湖底より愛とかこめて

ときおり転がります

フォドラ「結婚」事情〔後編〕―FE風花雪月と中世の舞台裏④

本稿はゲーム『ファイアーエムブレム風花雪月』を中心に、中世・近世ヨーロッパ風ファンタジーにおける「生活の舞台裏」について、現実の中世・近世ヨーロッパの歴史的事情をふまえて考察・推測する与太話シリーズの「結婚(家族制度)」編後編です。

あくまで世界史赤点野郎の推測お遊びですので「公式の設定」や「正確な歴史的事実」として扱わないようお願い申し上げます。また、ヨーロッパの中世・近世と一言にいってもメチャメチャ広いし長うござんす、地域差や時代差の幅が大きいため、場所や時代を絞った実際の例を知りたい際はちゃんとした学術的な論説をご覧ください。今回は作中の描写から、中世っぽいファーガス神聖王国の文化をおおむね中世盛期~後期の北フランス周辺地域として考えています。

また、物語の舞台裏部分は受け手それぞれが自由に想像したり、ぼかしたりしていいものです。当方の推測もあくまで「その可能性が考えられる」一例にすぎませんので、どうぞ想像の翼を閉じ込めたりせず、当方の推測をガイド線にでもして自由で楽しいゲームライフ、創作ライフをお送りください。

あと『ファイアーエムブレム風花雪月』および他の作品の地理・歴史・文化に関する設定のネタバレは含みます(ストーリー展開に関するネタバレはしないように気を付けています)。ご注意ください。

「こんなテーマについてはどうだったのかな?」など興味ある話題がありましたら、Twitterアカウントをお持ちの方は記事シェアツイートついでに書いていただけると拾えるかもしれません。

 

 以下、現実世界の歴史や事実に関しては主に以下の書籍を参照しています。これらの書籍を本文中で引用する場合、著者名または書名のみ表記しています。

ハンス・ヴェルナー・ゲッツ著 轡田収、川口洋、山口春樹、桑原ヒサ子約『中世の日常生活』(中央公論社・1989年)、J.ギース/F.ギース著 栗原泉訳『中世ヨーロッパの城の生活』(講談社・2005年)、J.ギース/F.ギース著 青島淑子訳『中世ヨーロッパの農村の生活』(講談社・2008年)阿部謹也『中世の星の下で』(筑摩書房・2010年)、堀越宏一、甚野尚志編著『15のテーマで学ぶ 中世ヨーロッパ史』(ミネルヴァ書房・2013年)、ロベール・ドロール著 桐野泰次訳『中世ヨーロッパ生活誌』(論創社・2014年)、J.ギース/F.ギース著 栗原泉訳『中世ヨーロッパの結婚と家族』(講談社・2019年)

 

 

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↑前編↑の章立てはこんな感じでした。

結婚古今東西

日本の歴史との比較

状況別 現実とフォドラの結婚

帝国貴族(古代と近世の貴族)

in現実(古代ローマ)
in現実(近世フランス宮廷)
inフォドラ

 

 さて、今回はこの続き、帝国風貴族以外の結婚について扱っていくわけなんですけど。

このシリーズでは普段、『風花雪月』のストーリーやキャラの出身階層にみられる5つの舞台、「宮城」「城塞」「農村」「都市」「戦場」に分け、かつ「in現実(現実)」を知ってから「inフォドラ(推測)」の可能性を探る、という構成にしています。ただ、「結婚と家族観」という今回のテーマは「場所」というより「社会階層」によるものなので、見出しを「帝国貴族」「王国貴族」「庶民」「裕福な市民」「聖職者」に置き換えたいとおもいます。おおむね場所が人間の階層に変わっただけですが、戦場という非常時は結婚と家族のフィールドではないので代わりに聖職者の結婚と家族についてみる見出しを置きました。

それではそれぞれのご家庭の事情に目を向け、舞台裏を覗いていきましょう。

 

王国貴族(中世盛期~後期の貴族)

 『風花雪月』でいう王国貴族にあたります。

in現実

 中世の有力家において結婚は個人のものではなく財産・血筋の両面で氏族の結束を強めたり、他氏族との同盟になったりの戦略なので、子供が幼いうちから親同士が取り決めるものでした。

しかし、教会が中世社会に強い影響を及ぼすようになった中世盛期以降、いちおう花婿と花嫁の同意が求められるようになりました。するとあまりの早婚はどうかと思うでってことになり、教会法では結婚可能な下限年齢として男子14歳、女子12歳と定められました*1。肉体的に結ばれることが可能なのがその年齢であるとされただけで、実際はもっと早いうちに婚姻がとりまとめられることもよくありました。9歳とか。中世後期ヨーロッパ風世界観の『異世界居酒屋「のぶ」』の序盤に登場する帝国親王妃ヒルデガルドは12歳ですが、彼女の夫はひとつ下の11歳です。

そんな感じで家と財産を相続する嫡子には婚約による早婚が多かったのですが、それ以外では多くの騎士階級の男性は花嫁を得るための経済力や地位を得るまでなかなか結婚できず、総じていえば男性の初婚年齢は高めであったようです。もちろんおおむね誰でも結婚するというわけではなく、独身で生涯を終えることも多くあったようです。

さらに、栄養状態とかから女性が妊娠可能になる年齢(初潮年齢)は現代のわれわれが思うより高かったようです。なので婚約や結婚をしてもすぐいっしょに暮らすのではなくお互い親元で暮らし、しかるべき年齢になったら輿入れする、というかんじ。

また、同じく栄養状態や環境の厳しさ、戦乱や賊などにより、乳児死亡率の高さはもちろん全世代的にホイホイ人が死ぬ世界でしたから、跡継ぎを残さねばならない貴族の夫婦は次から次へと子を生む必要がありました。城主寝室は領地の未来を作る特別な場所でした。それこそ妊娠可能な時期をなるべく子作りに費やすためにも、住み込みの乳母が雇われたり乳児が乳母の家に里子に出されたりました。授乳や夜泣きの対応してたら子作りどころじゃないよ!というだけではなく、授乳の終わりと女性の月経再開(次の妊娠が可能になる)は連動しているようなので、授乳を他の人に任せれば出産後数か月で妊娠可能になるということみたいです。

教育係としての乳母じゃなくてマジでお乳をあげる授乳期の若い乳母がいつでもリクルートできたのも、やはり乳児死亡率の高さのせいでもあります。生まれたばかりの子供をなくし悲しくお乳を余らせている女性はゴロゴロいたのです。死亡率が高かったのは出産前後の女性も同じです。王侯貴族のようにまあまあ衛生・栄養状態が良い環境でも産褥熱、つまり出産による負傷や出血や体力低下や感染症、骨盤がうまく復調できなかった……などによる衰弱で亡くなる女性はとても多くいました。まあ男性は男性で戦争や武芸の試合や荒々しい生活によって死亡率高いので、なんかもうみんな死ぬんですけどね! だからこそウッカリ家族全員が死なないように早く複数の跡継ぎを確保しておくことが大事なんだ~!

 

 中世貴族の結婚には近世貴族以上に「財産」の交換や分配が大きなウェイトを占めます。結婚の流れは花嫁自身を含む贈与と返贈の流れです。だから中世の初期は財産を流出させないように同じ氏族内で結婚をロンダリングし続けていたほどです。教会の指導が入りだすと族外婚が推奨され、氏族が違っても親等の近い親戚との結婚が禁じられるようになり、血だけでなく領地や財産が他氏族とやりとりされるようになりました。

当時の教会が禁止する「近親婚」の範囲は現代日本で「血が近くなり健康被害が出る可能性がある」「成育過程で近い親族として過ごした者と結婚するのは倫理的に問題がある」らへんの理由で3親等以内の結婚が禁止されているのよりもっと広く、7親等以内とかで近親婚、マタイトコも結婚できないとされていたくらいです。教会が何を思ってこんなことを言い出したのかはいまだ謎が多いんですが、このことで対等な結婚相手をみつけるのが難しくなった貴族たちとちょっと下の階層の人間との結婚が促進され、結果的に階級や財産にちょっと流動性がもたらされました。

婚姻が決まると花婿の一族は花嫁自身(古くは花嫁の実家の一族)に「花嫁代」とよばれる資産、今でいう結納金を支払いました。婚礼は先に払われた結納金と引き換えに花嫁(with持参金)を花婿の家に引き渡す儀式といえます。そして花婿のおうちに輿入れし、証人となる親族の前で初夜の床入り。夜が明け、同じく親族が見守る前で「朝の贈り物」とよばれる資産を贈り、目録を読み上げて、正式な結婚は完了です*2

おカネの流れについてもうちょっと詳しく話すと、「花嫁代」は花嫁という貴重な資産を受け渡してもらうために花嫁の氏族や花嫁自身に払うもので、いわば花嫁の身柄を保証するもの、彼女がもし未亡人となって一家の大黒柱をなくしてしまったときに路頭に迷わなくてすむ寡婦資産として与えられるものでした。「朝の贈り物」もほぼ同じ寡婦資産のはたらきをして、のちにこれらは一体化しました。寡婦資産はおおよそ夫の全資産の三分の一とさだめられ、時代と場所によっては夫の資産すべてを寡婦が相続しました*3。資産の内容は貨幣ではなく領地の一部の権利でした。領地には住む家、畑、家畜、民が含まれましたから、ただお金もらうより暮らしに困りません。*4

よって、若くして夫をなくしたがこの寡婦資産を他の相続人にとられたりしなかった未亡人は相続可能な息子がいた場合にも生涯財産の正式な権利をもち、自由な暮らしを営むことができました。基本的には家の財産を継げるのは長男だけだったので、裕福な未亡人は家を継げない騎士の次男坊三男坊にとってあこがれの的! 財産目当ての若いステキな男たちはチャンスをうかがうのでした。

女性側の「持参金」は、たくさんあったほうが嫁ぎ先の家がうれしいので結婚しやすくなるファクターでもあり、嫁いだ後もあくまで妻の所有財産であるため家庭の中での妻の立場を高めるものでもありました。女性と男性の需要と供給のバランスによって夫が用意する「朝の贈り物」などの寡婦資産VS妻が用意する持参金のウェイトは変化します。世の中が安定していき長子相続によって財産を持てる男性が少ないほど、貴族の女性が結婚するか修道院に入る以外に生きていく道がなくて女性が余るほどに結婚に関する女性の立場は弱くなり、寡婦資産への権利はなくなったし持参金相場も高騰したということですね。持参金はこれまた領地だったり、宝石や豪奢な家財道具だったり、貨幣であったり、何かしらの権利であったり、いろいろです。「国」といえるほどの相続領地を持参金としたプリンセスもいます。

ともかく貴族にとっての縁談とは、これらの贈与・返贈取引がお互いに納得いくかどうかの調整に終始しました。領地同士や国同士が盟約の条件を調整するようなもの……というより、盟約そのものだったのです。

 

 結婚は重要な盟約なので、儀式は教会の祝福を受けることはもちろん「人々の記憶に残す」ことが重視されました。たとえば肉体の結合によって結婚が完成したかとか、「朝の贈り物」まで財産の贈与キャッチボールがちゃんと完結したかとかを親類が証人になって見守らなければならないので、新婚夫婦は初夜と朝チュンを見られるはめになるのでした。

婚礼の宴は何日も続き、賓客だけでなく近所の一般庶民たちにも食べ物や葡萄酒がふるまわれました。が、近年の「御祝儀婚」のように、庶民も含め宴に参加する全ての人に費用の負担が求められました。うちの王子様お姫様が結婚するんだからしょーがねーな負担。

その後貴族の奥方の仕事は何より子供を産むこと、それ以外はふつう糸つむぎや織物、お裁縫、子供の教育くらいでしたが、寡婦資産を管理するためにも夫の不在時に領地を取り仕切るためにも、多くの貴族の娘には修道院や家庭教師などから高い教育が授けられていました。

 

 愛情については、早婚の場合以外は恋愛結婚がないわけでもない、くらい。キリスト教の教え的には「結婚によって愛が生まれる」という順序で、結婚してから夫婦の愛がどんどん深まっていったり不仲が深まっていったりしました。貴族の奥方は夫のことをときに「わが主君」と仰ぎ、男女の情愛というより騎士の主従のような忠愛を捧げ、子供たちにもそのように教育しました。

教会による結婚の要件はおおむね「神によって結ばれた」「合意がある」「セックスがある」の3つ。結婚と家族関係によって神の秩序を敷くため、教会法によりこの3つを満たした結婚は決して解消できず、不倫(姦通)はメッチャ厳罰に処せられました。

離婚も近世宮廷貴族と同様たいへん難しく、たとえ不妊でも姦通の罪があったとしても結婚の解消の理由にはならないくらいでした*5。再婚はというと、産褥などで妻を亡くした寡夫は新しい妻を迎えますが、寡婦の場合はあまり行われませんでした。なぜなら寡婦は寡婦資産の収入を確保し夫からも実家からも自由になれた悠々自適の身であり、その上子どもがいた場合は父方の一門のものとされ、連れ子にはできないことが多かったからです*6

中世に特徴的な「恋愛」といえば貴族層の「宮廷風恋愛(ミンネ、コートリー・ラブ)」です。王や領主の宮廷には、主とそれに仕える騎士たち、そして奥方と姫君がいます。女性比率が少なすぎる。そんなわけで、若い騎士たちは主の奥方や姫君という崇敬すべき女性に憧れ、見てもらいたい、祝福してもらいたい!とがんばるわけです。アーサー王伝説のランスロットとギネヴィアのように、騎士道物語にはよくある類型ですね。

これは「不倫」というよりもアイドル崇拝に近く、主が自分の魅力だけでなく妻の魅力も用いて騎士たちの忠誠心やモチベをアップさせていたという側面もあります。この恋愛は基本プラトニックなもので、肉体的接触があるにしろ寸止めを基本としていました。この「宮廷風恋愛」が、近世フランス宮廷貴族の結婚してから恋愛しろや慣習につながっていきます。

 

 また、中世の社会ステータスのひとつには王家との近さがあります。王家と関係を深くするには、婚姻が誰しも狙うポピュラーな手段です。これは現代でも同じか。

 

inフォドラ

 現実の中世貴族とフォドラの王国貴族との違いはおおむね3つ。「結婚相手を探す場としても機能するガルグ=マク士官学校がある」ことと、「長男の相続」が「紋章持ちまたは長子の相続」になること、そしておそらく「セイロス教はそこまで近親婚の親等に厳しくはない」ことです。最後のやつは王国では実際に王家に近い少数の名家が結婚をロンダリングし続けてるっぽいことや、科学的知識をもったセイロス教上層部は遺伝的近さとして問題ない範囲をわかっている、かつ貴族階級を管理するためにあまり社会に流動性を与えたくないスタンスだろうなっていう理由からです。たぶん現代日本と同様、イトコ結婚を続けるとよくないくらいの感覚じゃないですかね。

 有力家系どうしの人脈を作るのにガルグ=マク士官学校が役立っていることは帝国風貴族の項でも言ったとおりです。ゴーティエ辺境伯マティアスは士官学校の同級生である帝国貴族の令嬢を最初の妻(マイクランの母)としたいへん愛していたようです。なるべく家に有利な縁談を望むイングリットの父が「ガルグ=マク大修道院にはより条件の良い相手が数多く……」と手紙に書いていたり、マリアンヌが「養父が自分を士官学校に入れたのは商売に有利な相手に嫁がせるためだ」と解釈したりしたように、結婚で有利な同盟を広げたい野心をもつ貴族たちにとって「ガルグ=マク士官学校では個人的な人間関係で条件のいい(しかも同じ年頃の)相手をつかまえられる」というのは共通認識のようです。

マイクランの母のように帝国風貴族から王国貴族への輿入れもありますし特にそれ自体は問題でないようですが、厳しい生活環境や紋章持ちの跡継ぎを作らなければならない重圧、貴族観の違いなどで苦労が多いはずです。きっと並大抵の覚悟ではなく、ゴーティエ辺境伯マティアスと最初の妻は強く支え合う意志をもった夫婦だったのでしょう。逆に王国貴族から帝国風貴族の家へ入ると貧しくて野暮ったい生活習慣の田舎モンと馬鹿にされるかもしれず大変。生き残るために結婚によって有利な同盟関係や家の経済基盤を築くことが必要な近年のギリギリ王国貴族にとってのガルグ=マク士官学校は、帝国風の社交界じみたアハハオホホ婚活とはまた違った悲壮さがつきまといます。そういうわけで勢力をまたぐ貴族の結婚は結果的に王国貴族だけ取り残されぎみになりそうです。

 

 ガルグ=マク婚活における帝国風貴族との違いはもうひとつあって、王国貴族にはセイロス教の影響が強いってことです。士官学校を通して二人が結ばれた縁でガルグ=マクの聖職者が日本でいう「仲人」のような仲介人として結婚を祝福すれば、中央教会と貴族の結婚の両方の権威も高まりますから、中央教会はそういう依頼には積極的に応じるのではないかと考えられます。帝国風貴族と違い中央教会の影響の強い王国貴族の結婚ではそういうことは頻繁にあるでしょうし、もちろん神聖王国と冠している以上王家の結婚は必ず中央教会の祝福を受けているでしょう。(そういった意味でも、秘密結婚であったランベール王とパトリシア王妃の結婚は何重にも醜聞だったわけです)

そうやってファーガスでは支配階級の世代の再生産にいちいち中央教会のおててが関わってるのかもと考えると、いかにファーガスの蛮族的な武者たちが教会に「飼い馴らされて」きたのかの根深さをしみじみ感じることもできます。獅子王ルーグによってファーガスが神聖王国化される前の部族社会は現実でいうシャルルマーニュ以前のゲルマン文化にあたります。そこから類推すると、ルーグ以前のファーガス地方では強者が好きなだけ愛人や庶子をもち、相手やその家族の同意を得ずに花嫁や花婿を略奪するようなことも行われていたのかもしれません。荒ぶる戦士を「騎士道」のもとに矯正してきたように、セイロス教はそういう争乱のもととなる風習を野蛮とし、お行儀のいい家族の秩序をファーガス神聖王国に教えてきたはずです。

 

 王国貴族においても男女にはさしたる地位の差はないようですから、現実の中世貴族のあいだで「家を継ぐ長男がいないと断絶しちゃうかも」と心配されたのの「長男」部分に「紋章持ち」が代入されることになります。それがイングリットの家ですね。多くの王国西部諸侯のように十傑の直系や代表的傍系でもなく、もはや濃い紋章の血をもたない家でも、騎士として領地を守る強い力を誇らなければならない以上、王国貴族にとって紋章をもたない子は現実世界で言う継承権をもたない女の子のようなもの。イングリットの家・ガラテア家やアネットの家・ドミニク家は親の代で「女の子」しか生まれなくて、今はしゃあなしに「女性」が仮の当主をつとめている状態だというわけです。フォドラではあまり女性差別がない代わりに紋章差別がそれと似たかたちを示唆している、という話は↓下の記事でも詳しく述べています。

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現実で貴族当主のことを奥方が「わが主君」と仰いだように、フォドラでは男女逆でも名家の紋章持ちの跡継ぎの婿殿は妻を家の主として敬うはずです。

現実の中世では、家の資産を継ぐ子が女の子しかいなかった場合は「女子相続人」というかたちで家を継承していくことはできますが、真に領地を運営する権利をもち官職につくのは男子のみとされましたから、フォドラでも「女子」……つまり紋章をもたず女神に認められた真の騎士だとみなされない当主はどうしても国の中での立場や家格は下降するはずです。

そんなこんなで、「名家で数代出なかった待望の長男」のような存在であるイングリットは家を再興するスーパー貴重な存在であり、その立場を固めるために幼いうちからできるだけいい婚約者を決めたいのは当然です。イングリット父は幸運にもランベール王とゆかいな幼馴染たちとコネのある兄貴分だったので、富裕で王の第一の臣であるフラルダリウス公爵の跡継ぎでないが優秀な子(イングリットと同時期に大紋章持ちのフェリクスが生まれているため)グレンを婿にするという話を取り決められたのはベストな流れでした。ベストだったんだよ……。

もしかしたらドミニク家が十傑直系であるにもかかわらず男爵位に甘んじているのは、今までにも非・紋章持ちの仮当主措置が何代かあったのかもしれませんね。北部やガラテアのような自然環境が厳しい領地では賊に対応せねばなりませんが、ドミニク領の地勢は平和なので、宮廷での権勢や紋章持ちの跡継ぎを作ることに血道をあげず、ドミニクの紋章に対応する「女帝」アルカナのあらわす子らへの分け隔てない無償の愛情を注ぐこともできます。

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 しかし、外敵や飢えや寒さに悩まされないからといって西部は平和というわけではないことは、風花雪月本編および無双をプレイしてればわかることです。

西部諸侯としても「家を継ぐために基本紋章が必要とされる」とか「領主たる者騎士として教育され戦わなければならない」という王国貴族の常識は同じだから跡継ぎを確保して育てるの大変大変~!なのに、栄誉ある家柄の格式や濃い紋章の血は王国北東部に独占され、そこらへんが幼いころからキャッキャ仲良くして王に近い廷臣が形成されるのですからおもしろくありません。帝国貴族の中でも管轄職務をなくした教務卿ヴァーリ伯がなんとかして勢力を伸ばそうとしたように、西部諸侯もなんとかして王の宮廷に入って……とかなんとかして政治発言力をもって……とか画策する中で結婚による同盟関係を使おうとしたことでしょう。ドミニク男爵がアネットに「(しっかり独り立ちできるようにならないと)騎士の娘なんて紋章目当ての貴族に買われて終わりだ」と厳しい躾をした裏にも、こうした王国西部の陰謀渦巻く状況があったんですね。

その画策も、無双では「圧をかけて跡継ぎに王家側の人間を嫁がせる」といった結婚ロックでガッチリ封じられたわけです。日本の江戸時代にも大名の縁組は幕府の承認がなければできなかったり動きを封じるための結婚相手送り込みがあったりして、結婚にはそういう機能もあります。

ただし、ヨーロッパ中世風の社会の王には江戸幕府のような絶対的権力はなく、ファーガスでも領主たちは王に領地を認められ軍事協力する契約を交わしてはいてもランベール王の中央集権改革以前は「小国の王」のようにそれぞれ独立独歩していました。「いちおう両者の合意のもとでの結婚」は和睦みのあるやわらかい手段のように見えるかもしれませんが、強くて怖い王が後見人のようになって圧をかけて子女を結婚させることはそれまで自家の裁量でやってきた同盟を強制させたということで、相当強権的なブレーダッドパワーハラスメント(ムーンプリズムパワーメイクアップみたいに言う)だってことは認識しておきたいところです。ディミトリが、そしてフラルダリウス家やゴーティエ家やガラテア家などの軍事的にバカつよ勢力(遺産も持ってる)の盟友関係があまりにもバケモノ級に強いから恐怖によって成立した施策であって、たぶんリュファスが同じことやろうとしてもなかなかできないでしょう。誰もないがしろにせず足元を固めて政治すんの難しすぎるなディミトリ……。

また、ランベールやディミトリが跡継ぎとして承認した世代の西部諸侯には無双のステータス上紋章をもたない当主も多く、このへんの、王国の慣習をベースにしたランベール系王家まわりと西部との軋轢についてはまた別の考察覚書記事で詳しく書く予定です。

 

 さて、男女で相続権の差がないことからして、結婚によってやりとりされる「寡婦資産」と「持参金」にも男女の別はなくて、家に迎え入れる側が寡婦資産、家に入る側が持参金を設定する、ということになっていそうです。

つまり、現実にはなかったイングリットとグレンの結婚を例にすると、結婚のチャートはこんなかんじ。

  1. ランベール王とかを仲介人とし、教会の祝福を受けてグレン、ガラテア家の家長となったイングリットに婿入りの婚礼。
  2. グレン、宝物や貨幣、家財道具、家畜などを持参金として輿入れ。
  3. イングリット、ガラテア家の領地の三分の一程度をグレンの寡夫資産として贈呈。
  4. イングリットが先に死亡した場合、グレン、寡夫資産を管理。残りのガラテア家領地は二人の子供がいた場合は相続、子供がいなかった場合はイングリットの兄たちなど家に残っている親族が管理。
  5. さらにグレンが死亡した場合、寡夫資産および持参金は二人の子供がいた場合は相続、子供がいなかった場合はガラテア家またはフラルダリウス家の親族が相続。
  6. グレンが再婚した場合、寡夫資産を再婚後の子供に相続させることはできないかも。

さらに、王国貴族においては紋章が現実でいう「性別」に似た扱いの差を生むので、紋章持ちが非紋章持ちの相続する家に輿入れした場合は「女子相続人と結婚した男子」のようにその家を当主として正式に継承することになりそうです。

つまり、アネットみたいな紋章と名家の血をもつ子はボンヤリしていると紋章持ちの当主候補がなかなか用意できなくて困っている家の男と結婚させられたりして名ばかりの当主に据えられる可能性があります。メルセデスを脅して金で買った養父も王国貴族のそういう弱みを利用してメルセデスを貴族に売りつけ、メルセデスに結婚資産として贈られる領地などをまるっと手に入れ貴族の座に滑り込もうとしているのでしょう。

 また、男女で相続権の差がないことにより、貴族社会では生まれたときから男女で分業した役割を教えられるということもなさそうです。そのため、王国貴族の子は男女問わず、紋章持ちでも持たなくても武術や指揮、読み書き計算や領地経営を教えられます。糸紡ぎや織物や裁縫、子供の教育といった現実で中世の貴族の女性の役割とされていたことは召し使いに任せるか、趣味や必要があれば男女の別なくたしなむかだと考えられます。

もちろん女性でも領主としての仕事に子作りに戦争に大忙しなので、お乳は乳母にやらせるでしょうね。乳兄弟ってFEでもおいしいしね(おれはロイ様とウォルトが大好きなんだ)

 

村の庶民

 『風花雪月』でいう、ルミール村のような小さな村、ラファエルやレオニーの故郷の村の村人にあたります。

in現実

 貴族が血筋や財産や領地や同盟関係に縛られて結婚を決めなければならなかった一方で、村人たちは「領主の財産」である身の上に縛られていました。領地や荘園にいる民は生産力そのもの、結婚によって本人やこれから生まれる子供がホイホイ別の領地に移ってしまうのは大きな問題だったのです。労働者や設備に勝手にどっか行かれたら経営者は困っちゃいますからね。逆に、領主の管理する土地で労働し税を納める主体としての身分をもたない者、すなわち農地をもたず相続する予定もない次男三男坊は親から財産分与をうけるか未亡人と結婚するかしなければ結婚できませんでした。

村人は領主の財産であるというわけで、領主(貴族や教会)は領民の家族を管理し、結婚するときや相続するときに税を払わせました。子供が生まれたときも3日以内とかで洗礼を行うことで把握できます。ただ、貴族のように「替えのきかない」存在ではないので、もし別の領地の人間と結婚するときとかにも「自分がいなくなるぶんの代金」を領主に払うことで平和裏にカネで解決することができました。

結婚によって他の領地へ移動するときだけでなく、より「土地に紐づく領主の持ち物」という扱いの強い農奴の娘が結婚するときには承認料が支払われました。逆に豊かな農民が持参金をもって結婚する場合も生前贈与的な相続とみなされ、相続税の代わりとして承認料が支払われました。*7

 

 このように農村での結婚も貴族の結婚と同様「財産」「相続」が中心となるため、親どうしが釣り合いよさげな相手を決めるのがスタンダードではあったのですが、貴族と違って毎日同じ生活環境で同じくらいの階級の若い男女が顔合わせてるもんで、求愛や親しい交際もまたよくあることでした。相手自体は親が決めた人でも、あの人が許嫁なんだ!となれば結婚前にイチャイチャしちゃうこともある。*8

そうすると税収的にも管理上も問題になってくるのが「秘密の結婚」です。まあ、庶民にとっては別に届け出をしなくても結婚生活はできちゃいますよね。税を払わず公表せず勝手に同棲したり性交渉をもったりの事実婚状態になる秘密結婚は当人同士の口約束が紛争のタネになることもあり、貴族たちや教会は悩まされました*9。16世紀に「証人を立てた結婚式をしない結婚は無効!」とはっきり決まってしばらくするまでこの問題は地味に続きました。

証人を立ててきちんと結婚する場合、結婚式はこんなかんじ。

 農民のカップルはたいてい、教会の入り口で誓いの言葉を交わした。そこが村で最も公的な場所だったからである。すると、司祭は「婚姻障害」がないかを確かめる。つまり、教会が禁じる近親結婚ではないかと問いただすのである。次に新郎は妻となる人に用意したものを列挙していき、記念として指輪を贈り、少額の金を出して貧しい人々へ喜捨をした。(中略)それから誓いの言葉を交わし、一団は教会のなかへと進んで行く。そこで結婚のミサが執り行われる。(中略)

 この儀式のあとには個人の家か居酒屋で「ブライド・エール」と呼ばれる祝宴が開かれることが多かった。

――前掲『中世ヨーロッパの農村の生活』p168-169

さらに、文書などで結婚証明を残しておくより周りの人々の記憶に確実に残しておくことが重視される時代や地域では、ミサの前に二人の結婚式を見届けた証人たちが平手やげんこつでボコスカ殴り合い、その痛みによって結婚の事実をしっかり覚えておくという儀式も行われました。大変だこりゃ。

式のあとの宴はもちろん飲めや歌えや踊れや、新郎新婦の友人の若者たちのドンチャン騒ぎです。

 

inフォドラ

 農村の暮らしについての描写は少ないですが、農村には「紋章が貴族の血統の証」という現実の歴史と違うファクターが関係ないため、結婚についても現実の歴史とおおむね同様の状況だと考えられます。

ということは逆説的に、「農村社会には貴族社会と違って男女差があるかもしれない」ということです。

風花雪月の作中には平民出身キャラが多いわけではないのではっきりは言えないのですが、男女の社会的立場の差が紋章の有無にずれている上流社会から遠い下流層の社会では、やっぱり社会は女性に厳しくなりがちかもしれません。

なんでかっていうと、紋章の発現はもちろん「武器の扱いの教育を受けたうえでの戦闘力」とかは実は男女で大きな差はないと言われていますが、そうではない原始的な意味では、単純な体の大きさや生まれ持った腕力の面でどうしても女性は男性より弱いことになりますよね。出産は身分の高い母親も避け得ないですけど、乳母や召使いを雇えますし栄養状態もいいので、社会階層や生活環境が低いほどに子供を産んで育てるときの女性の負担は馬鹿でかくなるものです。

フォドラのような、おそらく麦を主なカロリー作物としている社会では特に「男手」が農業に必要とされます。米のようにこまごました仕事がたくさんあって男女ともに人手が必要とされる作物じゃないので、自然と「農業や賦役を担う男手」と「子供や家畜の世話、家事を担う女手」の分業による大きめな夫婦のジェンダー差が出てくるかもしれません。

実際キャラクターとして出てくる「農村の庶民女性」は男勝りで狩人という武器をもつ専門職の家の娘であるレオニーだけなので、ここんとこはマジで「そうかもしれない」と考えることしかできません。でもあえて個人スキルが「負けず嫌い(男性の味方と隣接中、自分が敵に与えるダメージ+2、敵から受けるダメージ-2)」という性別に関係のあるものに設定され、「女だからって馬鹿にさせないぞ! 隣の男に負けてないってとこ見せてやる!」的な感じであることからすると、村の社会では「女性は弱くて愛らしくて、結婚して男の庇護下に入って子を産み家庭を守るもの」という常識があるのかもしれません。

 

 また、貴族の結婚と村人の結婚において財産の質と量以外に重要な違いは、人口の問題です。現実の中世の社会において農村の庶民は総人口の九割以上を占めていました。それは生産と消費のピラミッド的に生産者がそれだけ必要だったということなので、フォドラでも事情は変わらないはずです。そうすると、農村の庶民の家族のありようはフォドラ全体の人口を大きく増減させることになりますから、セイロス教が慎重に家族計画をしているはずです。

とはいっても、個々の夫婦が子供を産むかどうかを教会が指示しているとかそういうことは考えづらいです。おそらく、人口が増えすぎて大規模な飢餓や農地開発による自然環境の変化、あるいは社会変動が起こらないようにいい感じに停滞させるために、レアは「結婚する人の数をやんわり制限する」ような方策をとっていると思われます。

そのためにセイロス教の秩序でとりくまれていそうなことは、

  • 相続でモメたり世帯を増やしたりしないために、長子のみ家産を相続
  • 身寄りのない子供は教会で保護、結婚しない修道士にする

このへんかなとおもわれます。長子相続の世襲重視、身寄りのない子供収容しがちなくらいで、現実とあまり変わりないともいえます。アジアでも人口が爆発して食べるものに困ったりしないために、農村では次男坊以下を僧院に預けて出家させる文化が一役買っていたりします。

農地を継げない次男坊や三男坊、またレオニーのように力を有り余らせている女きょうだいは羊飼いのような農村の周縁民になったり、傭兵や貴族の軍の兵卒になったり都市に出て召し使いとして雇用されたり、あるいはその余裕もなければ都市のスラム民や賊徒となったりするでしょう。「門番さん」もその一人かもしれませんね。

安定した家産をもたないそれらの人々は結婚して家庭をもつことはない……はずですが、記録に残る「一族」みたいなものを作らないだけで、縁があれば好きな相手と関わり、好きな相手といっしょに自由な旅をする、そういうこともきっとあるでしょう。

 

都市民

 『風花雪月』でいう、帝都アンヴァルや王都フェルディア、リーガン領都デアドラほか、城や領主館や教会を中心とした人口密集地の人々にあたります。ラファエルの父母やイグナーツのヴィクター家、ドロテア、アッシュ、ユーリスなどさまざまな階層の人がいます。

in現実

 まず、財産や家をもたない人は基本的に結婚できないというよりしませんので、失業したり農村から流れてきたりして都市の下層民となった人たちは市民として登録もされず、結婚らしい結婚をしませんでした。したがって下層には子を父親に認知されなかったシングルマザーや孤児、捨て子もたくさんいたわけですね。

都市下層民、および家業をもっている市民の家の子でも次男坊三男坊たちが結婚して家庭をもつとしたら、どこか商売や職人をしている家に弟子入りして身を立て、自分の商売を起業する必要がありました。商人なら店を持つ、職人なら徒弟から親方になることです。しかし商家の奉公人というだけでなく独立した商人になるには読み書きや会計や商品知識や社会情勢を読む力、危険な旅をする度胸などヤバい才覚が必要ですから、商人の子として教育を受けていないとなかなか難しかったでしょう。職人のほうも、中世ヨーロッパには有能な職人がめちゃくちゃいっぱいいましたが、親方となれたのはほんのひとつまみだけ。多くの職人は徒弟期間を終えると修行の旅に出され(遍歴職人)、体よく厄介払いされ親方試験を受けることすら難しかったのです。そこで、「ボスの娘や未亡人と結婚する」というワンチャンを狙う者が多くいたわけですわ。だからこの層には同じ仕事をやっている仲間内での再婚も多かった。

「都市では家業がなければ家庭をもてない」というのはすなわち、「都市民にとっての家庭とは家業である」ということでもあります。貴族みたいに「名家の家柄」とかそういうのないですからね。夫婦はつねにいっしょに労働して家業を運営するパートナーであり、仕事の成果も栄誉も共同のものでした。だから家業をやっている夫と妻はかなり対等な権威をもっていて、夫に先立たれた場合は家業と資産を受け継ぎ結果的に女商会長や女親方となることもありました。*10

 

 女性側の用意する持参金や男性側の結婚資産のたぐいはふたりの新しい家庭を運営していくために用意する、会社設立時の資本金のようなものでもあるので、商人や職人の夫妻はがんばって同じくらいのお金を用意しました。ただ、確かな財産をあんまり持っていない男性と結婚するなら結局女性が持参金をたくさん用意するしかなく、「妻の持参金で商売をおこす」ということも頻繁でした。そういう意味でも市民層の家庭のなかでの妻の立場はかなり強いものでした。

町人でも有力な家の跡継ぎの婚姻となると家どうしが決めるのがふつうでしたが、そうでない場合は恋愛のような個人同士の好き嫌いから結婚に進むこともあり、ヨーロッパの「恋愛結婚」の文化は都市民から生まれたともいわれます*11

 

inフォドラ

 「都市民にとっては家庭=家業」といいました。風花雪月世界でのこの代表例が「アッシュの宿屋の家庭」と「イグナーツのヴィクター商会の家庭」かなとおもいます。彼らを例にとるとわかるように、家業を中心とした都市民の家庭ってひとくちに言っても暮らし向き的にはだい~~ぶ差が大きいですよね。江戸の町人にも「安居酒屋のオヤジと女房」もいれば「呉服の大店の旦那様と奥様」もいるわけですからそんなかんじです。

アッシュは幼くして父母が流行り病で亡くなったことによって「家業」を失い、同時に市民としての家庭も失ったのでストリートチルドレンになってしまいましたが、それまでは都市の中の下くらいの市民家庭に暮らしていたことになります。父母はおそらく近所に住む平民どうしか、同業者の横のつながりで知り合って結婚し、いつも二人で宿屋兼メシ屋の仕事を回してきたのでしょう。

 

 無双の支援会話で「イグナーツの母は天馬騎士だった」という新情報が判明しました。天馬騎士はファーガスの貴族を中心にきちんとした騎士教育を受けた女性がつとめるものですから、イグナーツの母すなわちヴィクター商会の奥様はおそらく紋章持ちの跡継ぎでないながら貴族の出です。イグナーツが商人の息子なのに騎士となって貴族社会にパイプを作ることを期待されたように、ヴィクター商会くらいの規模となると貴族出身者も結婚相手の候補に入ってきます。「イグナーツがローレンツ様に気に入られ、グロスタール家の縁者から長男の花嫁を紹介してもらえたりしたら超もうけもん!」とたぶんイグナーツ父は考えてます。

富裕な「都市貴族」ともいえる層が貴族出身者と結婚することにはいくつかのメリットがあります。ともに家業を盛り立てるパートナーも読み書き会計教養にマネジメント能力さまざまなものが必要とされるため、貴族として教育を受けた人はふさわしいこと。貴族の子を家に迎えることで商売に箔がつき、名士になれること。そして貴族の家のほうとしても、跡継ぎでない子に家庭を持たせ幸せにしてやることができ、花嫁代/花婿代という名目で金銭的支援を受けることができます。

イングリットの家が狙っているように、困窮した貴族が「花嫁/花婿に多額の持参金を持って家に入ってもらう」ということはままあるでしょうが、こういう「身分的に下降する嫁入り/婿入りによって経済的に上昇する」みたいなことは経済を重視する同盟ならではのWin-Win取引の社会流動性かもしれません。プライドが高い貴族の家だと「娘/息子を成金の平民に身売りさせるなんて……」みたいに思うかもしれませんしね。

また、エドマンド家のように多大な経済力をもつタイプの「新興貴族」はこうした都市貴族が貧乏貴族から領地と統治権を買い取ってマジ貴族となったものと考えられるので(そういう貴族が円卓会議メンバーなのも同盟ならでは!)、やはり由緒あるマジマジ貴族とのパイプをつなぐために積極的に結婚を利用することでしょう。マリアンヌが養父から感じているプレッシャーはそういう感じのものなんでしょうね。

 

聖職者

 『風花雪月』でいう、大司教レアや枢機卿アルファルド、地方教会司教・司祭らのような高位聖職者と、主人公先生の母シトリーやソロエンドメルセデスなどのヒラの修道士たちどちらも含みます。

大司教補佐セテスは教会組織で敬われていますが、聖職者ではなく俗人の実務家扱いみたいです。

in現実

 「俗世を捨てた聖職者は結婚できない」というのが一般的なざっくりイメージですが、時代や宗派によって事情は違ってきます。日本の仏教でも出家者は結婚や異性との接触をしないルールの宗派が基本っちゃ基本なのですが、現代一般人が日常的に触れる檀家寺は「寺庭(じてい)夫人」と呼ばれる妻を迎え血縁で跡を継いでいくところが多いですよね。

現代にまで続いている、整えられたキリスト教聖職者の結婚ルールは以下のようなかんじです。

  • カトリックの「司祭」などの聖職者は結婚しない(新教プロテスタントの「牧師」は地域社会と同じように生きるために結婚する)
  • 「修道士」「修道女」として身を慎む暮らしをする者も「神を伴侶とする」そして「独身であったイエスの生き方を至上とする」ため結婚しない
  • 一部の宗派では高位の聖職者に「なる前に」結婚したなら引き続き妻帯が許される
  • ルール外の結婚をしたいならば還俗する

基本的にキリスト教は清らかさを重視し、なんなら人口増えなくていいよくらいの理念なので、結婚しないならしないほうがベストとされます。

しかし、キリスト教がヨーロッパに広がってしっかりガッチリするまでには高位聖職者もそうなる前に結婚してたり、しちゃってるもんはしょうがないからお互い肉体的貞潔を守ろうねの誓いを立てたりしました。制度が根付いてからもかえって高位聖職者の腐敗によって愛人に子を産ませて甥とか姪ってことにしたり。なぜなら高位の聖職者って有力貴族のお坊ちゃんがなるものだったからです。そりゃマジな修道士のように禁欲ってわけにはいかないわな。

↓下の書籍は高位聖職者の腐敗とか愛人の子とかの代表クソヤバ例のやつ

 

 そんなことになっていても「表向き」聖職者の結婚が封じられたのには現実的な理由もあります。教会のものである財産を実の子供に個人的に世襲させないためと、「世帯」を増やさないためです。

教会組織には寄進というかたちで荘園や金銭がたくさん集まってきます。もし時の高位聖職者が家庭を持ってしまったら、その財産は組織全体で運営していくものではなく世襲する「家産」にされてしまいかねません。それは普通にあかん。

そしてそもそも貴族の家から息子が聖職者になるべく修行に出されるのは、家の財産を継げない次男坊三男坊以下だからです。分け与える領地がないから、世帯を増やせないから聖職者にさせられたのですから、そりゃ結婚するって話にはならんわな。

教会は家を継げなかったり家業をなくしたりした子どもたちを迎え入れましたが、その子供たちの多くは成長しても世帯をもつことなく、ある意味「あぶれた人口の受け皿」として機能したのです。子を間引いたりするよりも倫理的だし、しかもアクシデントで跡継ぎのきょうだいが亡くなってしまったときのスペアをキープすることもできるというこの方式は日本の皇族や公家、武家でも採用され、そこから室町幕府最後の将軍・足利義昭なども世に出てきました。聖職者は世帯を継いだり作ったりすることになれば聖界での地位を捨て、俗人に戻りました。

 

inフォドラ

 農村の話のときにも出てきましたが、セイロス聖教会はたぶんフォドラの世帯を管理しつつ、それとなく人口をコントロールしています。聖職者の結婚はナシになっていると考えるのが妥当でしょう。ダフネル家の子が数代前の東方司教であった旨の無双の資料から、家を継がない有力貴族の子弟が高位聖職者として教育を受けるシステムもだいたい現実と同じっぽいですし。

結婚する世帯の数をコントロールすることはすなわち次世代の人口をコントロールすることです。世帯の数が変わらず「次の世代の夫婦」のみが確保され、その他の人間は結婚しなければおおむね人口は横ばいになるはずです。資源があると人口は増加し労働力も増加しますが、その土地で養える人口にはもちろん限界があるので貧困や飢餓がおこってしまう、という問題*12を世帯数コントロールによって回避することができます。

この「マルサスの罠」と呼ばれる問題は土地開発や技術力、経済である程度解決することもできるんですが、レアは母を亡くした約千年前の状態になるべく近いフォドラを保全しようとしていて実際わりと成功しているので、そういう解決法はノーです。加えてセイロス聖教会の民生への介入によってフォドラ文化はけっこう衛生的で、現実でヨーロッパの人口構造を激変させたペストの被害もかなり食い止めています。だから、さまざまな理不尽で失われていく多くの命に目をつぶることを含め、レアはそれとな~くフォドラの人類が「どっさり減らないように、それほど増えないように」キープ努力してきたのですね。

 

 主人公先生の母・シトリーは「修道女」であったと語られます。レアによって人体錬成された彼女はおそらく「身寄りのない赤ん坊」としてガルグ=マクの中で育てられ、レアから監視と愛情の視線を受けてそのまま天寿を全うするまで修道女として生きるはずでした。身寄りのない子どもがそのまま修道士になるパターンとしてはそこまで珍しいことではありません。

アルファルドも同じように修道士として学び育ち、そのままならというか、アルファルドさんのかつての将来イメージとしては、二人は結婚せずずっとガルグ=マクで修道士仲間の幼馴染として仲良く過ごしている予定だったのでしょう。アルファルドさんが教会組織のなかでお偉いさんになったとしても私有の家業や領地やサラリーがあるわけではありませんから、いくらBIG LOVEがあっても二人で俗人となって結婚するってことは考えてなかったとおもいます。二人ともガルグ=マクの中しか知らないのだから。でも、それはそれで「結婚」じゃなくても穏やかな愛のかたちですよね。きっとツィリルのように修道院の下働きとして過ごす子たちも、結婚して自分の世帯をもって……なんてこと考えず、何事もなければ大人になってもガルグ=マクの共同体の中で生きていくことでしょう。

そういう平和で美しい鳥籠の中の二人の生活を、ジェラルトが変えました。ジェラルトは聖職者ではなく俗人の騎士であり、鳥籠の外の花をシトリーさんにもたらし、家庭を築くことができる私人でした。かくしてシトリーさんはふつうの女性になり、レアにも認められたうえで、ジェラルトと結ばれました。

シトリーさん以前にレアが錬成した「女神の器」の子供たちは、鳥籠の中でレアに見守られて穏やかに生きて死んでいったんだとおもいます。でも、きっと初めてシトリーさんは外の世界を知る俗人と恋をして結婚して、穏やかな鳥籠の人生から羽ばたきそうになったんです。

レアにとって予定外でハラハラドキドキなその展開はフォドラに次の時代がくる鐘を鳴らし、結果的にその結婚によって次代の女神は生まれました。結婚はいつも化学反応で、次の世界を作る人々の戦いで、希望なのです。

 

 

 

 他に話す予定のある中世・近世の舞台裏としては「情報伝達」、「交通」、「死んだら」などがあります。どれに興味があるとか、このほかにこういうこともしゃべってみてよというようなことがありましたら、積極的にこの記事をシェアついでにツイートしてください。見に行きます。

風花雪月ファン向けに中世騎士社会を解説する別ゲーの実況が完結しました!

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あわせて読んでよ(コーエーテクモゲームスの歴史×結婚観、中世日本編)

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*1:前掲ゲッツp47

*2:前掲ゲッツp48

*3:前掲『中世ヨーロッパの結婚と家族』p261

*4:前掲ゲッツp48

*5:前掲『中世ヨーロッパの結婚と家族』p125-134

*6:前掲『中世ヨーロッパの結婚と家族』p208

*7:前掲『中世ヨーロッパの農村の生活』p162-163

*8:前掲『中世ヨーロッパの農村の生活』p168

*9:前掲『中世ヨーロッパの農村の生活』p169

*10:前掲『中世ヨーロッパの結婚と家族』p205-208

*11:前野みち子『恋愛結婚の成立―近世ヨーロッパにおける女性観の変容』(名古屋大学出版会・2006年)

*12:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』マルサスの罠の頁