ホメロスかく勘違いき 星光編でもノブレスオブリージュについて述べたのですが、
ノブレスオブリージュ(=高貴の義務)の考え方自体は富貴な人間が出てくるあらゆるお話に言外に存在しています。なぜなら高貴とはそういうものであるから。もしその意識が作り手側にぜんぜんなければ高貴の描写には厚みがなくなり、卑劣な貴族とかを描くにもその卑劣を十分描けないでしょう。
(たとえば『ドラゴンクエストⅧ』などでは血統主義に対してノブレスオブリージュを行わない王族が目立つように描かれていたわけです)
でもあまりその概念や、まして言葉について説明が入ることってないので、意識されていないことも多いんだなーと↑記事で照二朗はさとった。
しかしハチャメチャにそれを言葉として説明し使いまくるゲームがあった。
それが『ネオアンジェリーク』です!
宇宙の女王
『ネオアンジェリーク』がどういうゲームなのか簡単に説明しておきます。
「ネオ」とついている通り、このゲームは日本最古参の女性向け恋愛シミュレーションゲームである『アンジェリーク』の世界観を引き継いだ新しい設定のゲームです。
新しいっつっても出たのは2006年だから今から13年前ですね。アンジェリークシリーズが1994年からだから十分新し……え……うそ……ネオアンを境に同じ以上のスパンの時間が経ってる…………。
現実世界でも壮大な時間が流れたようですが、このシリーズはもっと大きなスケールの話をしています。シリーズの主人公のほとんどは宇宙の女王になる素質を持った少女(あるいは即位した宇宙の女王)なのです。
宇宙て。
この世界の人類は多くの星系、多くの惑星に生息しており(SFである)、惑星やその中の国家などの統治はありながらも、もっと大きな神のような存在として宇宙の女王および世界のそれぞれの属性のパワー(サクリアといいます)を持った守護聖なるイケメンどもを宇宙意志によって選出して宇宙を平和に保っています。
という設定だったのですが『ネオアンジェリーク』の時間軸では何か一度宇宙文明にクライシスが起こってからかなりの時間が流れ、宇宙の女王制度が機能しなくなって久しいようで、言い伝えにもうっすらとしか残っていません。過去の世界についての伝承を守っている教会がいちおう精神的支柱の意味を果たしていますし、じゅうぶんに文明的な生活も営まれていますが、女王の超常的な力による統治が行われていないためか、タナトスと呼ばれる実体をもたない怪物がはびこりだして民衆を苦しめています。
主人公はタナトスに両親を殺された少女・アンジェリークで、限られた人間にしか、しかも一時的に鎮めることしかできないはずのタナトスを完全に浄化する能力があることが偶然にわかる。それを今回の主役・篤志家ニクスが聞きつけ、邸に招かれて共にタナトスから民衆を守る活動を行っていくことになります。
と、こういったRPGです。
篤志家ニクス
主人公アンジェリーク(超カワイイ)(16歳)を導くあしながおじさん役である、篤志家ニクス。
あ、怪しい…………。年頃の女の子の身柄を引き取ってはいけないのでは……?
しかし彼は品性高い紳士で、非常に立派な人間として街でも評判の篤志家であり、心配には及びません。この男が「ノブレスオブリージュ」ってめっちゃ言うのです。
もはや口癖である。
ニクス氏の肩書き、篤志家というのがどういうものなのか説明しておきましょう。恥ずかしながらわたしも彼ではじめて知った言葉だったので。
ノブレスオブリージュのおこりは本来、ヨーロッパの貴族(日本の貴族とは違い、戦う力を持った騎士領主である)が地位と尊敬を受けるのは、卑怯なふるまいをせず戦いの場では率先して自己犠牲を払う勇気をもっているからである、という考え方です。戦いが貴族というより職業としての軍人の仕事となってからも、貴族は教会への喜捨や公共事業、民衆への垂範、貧者への施しなど、要は社会貢献をするべき義務があるという意味として残っています。
篤志家は貴族という地位に付属する責任としてではなくて、おもに非・貴族がそういった社会貢献、「慈善活動」「チャリティ」的なことを行っている人を地位関係なくさす言葉です。NGOに出資したり、所蔵の文化財を共同体の文化的発展のために寄贈したり、人類愛にもとづいて人々のクオリティ・オブ・ライフのために自分の資産や労力を使う人のことを篤志家といいます。
肩書として篤志家と呼ばれているということは、ニクスはそういった活動(フィランソロピーといいます)を広範かつ継続的に行っていることになります。フィランソロピーを行っている篤志家としてはロックフェラー家やビル・ゲイツなどの超資産家が規模の点から有名ですが、重要なのはこの「篤志」活動というのは「ノブレス・オブリージュ」活動に付随している地位や権力や財力がなくてもやれることであり、というか地位や権力や財力の責任としてやるべきだからやることではないということです。
"ノブレス"なき世界
さて、『ネオアンジェリーク』の世界観は先ほどだいたい説明しました。かつては宇宙の女王とゆかいなイケメンたちの宇宙的パワーに統治されていたが、女王制度が機能しなくなり忘れられて久しい。
加えて、どうやら舞台となっている大陸には、特権的な存在が教団の高位ぐらいしか存在せず、王制や貴族制度はないようなのです。財団が技術を開発し供給しており、19-20世紀的資本主義の世界です。
なので別に貴族ではないニクスですが、作中では限りなく貴族的な存在として、主人公アンジェリークに言います。
「"ノブレスオブリージュ"ですよ。わかりますね」
『ネオアンジェリーク』の物語の中では、「持てる者の義務」として町の人々のさまざまな依頼を解決し、人々の未来を守るために戦うことをニクスに教えられた主人公とニクスの、信頼の合言葉として"ノブレスオブリージュ"というワードがはたらいています。
しかしここでおかしな事実がひとつ、これ見よがしに流れていきます。
なんでこいつはまだ16歳の孤児なんぞに高貴の義務を求めてんだ?と。
行動が高貴をつくる
たしかに、アンジェリークは両親が医者という社会的に尊敬され資産も持っていたであろう家の出身であり、メルローズ女学院とかいうあからさまにいい学校に行き、かわいいおべべを着て、五体満足、顔かたちも愛らしく、おまけにあしながおじさんにいい暮らしを保証され特別な能力も持っていますが、やっぱ孤児です。
経済的・身体的な不利を抱えていなくても、若い女の孤児というものがどれだけ吹けば飛ぶような弱い存在か。それを常に印象づけるかのように、『ネオアンジェリーク』のアンジェリークは(このシリーズの主人公は全員アンジェリークとかそれに類する名前してんですよ)シリーズでは他に類を見ない儚く憂いを帯びた色彩とデザインをしています。
そんな吹けば飛ぶような孤児の女、資産家の怪しいおっさんであるニクスからしたらその威力をもってどうにでも自由にできてしまうような保護責任者に、何が「ノブレスオブリージュ……です」だよという話です。
何ノブレスなのかには実はちゃんと答えがあって、ゲームの終盤にアンジェリークが宇宙の女王になる運命の素質を持っている(それが完全浄化能力としてはたらいていた)こと、ニクスが諸事情あってそんな少女を非常に長い間探し求めていたことが明かされます。だからプレイヤーとしては「ニクスは『あなたは女王なのです』っていうつもりで言ってたのかな」みたいな納得を得ることもできるのですが、アンジェリークは言われるまでそんなこと知らねえわけで、やはり何ノブなわけです。
貴族でもない男が、貴族どころが親もいない頼りない少女に「ノブレスオブリージュ」と教える。
この全然成り立っていない状況は、篤志(フィランソロピー)に戻って説明できます。
フィランソロピーとは、人類愛という意味です。貴族ならざる人が人類を愛することによって、ノブレスオブリージュのごとく世界へ奉仕するということです。
ニクスはアンジェリークに、
「人類を愛しなさい」
と言っているのです。そして、"ノブレス"、
「それによって高貴なるものにおなりなさい」
と言うのです。自分の望みのためにも、そうなってほしいと願っているのです。
ホメロスはかく勘違いきでも書いたのですが、ノブレスオブリージュには「気高い者であると自負するために、持っているものを世界に返す」という側面もあります。
つまりニクスは、アンジェリークが女王だからノブレスオブリージュを行えと言っているのではなく、
ノブレスオブリージュを行うことで女王となっていけと、逆映しのことを言っているのです。
水の中の月
余談ですが、『アンジェリーク』の世界には宇宙の各概念の力「サクリア」があり、それぞれを強く宿す守護聖なるゆかいなイケメンたちが9人います。
『ネオアンジェリーク』の世界ではその制度は失われているわけですが、主人公の仲間となるタナトスと戦う能力を持った男性たち、これがその「サクリア」を宿しているから戦えるっていうことらしい、と推測できるヒントが作中に点在しています。
ニクスの持つ力はおそらく「水」メインの「闇」サブです。
水のサクリアと闇のサクリアは親和性が強く、意味するところを合わせると「まだ表にあらわれない、目覚める前の、静かな無償の愛に育まれるもの」といったところ。
水に映ったものは、その影によって存在していることを証明します。まるであべこべのようですが、水と闇のサクリアとはそういう影を見つめる力です。
夜の湖に映った月のように。