本稿では『ファイアーエムブレム 風花雪月』における、平民キャラクターたちのガルグ=マク大修道院食堂の食事メニューの好き嫌い、中世ヨーロッパの庶民の食文化について考察していきます。

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- メディア: Video Game
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メニューカテゴリの総論 いただき!ガルグ=マクめし―FE風花雪月と中世の食 や
キゾクキゾク鳴くふたりに絞った比較記事 薔薇と紅茶の貴族の宴―FE風花雪月と中世の食② もごらんいただいてありがとうございます。
次は反対に、庶民育ちの食の好みのキャラクターたちや、庶民の食事事情について話をしていきたいとおもいます。キャラクター的にはドロテア、アッシュ、レオニー、ラファエルです。イグナーツもヒラの平民ではありますが彼はローレンツも認める審美眼の確かな男なので置いといて。あとはクラスとしての「平民」には生徒の中だけでもペトラ、ドゥドゥー、メルセデスもいますが、彼らは外国人だったり元貴人なので。
もう先に言っちゃいますが、前回述べたようにマジで規範にのっとってごはん食べてるのはローレンツくらいなので、あとはほとんど主義主張とかの話ではなく、個人の好みの話になっていきますね。
ただ、ドロテアとアッシュの食に対する感覚と、レオニーとラファエルの対比にはちょっとおもしろいものがあるので、そのへんについてしゃべっていきます。今回は文字数の関係で、平民の中でも市街地に生まれ育ったほうのドロテア、アッシュ編となりました。またお料理もしますよ!
以下、この記事は食事会話や支援会話のネタバレを含みます。
アッシュくんの好き嫌い
アッシュは街の酒場の息子(一般市民)→盗みをはたらく孤児(下流)→領主騎士の養子(上流)、そしてのちには領主という、フォドラ社会の縦の階層をほぼ全部移動してきた数奇な運命ジェットコースター、大富豪・大貧民トランプゲームのごとき階級移動をたどっています。ハウス世界名作劇場のヒロインです。これは後述しますがドロテアの人生とも似ています。
彼らは階層を移動するごとに否応なく食習慣も変わっているはずで、その変化に悲喜こもごもあったことでしょう。アッシュは生まれからして料理が得意であり、支援会話も食べ物や市場、明日への希望をもつことなどの『生存すること』にまつわる話題が多いです。
アッシュの基本データ
好きなカテゴリ・苦手なカテゴリ
甘いものが好き。肉料理や大人の味に興味はなし。
好きなメニュー(9品)
・ザガルトのクリーム添え
(【甘いもの】 #お菓子 #ナッツ #果物 #パイ・タルト・グラタン焼き)
・ブルゼン
(【甘いもの】 #お菓子 #ナッツ #果物 #卵 #食べごたえ)
・ベリー風味のキジロースト
(【甘いもの】#鳥肉 #果物 #焼きもの)
・桃のシャーベット
(【甘いもの】#お菓子 #果物 #冷たい)
・野菜たっぷりサラダパスタ
(【野菜料理】#キャベツ #タマネギ #ニンジン #食べごたえ)
・魚と豆のスープ
(【魚料理】#魚 #豆 #薄味 #あったかい #素朴 #汁物)
・フィッシュサンド
(【魚料理】#魚 #キャベツ #手軽 #すっぱい)
・魚とカブの辛味煮込み
(【辛いもの】#魚 #カブ #香辛料 #辛い #異国風 #煮込み)
・白身魚の甘辛炒め
(【辛いもの】#魚 #トマト #香辛料 #辛い #濃い味 #焼きもの)
苦手なメニュー(4品)
・キジの揚げ焼きデアドラ風
(【肉料理】#鳥肉 #ニンジン #チーズ #焼きもの)
・煮込みヴェローナを添えて
(【大人の味】#魚 #ヴェローナ #チーズ #濃い味 #煮込み)
・ゴーティエチーズグラタン
(【大人の味】#鳥肉 #ナッツ #チーズ #パイ・タルト・グラタン焼き)
・ザリガニのフライ
(#魚? #げてもの #おいしくない)
特記事項
ザリガニ以外の苦手なメニューに全部チーズがガッツリ入ってる。しかしチーズの混ざっているミートパイは食べられることや焼き菓子に入っているであろうバターは平気なことから、乳製品アレルギーとかではなく普通に味が苦手と考えられる。かわいい。でも苦手なものも人にあげずちゃんと血肉にするいい子である。
チーズはゴーティエチーズ(ゴーダチーズとは関係ない)をはじめヨーロッパ北部であるファーガスでもさかんに作られるはずなので、昔から苦手だったことになる。
下町好み
アッシュの食の好みは基本、庶民の中でも農村でなく市街に住まう庶民の食べているものらしいといえるでしょう。フィッシュサンドに使われているような酢漬け・塩漬け・乾物の魚は保存がきくため内陸部の都市にもさかんに運ばれました。クール輸送がなかった時代でも、海や川や湖が近くにない場所や自分で釣りをしない人も市場で買って食べることができます。
↑特にタラ、「コッド」は塩ダラ干ダラとなって古くからヨーロッパの人々のタンパク源として非常に重宝され、ヨーロッパ北方海岸の主要な交易品でした。大航海時代の覇者となったオランダが航海術や交易に長けていたのもそもそもは、かつてかの地が非常に農業に困難な土地であり(現在は技術や産業のしくみの発展により豊かな農業国となっています)、タラなどの海産物と穀物を船で取引して回っていた強みをいかしてのことです。
そんなわけなので、なんでフォドラにタラがいない感じなのかは謎ですが、たぶんタラがいたらヨーロッパ北部にあたるファーガス王国のメシマズが改善されてしまうからですかね? トマトや香辛料などダグザとの交易はあるらしいのになぜかミラクル作物ジャガイモが入ってきてないらしいのもファーガスをさらに追いつめます。イングリットがかわいそうです。ファーガス限界王国。
タラの代わりの白身魚にはおおむねトータテスローチが使われていますが、これが現代日本で手に入る魚としては何に似ているのかはまた今度料理するときにお話しします。
また、甘いものが好きとプロフィールにも書いてあるアッシュですが、お魚の辛い料理も好んでいます。ファーガス風の食事の好みをおおむね代表しているであろうフェリクスとシルヴァンが辛いものを好んでいることからして、寒い地方であるファーガスでは血行を促進するような辛い料理がよく食べられていると推測できます。
激辛魚団子については帝国料理なので、アッシュも好きな「魚とカブの辛味煮込み」や「白身魚の甘辛炒め」はおそらく王国の下町でも食べられているタイプの料理なのでしょう。いただき!ガルグ=マクめしの辛いものの項で述べたように、トウガラシ系の香辛料に関しては現実の中世~近世ヨーロッパとは事情が違い、貧しいファーガスでも庶民まで普及していそうです。
それでも甘いものが好き
しかし、たとえ中近世ヨーロッパにトウガラシがあったとしても砂糖などの甘味はさすがにそうそう大量に生産できるものではありえないので、これは推測ですが、アッシュが「甘いものが好き」になったのはロナート卿に引き取られてからなのではないでしょうか?
市街地の酒場の生まれであるアッシュですが、酒場で出す料理の素材として甘味は割に合わない高価さでしょうし、両親を亡くして食べるため盗みをはたらくようになった頃のアッシュにとっても砂糖やハチミツは「飢えをしのぐためのもの」より「金目のもの」に近いはずで、要は甘いものというのはメッチャおいしくて幸せだけど、コスパは高くないのです。
しかし、アッシュと弟たちはロナート様に保護され、「生きるため」のコスパにだけ必死になっていなくてよくなりました。「なんとか生きのびる」だけを見つめていなければならないギリギリの状況からやさしく解放されたアッシュは、霧が晴れるように新しい世界に出会います。読み書きに出会い、学問に出会い、読書を好むようになります。正義の心に触れ、騎士道物語を好むようになります。花を愛でる心を思い出し、小さなスミレを愛します。甘いものを食べて幸せになります。
アッシュは、盗まなければ、人を害さなければ生きていけない現実がこの世にあることを体感で知っています。すばらしい本や輝く正義や愛らしい花が飢えている人のおなかをふくれさせやしないことを知っています。食べなければ生き延びられないし、強くなれないから、カスパルに「おまえもなかなか食うよな!」と言われるくらいいっぱい食べます。パンがなければお菓子を食べてればいいわけがないのです。
それでもアッシュは甘い理想を愛します。彼だからこそ騎士道を好む意味があります。
ロナート卿と戦う「マグドレド奇襲戦」では、決して豊かな暮らしなどしていないであろう民兵たちがロナート卿を心から慕い、彼のために命を賭けていました。人の心が生きるためにはパンのみでなく、なにか美しい憧れの光となるものが必要です。
ロナート卿とその息子・クリストフは人の善さゆえに政争に利用され命を落としました。しかし、アッシュに読み書きを教え、騎士道を教え、甘い菓子を与えたように、ロナート卿たちは人にそういう光を与えられる人物だったのです。
"甘い"クリストフとカトリーヌ(カサンドラ)の関係は、甘いもの好きの下戸である"太陽"アロイスと大人の味好きで酒飲みの酸いも甘いも噛み分けたカトリーヌの支援でリフレインされています。そのテーマはまた、アッシュがカトリーヌとの支援会話で政治の世界の暗部と向き合っていくことや、フェルディナントとヒューベルトの苦甘関係とも響き合っています。
ドロテアくんの好き嫌い
ドロテアもまた、アッシュと同じくフォドラの社会階層をタテに移動してきたジェットコースター人生を歩んでいます。貴族の侍女の娘(まあまあの市民)→裏通りに住む孤児(下流)→歌劇団のトップスタァ(上流?)です。
高低の順序はアッシュと同じですし、上流(?)になったときの庇護者の協力で士官学校に入学したことも同じです。貴族の屋敷使用人の中でも主人付きの侍女というのはかなり高位のうえ、彼女は貴族の家の当主である主人が侍女に手をつけて生まれた子であるらしいことから、(そういう孤児はかなりよくいるにしても)彼女の血は半分貴族であり、アッシュよりも生まれ自体はいい?とも?いえます。さらに、小領主の養子のアッシュよりも帝国の中央貴族たちや豪商たちに熱狂されるドロテアのほうが華やかに見えます。
しかし……
ドロテアの基本データ
好きなカテゴリ・苦手なカテゴリ
野菜料理が好き。魚料理はすべてではないがほとんど嫌い。
好きな料理(8品)
・ザガルトのクリーム添え
(【甘いもの】 #お菓子 #ナッツ #果物 #パイ・タルト・グラタン焼き)
・桃のシャーベット
(【甘いもの】#お菓子 #果物 #冷たい)
・野菜たっぷりサラダパスタ
(【野菜料理】#キャベツ #タマネギ #ニンジン #食べごたえ)
・タマネギのグラタンスープ
(【野菜料理】 #タマネギ #魚 #チーズ #あったかい #煮込み #汁物)
・赤カブ尽くしの田舎風料理
(【野菜料理】#カブ #ヴェローナ #庶民的 #食べごたえ #煮込み #焼きもの)
・満腹野菜炒め
(【野菜料理】#トマト #キャベツ #豆 #食べごたえ #焼きもの)
・ガルグ=マク風ミートパイ
(【大人の味】#獣肉 #トマト #チーズ #伝統的 #ガルグ=マク風 #パイ・タルト・グラタン焼き)
・ゴーティエチーズグラタン
(【大人の味】#鳥肉 #ナッツ #チーズ #パイ・タルト・グラタン焼き)
苦手な料理(9品)
・ニシンの土鍋焼き
(【魚料理】 #魚 #カブ #庶民的 #焼きもの)
・魚と豆のスープ
(【魚料理】 #魚 #豆 #薄味 #あったかい #素朴 #汁物)
・ニシンと木の実のタルト
(【魚料理】#魚 #ナッツ #上品 #帝国風 #パイ・タルト・グラタン焼き)
・豪快漁師飯
(【魚料理】#魚 #ワイルド #豪快 #庶民的 #食べごたえ #煮込み)
・フィッシュサンド
(【魚料理】#魚 #キャベツ #すっぱい #庶民的 #手軽)
・魚とカブの辛味煮込み
(【辛いもの】#魚 #カブ #香辛料 #辛い #異国風 #煮込み)
・白身魚の甘辛炒め
(【辛いもの】#魚 #トマト #香辛料 #辛い #濃い味 #焼きもの)
・雑魚の串焼き
(#魚 #庶民的 #ワイルド #焼きもの)
・ザリガニのフライ
(#魚? #げてもの #おいしくない)
特記事項
好きなものが少ねえ。8品! アッシュやエーデルガルトも好きなものが「9品」だが彼らは好き嫌い自体が少なめであまり食べ物をえり好みしない。ドロテアより好きなものが少ないのは諸事情のあるディミトリや圧巻のリシテア先輩ぐらい。
好きだったような気がしますけど
好みの細かいところよりも、ドロテアと飯を食うとき気になるのが食事セリフです。おそらく最も日常的にヒエッとさせてくるのではないでしょうか?
「これ、たぶん好きだったような…」
「これ、嫌いだった気がしますけど、まあ食べられれば何でも大丈夫ですよ」
えっ? 記憶喪失かなにか?
記憶喪失の人ではありませんでした。ドロテアは食事の好きだ嫌いだをヤッターと喜んだり残念がったりすることができない状態にあります。だからといって、ディミトリのような諸事情状態とは違い、嫌いな味はある。
これはおそらく彼女のプロフィールの同じくヒエッとする部分、「嫌いなもの:自分自身」とも関わりがあります。ドロテアは自分の感じること、生きている自分の存在を素直に慶ぶことができません。それはどうしてなのか? 彼女を見てきたプレイヤーならきっと理解を深めていることとおもいますが、今回はそれを食事に関して考えます。
「私は何も持っていなかった」「裏通りの孤児」とドロテアは自分の過去をふり返り、そこには戻りたくないと言います。その点では過去に物盗りをしていたアッシュと同じなのですが、アッシュはべつに自分全体のことを嫌いとはぜんぜん思っていません。それに、ドロテアが嫌悪感をもっている「自分」とは、その「何も持っていない、裏通りのやせっぽちの女の子」ではないようです。彼女はそんな飾りのないただの自分を愛してくれる人を探しに士官学校まで来たのですから。
ここでもう一つ。好きでも嫌いでもないものを食べるときの、食事ということ全体に対するドロテアの食事セリフをふりかえってみましょう。
「食事中に口説かれるのは苦手なんです。
だから先生と一緒は嬉しいですよ。ふふっ」
口説くんじゃねえって言われた……。
(ヒエッ……)
食事的にはヒントはここです。
ドンペリの靴を捨てて
そもそも、ドロテアがマヌエラに見出されるまでの社会的地位であった帝都の貴族街の裏通りの孤児というのは要するに乞食ってやつであり、貴族の屋敷の裏の方の軒先や、よければ地下室なんかを借りて雨風をしのいだりしのげなかったりするストリートチルドレンです。この点、両親は死んで金を稼ぐ手段がなくてもたぶん家だけは存在した?アッシュよりもさらに最下層にドロテアはいたことになります。
帝都アンヴァルは地理的に温暖な気候なので気をつければ凍死はしないかもしれませんが、伝染病などが流行れば一番被害をこうむる吹けば飛ぶような存在が都市の乞食です。おまけに、最初にドロテアは母が貴族の当主の侍女でお手つきになったからわりと良い身分?なの?か?と言いましたが、まったくよくありません。確かに貴族の当主の侍女自体はいいし彼女に半分貴族の血が流れていることも確かですが、乞食のシングルマザーというのはたぶん中世で一番キツいやつなのです。それがなんでなのかとか、ドロテアのキャラクター性についてくわしくは風花雪月のジェンダー・イクオリティの記事の続きで書こうと思ってるので飛ばします。
要するに社会最下層のホームレスな生活をしていた物乞いのドロテアが当時どんな食生活をしていたかといえば、お恵みを~と助けを乞うて施してもらった小金で堅い黒パンを買うとか、貴族屋敷で出る野菜くずを譲ってもらうとか、あるいは西洋の貴族や富裕層には善行として救貧の施しをおこなう宗教的習慣があるので、そういう炊き出し(けっこうある)にお椀もって並ぶとかです。ここにはお粥系のほか、安上がりでおなかにたまりやすい野菜料理が配られることも考えられます。
こんな状況では食べ物を好きとか嫌いとか言ってる場合じゃないのはもちろん、ガルグ=マクで出てくるような"ちゃんとした料理"など食べたことはなかったはずです。
じゃあドロテアが「好きだったような」「嫌いだった気がします」と言っている野菜系以外の料理の好みは主にどこで感じられたのかといったら、考えられるのは歌姫時代、貴族や富裕層のファンから誘われた食事の席ということになるでしょう。
そこには当然"ちゃんとした料理"が並びますし、賢いドロテアは作法や味も学びます。しかし、ファンの男たちは食事中に口説いてくる。まあそうですよね。とりあえずデートは食事からだってローレンツも言ってる。そしてドロテアはファンをうまいこと転がして庇護だって得たいので、そういう食事の時は「食事中に口説かれるのは苦手なんです(ビシィ!!)」などとは言わず(言えず)に、接待高級クラブキャストのお仕事に従事していたことになります。
基本的に、現代でも、クリエイターや芸能する人などとパトロン(主に金銭的・権力的な支援者)との関係にはなんらかのかたちで接待が存在します。それじたいは悪いことではないのですが、たとえば現代のクリエイターなどのクラウドファンディングなども乞食との微妙な違いがウィキペディアの「乞食」のページに書いてあるくらいで、実は歌姫となったドロテアも、彼女の気持ち的には「乞食」から抜け出せていません。
かわいそうな少女が「助けてください、お恵みを」と言って銀貨を投げられるのと、若くて華やかな美人が「頼りにしていますね」と甘えて援助を受けるのとでは、世間の目は違うかもしれないけれど、ある意味で同じことなのです。
ここがドロテアの階層移動がアッシュのようにポジティブな念に包まれていない理由です。アッシュはロナート卿という庇護者に「飢える心配のない食事」とともに、アッシュたちが利発で聡明な子供だったからとはいえ、「無条件の安心と慈しみと理想」という、人間の心が健やかに育つための栄養を与えられました。しかしドロテアは王国より豊かで高級な帝都の食事とともに、「条件付きの空虚な恋慕と金品と欲望」を大量に吸わされてしまいました。
何も持たなかったころの自分よりもむしろ、変われたはずなのに、光を浴びているはずなのに、いまだに大嫌いな高慢な貴族様の「お恵み」「お情け」を乞うている乞食のままの自分のほうに、ドロテアは食事をおごられながら心底嫌気がさしたのです。おいしかった食事なんか覚えてないですよ。おまえは今まで入ったピンドンの数を覚えているのか?みたいな話です。
(これはドンペリではない)
ドロテアは、そういう食事から逃げ出してきました。若く美しく華やかな歌姫だけが得られる玉の輿を蹴ってきました。これから一生「金で買われた花嫁」という華やかな貧民窟で貴族の旦那様の顔色をうかがって食事をしないために。愛し愛される人を支え、アッシュがロナート卿にされたように無条件の愛で「養って」もらうために。
そりゃもう女を品定めするために食事に誘って口説いてくるローレンツなんてドロテアにとっては大逆鱗間違いなしですよね。食事がマズなるわ! 同じく因縁の大逆鱗に触れるフェルディナント相手よりしょっぱなから怒っとる。
番外編「赤カブ尽くしの田舎風料理」
本当はさすがにキゾクキゾクよりおもしろ求心力に欠けるとおもってレオニーとラファエルの話もいっしょに詰め込んで補うつもりだったんですが、文字数的にいいかげん長くなったのでヒラの平民編は前半終了として。また照二朗のガルグ=マククッキングはじまるよ!
今回はカテゴリの話でも薔薇紅茶貴族の話でも貴族らしい貴族の食べない料理の権化として扱われてきた「赤カブ尽くしの田舎風料理」をですね、名誉回復のためというか実態をちゃんと見ておくために作ってみました。ちょうどシーズンなので地ものも手に入りましたし。
コレだー!
前回の「魚介と野菜の酢漬け」では結局見た目が赤くて小型であるハツカダイコンを代用としましたが、すげえでかいのな、これとかまだ小さい方ですから。
「カブ」が中世の貴族に好まれなかった理由をおさらいしますが、神が天の上の方にまします関係上、地中にできる作物は卑しいものとされたのです。しかしカブは非常に効率よく豊かに量を収穫することのできる作物でもあり、農村の庶民の食べるものとして定着したというわけでした。
実際のゲーム上でもカブとキャベツの収量には目をみはるものがあり(ニンジンとかヴェローナが×1なのにカブは×6だったりする)、風花雪月はよくできてるな~と感心させられます。
ともあれ、これで赤カブ尽くしの田舎風料理を作っていきます。尽くし、というからには品数があり、赤カブのサラダ、シチュー、ニンニク炒めだそうです。茹で・煮・炒めと調理法もバランスがとれた献立じゃないですか……材料はバランスも何もないけどな……。ちなみに根菜類は栄養的には主に炭水化物にあたり、エネルギー源となります!
赤カブのサラダは温野菜や酢漬けを盛り合わせたものだと思われるので、シチューとニンニク炒めを調理していきます。
赤カブとヴェローナのシチュー
出たぜヴェローナ。いただき!ガルグ=マクめしの記事の末尾で「ブロッコリーだと思ってたけどチコリなの?」と途方にくれていたところ、ベローナというのは現実でのチコリの別名である旨を教えていただきました。ありがとうございます。なるほどー。
なんで当方が全然気づいてなかったかというと(言い訳)チコリはヨーロッパっぽい言語だと「エンダイブ」「アンディーブ」と呼ばれていることが多く、「ヴェローナ」という言葉はイタリア語っぽい発音ですがイタリアでもチコリは「ラディッキオ」と呼ばれるので、ほかの別名を考えてなかったんですよね。
このチコリもしくはアンディーブ、ざっくり言うと白菜とレタスとキャベツの中間に位置する感じの、固まって生えてる若くて肉厚の葉を食べる作物です。でもアブラナ科じゃなくて、キク科。日本でも売ってないということはないのですが、あんまりスーパーにいつも並ぶようなものではないですね。さらに、一般のヴェローナ(白くないヴェローナ)は赤いものですので、
いちばん近くてこれ
(紫キャベツよりレタスに近い感じのものが売ってました。もう紫キャベツでもいいよ)
主な材料は赤カブ、赤チコリ的なもの、あとついでなので赤タマネギ、牛豚合挽肉、バターです。ボルシチ風に仕立てたいときには赤カブにもっと赤いビーツを加えるといいかもです。
カブのいいところは収量がすごいことだけではなく、茎も食べごたえがあることです。茎の間には土が細かく入り込んでるのでバラしてよく洗い、肉厚な茎は半分の薄さに切ったりします。
鍋にバターを溶かし、ひき肉を炒めます。
中世~近世の食事の油脂にかんする事情ですが、現代では主に「フライパンに材料をこげつかせないためにしくやつ」扱いをされ、健康に関しては嫌われ者のように思われることが多い油脂も、人体を形成するのに不可欠な栄養(エネルギーだけでなく、細胞壁や乾燥を防ぐ皮脂の必須材料や内臓のはたらきのキーにもなります)であるため、中世ではぜひ摂らなければならない栄養でした。
現代のわれわれからすると、「庶民的なお安い油」とはサラダ油、すなわち大量生産されるアブラナとかを絞った植物性の油という意識がありますが、これは工業の発展によって大きく変わった常識です。現代のサラダ油的な植物油はかなり高度に工業的・化学的な方法を使ってものすごい圧搾されており、そんなこと昔はできませんでしたから、植物油というのはあまり大量にとれず、けっこうな貴重品でした。
一方、動物性の油のほうは、今使ったバターも生乳をまぜまぜすることで手作りすることができますし、ラードや牛脂などの獣肉脂にいたっては動物をさばいたときに皮下脂肪としてはじめから分離・固形化した状態にあるわけですから、圧倒的に手に入れやすいのです。しかも保存性についても、昨今はサラダ油など植物性の液体油は酸化しやすく、酸化油は体によろしくないことがよく言われるようになりましたが、動物性の固形油は酸化しにくい。おまけに豚なら庶民の手にも入るため、ラードこそは手軽な油脂だといえるでしょう。
ひき肉の色が変わってきたら、刻んだ野菜材料を入れて軽く炒めて全体に油をまわします。緑黄色野菜なんかが入ってると、脂溶性のビタミンを引き出すことができます。
なんかエラい色になってますが、水を入れ(赤ワインを加えてもいいですね)、ひと煮立ちしたら火をコトコトにし、本当はスープストック(西洋だし汁)とか入れられればいいんですけど、それは、つまり、コンソメキューブです。二つくらいポンポン入れます。
あとはもう少し煮えててもらいます。
赤カブのニンニク炒め
いきなりさっき「植物油は貴重品で」っつったこと破ってますけど、味に変化をつけるためなのでゆるしてください。刻んだニンニクを弱火のオリーブオイルで熱し、香りを出します。別にラードでもいいです。
ここにいちょう切りにした赤カブ、ついでにハツカダイコンの葉をみじんに切ったものを入れて炒め、アンチョビ少々で味をつけただけで手軽に完成です。
せっかくオリーブオイルを出してしまったので中世世界の油脂の話の続きですが、中世というか聖書とかの昔から「オイル」「油」といったらこのオリーブオイルをさし、おもに地中海沿岸でとれるこの黄金の液体油はヨーロッパ世界において特別な物体でした。
当然貴重品だから、有用だから、いい香りで儀式的にステキだから、というまさに黄金と同じような意味で特別視されたのは前提として、ほぼナザレのイエスその人をさす「メシア」とは「油を注がれた者」をあらわすヘブライ語に由来します。これ、オリーブオイルね。なにを追いオリーブオイルされているのかというと、聖書の神話世界では王や祭司が就任の際油を塗られる儀式をうけており、油を塗られること=この世の理想の王者として神に承認されることのように伝えられてきたのです。
また、王者への儀式だけではなく、キリスト教ではキリストの奇跡にあやかって病気の者にオリーブオイルを塗って治癒を祈るという儀式があります。また、臨終の床にある者が最後の魂の平安を得る儀式としても塗油はおこなわれました。
何が言いたいかっちゅうと(聖別された)オリーブオイルは「聖水」的な物体なんだな。塗ってよし!嗅いでよし!食べてよし! 日本にある「清い水」に対する信仰のようなものがオリーブオイルに注がれていたのです。
とかなんとかのうちに赤カブシチューがいいかんじに煮えました。
盛りつけ
完成した三品がこちらです。一見野菜ばっかやんって感じに見えますがほとんどカブや肉厚な葉野菜ですからね、丼ものくらいの炭水化物は確保されています。地味にダイエット中である当方の目からするとちょっと……かなり……糖がオーバーですね……。
味ですが、個体差はあるでしょうが赤カブは白カブよりも味が強めですね。滋味のようなものを感じます。土の香りが強かったせいかもしれませんが……。茎もかなりモキュモキュと食べごたえがあります。
シチューのほう、チコリ的なものが入ることでみずみずしさがあり、食べた満足感も上がる感じ。ニンニク炒めはこれは個人的に当たりですね! ニンニクとアンチョビでカブ炒めただけでこんな美味いのかー!? たぶんですが、現代日本で市販してるカブは水分量がめっちゃ多いので、それより実がしっかりしてる赤カブのほうが塩炒めと合ってつまみ感があるのだとおもいます。
普段やらない異国の組み合わせの料理を日本舌アレンジ、すごく楽しいです。すっかりハマってしまってこの後「魚と豆のスープ」とニシンのバター焼きをしたのですがそれもおいしかったです。それはまた今度誰かの好み記事を書いたときにでもレポしますね。
次回は、いったんごはんから話を変えて、別の方もすでに話題にしていることなのですが、「女神の眷属・紋章とタロット大アルカナとの対応」について記事を書きたいとおもっています。
タロットは個人的に好きで食べ物よりよほど勉強した分野なのですが、風花雪月は『ペルソナ』シリーズのように制作側が明確に意図して作中にも設定を出してくれていますので、こじつけじゃなく語れるぜと腕がゴィンゴィン鳴っている照二朗でした。
あとゲームのほうは帝国ルートの3周目はじめようとおもいます。遅い。
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