【史料F118X-LH034】
ガルグ=マク大修道院遺物より発見された一連の手記。文中で「先生」と呼ばれる人物へ向けた書簡とみられる文体であるが宛名および署名なし。化石燃料および土壌に関する記述を含む。
同時代で同様の筆跡の手記群『ヘヴリング文書』が発見されている研究者リンハルト=フォン=ヘヴリングのものとみられることから、宛先はヘヴリングがガルグ=マク士官学校在学当時に教師を務めていた人物のいずれかであると推定される。同様に文中の「アッシュ」は当時のガスパール城伯、「ヒルダ」はゴネリル美術大学の前身の創始者ヒルダ=V=ゴネリルと推定される。
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――弧月の節 21の日
予定通りアッシュがマグドレド街道の宿場まで迎えに来てくれてました。合流できたのはいいんですけど、なぜかヒルダがいたんですよね。なんでだと思います? 「珍しい宝石が出てくるかもしれないからー」ですって。まあ確かに、地割れが起こってアッシュは困ってるかもしれないけど、そこに新しい発見があるかもって来てるのは僕も同じなのでいいです。そうじゃなきゃこんなに長々馬になんか乗らないですよ。あれ、先生の目的は僕を運動させることじゃなくてアッシュの領地の状況と地理を見て農地経営とかを考えさせることなんでしたっけ? まあいいや。
ヒルダは大修道院からの使いが僕で微妙な顔をしてましたよ。彼女、面倒な仕事があっても僕は頼れる頭数に入らないのがわかってるんですよね。でもだからといってアッシュにもあまり頼みごとをしないんです。彼が今一番大変そうにしてるからでしょうね。そういう人に頼んでもいい成果は出ないし、ヒルダって頭のいい人ですよねー。
まだアッシュの話しか聞いてないんですが、地割れが起こったのはガスパール領の、最近樵が入ることを許した山の中なんですって。発見者は樵です。だから、実はこの間の地震で起こったものとも限らないらしくて。ちょっとワクワクしますね。でも山を登るのは嫌だなあ。平らじゃないところでワープを使うとケガするんですよ。憂鬱です。
じゃあ、おやすみなさい、先生。
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――弧月の節 24の日
無事にガスパール城に到着しました。今の気持ちを正直に言うと、寒いです。
王国って南部でもこんなに春が来るのが遅いんですね。先生って王国が長いんでしたよね? なんで僕が調査に出るのをもう少し遅くしてくれなかったんですか。昼寝用の毛布が足りないです。僕の冬用のやつ、これを読んだら送ってください。
僕が寒くて眠いのを心配して、アッシュが温かい料理をふるまってくれました。僕の好きな窯焼きの玉葱スープです。命拾いしましたよ。「パンが黒パンでごめん」と謝ってましたけど、スープにふやかしてあれば美味しいから僕は満足です。でも、玉葱と獣骨の出汁は王国の実りが貧しいときにもわりといつもある、数少ない食材のはずです。しかも、美味しいにしても領主が客人に出すものに白パンが使えないってけっこうな事態ですよね。そう言ったらアッシュはもっと謝っちゃってヒルダには怒られました。状況を受け止めただけなんだけどなあ。
救援物資はアッシュが采配して、城下や領内の村に分配されるみたいです。実は、飢饉でもないのにこんなに食糧がいるのかな?と思ってたんですが、あの地震で主がお怒りなんだとかひどく元気をなくしてしまって新年からの農作業の準備を進められない人がかなりいるみたいなんですね。「そういう人たちには先生からの支援が、しかも食べ物のかたちで届くのは勇気づけられるはずだよ」ってアッシュは言ってました。確かに、今回持ってきた食糧を使えば黒パンより美味しいものが食べられるでしょうからね。
明日はいよいよ地割れ現場を見に行きます。寝たら現地に着いていないかなあ。おやすみなさい、先生。
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――弧月の節 25の日
聞いてくださいよ先生。三日ごとに連絡しろって言いましたけど書くのが早い分にはいいですよね。地割れの露頭の近くで例の「人形」と戦闘になったんです。聖セイロスの紋章の入った、光の槍を投げるやつ。あれよりずいぶん小さかったけど。前衛のヒルダがついてきてて助かりましたね。つまり、この露頭のあたりは教会の禁足地だったのかな。宝杯のときも……ん、自分で書いたんですけど宝杯ってなんでしたっけ。帰ったら調べます。とにかくおもしろい発見になりますよ。
まあ「人形」を無事停止させて(あとでばらした素材が届くと思うので僕用の倉庫に保管しておいてください)、地割れの露頭を見てみました。
僕の実家は鉱業を管理してるので、山を掘って岩が表に露出しているところは一応見せられたことがあるんですが、こういうのは初めて見ました。先生は知らないかもしれないですが、英雄の遺産が山を二つに切り裂いたっていう王国の伝説があるんです。これは完全にまっすぐ切れてるわけじゃないですが、切れて、そしてたぶん上下にずれてます。僕の好きな、焼き菓子を薄切りにしてクリームとジャムと重ねたお菓子知ってますよね、あれを一切れ切って持ち上げたところに似てますね。つまり、横縞の層ができてます。
岩壁や大地の面に層ができてること自体は別に珍しくないんです。でも珍しいところが二つ。一つは草木が生えてる、普通の地表と同じ感じの土から、僕の背丈の五倍くらいの深さまですっかり層が見えるということ。もう一つは、深いところに真っ黒な層があることです。
もう暗くなってきたので、今日はここで野営です。ひたすスープがそこまで美味しくないと黒パンのわびしさがよくわかるなあ。これはまたヒルダに怒られそうだから言わないでおきました。それじゃおやすみなさい、先生。
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――弧月の節 27の日
露頭の調査が進んでいます。地割れは深くなくて、すぐに下から足場を作れました。
明るくなって見ると土の層は場所ごとに色が違ってて、ヒルダは「縞瑪瑙みたいで綺麗かもー」って喜んでそれぞれの層を見てました。その土の層、便宜的に「地層」って呼びますね、から、彼女すぐに目当てのものを見つけたらしくて。例の真っ黒い地層、黒色の宝石だって言うんです。でも僕には、実家の領地の鉱山管理人の邸で見たことのある、まれに出てくるっていう危険物に似てるように見えたので、落ちてる欠片をもらって魔道で火をつけてみたんですよね。「燃える石」って言ったかな。実際ぶすぶす燃えました。ヒルダには悲鳴を上げられちゃったんですけど。
アッシュは「黒いし、木炭みたいなものなのかな?」って言って、すぐに火箸で拾ってかまどに入れて鍋をかけてました。資源を無駄なく使うのに慣れてますね。それで蜂蜜酒を温めてくれて、城から持ってきた篭からマグドレドキルシュのパイを出してくれたんです。王国では砂糖はほとんど作れないけど、森から木の実や蜂蜜をとるのはさかんで保存食にするんですって。麦がないならパイを食べればいいのになあ。あ、小麦粉がないとパイ生地ができないのか。
アッシュのパイはすっごく美味しかったんですけど、この燃える石、燃えるときの煙とかにおいがよくないので、危ないだけでいい燃料にはならないのかな。そう言ったら「よーし! 宝石で決定ですぅー!」とヒルダは喜んでました。まあまだわからないです。発熱効率とか輸送効率とか、どんな作業に使うかにもよりますし、実家の領地でとれてた宝石の相場さえ僕はさっぱりなので。
アッシュは自分の領地に宝石の鉱山があるなんて考えてもみなかったみたいだから戸惑っちゃって、「樵のみんなにはどうしてもらったいいのかな……」「農村のみんなの暮らしには悪い影響はないよね?」と聞いてきます。僕としてはそれは、せっかく断面が見えたんだし、地層を調査してから考えることかなって。明日またよく調べて考えます。おやすみなさい、先生。
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――弧月の節 30の日
周りの森の環境に大きな問題はないみたいです。ただ、露頭のすぐ上に生えてる大きな木の根が、横から見られるくらい露出してます。木が根を張ってるってことは、そこは最近の地震で新しく崩れたってことです。そのあたりの土がしょっちゅう落ちてくるからアッシュはあまり近くに行かないでって心配するんですけど、これは生きてる木の根と土のようすを観察するすごい機会ですよ。アッシュに美味しいパイを焼いてもらうには、ガスパール領の土のようすを知らなきゃ。
先生は、木の根が土の中でどうなってるのか見たことありますか? 僕はこれまで本でしか見たことがありませんでした。木は、上や横に幹や枝ぶりを広げるのと同時に、下にも広がるんです。上ほどの縦成長はなくて主に横に網目みたいに広がるんですけど、そうですね、ガルグ=マク大修道院が大きな木だとしたら、アビスが根って感じでしょうか。ガスパール領は森の木を伐って根を掘り起こして農地の開拓もしてるので、アッシュは木の根を見慣れてるみたいでしたけど、改めて横から地中の木の根を見て「どうしてもっと深く根は張らないんだろう、井戸を掘るみたいに」って僕に聞いてきました。なるほど、極端な話、もし作物が地下水脈まで勝手に根を到達させてくれたら助かりますもんね。根菜だって長くて大きいほうがいいだろうし。
木の根が、ニンジンや岩ゴボウみたいにまっすぐ下に伸びていけないのは、その場所がないからですよ。岩ゴボウだって浅い鉢植えじゃあ長く育たないでしょう。「黒い宝石の層まではまだまだあるんだし、伸びられる土ならあるんじゃないのー?」とヒルダが言ったので、彼女が描いた簡単な露頭の地層の絵を指差して、この中で「土」と言えるのはこのあたりだけ、って説明しました。ほんの表面の、太い木の根がさかんに張っているあたりの厚みだけです。その下のおおむね黒褐色の地層は違う。やっぱり帝国よりも土が薄いんですね。
二人に「地面」と「土」の何が違うのかって聞かれてるんですけど、今日はもう先生に手紙書いて寝るからって言ってきました。おやすみなさい先生。
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――大樹の節 2の日
新年はガスパール城でアッシュとヒルダに土の話をしながら始まりました。まあこういうのもたまにはいいですよね。地割れは何事もなかったとわかったけど、それでもガスパール城は新年の宴も質素です。あ、不満はないですよ。つぶしたての獣肉とか出されたら嫌だし。むしろ「新年のお呼ばれなんだからリンハルトくんも着飾らないとー」とかヒルダにいろいろされたのが面倒だったくらいで……。
「地面全体」と「作物が育つための土」の違いの話でしたね。僕らが「ファーガスの土地は貧しくて…」とかを言っている「土地」って、実質、地表からいくらかの厚みのやわらかい土のことです。その下には硬い土、さらに下には鉄のつるはしでしか砕けない土や岩、地下水脈よりも下の分厚い岩の下には地獄があると言われてますね。少なくともこの間の「黒い宝石」の層よりも下みたいです。
大地が、硬い岩の上を畑を営むためのやわらかい土で覆われているのは、主の恵みだとセイロス教では言われてます。
でも、僕の考えだと、というか事実から考えると、僕らが土と呼んでるふかふかポロポロしたものって、落ち葉や実や種や死んだ動植物の体、うう、気持ち悪くなってきた。あと植物の細かい根がちぎれたもの、微細に砕けた鉱物とかを、小さな虫やミミズがかきまわしてできてるものなはずなんです。僕だって厩舎の当番くらいしましたからね、天馬の落とし物をあれやこれやして温室の肥料にしてたのは知ってますし、屎尿は適切に処理すれば土を富ませます。つまり、土は生き物なんです。寒ければ縮こまり息ができなければ弱る。岩石の上に、その上で生きている生き物の生きたり死んだりが関係し合って、積み重なってできあがっていくんだと思うんですよ。その均衡がおかしければ、「だんだん土が痩せていく」みたいなことになるんでしょう。
「積み重なるって、だいたい何年くらい?」ってアッシュに聞かれました。僕の理論上だと、たとえば、この間木の根が張っていた地層くらいの厚みを作るのに、一万年から五万年くらい。畑仕事ってしたことがないけど、浅い畑なら数千年くらいなのかな? 二人には変な顔をされました。それで、その土の下に、もっと昔から降り積もって固まったり圧縮されたりした岩石があるわけですけど、「黒い宝石」は木炭みたいに燃えるわけだから、あの深さからして数万年の数万倍昔の木が固まったものなのかも……、
って話してたら、いよいよ何言ってるかわからないって顔をされてたので、このあたりの話は帰ったら先生が聞いてください。おやすみなさい。
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――大樹の節 5の日
「リンハルトが言った仕組みで土が作られるのを待つのは、今の僕たちが生きてる間には無理なので……」とアッシュが言って、ファーガスの一部で始まってる新しい農法を見せてもらいました。ちょうど、去年は休ませていた土を犂で耕して起こしているところで、平地はさらにやわらかい土が薄い状態でした。たぶんそうやって耕して土に空気を入れることで、水も通りやすいし、土の栄養にも変化がおこるんでしょうね。硬いからこそ耕さなきゃいけないんだからたいへんな仕事だなあ。
土を起こしたあとは、城の人たちが配った肥料を混ぜてました。数年前に試験運用を認可した、コンスタンツェの発明した魔道熟成肥料ですよ。大修道院に送られてきたときはあんまり見た目を見てなかったんですけど、肥料というより「土」ですね。ガスパール領の土は露頭や畑を見ると黒褐色で重い泥炭土で、麦が育ちにくいとされる土質なんですけど、それより明るい赤みでふわふわのコンスタンツェ土(なんだかハピに似てるな)を混ぜて、畑のかたちを作ってます。こうすると、寒さによる影響はあっても帝国の西部くらいの麦の収量が期待できるんですって。
「今は実験台に名乗り出てる状態だからあまり費用はかかってないけど、この肥料が本格的に売り物になってしまったら、僕たちの領地のやりくりで買えるかな」というアッシュの不安に、ヒルダは「じゃああの黒い宝石を採掘して、その利益を肥料に回せばいいねー」と言ってましたけど、どうかなあ。だって肥料は畑をやり続ける限り、つまり人が生きて経済活動をし続ける限り必要になりますけど、鉱脈はいつか採り終わっちゃいますからね。黒い宝石が数万年の数万倍かけて作られたものだとしたら、畑を何年か自然の生き死にのまま放っておいて地力を回復させるみたいには回復しないわけです。
「また千年とか万年とかの話ー? 今年おいしい麦ができるんだからそれが一番!」ってヒルダには呆れられましたけど、黒い宝石を掘り尽くしてしまうのには十年もいらないかも。まあ十年猶予ができると思えばいいのかな。おやすみなさい、先生。
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――大樹の節 8の日
とりあえず、コンスタンツェ土や黒い宝石を勘定に入れた現時点での領地経営の指針をいくつか作ってガスパール城伯に進言してきました。黒い宝石に関しては宝石として利用するかもしれないし、燃料やその他の利用法もあるかもしれないので、いくらか標本を持ち帰って調査してから決定してきましょうという話にしました。いいですよね?
コンスタンツェ土はいい方法だとは思いますよ、そのおかげで美味しいパイが食べられたんだろうし。でも、考えてるんですけど、いい土をまけばどこでも同じような農地にできるっていうのはどうなのかな?
肥料がグロンダーズ平野みたいな実りをもたらしたら、ベルグリーズ領やメリセウス周辺みたいにたくさん人が増えることになります。そうするとどんどん畑を広げてやり続けなくちゃいけない。僕たちは土の中のことを何もかもわかってるわけじゃないので、コンスタンツェ土を追加して作物が育ったとしても、土の中の僕たちの知らない「何か」が消費されるかも。それがものすごい広範囲で起こったとき、養うべき人口が多くなってると取り返しがつかないんじゃないのかなあ。
ヒルダも、黒い宝石とか樹脂とか合金とかを買いつけて実家に帰りました。帰り際に、城に停めていた馬車から「ペトラちゃんからの預かりもの、フォドラの賢者に渡してって言われたんだけどリンハルトくんでいいわよねー」って、見たことのないものを渡されました。ガスパールの前はブリギット船と取引してたんですね。
「ダグザの作物? だっけ? ブリギットでは育たないらしくてー、なんかね、芽と皮に毒があるんだってー」みたいに軽く言われました。情報いいかげん過ぎません? 何かの根茎みたいで、毒があるっていう芽がたくさん出てます。でも「芽と皮に毒がある」って言うってことは根茎の中身自体はそうではないってことですかね。それに毒があるといっても、ブリギットでの需要がないってことは強毒性ではないってことです。強い植物毒はブリギットでは毒矢の材料になりますから。まあ、植えて調べてみるかは先生の意思におまかせします。
あ、アッシュがまたマグドレドキルシュのパイを焼いてくれて先生にって持たせてくれようとしたんですけど、禁足地についてのガスパール城の記録をあさってたら夜食に半分食べてました。すみません。おみやげは残りの半分と、黒い宝石と何かの根茎です。
僕の枕とかを日光と風にさらしておいてくださいね。まず寝てから報告に行くので。そうしたらいろいろ聞いてください。これから帰ります、先生。
脚注
――連続したものとみられるLH034書簡は08まで発見されている。
Column
石炭は利用の記録自体は古代からあるが、生活燃料としての質は薪や木炭に劣るため、蒸気機関やコークス製鉄法が開発されるまではそこまで利用されてこなかった。
ヨーロッパ中北部は泥炭土質の土地が多い。泥炭とは植物の死骸が土になり石炭になる成長段階の最初のものであり、これが地層となり数億年圧縮されたものが石炭となる。石炭化の段階によって地層の名前は分けられており、今作の「黒い宝石」と呼ばれたものは固まっているが低品質な石炭「褐炭」の一種である。練炭の原料として利用される。ちらほらと化石燃料の存在が匂わされるファーガスは、今後それをどう利用していくのか……。
一部の褐炭は実際に磨かれて黒い宝石としてアクセサリーに使用される。「黒玉」「ジェット」と呼ばれる。