 

神鳥/聖獣での役割:「誇りを司る」/「目覚めをもたらす」

トゥルージェム位置:水平右

自然物:日光、朝、日中、恒星、咲く花、明るい色のもの、黄金など

概念:生、健康体、誇り、誓い、責任、地位、政治、リーダーシップ

人間:意識、起床、覚醒状態、交感神経優位、緊張状態、礼装、王侯

 

 いきなりずいぶんと時代がかったCDジャケットをお見せしましたが(シングルCDなんだよこれ)、光のサクリアを象徴するような一枚なのでぜひにとおもって……。

光のサクリアのイメージは「明るい光によって、目覚めている自意識」です。

「光あれ」によって世界に時間や万物の分離が始まっていった順序からか、サクリアのもつ性質からか、光の守護聖は女王のもと対等な関係である守護聖の中でも「首座の守護聖」とさだめられています。覚醒している、ビシッとしている、自覚的である、矜持があり、心の気高さとカリスマ性をもっている光の守護聖は確かにリーダーにふさわしい個性だとさだめられているようなものです。人の下についておとなしくしているタマではないでしょう。

『遙か』シリーズでいえば「天の白虎」と似た属性となります。

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誇りを司る光の守護聖・ジュリアス

神鳥の宇宙の光の守護聖はジュリアス。さっきの時代がかった縦に長いCDジャケットの金髪ロン毛です。CDジャケットのようなスーツ姿やオフの服でも見るからに上質で高級なものを完全に着こなしており、庶民には一生話しかけられなさそうな雲上人のオーラを放出。実際にゲームで出てくる執務服にいたっては上のようにギリシャとかの神じゃんって感じのたっぷりした純白の布と金細工の大ぶりなアクセサリーをつけています。古代ローマの貴族の長大なトーガがそうであったように、絶対使用人がいないと着られないやつ。

さもあらん、ジュリアス様はお生まれも女王や守護聖を輩出してきた名門貴族であり、なんと守護聖の仕事は肉体年齢で6~7歳のころから。守護聖に選出されたときにも自他ともに驚くにあたらないとばかりに堂々と聖地入りしたそうです。神だよもう。このランクの人には永田町行っても出会えないよ。なんて話しかけたらいいんだよ。この「メチャクチャ緊張する」「覚悟ができてないと話しかけちゃいけないんじゃないのか」というのがもう、ジュリアスのもつ「光」のサクリアの力です。

光のサクリアは「意識」「自覚」をもたらします。とにかく自分は自分の人生を踏み出して生きていくのだ、というカッと見開いた目力(めぢから)です。ジュリアスはたいへん仕事熱心で真面目一徹カミナリオヤジであり、定番セリフは「女王候補としての心構えがなっていないのではないか」。怖い。ジュリアスが怖いことで人は気が引き締まり、場が厳粛になります

 

目覚めをもたらす光の守護聖・レオナード

 しかしながら光のサクリアは「上質」「真面目」「ガンコジジイ」を表すものというわけでもありません。それを彫り出しているのが聖獣の宇宙の光の守護聖、レオナードです。

レオナードの生まれはジュリアスとはまったく対照的に人心の荒廃した都市の裏通りの孤児です。お育ちの上質さも、真面目で公明正大でいられるようなまともな話の通じる環境も、望むべくもありません。レオナードはその歌舞伎町のヤバめの通りの地下のバーでコワめの客層相手にバーテンダーなどして、危ない橋を渡りながら小銭を稼いでいました。

一見パツキン以外どこにも光輝などなく、ジュリアスと共通の言語をしゃべれるのかも微妙そうに見えたレオナードですが、実は彼には薄汚れた猥雑な街の中でも曇らぬ信念がありました。危ない橋を渡りながら稼いだ小銭をば、自分が育った孤児院の院長先生や子供たちのために渡していたのです。

よろしくない環境に身を置いていながらなかなかに明晰な男ですから、そんなことをしたって焼け石に水、街のよろしくない環境自体が根本的に解決しないことはわかっています。それでも、無駄だからと目標を失うことはしない。自分がやるしかないことを自分がやるのだ、と自負し続ける。どんな環境にあろうと、すべてを失っても、このはっきりした気力こそが光のサクリアの表す「誇り」であり「目覚め」なのです。

 

現実世界での光のサクリア

 光のサクリアが人間の暮らしている共同体に注がれた場合、その共同体の文明はよりそれぞれの社会的責任に自覚的で意志的な方向に向かっていきます。民主化運動(デモクラシー)などには光のサクリアが必要だといえます。

光のサクリアが不足すると人は誇りや、自分がほかならぬ自分であることを忘れ、日々の生活に埋没して妥協していくことになるでしょう。逆に光のサクリアばかりが過剰な人が多いと、正しく前に進むことばかりで「あそび」や「ゆるみ」のない社会となり、強靭な心身の人間しか生き残れず自滅的になるでしょう。

 こうした性質から、光のサクリアは人間の役割でいえば「王侯」「政治家」にあたります。

かつてアンジェリークシリーズには『ラブラブ天使様』というソシャゲがあってのう、守護聖たちが現代人だったら……という設定でプロフィールが再構築されておったんじゃよ。そこではジュリアスはアメリカの名門出身の政治家(議員)、レオナードはアラブの国王の傍系で外交官という設定でした。

 

 

闇のサクリア―遠き山に日は落ちて

神鳥/聖獣での役割:「安らぎを司る」/「眠りをもたらす」

トゥルージェム位置:水平左

自然物:闇、光、夜間、暗所、閉じる花、紫や暗い色のもの、水晶など

概念:死、病気、休息、忘却、回避、回復、治癒、心理学、浄化、リラクゼーション

人間:無意識、睡眠状態、副交感神経優位、弛緩状態、オフ、カウンセラー

 

 闇のサクリアのイメージは、「暗く低刺激な環境で、休んで回復する眠り」です。

 上の画集の二人の身につけている布、ジュリアス(右)の昼間の晴天の空色の布に対するクラヴィス(左)の夜の星空の暗青色の布はなんとも美しく光と闇のサクリアのイメージを表しています。光、つまり日中が意識と誇りで外に出て活動する時間ならば、闇、つまり夜間はいったん何もかも忘れ無意識の領域に休む時間です。

「光」と「目覚め」はとかく善なるものとして意識されがちですが、「闇」と「眠り」もぜったいに必要なものです。「交感神経と副交感神経」という対立でもあらわしましたが、人間の体の中の自律神経は交感神経(活動モード)のときさかんに拍動し筋肉や思考活動を覚醒状態にしますが、いっぽうで消化吸収や体の修復・成長、老廃物の処理などのはたらきを弱めてしまいます。それら、疲れを癒し心と体を整理しメンテナンスするはたらきを担っているのが副交感神経(休息モード)です

特に現代人は働き方やマスメディア、ソーシャルネットワークなどの変化によって「社会と繋がっているオンの時間」、よく「ブルーライトによる目や脳へのストレス」が話題になるように「光の時間」が増大しまくり、そういった「オン」のストレスによって体が副交感神経優位の休息モードに入りづらくなっていることが社会問題になっています。眠ろうとしても眠れず、眠っても熟眠できず、力を入れているつもりのない筋肉も緊張しっぱなし……。

こうしたアンバランスな社会状況の中で、人は「癒し」にすがっています。都会に行けば行くほど街角のリラクゼーションマッサージ店は増え、占いやヒーリングの新しい方法にみんなどんどんとびついていきます。これらは『アンジェリーク』的にいえば闇のサクリアの欠乏によるものだといえるでしょう。先日の『麒麟がくる』最終回でも頂点を極めんとする信長が言っていましたね(また信長と光秀の話か)、「二人で茶でも飲んで暮らさないか。夜もゆっくり眠りたい。明日の戦のことを考えず、子供のころのように長く眠ってみたい」……。

この言葉が示すように、「癒し」というのは本当は仕事の残業帰りに30分マッサージを受けたり占いやカウンセリングで一時的にわかってもらった気分になったりするだけでは得られないもの、何も仕事とかせず暮らし、何も考えずにゆっくりと長く眠る「時間の量」がなければ得られないものなのです。

「夜」は緯度がスゲー高い地方でもなければ、世界の半分を占めています。人間の心身は眠っている間にその日働いたすべてのツケを処理し、新しい体細胞をさかんに生み出します。体質的に連続して長時間眠れない人というのもいますが、そうでもないのに睡眠時間が3~4時間で働いているのが常態になっている人は本当は眠気がとれているだけであり、体をしっかりリセットするためには6時間以上のぶっ続け睡眠、しかも眠る前後にしっかりリラックスする準備時間をとるならばマジで一日の約半分がオフタイムとして必要とされます。

本当に心身が癒される「眠り」をとるためには、光や音の刺激の少ない環境……すなわち「静かな闇」が必要となります。静かな闇の中で眠ることで、人の脳というか心というかは記憶を整理し、適切に忘却し、それによってストレスを浄化します。体の疲労物質や老廃物についても同じです。人間の心身という町がうまく回るには地上のビルや仕事やコミュニケーションだけでなく、その下を人知れず流れる下水道のはたらきが不可欠なのです。

人生の時間は限られていますから、半分を休息に使うというのはもどかしいかもしれませんが、そうでなければ明日踏み出す効率がダウンするということです。あるいは、休む時間は毎日きっかり半分半分ということでなくても、長い休暇や休職期間というかたちをとることもあるでしょう。どうあれずっと目覚めて無理ばかりしていれば心身を壊し、なんらかのかたちで「強制的に休む」ことになり、そうなるよりはこまめに休んでいた方が人生全体の価値は高くなるのですから。

遠き山に日は落ちて
星は空をちりばめぬ
きょうのわざをなしおえて
心かろく やすらえば
風はすずし この夕べ
いざや楽し まどいせん

やみに燃えし かがり火は
炎 今は 静まりて
眠れやすく いこえよと
さそうごとく 消えゆけば
やすき み手に 守られて
いざや楽し 夢を見ん

――堀内敬三 作詞『遠き山に日は落ちて』

 『遙か』シリーズでいえば「天の玄武」と似た属性となります。天の玄武もまた時間帯としては真夜中を意味します。

 

安らぎを司る闇の守護聖・クラヴィス

 『アンジェリーク』は90年代に作られたゲームのため、そのころのファンタジー系美形キャラクターデザインのトレンドを反映して現代からみるとビックリするほどロン毛男子が多いのですが、その中でもさらに驚愕の対象であった超スーパーロン毛が、神鳥の闇の守護聖クラヴィスです。上のCDジャケット絵でも十分に長いのですが、なんと最初期の作品では床に届かんばかりの平安女性髪をしていました。同じいまどき見ないスーパーロン毛でも、光そのもののように輝くジュリアスの鷹揚で軽やかな黄金の巻き毛に対して黒曜石でできた滝のようにまっすぐ重く垂れ落ちるクラヴィスの黒い髪はお互いの違いをパッと見で主張してきます。

髪が長く伸びるのには(そもそも現実には男性はホルモンの関係で一定以上髪が長く伸ばせないという問題もあるのですが)、当然ながら時間を必要とします。細胞が作られ伸長する、休眠の時間が。途方もない夜の時間以外の何も、途方もなく長いクラヴィスの髪をあがなえるものはありません。長い髪はただ時間そのものの蓄積であり、それゆえに一昔前までは「女が長い髪を短く切るのは失恋を思いきるためだ」などと言われたのです。その逆に、クラヴィスは失われた恋の傷を思い、癒す長い時間のぶん、髪を伸ばしていました

クラヴィスの人生は喪失の傷多いものでした。ジュリアスと同じくらい幼い頃に守護聖に選出され、ただ一人の肉親である母を下界に置いて聖地へ連れてこられました。物静かで人と関りをもとうとしないクラヴィスは同年代の友となるべきだったジュリアスとの出会いで不幸にもトラブり、ますます心を閉ざしました。そして少年時代、初代『アンジェリーク』の前の女王が女王候補であった時代に彼女と惹かれ合い、心を開きかけましたが、彼女はクラヴィスと一緒になる道を選ばずクラヴィスと共に宇宙を守る女王となる道を選んだのです。女王は宇宙の母であり、誰のものにもならない。

彼女の選んだ道は立派なものであり、ある種の愛でもあり、クラヴィスも責めたりはしませんでしたが、恋の約束は叶えられることなく破れました。以来クラヴィスはますます他人と関わろうとしなくなり、仕事態度も消極的となり(一応やるべき仕事はしてます)、いつもジュリアスに守護聖たる自覚がなっとらんコラーッてどやされては無視してひきこもるようになったのでした。その間、ずーーーっと髪を長く長く伸ばして……。

 

 筋書きだけを見るとこのクラヴィスの物語はただただ悲しく陰鬱ですが、彼自身の中ではただのバッドエンドではなく、闇のサクリア的にも悪いばかりのことではないのが深遠なみどころです。

私の胸の奥暗い淵に沈む小さな水晶の針
朽ちることなくそこに存在する痛み…
彼女のくれたものはこの痛みさえ愛しい思い出
すべて私のもの
別れを選んだのは彼女…そして私
そう私は自分で選んだのだ
この甘く苦い痛みとともに

――由羅カイリ『アンジェリーク』第35話より

アンジェリーク(10)白き光の挿話 (あすかコミックスDX)
 

人生のすごろくは「進め」ばかりではありません。不幸もあれば、止まらざるをえない状況もある、思わぬアクシデントも、何をしても前に進まないときもある。そんなとき最善のものは、「休息する時間」です。誰も悪くない大きな傷を癒す、暗くて静かで何もない大きな時間の中で、クラヴィスの精神は上質の酒のように醸成されていきました。

「悩み」や「病」を単なるネガティブなものだとしてすぐに除去してしまおうという姿勢からは、「内的成長」も生まれない。私たちは自分自身を「癒す」力を持っている。そしてその「癒す」力とは、病むべきときに「病む」ことができる能力、「病」に気づく能力を含んでいる。「病」への、現実への「違和感」への感受性を持っているからこそ、癒しや成長が可能になるのである。

――上田敬之『生きる意味』より

 

 「真の休息」「真の癒し」とは、世俗のゴチャついた社会生活を回避しつつも、自分の中の傷や病からは決して目を背けず、それもまた自分自身なのだと向き合うところにあります。傷や病、痛みや不具合を認め、自分のものとしてある種、愛することから治癒や折り合いははじまります。われわれはみな傷跡を含んだ自分を生き、そしていつか光と音が消えるように永遠の眠りにつくほかはないのですから。

 

眠りをもたらす闇の守護聖・フランシス

 闇のサクリアは「寡黙」で「外に出ず」「他人とコミュニケートしない」という性質かというと、そういうわけでもありません、というのが聖獣の闇の守護聖フランシスです。

フランシスは守護聖になる前、まさにさきほど述べた「心の傷を癒す」ことを専門とするサイコドクター、セラピスト……日本語で通りよくいえば「精神科医」「心療内科医」にあたる仕事をしていました。フランシスが住んでいた霧の惑星の「シティ」は暮らしていくにじゅうぶんに豊かで文化的にも爛熟し、しかし全体的に漠然とした憂鬱と退廃感に支配されているような都市でした。フランシスもまた富裕層の出身で社交界のマダムたちの漠然とした心の澱みをカウンセリングする、華やかで退屈な牢獄にとらわれたような暮らしをしていました。

フランシス自体もパッと見で明らかにヤバい、いわゆるヤンデレ、こいつ大丈夫か? という話し方と精神不安定さをぶちかましてきます。病気に病気をぶつけて治す、バケモンにはバケモンをぶつけんだよ(貞子VS伽椰子)方式なのかと当時騒然となったものですが、真面目な話をすると実際に精神医学を志す人には精神的変調に悩んだ経験がある人がかなり多いのです。クラヴィスの項で述べたとおり、病や傷を癒すためには病や傷に対する感受性が必要だからです。病んだことのある人とは病に気付いたことがある人であり、気付かなければ病はないことになったままどんどん首を絞めてきます。

フランシスは都会的で文化的な社交界においてカウンセリングを仕事にしていたので、口も回るし相手に気持ちよく話をさせるのもうまい、立派な男性の姿をしていながら女性的で受動的で、美しいお人形に悩みを打ち明けるように人々はフランシスに吸い寄せられました。望みを投影する人形としてのアイドルの役割を演じていたともいえるでしょう。そういった人の弱さ、欺瞞、いつも意志的で輝いてはいられない人間の影の部分をフランシスは許すのです。逃避的な娯楽もまた、闇のサクリアが表すものです。

 フランシスは意思を強く持ち自分の手を引っ張り上げる勇者のようなプレイヤーに惚れこんで守護聖となります。仲良くなると彼は静かな暗さの私室に毎日プレイヤーのための薔薇と紅茶を用意し、訪問を待つようになります。輝いて飛び回る天使が、いつでも役目を忘れて羽根を休められる場所になれるように。

Ma Cherie(マ シェリ)忘れて
何もかも 明日のことさえ
夜の魔法に乾杯を そして酔いしれて
たゆたって 踊りましょう
うたかたのオペラのように

――杉田智和(フランシス)『うたかたのオペラ』より

うたかたのオペラ

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  • 発売日: 2004/12/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

現実世界での闇のサクリア

 闇のサクリアが人間の暮らしている共同体に注がれた場合、その共同体の文明はスローな休息や心身と向き合う時間の重要性に気付き、ペースダウン、質のよいスケールダウンをする方向に向かっていきます。急激に大きくなりすぎてしまった国や事業をゆるやかに整えるときなどには闇のサクリアが必要だといえます。

闇のサクリアが不足すると人は自他の不調に鈍感となって生活習慣病やうつ病などの時限爆弾を育て、精神世界や目に見えない無意識とのつながりを失い心貧しくなるでしょう。逆に闇のサクリアばかりが過剰な人が多いと、まあみんな怠けるわ新しいことに感動しなくなるわデカダン酔いしれるわでまともな社会らしく進歩しなくなります。

 こうした性質から、闇のサクリアは人間の役割でいえば「不労所得者」「医師」「ヒーラー、カウンセラー」にあたります。クラヴィスはいかにも占い師っぽい(母の形見の)水晶玉を持っていたりトランプやタロットのようなカード占いをしていたりするシーンがありますが、無意識や神秘の領域と交流する「占い」もこれにあたります。

かつてアンジェリークシリーズには『ラブラブ天使様』というソシャゲがあってのう、守護聖たちが現代人だったら……という設定でプロフィールが再構築されておったんじゃよ。そこではフランシスが元のとおり地主富裕層(ジェントリ)が道楽でやってる精神科医であるだけでなく、クラヴィスにも「天才脳外科医」という肩書きがついていました。

脳は物理的なモノでありながら解き明かしきれない深遠な人間の精神活動のありか、大いなる謎の海です。闇のサクリアは「謎の眠る神経細胞の集合体」である脳と親和的です。麻酔状態や眠りとは脳が覚醒時とは違う無意識のはたらきをする時間であり、眠りがずっと醒めないことは主観的には死と似たものであると古来から『いばら姫』などにも描かれてきたのですから。

 

 

 次回は順番通りなら「風のサクリア」ですが、これは対立軸がない特別なサクリアであるため、対立軸を理解してから最後に回すかたちにしたいとおもうので「水と炎のサクリア」をまずお出ししたいとおもいます。

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